第32話 新武装開発

 その後、襲撃はなく、俺たちは平穏にフローレンスに帰港した。

 だが安堵感はない。迎えてくれたアル坊やが沈んだ空気を察したのか、不思議そうな顔をしている。


 正直、無事帰れたのは幸運だった。

 ローディのタックルが間に合わなかったら。俺のブレードが外れていたら。それに震電が飛行船に突っ込んでいた可能性だってある。

 本当に紙一重だ。


 海賊の戦術が変わりつつあることの脅威と重要性に気付いたのは、俺、グレゴリー、テオドール船長の3人だった。

 ローディは初陣だから気づかなくても仕方ないかもしれない。

 今回の殊勲賞は、俺が追いつくまで時間を稼ぎ、きわどい場面でタックルを当てたあいつだが。船を降りたらどこかへ行ってしまったが、今回は良しとしよう。


 アル坊や、ウォルター爺さん、グレゴリー、テオドール船長、俺はくつろぐ気分にもなれず、とりあえず商会の会議室に集まった。

 セレナが全員にお茶を入れてくれるが、室内の重い空気を察してかすぐに外に出て行った。


「…どう思います?」


「重要なのは、どう対応するか、ということでしょう」


 俺の問いにテオドール船長が応じる。


「俺も同感ですぜ、姉御」


 ああいうのが出てきてしまった以上は、どう対応するかを考えるべきか。

 海賊に強襲型機が混ざるとして、一番困るのは飛行船を襲われやすくなることだ。

 飛行船は騎士とくらべて圧倒的に足が遅い。騎士同士がリスクをさけて距離を取って撃ち合うのであれば、その間に飛行船は逃げることもできた。

 しかし積極的に距離を詰めてくるとなると、逃げる時間を稼ぎにくくなる。


「……飛行船のスピードを上げるとかどうです?」


「ディート殿、本気で言ってはいないでしょうな」


「……悪い、冗談です」


 スピードをあげられればそりゃいいに決まってるが、そんなことができればそうしてる、という話だ。

 レースでも、メカニックに、直線のスピードが欲しいからちょっと20キロ最高速をあげてくれ、なんてお気軽に言った日には殴られても文句は言えない。

 そう簡単にはいかない。


 となると迎え撃つ側が近接戦に対応するしかないわけだが。


「グレッグ、今から剣の練習とかしてみるか?」


「無理です、姉御。今更俺には姉御の真似はできませんや」


 これまたそれができるなら苦労しない。

 体に染みついたスタイルを変えるのは難しい。無理に変えたら返って良くない結果になることも十分ある。


「当面は同じ風に来られたら……俺が前で可能な限り止める。

 ローディがバックアップ、という形しかないかな」


 飛行船のスピードを上げるのも、グレゴリーのスタイルを変えるのも短期的には無理だ。

 対症療法でやるしかない。


「しかしですな、正直申しまして、あのような戦術をとる海賊が多いとは思えません。

 グレゴリー殿が今言われた通り戦い方を変えるのは難しいものです。

 それは海賊であっても同じのはず。

 今回来たのはむしろ特殊な連中、というべきではないでしょうか」


 テオドール船長が口を開く。

 確かにいきなり海賊の騎士が全部強襲型になって突撃してくるとは思えない。

 心配のし過ぎなのかもしれない。

 しかし、あの強襲型が俺たちの船を襲ってきたのは偶然なんだろうか……

 色々な考えが頭をめぐる。


「あと、俺としては武装のテコ入れが欲しいです。

 カノンの威力が上がるだけでもすこしはマシになると思うんですが、店主」


 グレゴリーが言う。

 武装の強化か。確かにすぐスタイルは変えられないにしても、武器を強化すればシンプルに戦力の底上げになる。

 カノンの火力が上がるだけで、敵も安易に突撃はできなくなるだろう。

 理想的には近接戦でも対応できる武器を用意したい。

 しかし、アストラは右手にカノン、左手にエーテルシードで武装が埋まってしまっている。

 色々と制約が多い。


「そういえばカノンの型も古くなってるかもしれないですね。

 今まではそれで何とかなりましたけど、こういう事態になってくると。

 レストレイア工房かどこかで武装強化を図りましょう。

 資金的には武器を交換する程度なら余裕はあります」


 アル坊やがたちあがって言った。


「ともあれ、今は考え込んでいても仕方ありません。次の出港までまだ間があります。

 テオドール船長、グレゴリー、不測の事態だっただろうに、無事に帰ってくれてありがとう。

 ゆっくり休んでくれ」


「光栄です、店主」


「ありがとうございます」


 2人が立ち上がって出ていった。


 ―――


 テーブルの上の冷めてしまったお茶をすすった。


「こんなことになっちまって、すまないな、アル坊や」


「何がです?」


「今後どうなるかわからないけどさ。

 俺が異世界の知識を持ち込んだ結果、海賊の戦術がもし変わっちまうんだったら、海路のリスクは格段に上がっちまう。

 それに俺たちだけの問題じゃなくなるかもしれん」


 こうなる前に手を引いた方がよかったのか。

 うまくいったことに調子乗りすぎたか。


「それは違いますぞ、ディート殿」


 黙っていたウォルター爺さんが口を開いた。


「ディート殿がなさらなくても、誰かが同じことを考え実行し、同じことが起きていたかと存じます。

 人の発想なぞそうは変わりません。

 早いか遅いかの違いです。ディート殿が気に病むことではありません」


「そういってもらえると少しは気が楽になりますよ」


「そうです。それにディートさんがいたから商会は立ち直れました。

 ディートさんが来るまで、あのホールはガラガラでした。でも今はたくさんの人が来てくれてるんです。

 感謝してます。どういう結果なっても……です」


 アル坊やが俺をまっすぐ見つめてくる。


「だから、ディートさんはまた異世界の知恵で商会をいい方向に向けてください。

 頼りにしてますから」


 まさか年下の子供に励まされるとはね。本当に小さくても経営者の風格だ。

 このまま沈んでいるわけにはいかないな。


 ―――


 当面打てる手は武装の強化だ。

 頼るべきは専門家、ということで今日はレストレイア工房にきている。


「なるほどのう。海賊の側も似たようなものを作り始めたわけじゃな」


「そうなんですよ、親方」


 震電の活躍でレストレイア工房は今は大いに忙しいらしい。

 今も工房には騎士の骨組みが設置され、徒弟たちがさまざまな作業をしている。

 ガルニデ親方はいつも通り油まみれで汚れたシャツを纏っている。いかにも現場最前線の男、という雰囲気だ。


「剣で切り合うの時代からカノンでの打ち合いの時代を経て、また切り合いに戻るとは面白いもんじゃな」


 前にちらりとこの世界の騎士の歴史を聞いたことがある。

 以前は騎士のコアの出力はほとんどが機体の維持と機動力のために使われていて、戦いは普通の剣での切りあいがほとんどだったらしい。

 その後、コアの出力を引き出す技術が進歩し、機体の維持以外の余剰エネルギーが生まれた。それがエーテルブレードやカノンなどに使われることになった。

 そして今のようなカノンで撃ち合うのがセオリーの時代に至る。

 震電のような近接戦重視の強襲型は先祖返りともいえるのかもしれない。


「なんかいいアイディアとか、その時につかわれた武器とかないですかね?」


「といってものう。昔は鉄の剣での切り合いがほとんどじゃからな。

 昔は横に広い敷地の工房もあってな。そこで騎士用の剣を鍛えたりしたもんじゃ」


 そううまいナイスアイディアは転がってないか。

 だが、こちらには一つアイディアがある。


「じゃあ、俺の昔居たところで使われてた武器があるんですよ。

 それを作ってもらうことは可能かと思いまして」


「またお前の前住んでいた場所とやらの話か。今度はなんじゃ?」


「射程は短くてもいいんで、近距離に大量の弾をばらまけるような武器です」


 地球風に言うとショットガンだ。

 近距離での攻防ならショットガンで散弾をばらまいて面制圧するのが効率がいい。

 それにショットガンなら銃の延長でグレゴリーにも抵抗なく使えるだろう


「霞弾のことか?大砲や対人用の銃では使われておるな。

 小さめの弾を銃身に詰め込んで至近距離でばらまくもんじゃ」


 すでにあるのか。

 やはり人間の考えることはやはり世界の壁があってもあまり変わらない。


「じゃが、騎士対策に飛行船の大砲で試作したのは、射程が短すぎて何の役にも立たんかったらしいぞ」


 残念ながら、実用化はされていないらしい。なかなかうまくはいかないか。

 だが飛行船の大砲と騎士の装備だとまた話は違う。


「それをカノンでできないかと思うんですよ。どうですか?」


 親方が頭をかきながら考えこむ。


「……技術的には銃口の形状を変えればできるとは思うがな。ただ……」


「ただ?」


「恐ろしく消耗の激しい武器になるじゃろう。

 射程が短いとはいえ、カノンの弾を一瞬で何十発もばらまくようなものじゃからな。

 騎士の装甲を貫通させる威力と両立させようとすると、おそらく連続して撃てるのは2発か3発…」


 カノンやエーテルブレード、エーテルシールドは、コアの出力エーテルの余剰分を使って機能している。連続使用すると使えなくなる。

 これが実質的な球数のようなものだ。

 しばらく撃たずにいると回復するので完全な弾切れということにはならないが、連射できるのが2、3発はかなり厳しい。

 高機動戦で一発必中は、至近距離であっても至難の業だろう。


「わしが知っているのでは、こういうのもあるぞ」


「なんです?これ。カノンじゃないんですか?」


 親方が見せてくれたのはカノンのような銃型武器の設計図だ。

 具体的なことはもちろん俺にはわからないが、見覚えがある形をしている。

 つまり地球で見たことがある形だ。

 スナイパーライフルのような小型の弾倉が銃身の下にある。


「これは、カノンが発明された黎明期の武器じゃな。

 エーテル砂を詰めた弾体を使って撃つカノンじゃ。コアのエーテルの余裕がない時代のものじゃよ。

 弾体を撃ち尽くすと撃てなくなるという欠点があってな。

 カノンの進歩とともに廃れたんじゃ」


 要は銃弾をつかって撃つカノンというわけだ。

 これを使えばショットガンの弾数を増やせるかもしれない。


「親方、これは作れますか?」


「使われた期間が短いでな。わしには無理じゃ。

 工業ギルドの書庫ならもっと詳細な設計図が残っているかもしれん。

 紹介状を書いてやるからいってみろ」


 そういえば工業ギルドに行ったことはなかった。

 そういえば、この世界にきてから、商会、宿、訓練施設以外にはあまり行った覚えがない。

 なんせ専門家集団だ。いい知恵が借りれるかもしれない。


「ぜひお願いします」









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る