第25話 その名は震電
目を開けると、見慣れたいつもの宿のベッドと枕。
そして目の前にフェルの顔があった。というか同じ布団の中にいた。
「どぅわぁ!!!」
「ああ、おはよう、ディート」
もう起きていたらしい。にっこりとフェルが笑いかけてくる。八重歯がのぞくあたりは可愛いが、そういう問題ではない。
「どうしたんだい。昨日のことを忘れたのかい?楽しい夜だったのに」
そういえば昨日は程々にしようとか思いながら、グレゴリーとかに勧められるままに飲んで、途中から記憶がない。
フェルのセリフは意味ありげすぎて嫌な感じだ。
「俺は何もしてないぞ」
「わかってるよ。ディート。
相変わらず面白いよね。大丈夫。一緒に寝ただけで何もなかったよ。
かわいい寝顔を見れただけであたしは満足」
「だからなんでお前がいるんだ、オイ」
「あたしが運んであげたんだよ、ひどいなぁ」
言いながら布団をはだけてベッドから立ち上がる。
Tシャツのような肌着にホットパンツのような短めの下着で目のやり場に困る。鍛え上げたしなやかな体つきだが、まじまじと見るのは初めてだが、胸がシャツを形よく盛り上げていた。
ホットパンツからは狐とかオオカミのような、ふさっとしたしっぽがのぞいている。髪の色と同じ、くすんだ銀色だ。
「そもそもディートは心は男なんでしょ。
あたしみたいな美人が添い寝してるのに……怒るなんておかしいじゃない。傷つくよ。
それともグレゴリーが添い寝してるほうがよかったの?」
俺はそういう趣味はないのでそれはもっと勘弁願いたい。
「一人で平和に寝させてくれ、頼むから」
「仕方ないなぁ。でももう朝ごはんの時間。寝なおしちゃだめだよ」
いうと、フェルはふわりと音もないステップでドアのほうに飛びすさった。
しかも、いつの間にかいつもの和風な上着を手にしている。椅子に掛けてように見えたが。
いちいちはぐらかされてるようで癪に障るが、身のこなしは大したもんだ。そこは素直に感心するしかない。
「店主からの伝言。出港は3日後の朝6時、港湾地区のD埠頭。
今日と明日でしっかり乗って慣らしをしておくこと。以上」
---
港湾地区にはすでに俺の機体がセットされていた。いつでも乗れる状態だ。
慣らしを2日でやれ、というのは俺のレースの常識からすると考えられない。
しかし、パソコンのキー一つでセットアップを変更できる現代のレースとは、この世界の騎士は話が違う。
慣らしをしておけ、というのは、修正点を探して調整しておけ、ではなく、機体の癖を把握して乗りこなせるようにしておけ、とうことだろう。
旧日本軍じゃないが、体を軍服に合わせろ理論だな。
とりあえず、まずはシートに座ってみる。
シートやレバーの新しい革、傷一つないキャノピー、ほのかな油のにおい。まっさらのおろしたての乗り物のにおい。
この気持ちは、子供のころほしかったおもちゃが手に入ったときに似ている。
自分の望んでいた何かに手が届いたときの気持ちはいつだって何にも代えがたい。
と、感動もつかの間。時間もない。
それから二日間はひたすらに飛び回り、取り付けてもらった新武装のチェックに明け暮れることになった。慣らしにはレストレイア工房の徒弟たちが付き添ってくれる。
1時間ほど、体力の限界まで飛び続け、水を飲んで休み、また飛ぶ、の繰り返し。
疲労はあるが、それでも楽しさのほうが勝った。なんせこれは「俺の」専用機なの
だ。それを俺が慣らせるのだ。他の誰にもこの役は譲れん。
グレゴリーやフェルは顔を出さない、というか、休んでいるときに時々何かを運んでいく姿を見た。それぞれ出港準備中なんだろう。
こうしてあっという間に2日間が過ぎ去った。
---
約束通りの3日目、港湾地区D埠頭。場所は朝早くから働く港湾地区の船員たちに聞けばすぐわかった。
まだ周りは薄暗い。薄い雲が音もなく地面すれすれを流れていく。こういうのを見ると空に浮いた島にいるんだな、と思う。
目の前の埠頭には巨大な気嚢を持つ飛行船が二隻係留されていて、木箱や樽に入った荷物が続々と運び込まれていく。俺の機体とグレゴリーの愛機、アストラは既に飛行船の下部にロープであおむけ姿勢に括りつけらえていた。
俺は今は見ているしかない。
「どうですか、ディートさん、慣らしはできましたか?」
仕事がひと段落着いたのか、アル坊やが話しかけてきた。ウォルター爺さんも一緒だ。
アル坊やは朝早いせいか少し眠そうだ。ウォルター爺さんは一部の隙も無い執事ルック。
「まあ何とか。実戦になっちまったら少し不安だがまあなんとかなるだろ」
今はウォルター爺さんとアル坊や以外には周りに誰もいないので、向こうは敬語、こっちはため口の気楽な状態だ。
慣らしでスピードや旋回性はある程度把握できたが、慣らしと実戦ではまた話は違ってくる。そのくらいは俺のような控えドライバーでも知っているところだ。
こればかりはやってみないとわからない
「そういえば、この機体の名前はなんにするんです?」
言われてみると名前がなかったことに気付いた。俺の、としか思ってなかった。
「俺が付けていいもんなのか?」
「普通の護衛騎士は僕というか商店主が付けるんですけど。
でもこの機体はほぼディートさんの専用機になっちゃいそうですし。いいですよ」
専用機。
いい響きだ。テストドライバーでレギュラーシートをもらえなかった俺としては、それだけでもう天にも昇る気分だが、機体の命名権をまでもらえるとは。
どうする、候補がいろいろありすぎて迷ってしまうが…うーん。
「震電にするよ」
「シンデン?どういう意味なんです?」
「もといた世界の俺の故国の幻の飛行機の名前さ」
ゼロやジークとかなり悩んだが、あえてこっちにした。小型の高機動機なら悪いネーミングでもないだろう。
名機と呼ばれる戦闘機は数あるが、やはり最終的には日本軍の機体に落ち着くのは、異世界に来てもハートは日本人だな。ハヤブサやシデンでもいいが、ちょっとマイナーな方にしてみた。
「店主、おはようございます」
グレゴリーとローディ、フェルのいつもの面々に、そして初めて見る顔の男が一人。30歳くらいで少し細身でひょろりとした印象だが、顔立ちは掘りが深く日に焼けて、精悍だ。
「皆、おはよう。
ディート、こちらはテオドール・アトキンス。シュミット商会の飛行船ケレスの船長で二号船プロセルピナと合わせた飛行船部門の責任者だ。
先日の顔合わせの時は飛行船の修理とかいろいろやることがあってね」
「よろしく、ディートお嬢さん。
あなたのことはグレゴリーやフェルから聞いてますよ」
お嬢さん、と枕詞がつくあたり、まだ信用してない感はある。
見た目女の子、実績ゼロの騎士の乗り手ではこの評価は仕方ない。
「よろしく、テオドール船長さん」
「じゃあさっそく仕事だ。ディート。グレゴリー、フェル、ローディ、テオドール」
微妙な空気がアル坊やの一言で変わる。
「今回の仕事はエミリオ鉱山地区への生活物資の輸送だ。行程は片道3日間。
帰りは鉱山からエーテル砂を積んでくることになる。詳しい書類や手続きはは船長に任せてある。
そこまで危険な航路ではないけど、知ってのとおり確実じゃない。
分かっていると思う。今回はそういう航路を選んだ」
そういう航路を「あえて」選んだ……つまりここにいる5人は、船長も含め、この航海のもう一つの目的、海賊の騎士を捕獲する、ということを知っている、ということだ。
「皆に負担をかけることを店主として申し訳なく思う。無事帰ってきてくれ」
「店主、任せてくださいよ、俺と姉御が居れば海賊なんて恐れるに足りませんぜ!」
威勢のいいセリフはグレゴリーだ。
「久しぶりの船出です。私としてはどの航路にでも行きますよ。お任せを」
芝居がかった口調でテオドール船長が頭を下げる。
「この野郎が寝ぼけてやがったら俺が代わりをしますんで!安心してくださいよ、店主」
相変わらず小生意気なのはローディ。
「店主はいつも通り、落ち着いて待っていてください。いっとうまくいきますから」
いつになくフェルがまじめに言う。
「積み込み終わりました!出港準備!」
遠くから船員の声が聞こえた。さて、仕事の時間だ。
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