第12話 出撃準備
綿をたっぷり詰め込んだ防寒服、薄手のグローブ、防風用のゴーグルのようなものを組み込んだ頭巾のようなものを身につけさせられた。これが乗り手の正式な装備らしい。
綿で少しモコモコした外見は映画とかで見るような昔の飛行機乗りのようだ。もう少しスリムならレーシングスーツにも見えるが。
それよりメイドのスカートを脱げたのがありがたかった。
騎士は船の下部につるされるように搭載されていた。
吹きっさらしの船の下部。冷たい風が顔の肌に触れる。港の桟橋の様な板が設置され、それが騎士に向かって伸びていた。
夜だが、雲海に反射する月明かりで騎士の姿が割とよく見えた。
今は立ち姿勢で肩や首のあたりに係留ワイヤーが通され船の下部につりさげられている状態だ。
全長は15mほど、ホールの絵そのままの中世の騎士の鎧を思わせるフォルムだ。空を飛ぶだけあって、背中には一対の大型の翼が取り付けられている。今は畳んだ状態だが。
翼の形状は某警察用ロボットものの敵機体が一番近い気がする。
まああまり詳しいわけではないから、もっと近いものがあるのかもしれないが。
コクピットはちょうど機体の首元にあたる場所にあるらしい。
ガラスのキャノピーの様なものと、装甲板らしきものが後ろにはね上げされていた。
桟橋からコクピットへ乗り移り、すっぽりと体を包むようなシートに座る。
シートには左右から伸びた4本のベルトが伸びていた。要はシートベルトだろう。
よく見ると防寒具の前の部分には金具とベルトが付いている。近づけてみるとはまるようになっていた。
金具同士をつなげて、両方のベルトの遊びの部分を引っ張ってシートに自分の体を固定する。
バケットシートに四点式シートベルト。世界が違っても人間は同じ発想に行きつくというのはおもしろいもんだ。
「手際がいいな。嬢ちゃん、ホントに経験が浅いのか?」
「慣れてますから、座るのは。操作は分からないので手短に教えてください」
操作がわからない、といったらアヴァロンとかいう乗り手の顔が引きつったような気がしたが、もうお互い引っ込みはつかない
「乗ったことあるんだよな?」
「まだ初心者なんですぅ」
こういうときは女の外見は便利かもしれない
「……左のレバーで左手の制御だ。トリガーを引くとエーテルシールドが展開される。
右のレバーは右手の制御。トリガーを引くとカノンを発射できる。
どっちもトリガーを引き続ければ連続使用できるが、使いすぎると過負荷で使えなくなる。
左右のエーテル石が赤くなったらアウトだ。注意してくれ」
コクピットの左右には鈍く光を放つ丸い石が埋め込まれている。
明かりかと思ったがそうじゃなくてアナログ式残弾表示みたいなものか。弾数が分かる仕様とはなかなか使い勝手がいい。
「分かりました。便利ですね」
左右の操縦桿は、ひじ掛けのようになっていて、そのさきにいくつかのトリガーがつけられたグリップが映えている。肘のあたりから固定してグリップを握る仕組みだ。
ひじ掛けに手を置くと、船員が左右の手のベルトを締めてくれる。
「左右の腕はお前の腕の動作に同調するようになっている。そのくらい分かってるよな」
「勿論ですよ」
元気よく返事をしてみる。勿論わからないのだが、そんなことは口が裂けても言えない。
肘までが操縦桿ユニットになっていて、腕の動きがそのまま機体とシンクロするようなイメージか。わかりやすくていい。
武装についてはどんなものはかさっぱりわからんが、名前からしてカノンは銃だろう。
まあ撃ってみれば分かる。
「足元のペダルは左が機動、真ん中が制動、右が加速だ。左のペダルに足を固定しろ。
ペダルを捻れば左右に曲がる。つま先を踏み込めば下降、かかとを踏み込めば上昇だ。
どういう自信があるのかわからないが、飛ばし過ぎるなよ!一発で気絶するぞ!」
左の足で姿勢制御、真中がブレーキ、右がアクセル。
左でクラッチ操作して、右でアクセルとブレーキ操作といういわゆるマニュアル車に近いイメージだ。ペダル配置が車と同じなのは有りがたい。
左右の操作を足でやるのは初めてだが、これは慣れるしかないな。
「カメラとかはないんですか?ロックオンサイトとか」
「何言ってんだ?何のことだ?」
そんな便利なものはないらしい。
有視界戦闘、そして手動照準だ。初代ガンダム並みか、これは。
「係留索をはずしたら落下する。10秒待ってからペダルを踏め。
あわてて加速すると船に衝突するからな!」
「分かりました!他に何かありますか?」
「飛び出したらサーチを起動しろ。敵の位置がわかる。その足の間から伸びている棒みたいな装置だ。
あとは頭巾にコミュニケーターが仕込んである。随時指示する」
「インカムつきとはおしゃれですね。ピットと交信可能なんですか」
「何言ってんだかわからんぞ。
とにかくお前さんにファーブニルの加護があるように祈ってる。
風の乗り手に炎の武勲を!!頼むぞ!」
「任せてください!」
親指を立ててポーズを決めたがあまり分かってもらえなかったらしい。
透明なガラスのフードがしめられ、その上から騎士の兜をかたどったような装甲が被せられる。
視界はかなり悪いが敵も条件は同じだ。
日本の男の子に、何でもいいから、と将来の夢を聞いたら絶対に1位は巨大ロボットのパイロットだと思う。異論は認めない。
その全男子の夢がまさか異世界で実現するとは思わんかった。
こんなことがあるなら異世界にすっ飛ばされた甲斐があるってもんだ。
そして、これは俺にとって大きなチャンスだ。
かなり強引な成り行きではあるが、望んでも得られなかった本番のシートを任されている。
ここでいいところを見せればレギュラーシートならぬ、ロボットの専属パイロットになれるなんてこともあるかもしれない。
もちろんあっさり撃墜されて死ぬ可能性もあるんだが。
だが、今は恐さとかよりなにより沸き立つような高揚感が勝った。
「頼むぞ。あと10分も飛べば騎士団の守護空域だ。足止めをしてくれればいい」
頭巾の耳の部分からちょっとかすれたような声が聞こえる。これがコミュニケーターってやつか。
「了解!いきます!」
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