第38話 船上の奇襲
「ディート、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
トレーニングから解放された翌日、出港準備のために港湾地区に行った俺にアル坊やがかけてきた言葉がこれだった。
昨日までほぼ毎日トレーニングで飛んでたわけだけど、ここまで言われるってことはよほどひどい顔をしてるんだろう。
護衛騎士の16時間は待機していなければいけない、という環境もなかなか大変ではある。
だが、ほぼ一日乗りっぱなしの訓練に比べれば、休めるというだけで有り難い。
「姉御?大丈夫ですかい?死にそうな顔ですが」
これはグレゴリー。
「まったくよ。そんな有様で騎士に乗れるのかよ。
俺が代わりにやってやるからお前はベッドに這いつくばってた方がいいぞ」
これはローデイ。
小生意気なんだけど、こいつなりに心配してくれてるんだろうな、というのが最近ようやくわかった
「ディート、そんな疲れた顔で……言ってくれればいつでもあたしが癒してあげるのに。水臭いよ」
これはフェル。心配してくれるのはまあいいが、意味深な発言はやめれ。
なんかこいつらとまともに顔を合わせるのも久しぶりだ
半月ちょっとぶりにシュミット商会の護衛騎士に戻った実感がわく。
今回の仕事は往復で8日間の物資の搬送というオーソドックスなものだ。
正直言うと、俺たちを狙ってきたあのホルストが黙っているとは思えない、
色々と不安はある。
しかし商会を維持するためには仕事を請けないというわけにはいかない。この点はつらいところだ。
とにかく今は敵襲がないかを警戒するしかできない。
フレアブラスやアストラと同様に、震電にもレストレイア工房謹製の新武装がつけられたが、練習なしのぶっつけ本番の実戦でどれだけ役に立つのか。
そもそも俺は震電に乗ること自体久しぶりであるし、いまは使わずに終わる方がありがたい。
「久々の遠出になる。色々と危険な情勢であるけど、みんな無事に帰ってきてくれ」
アル坊やが言って、俺たちは船に乗り込んだ。
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久々の仕事の行きの初日は何事もなく過ぎ去った。
フローレンスに近いので初日の襲撃はあまりない。危険が増すのは二日目以降だ。
俺たち騎士の乗り手の仕事はこれからが本番だ。いつもと昼夜逆転するのは結構面倒だがまあ仕方ない。
一日目はゆっくり休めたので、ようやく少し疲れも取れてきた。
夕方より前にいつも通り起き、二階層の食堂でかるく食事をしている。
今日のメニューは塩漬け肉を軽く焼いたものと堅いパン、野菜スープだ。
飛行船は夜通しの見張りもいるから、食堂も24時間いつでも何かしら食べ物や飲み物が用意されていて、船員たちの憩いの場になっている。
流石に酒はないが。
食堂にはまばらに船員たちがおり、思い思いにお茶を飲んだり談笑したりしている。
のどかな空気が流れている食堂に突然伝声管から声が響いた。
「こちら船長室!」
館内放送とは珍しい。
「今船長室が襲われている!敵は6名。海賊だ」
声に混ざって銃声が聞こえた。なんだ、そりゃ?余りの話に理解が追いつかない。
「海賊が船員に紛れていた模様だ。戦闘態勢で対応せよ。
船長室は無視してかまわない!
乗り手は直ちに出撃せよ、以上!」
伝声管からの声が途絶えると同時に伝声管から銃声が聞こえた。現実に頭がついていかないうちに、食堂のドアが蹴り開けられる。
武装した船員、というか海賊が4人突入してきた。
「マジか?」
どうやら冗談ではないらしい。とっさに姿勢を低くする。
4人が一斉に発砲した。机の上に置いてあったカップや皿が吹き飛んだ。
唐突な事態への対応力は俺より船員たちのほうが高かった。
食堂にいた船員たちも即座に銃を抜いてドアに向かって打ち返す。
鼻を衝く火薬のにおいがして、硝煙が食堂を白く染める。
「ディートさん、第三層へ急いで!」
「ここは俺たちが食い止めますんで!」
船員たちが机を蹴り倒して遮蔽を作りながらいう。
一瞬ためらったが……武装していない俺がここにいても意味はない。
「済まない!ここは頼んだ」
姿勢を低くして食堂のもう一方のドアから外に出る。
食堂から騎士を収納している第三層までは結構距離がある。
食堂は船尾、第三層への階段は船首だ。
船の外側の回廊にでるために、角を曲がったところで男と鉢合わせた。
味方か?と思ったが、男がおもむろに手に持った斧を振り回してくる。船員じゃない。
ぎりぎりで身体を沈めて、後転するようにして距離を取る。
武器なしで倒せるか……
「ディート、伏せてて!」
後ろから声が聞こえた。
俺が反応するより早く、男の両肩にナイフが1本づつ突き刺さる。男がよろめくと、回廊の柵を超えて雲海に転げ落ちて行った。
「無事かい?」
フェルだ。いつもの細身の作りの船員服を着こみ、手には短めの投げナイフを持っている。
「一体これはなんなんだ?」
「わかんないけど、臨時雇いの船員に海賊が紛れてたみたいだね。
人数が多すぎるから、あとはおそらく荷物にでも隠れてたのかも」
「マジか?てことは二日間くらい箱の中にいたってことか?」
「たぶんね」
海賊稼業もなかなか大変だ。騎士の乗り手にも負けてないな。
騎士による襲撃は警戒していたが、まさかここまで大掛かりな仕掛けをしてくるとは思わなかった。
荷物にも紛れていた、ということは、おそらく依頼主までグルだろう。
回廊の向こうから足音が声が聞こえてきた。たぶん3人以上だ。
「ここまでやってるってことは、騎士もおそらく近づいてきてる。
でもこっちの騎士が飛んでいて、そいつを落とせば逆転の目はある。
行って、ディート」
言いながら、フェルが回廊の壁の金具を外す。壁の一部がドアを開けるように開き、通路に遮蔽が出来た。
これは簡易バリケードか。
銃声が響き板に当たる。
「あたしがここで止める。急いで」
フェルがバリケードから体を出して一発打ち返す。
慣れた手つきで銃に弾を込めなおしてもう一発。
「お互いに、自分の仕事をしよう。あたしはここで海賊を止める。
ディートは騎士に乗って、海賊の騎士を倒す。
必ず勝ってね」
まっすぐな、今までで一番のまじめな目が俺を見る
「あたしはもうあいつの奴隷にはなりたくはない。
好きな人に好きな時に会いたい。奴隷ってさ、結構つらいんだよね」
「当たり前だ。そんなことはさせない。死ぬなよ!」
フェルが銃を構えたままにっこりとほほええむ。
「あたしは強いんだよ。知ってるでしょ?」
「そりゃもう」
「さ、行って」
走り始めてすぐに、後ろから銃声が立て続けに聞こえた。
足止めをしてくれているフェルや船員たちのためにも、とにかく今は一刻も早く第三層まで辿り着くことだ。
船首を目指して回廊を走る。
しかし、あと少しということろで、回廊の向こうからもう一人が現れた。
片手には鉈のような厚刃のナイフを持っている。
「賞金首だ。もらったぜぇ」
男がまっすぐこっちに向かってくる。どうも俺の首にはご丁寧に賞金がかかっているらしい
どなたの仕業かは聞くまでもないな。
ナイフを振り上げてきた男を待ち構える。
「邪魔だ!」
回廊の柵をつかんで体を固定し前蹴りを食らわせた。
みぞおちを狙って一撃必殺といきたかったが、狙いが少しずれて鎧にあたる。男が何歩か後退した。
女の力、と侮っていたんだろう、驚いた顔をする。
「てめえホントに女かよ?」
「一応そうらしいぜ」
警戒される前に終わらせたかった。今は時間がたてばたつほど不利になる。
そんなことを思っているうちに男の後ろからもう一人現れた。
飛行船の回廊は狭いから同時に襲われることはないが、一人倒すともう一人、というのは非常につらい。
騎士は目の前だっていうのに。
「こいつは俺の獲物だぜ、邪魔すんじゃねえぞ」
海賊が新しくあらわれた男に言う。
新しく来たその男は、それには興味をなさそうに俺の方を一瞥する。
そして、おもむろに海賊の首筋を銃の台座で殴りつけた。
「……てめぇ……なにしやがる?」
あっけにとられているうちに、海賊が床に倒れ伏す。
なんだこりゃ?
「一応聞くけど、アンタ、ディートレアさん?」
海賊を殴り倒した、というか俺を助けてくれた男が俺を頭の上から足の先までみて聞いてきた。
船員たちは全員俺のことを知っているはずだ。
ということは、こいつは船員ではありえない。海賊一味だろう。
だが、助けてくれたんだから味方なのか。
海賊が自分で賞金を取るために助けた、ってこともあり得る。
「……そうだ」
「よかった。じゃあついてきてくれ」
男が俺に向かって手招きする。
なんなんだこの状況は。
目と鼻の先にあった第三階層への階段を下りると、騎士のハンガーへのドアの前に一人の男が佇んでいた。
俺を連れてきた男がそいつに一礼する。
「連れてきましたぜ」
その男がうなづいて俺を見る。
30歳くらいで、背が高く顔にはいくつも傷がついている。いかにも歴戦の戦士という感じだ。
「あなたはディートレア・ヨシュアでいいですか?」
「だったらなんだ?」
「お待ちしておりました」
男が扉を開けてくれる。吹きさらしのハンガーから風が吹き込んできた。
なかには二人の海賊らしき男がいる。
足元にはいつもの俺の手伝いをしてくれる船員がロープで手首を縛られて転がされている。
「なんのつもりだ?」
「出撃準備をお願いします。お前ら、お手伝いしろ」
海賊らしき男たちがいつもの防寒着と手袋を渡してくる。
「あんた海賊じゃねえの?ホルスト・バーグマンの手下じゃないのか?」
「一つ目の質問についてはその通りですが、二つ目については違います」
セレナたちの話通りならホルストは自分の海賊団は持っていない、ということらしいが。
ホルストの指揮下にあるどこかの海賊ということかと思ったが、そういうことではないのか。
「なんで俺を通すんだ?」
「そういう指示ですので」
上着を脱いで防寒着を着こみ手袋をはめる。
「ではこちらをどうぞ」
最後に頭巾を渡された。頭からかぶって、気づいた。これはいつもの俺が使っているものじゃない。
付け心地がわずかに違う気がする。
違和感を感じつつ、顎のひもを結び、ゴーグルを下げ、口元の覆いを引き上げる。
出撃準備はできた。
「準備はよろしいですか?」
「ああ、いいぞ」
震電はワイヤーでの拘束を解かれ、出撃前の直立姿勢になっていた。
キャノピーと装甲版も持ち上げられ、あとは乗るだけ、という状態だ。
促されるままに、震電のシートに身を沈める。
シートベルトを締めた。
コクピットは普段の通りだ。
新武装を取り付けられた左右のアームの制御グリップの革が新しくなり、トリガーが増えている。しかしそれ以外の変化はない。
何か細工をされている、という感じでもない。
「閉めますが、いいですか?」
上から声をかけられた。
「何がしたいんだ、お前ら?」
「行けば分かります。おろしますよ、いいですか?」
「……ああ、いつでもいいぞ」
何が何だか分からないが、今考えても無意味だ。
乗り手の仕事は一つ。騎士に乗り、襲ってくる敵を撃退する。それだけだ。
どういう思惑で俺を震電に乗せたのかは分からないが、無傷で乗れたのだ。
どんな意図があろうと、それだけで十分。
「では、下ろします」
震電の係留ワイヤーが解かれ、落下が始まる。
いつも通り10秒数えてアクセルを踏む。
そのときにコミュニケーターから声が聞こえた。
『遅い!いつまで待たせる気ですか!』
……女の声か?
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