第19話 戦術の改革
翌日はレストレイア工房に向かった。
昨日出した俺のアイディアはシンプルだ。
通常通りの輸送の仕事をしつつ、襲撃してきた海賊の機体を拿捕する。
俺は昨日のやり取りを思い出した。
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「なあ、アル坊や、ぶっちゃけて聞くが……騎士って売れるのか?」
「バカな事を言わないでください。
アストラを売ったら本当に僕たちは廃業ですよ」
「違うって。そういう意味じゃない。
海賊の機体を捕まえて売れないか、って話さ」
「はい?」
「それは……まあ……」
「なにか問題でもあるのか?」
口ごもる二人。俺としてはナイスアイディアだと思うんだが。
「海賊討伐をしようというんですか?
自由騎士や騎士団はやってますが。僕らがやるのはちょっと無理ですよ」
「違うよ。討伐なんてご立派な事じゃない。
俺たちは普通に商会の仕事をする。で、ついでに襲ってきた海賊の機体を捕獲するだけさ。
海賊自体を討伐する必要はない。あの騎士って拿捕すれば高く売れるんだろ?」
あの騎士自体は作れるようだが、おそらく動力部分は希少な気がする。
希少だとすれば捕獲できればいい稼ぎになるはずだし、希少じゃなくても需要はあるだろう。
車でもそうだ。一番高価な部品はエンジンである。
「まあ……売れますよ。海賊を討伐すれば報酬金がでます。
騎士を捕獲した場合、騎士団に引き渡せばかなりの額で買い取ってくれるはずですし、自分たちで使っても構いません」
貨物輸送で普通に稼ぎつつ、海賊の騎士を捕獲して資金に回す。
しかも海賊を狩れば感謝もされて商会の評判もあがるだろう。
一石三鳥だ。
「そこまでうまくいきますでしょうか?」
ウォルター爺さんは心配そうだ。
「これをやるには、積極的に相手を落としに行かなきゃいけない。
この間俺がやっちまったが、あんなふうに。
距離を開けての射撃戦で海賊の騎士を落とすのは難しいだろうからな」
「ということはですな、近づく前に被弾して……ということも?」
「……まあ、そこはごまかしてもしょうがないな。ありえると思うよ」
危険が伴うことは確かだが、普通のことをやっていても苦境は脱せられない。
「別にそれを本業にしようってわけじゃない。
あくまで襲われたらそれを狙うってだけだ。
金が回ればそんな無茶を続ける必要もないからな」
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シュミット商会があるのはフローレンスでは商業地区といわれる港近隣のエリアだ。
工房は島の北側の工業エリアにあるらしい。
フローレンスの中は路面機関車で移動した。
俺たちの世界で言うところのサンフランシスコとかのケーブルカーのような見た目だ。
箱形の車体で切符を買えば飛び乗り自由、飛び降り自由。後ろにエーテル炉があってそこが動力になっている。
「本島の中の異動はこれで大体事足りますよ。
島の外まで行くときは駅から列車に乗りますけど」
列車ってのは飛行船から見た、あの骨組みの橋を渡るあれか。
俺は乗りたくないぞ。怖すぎるぜ。
工業地区は商業地区とはかなり趣が違う。
賑やかで人通りが多い商業地区と違い人通りは少ない。皆工房の中で働いているのだろう。
排煙とかが上がっているせいか空気が悪い。建物も全体的にすすけた印象だ。
レストレイア工房は工業地区の中心から少し外れた場所にあった。
騎士工房というだけあって6階建てのビルに匹敵する背が高いレンガ造りの建物だ。
あちこちに窓や排気口らしきものが付けられている。
ドアを押して中に入ると、足場が組まれ天井からは鎖などが垂れ下がり、足場の中には骨格の騎士が鎮座していた。
骨組みの上に装甲を仮付けした、という感じだ。
足場には何人もも作業員らしいのが何かの作業をしていた。
あちこちから金属をたたく音が聞こえてくる。
「おお!これが俺の未来の愛幾か。腕が鳴るぜぇ!」
等と言いつつローディがこちらを睨む。若い。
今日は護衛と称してフェルとローディも一緒だ。
「そういえばさ、疑問だったんですけど」
とりあえずガンつけは無視してアル坊やに話を振る。
「何がだ、ディート」
「ここでは、足なんて飾りだ、とかいわないですか?
騎士って空戦するわけだから足とかいらないんじゃないですか?」
「あはは、ディートは面白いねぇ。やっぱり可愛いなぁ。
でもここでそんなこと言うとさ……」
「この馬鹿もんがぁ!!!」
耳を震わせるほど大声で怒鳴られた。
「ほらぁやっぱり、怖い怖い」
フェルが首をすくめる。なんだ?と後ろを振り返ると、そこにいたのは……俺の世界にもいたぜ、こういうの、という感じの、オーバーオールのような作業着を着てベルトには工具をぶら下げ、油と鉄片にまみれた親爺だった。
身長は俺より低い160センチほど。ずんぐりむっくりで……なにやらドワーフっぽい。
今はレースの世界もIT化が進み、颯爽とスーツを着こなしタブレットを操作する研究者然としたスマートな奴も増えたが、なんだかんだ言いつつも、こういう鉄とオイルとガソリンにまみれてます、というメカニックは健在だ。
「足がいらんだと、バカたれ。そんなこと行ったのは何処のバカだ」
「足なんて飾りですよ!偉い人にはそれが分からんのです!って言った人がいたぜ、俺の地元では」
「話にならんぞ。そのバカをここに連れてこい。儂が説教してやる。
お主も考えてみればよいじゃろうが。お主、手が片方なくなったらどうする?
不便というのもあるじゃろうが、身体のバランスにも影響するのじゃぞ」
なるほどね。この世界ではそういう設計思想ということか。
「騎士は足も含めて完全なバランスなのじゃ。
不要な部分などないわ。分かったか」
某機体も最終的には足つきもあったしな。そんなものかもしれない。
「申し訳ないです、そうですね。訂正します。親方?でいいんですか?」
「分かればいい。おお、アルバート店主殿、ようこそ」
メカニック前とした親爺がアル坊やに頭を下げる
「このたびは娘さんが僕をかばって…」
「……辛いことになってしまったが、娘は多分店主殿を愛していたと思う、本望じゃろう。
今頃風の神とともに店主を見守りながら次の転生を待っていると思いますぞ」
娘ってまさか……
「店主、この人はまさかクリスの?」
「ガルニデ・レストレイア親方。クリスの父親です」
……なんて衝撃だ。
いつも鏡で自分の顔、というか元クリス嬢の顔を見ている。
多分俺がこの身体を使って目つきとか雰囲気は変っているだろうけど、総じておとなしめの印象だ。
今は髪を切ってしまったが、髪を伸ばして化粧すればお嬢様で通るだろう。フェルの、一輪の花、という表現は結構的を射ていると思う。
そのクリスがこの油まみれの親爺の子で、この荒くれ環境で育ったんだろうか。なにかの間違いにしか思えん。
「まあそれはさておきましてだな。
今日は騎士の仕上げについてですな?骨格は組み上がっておりますぞ。
通常通りにし上げてよろしいですかな?」
「それなんですが……これは近接専用機にしていただきたいんです。できますか?」
アル坊やが一瞬口ごもって、意を決したように続ける。
フェルがへぇ、と声をあげ、ローディーが衝撃を受けたように固まった。
「それは……護衛騎士としてはちょっと変わったオーダーじゃな」
「何ってんですか、店主!そんな機体作っても、護衛に役には立ちませんよ!
護衛騎士に必要なのは中遠距離の火力でしょうが。無茶だ」
「……ローディには悪いが、この機体はディートの意向を受けて作ることにする」
「じゃあ俺は……」
「君の頑張りはよくわかってる、ローディ。
だが今回は諦めてほしい。商会の将来のためだ。
必ず君にも近いうちに騎士を……」
「ちょっと待ってくれ!そんなのないぜ、店主!俺がどんだけ……どんだけ……!!」
あの後は言葉にならなかった。
悔しい、何ていう、シンプルな言葉では片づけられない、理不尽への怒り、無力感。
俺の無理を通しておいて言うのもなんだが、気持ちは分かる。
昔の俺にもあった。スポンサーを手配できなかったり、もしくはチームのオーナーの意向に振り回されたり、有望な新人と競うことすらできず押しのけられたり。
レースではよくあることだった。
「くそっ!!」
「待てよ、ローディ」
「なんだよ、この野郎!
テメェが一体何者だかしらねけけど、騎士に乗れるんだから憐れみとかいらねぇンだよ!」
ローディが俺を睨むが。
「そんなことじゃない。俺と勝負しよう。練習機くらいはありますよね?店主?」
練習機がなければGへの耐性訓練とかもできない。
かといって普通の騎士を練習に使って乗り手が気絶したら貴重な騎士が墜落して消えてしまいかねない。
練習機はあるはずだ。
「あるぞ。ただ飛行訓練が主で、武装は最低限だが」
「それで十分です。
ローディ、俺と勝負しよう。練習機同士でだ」
「テメェ、俺にお情けかけるつもりかよ。クソが。
おとなしくこいつにのりゃいいじゃねぇか」
吐き捨てるようにローディが言う。
「いや、そんなつもりはない。気持ちが分かるだけさ。
何でポッと出の変な奴が俺より先に乗れるんだ。
俺の方が強いはずなのに、どうしてなんだ、許せるかこの野郎。
そんなとこだろ?」
ローディが沈黙したが、その通りだクソ野郎、というのは伝わってきた。
「だから納得させてやる。
悪いが今のお前じゃ俺には勝てない。それを思い知らせてやるよ」
「……言いやがったな、コラ。吐いた唾飲むんじゃねぇぞ」
「店主、いいんですかぁ?」
フェルは面白そうだ、というか他人事っぽい。
「……まあこうなってしまった以上、僕が止めても駄目だろうな。好きにしていい」
「よっしゃ。3日後の朝だ。それでいいな!
ひねりつぶしてやるから見とけよ、後悔させてやるぜ」
ローディがでていき、俺たちはその場に取り残された。一応護衛名目で来たはずなのに、店主を置いていくのはどうかと思うが勢いってやつか
「こんなわけで、親方。仕上げまで3日待って下さい」
「まあそのくらいは構わんが……なんとも愉快な事になったもんじゃな。
近接戦仕様にしたい、というのはお主の意向なのか?」
俺の方を振り向いて親方が聞いてくる。
「ええ。まあ色々とありまして」
今は意図を話す必要はないだろう。
「ディート、大丈夫なんだろうな。
あの計画を本当にするためにはこの機体はディートに乗ってもらわないといけないんだぞ?」
アル坊やが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫です。
あのローディ坊やがこの世界の護衛騎士の乗り方をしている限り負けないですよ。
いずれは分かりませんけどね」
「うーん、いいね。その自信満々なところ。
勝つことが分かっててあえてああいうことを言うのは、性格が悪いのかな?いいのかな?
どっちにしても可愛いことには変わりないけどねぇ」
フェルは相変わらず他人事っぽい。
勝つことが分かっていて言っている、というのは確かだが、性格が悪い、というのはちょっと違うと言いたいね。
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