第37話 気分はハートマン
お偉方との会談から2日。
シュミット商会のホールでトレーニング計画を練っていたところで、飛行船ギルドの職員がやってきた。
「明後日の朝9時の鐘が鳴る時間に港湾地区の広場にきてください。訓練生が集まります。
よろしくお願いします」
そう告げると、彼は頭を下げてでていった。
その二日後。
指定された港湾地区の広場には結構な人数の騎士の乗り手の候補が集まっていた。ざっと見て30人くらいだろうか。
まだ訓練中の乗り手の卵もいれば、騎士団の若手もいる。
騎士団員以外の乗り手はおそらくまだ自分の騎士はないはずだ。
ただ、どうも訓練で優秀な成績を残せば飛行船ギルドから騎士が与えられる、ということにしたらしい。
目の色が違う。
今回は俺の希望で、なるべく若くて経験が少ない乗り手を中心に集めてもらった。
すでに遠距離戦での経験を積んだ乗り手は、もちろん騎士の扱いには長けているのは間違いない。
だが、経験があるベテランのスタイルを無理やり矯正するのはリスクがある。戦い方のスタイルを見失って、遠距離戦までできなくなってしまっては困る。
もちろん海賊の騎士が距離を詰める戦術を取ってくるなら、それに対する対応は学んでもらわなければいけないが、今はそれは後回しでいい。
それよりは、若手を一から近距離戦鍛えて、距離を詰めてくる敵を止めれる乗り手を育成する方が今は優先だ。
改めて見回すと、性別、年齢それぞれまちまちだ。精霊人らしいものまでいる。
俺より年上もいるようだし、最初に一発かましておこう。
教官として舐められてはいけない。
「いいか!俺がお前らの訓練を担当するディートレア・ヨシュアだ!
話しかけられたとき以外は口を開くな。
口でクソたれる前と後に“サー”と言え。分かったか、ウジ虫ども!」
反応をうかがったが誰も何も言わない。
「お前らが俺の訓練に生き残れたら―――
各人が新世代の乗り手となる。海賊に死を告げる騎士の乗り手だ
だがその日まではウジ虫だ!フローレンスで最下等の生命体だ
お前らは厳しい俺を嫌う
だが憎めば、それだけ学ぶ
俺は厳しいが公平だ。
男でも女でも精霊人でも、騎士団員でも護衛騎士でも俺は見下さん
すべて―――
平等に価値がない…!」
言い終わったがリアクションはなく、なんとも言えない沈黙が流れた。
「……すみません、ディートさん、いいですか?」
最前列の女の乗り手が恐る恐る、といった風に手を上げる。
「発言を許可する、ウジ虫!なんだ!」
「サーってなんですか?」
うーん。そうきたか。
フローレンスでは上官のことをなんというんだろう。
「それに……その顔でクソとかいうのはやめてください、お願いですから」
そういえばこの一説を言ったのはかの有名な坊主頭の軍曹だけど、俺は見た目は19才女の子だ。クソはさすがにまずいか。
それにこの手のネタは反応してくれる相手がいてなんぼだ。異世界でやっても意味不明である。
「……サーは、俺の昔居たところで、上官とかそんな意味だ。
ここでは俺がお前らの指導教官になるから、俺のことはディートさんではなくサーと呼べ。
クソについてはもう言わないようにする。
俺の訓練はお前らがやってきたのとかなり違うと思うし、大変だと思う。
でも必ず役に立つ。だから最後までついてこい、いいな!
分かったら返事!」
「
やる気に満ち溢れた返事が返ってきた。気合が入っていていい。
「よし!じゃあ始めるぞ!」
―――
レーサーのトレーニングはいろいろあるが、今回やるのは体力づくりと耐G訓練だ。武装については自分たちで何とかしてもらうしかない。
俺は震電でやっているブレード戦しかできないから、そもそもそれ以外の武装の指導まではできない。
シミュレーターみたいなので模擬戦とかができれば一番いいだろうが、そんなハイテクなものはもちろんない。
騎士での空中戦では、相手より速く飛べる、というのは単純であるが、大きな優位になる。
そういう乗り手を育成するのがこの訓練の目的だ。
午前中は体力トレーニングだ。
高速での騎士の機動に耐えるには体力は必須だ。港湾地区の乗り手の訓練施設をひたすら走る。
前の反省を踏まえて、きちんとストレッチをしたうえでやわらかめの靴底を入れた靴を準備してもらい膝に負担をかけすぎないようにした。
地球のランニングシューズとは比較にはならないが、それでもないよりはいい。
それがおわったら、こんどは模擬用の剣での組み討ちだ。
ただし今までのように漫然とやるのではなく、砂時計で時間を図ってその間は全力で動き、短い休憩をはさんでまた動く、といういわばインターバルトレーニング方式である。
こっちの世界にきて約二カ月強、見ていてわかったことがある。
フローレンスの騎士の乗り手には、騎士に乗るために土台となる体を鍛え上げる、という概念があまりない。
剣での模擬戦とかはあくまで剣で戦うための訓練であり、騎士の操縦については、騎士に乗ることが最大の訓練、という感じだ。
必ずしもそれは間違っていないが、加減速に振り回されても耐えられる体を作ってから騎士に乗る方が間違いなく良いはずだ。
「どうした、お前ら!もう音を上げるのか?」
2時間みっちりトレーニングをしたら、半分以上が地面に倒れ伏していた。
まあ長時間のランニングも、インターバルトレーニングもおそらく初体験のはずだ。仕方ない。
「サー……なんでそんな細いのに平気なんですか?」
「お前らとは鍛え方が違うんんだ。わかったか?」
地球での鍛え方ではあるが。
それに、俺は見た目は19歳女ではあるけど、こっちに来た後に地球のトレーニング理論に基づいて地味な体力強化トレーニングを結構やっている。見た目とは一味違うのだ。
「食事を済ませたら、午後は耐G訓練に移る。覚悟しておけ」
―――
午後は訓練機を使っての耐G訓練だ。
「まず最初にやりたい奴、出てこい。
お前らが引き出せてない騎士の速度域まで連れてってやる!」
全員を見回して声をかける。
「はい!お願いします!」
最初に手を上げたのは、最前列にいた女の子だった。
最初の演説に物申した子だ。物怖じしないところはいい。
栗色の髪を短めのポニーテールにしている。釣り目気味の勝気そうな顔立ちだ。
年のころは多分15歳くらい。華奢な長身で、俺より背が高い。
「午前中にあれだけ走ったのに真っ先に志願するとは感心な奴だな!
名乗れ!覚えておいてやる!」
こういう鬼軍曹系のセリフを、相手を見上げながらいうのはどうにも締まらない。
「フィオリーナ・フルーレ!
お父様がけがをして騎士に乗れなくなりました!一刻も早く一人前になって後を継ぎたいと思ってます……サー!」
ローディもこんなんだったな、そういえば。
父親とかがけがをしたり、戦死して騎士を受け継ぐ、というのはよくあるケースなのかもしれない。
「よし、じゃあ搭乗!即行で気絶しないように歯を食いしばっとけ!」
練習機は俺がアル坊やに頼んで複座にしてもらった騎士だ。
操縦は俺がやる。これで速度に目をならし、体にかかるGに慣れる。
この訓練機はかなり効果があったようで、ローディやグレゴリーの飛行速度は訓練前より確実に上がった。
2人を訓練してわかったが、耐Gに関しては慣れればわりとその速度域に順応できる。
そのスピードが出せる、と体に覚えこませることが重要だ。
「準備良いか!」
「
コミュニケーターからちょっと緊張した感じの声が聞こえる。
「よし、行くぞ!」
練習機を前に進ませて、飛び出し、アクセルを踏んだ。
最初はゆっくり、そのあとだんだん加速する。
俺の感覚では7割くらいだが、それでも普通の騎士の乗り手の感覚では全開飛行に近いはずだ。
猛スピードで雲海ぎりぎりまで突っ込み、その後急上昇、高くまで一気に飛び上がったところで旋回して左右に切り返す。
コミュニケーターからフィオリーナの悲鳴が聞こえてくる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「こんなもんじゃないぞ!お前はこれを自分でやれるようにならなきゃいかんのだぞ」
「いやぁぁぁぁぁ!!!!!!」
10分程度の飛行訓練だったが、初めての速度域は相当堪えたようだ。
フィオリーナは地上に降りたとたんに突っ伏して昼ご飯を戻した。
「気絶しなかったのはほめてやる。だかもうへばったか?やめとくか?」
見下ろして声をかけると、口元をぬぐって目に涙を浮かべつつ、此方をにらむように俺を見た。
「……大丈夫です……サー」
こういう時に俺を睨めるのはいい。
ローディもそうだが、負けん気の強さやアグレッシブ、強いハートはレーサーには重要な資質だ。騎士の乗り手にとってもそうだと思う。そういう意味で、この子はなかなか将来有望だ。
俺もスパルタなトレーナーにしごかれて、後ろからぶん殴りたくなったことを思い出す……今となってはいやな思い出でしかないな。
「いい根性だがしばらく休んどけ。さあ、次に倒れたいのは誰だ!」
フィオリーナの惨状を見て引かれるかと思ったが、そういうことはなく、皆が次々と手を上げた。
その後10人を乗せ、1人は感心なことに平然としていたものの、7人は昼食をリバースし、2人は気絶した。
―――
翌日。
人数が減っているかと思ったがそんなことはなかった
一人もおそらく減っていない。櫛の歯が欠けるように減っていって5日目あたりには半分になるだろう、というのが俺の読みだったんだだ。
大したもんだ。これなら期待できそうだ。
「おやおや、厳しすぎてママに泣きつくやつが出ると思ったんだがな。
逃げるなら今のうちだ。今日も地獄を見たいのか!」
「
「じゃあ今日もランニングからだ!はじめ!」
などと威勢よくトレーニングを始めてみたが……途中で重大なことに気付いた。
ランニングや組討ちを仕切るのは俺じゃなくてもいいが、練習機を使った耐G訓練の教官役は俺にしかできない。
ということは俺は全速力ではないにせよ、ほぼ乗りっぱなしである。
体力作りも大事だが、やはり耐G訓練の方が重要度は高いからやらないわけにはいかない。
しかし誰も音も上げないどころか、我も我もと乗りたがるので、俺は休憩をはさみつつ、ほぼ飛びっぱなしというである。
かといって、あれだけ煽った以上俺が先にひっくり返るわけにはいかない。
二日目から早くも誰のためのハードトレーニングだかわからなくなってきた。
―――
俺の苦労のかいあって、成果は割と簡単に現れ始めた。
10日を過ぎるごろにはぶっ倒れて戻すような訓練生はいなくなった。
耐G訓練飛行を1時間こなして、訓練生のランニングを見ながら水を飲んでいたら、監督役の騎士団員が話しかけてきた。
「ディート殿、実に素晴らしい成果です。
騎士団の者たちについても成果は明らかでしてな。見違えるように機動が鋭くなり申した。
トリスタン卿も非常に満足しておられます」
「そりゃどうも……」
お褒めの言葉は有り難いが、俺がハードすぎて死ぬ。だれか俺の疲労には気づいてくれないんだろうか。
「どうです?皆も疲れがたまるころですし、明日あたり休みにしませんか?」
オフは大事だ。ハードワークだけが能ではない。休息をとることによりトレーニングの効果が向上する、というのは地球では常識だ。
だがこちらではその常識は通じなかった。
「何を言っておられるのです。
海賊どもがどう動くか分からない今は、新たな脅威に対応できる乗り手の育成は急務ですぞ。休んでいる暇などありません。
どうだ、お前ら!休みたい者はいるか?」
「
「ご覧あれ、訓練生たちは意気軒高。まだまだいけますぞ。存分に鍛えてやってください!」
「……そうですね」
なんという旧態依然の体育会系思考だ。毎日4時間とかトレーニングして、しかもオフの日がないなんてことをやった日には、地球のプロスポーツチームならトレーナーの首が飛ぶぞ。
仕方ないので地球におけるワークアウトの理論について一席演説を打とうと思ったが……無意味っぽいのでやめた。
しかし、俺のことを気にかけてくれる人はいないのか。
教官たるもの平然としてないければいけないものなのか。
そんなこんなで、訓練2週間目。
アル坊やから仕事のお呼びがかかったときは心底ほっとした。まさに救いの女神。
これなら昼夜逆転してでも飛行船に乗っている方がいい。
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