第11話 しばしの休息

 コンビニで買い物を終えたのち、文太郎はエリコと一緒にトラックの中で休憩を取ることにした。

 あと数時間で夜明けということもあり、さすがに目がとろんとなってきた。

 居眠り運転でもしたら大変なので、小一時間ばかりの睡眠が必要だ。

 とはいえ、エリコは眠る気配すらない。


「さあ、食べるわよ。夢にまで見たコンビニの食べ物なんだから。十五年分、食って食って食いまくってやるわ。 ナーハハハハ!」


 なんてアホみたいに笑い声をあげ、助手席で食い物をがっつきはじめた。

 そして、弁当の空容器が山と積み上がったところで、ポテチの袋をバリっと開封。

 手についた油もなんのその、十枚重ねのポテチを口の中に放り込んでいく。

 さらには、袋に残ったポテチのカスも口の中にサーッと流し込み、恥ずべき貪欲な姿を見せている。

 人前でこれをやる女は文太郎も初めて目にした。


「エリコ、たけ○この里、一個もらっていいか?」

「たけのこはダメ。間違って買った、こっちをあげる」


 き○この里がポイッと一箱飛んできた。

 どうやらたけのこ派であるらしい。

 というか、全額出した自分が、どうしておこぼれをもらうのか。

 文太郎はそう思いつつ、き○この里をボリボリとかじった。

 これはこれでうまい。

 

「クカー、クカー」


 そうこうしているうちに、エリコは寝息を立てて眠りについた。

 出産間近といったお腹に両手を添えて、気持ちよさそうに爆睡している。

 腹がいっぱいになって寝るのはいいのだが、車内は彼女の散らかしたゴミだらけだ。


「ったく、片付けろよな……。俺のトラックはゴミ屋敷じゃないんだぞ……」


 文太郎はぶつくさ文句を言いながら後片付けに勤しんだ。

 座席にはジュースがこぼれ、ダッシュボードには弁当のフィルムが張り付いている。

 親しき仲にも礼儀あり、という言葉があるが、エリコとは昨日知り合ったばかりだ。

 いわば初対面に等しい間柄である。

 本来であればポテチのカスを口の中に流し込むことすら許されない。

 それなのに彼女は、乙女とは思えぬ醜態をさらすばかりか、ポテチで油まみれになった手を、座席のシートにこねくり回してした。

 ここまでくるともはや王様である。


「てか、ヘソまで見えてるし……。はぁ……」


 文太郎はげんなりとため息を吐き、空になったペットボトル(1.5L)をビニール袋の中に押し込んだ。

 そんなとき――。


「危ないッ!」


 エリコが突然叫んだ。

 文太郎は転生志願者かと思い、車外周辺に目を光らせる。

 しかし、そのような者の姿はどこにも見当たらない。

 それにトラックは駐車場に止めているので、なにもそこまで警戒する必要はなかった。


「リリア! シールドを展開するなら今よ! パーティーメンバー全員に、クリスタルシールドを発動して! ムニャムニャ……」


 どうやらエリコは夢を見ているらしい。

 目をしっかりと閉じたまま、チンプンカンプンな寝言を口走っている。


「ドラゴンが上昇をはじめたわ! みんな! 上からのブレス攻撃に注意して! 敵はエンシェントドラゴン! リリアのシールドだけじゃもたないかもしれない! エリスは念のため回復魔法の準備! あたしは魔法の発動にもう少し時間がかかる! ムニャムニャ……」


 エリコの寝言はさらに混迷を極め、ビシバシと指まで動いていた。

 文太郎はビニール袋にゴミを詰め込みながら、そんな彼女の指先に目を追っている。


「ここであたしが決める! 天空を支配する雷の精霊よ、我が聖剣にその稲妻の力をもたらしたまえ! サンダーシャイニングギガアタック! ムニャムニャ……」


 エリコはここでズバっと一刀両断。

 しかし振り抜いたその手には、ただの空気が握られているだけだった。

 おそらくゲームかなにかのやりすぎで頭がバカになっている。

 文太郎は彼女のどこに惚れたのか自問自答しつつ、ひとまず自分も仮眠を取ることにした。

 そして一時間後――。


「ふわぁ~、なんだかすっかり寝ちゃったな」


 目覚めたエリコは、あくびをして気持ちよさそうに背筋を伸ばす。

 そんな彼女とは対照的に、文太郎はほんの少しも眠ることができなかった。

 なぜなら、エリコの寝言は絶大なる破壊力を持っていたからだ。

 ドラゴンの次は、東の大陸を支配する魔王ガーリアと戦っていた。

 寝言にちょくちょく説明が入っていたので、文太郎も具体的な内容を覚えている。

 魔王ガーリアとは、リンテル王国を滅ぼした、とんでもなく悪い魔王とのことだ。

 文太郎はどっと疲れを感じ、心なしか頭髪も薄くなった気がした。


「さて、行くか」


 とりあえず出発だ。

 文太郎は小谷サービスエリアを出てトラックを走らせた。

 遠くの空はうっすらと明るくなっており、もうすぐ朝を迎えようとしている。

 そのせいか、転生志願者の数もめっぽう減った。

 この調子でいけば、陽が昇るころには本州の最西端、下関あたりまで行けるだろう。

 そこからは関門海峡を渡って九州に上陸し、目と鼻の先の熊本を目指すことになる。

 ゴールまでひとふんばりだ。

 文太郎は首を回し、バリバリに悲鳴を上げる肩をほぐした。

 張り詰めた運転が長時間続いたため、体のあちらこちらが痛かった。

 とくにサービスエリアで眠れなかったのが一番こたえた。

 すると――。


「文ちゃん、じっとしてて」


 エリコが文太郎の肩にそっと手を乗せる。

 そして彼女は、修道女シスターのような温和なフレーズで、こんな言葉をつぶやいた。


「慈愛に満ちたる光の守護のもと、汝の体に聖なる息吹が蘇らん。レゲネラツィオン」


 その直後、信じられないことに文太郎の肩こりが嘘のように消えていく。

 疲れや気だるさもなくなり、快眠から目覚めたかのように体も軽かった。


「エリコ……おまえ、なにしたんだ……?」

「ちょっとしたおまじない!」


 エリコはウインクをし、おどけたように舌を出す。

 彼女のキュートな笑顔を見て、文太郎の自問自答は一気に吹っ飛んだ。

 やはり、結婚するならエリコしかいない。

 その妊婦のように膨らんだ腹も、なんだか幸せな家庭を連想させる。

 文太郎は心も股間もほっこりし、明るい未来に向けてエンジンをスタートさせた。

 そんなとき――。


「うっ……」


 どういうわけか、エリコがフラフラと運転席の方へ倒れ込んできた。


「おい! エリコ! 大丈夫か!」

「だ、大丈夫……ちょっと疲れただけだから……」


 自力でなんとか身を起こしたものの、エリコの顔は貧血したように青ざめていた。

 乗り慣れないトラックに長時間揺られ、かなりの疲労が蓄積していると思われる。

 これは下関あたりでゆっくり休ませたほうがいいかもわからない。

 文太郎はそう考え、少しでも時間を稼ごうとトラックを走らせた。



 ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○



 エリコは疲れていた。

 それは普通の人が感じる体の疲れとは違い、魔力の消費にともなう疲労感だ。 

 異世界であればバクバク食べてぐっすり寝るだけで、魔力の回復はたやすかった。

 しかし、自分が今いる場所は異世界ではない。

 コンビニの弁当やお菓子をいっぱい食べて、夢を見るほどぐっすり寝たのに、魔力は1ポイントも回復しなかった。

 エリコは、自身にしか見えない、異世界表示のステータスを再度確かめる。


 ――【名前】エリコ・リンデルトン

 ――【性別】♀

 ――【年齢】15

 ――【LV】9999999(レベルカンスト)

 ――【HP】9999999/6881307

 ――【MP】9999999/4490776

 ――【現代魔法】全属性コンプリート(現代魔法レベルオールMAX)

 ――【古代魔法】全属性コンプリート(古代魔法レベルオールMAX)

 ――【特殊スキル】全種コンプリート(スキルレベルオールMAX)

 ――【女神の加護】全種コンプリート(加護レベルオールMAX)


 魔力はすでに半分を切っている。

 おそらく、これを使い切ればそれっきりとなり、今後、魔法やスキルの発動は不可能となる。

 しかも、先ほど文太郎に施した治癒魔法は、魔力の消耗がとても激しい。

 それだけではない。

 一度だけ無詠唱で魔法を発動していたので、それが大幅に魔力を削られた原因だ。

 無詠唱の魔法は魔力をごっそり消費する。

 トラックが横転しかけたときがそれにあたり、風魔法で風圧を操作していた。

 そのときはまだ魔力が回復できると思っていたが、それができない以上、できるだけ魔力を温存しなければならない。

 これから、どんな事態に陥るかわからないのだ。

 女神様が言っていた理由はこれだった。

 本当なら、文太郎が一人で熊本に辿り着けたはずであり、ここまでのピンチに見舞われることはなかった。

 だが、自分が過去に干渉したため、本来の歴史の流れに差異が生じてしまったのだ。


 文ちゃんだけはあたしが絶対守る――。


 エリコの思いはそれだけだった。

 当初は文太郎がどういう人間かもわからないので、警戒を怠らずにいた。

 乱暴されるのではないかとも考えた。

 しかし、そんな心配は杞憂に終わった。

 文太郎は優しくて正義感あふれる誠実な男だった。

 少しスケベなところはあるみたいだが、男の人だし許容できる範囲だろう。


 この命を文ちゃんに捧げよう――。

 過去のあたしを助けることになれば、今のあたしの存在は消えてしまう――。

 でも、そのことは文ちゃんには秘密――。

 だって、文ちゃんとは笑顔でバイバイしたいから――。


 エリコはハンドルを握る文太郎の横顔に目を向けた。

 ひと言で形容するなら、角刈り頭の猿だ。

 決してイケメンの部類に属さなくとも、彼の優しさがその顔にはピッタリ合っている。

 エリコは思わずプっと小さく吹き出した。

 すると文太郎は、


「へっくしょん! くそ、誰か俺の噂話でもしてるんじゃないのか?」


 と、鼻をムズムズしながら小首をかたむけた。



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