トラック転生多すぎだろ!~トラックの運ちゃんたちが泣いてます~
雪芝 哲
第1話 文太郎が修羅の道へ
菅原文太郎は出社するなり社長室に呼ばれた。
高卒で入社し勤続十七年。
これまで一度として遅刻をしたこともなければ無断欠勤もない。
三十五歳という働き盛りのおっさんだし、真面目に会社に貢献してきたつもりだ。
しかし、経理の智子さんが言うには、会社の経営はいつも苦しい状態にあるという。
ということは、人員削減でクビを切られる可能性も考えられた。
「三十五歳、無職童貞、彼女なしか……万死に値する最悪のプロフィールだな……」
文太郎は嫌な予感を覚えながらも社長室に赴いた。
そして、タコのような顔をした社長と、応接ソファで向かい合う。
そんな社長は、疲れた様子で目にクマをつくっていた。
七月の半ばに差し掛かり、蒸し暑い夜が続いているのだが、それが原因で眠れなかったわけではないらしい。
なぜなら、社長はやけに深刻な表情を浮かべているからだ。
文太郎はゴクリと唾を飲み、社長が口をひらくのをじっと待つ。
「文ちゃん、急で悪いんだが、熊本まで行ってくれんか」
「仕事の話でしたか……」
リストラではないとわかり、文太郎はほっと安堵の息をついた。
ちなみに文ちゃんというのは文太郎の愛称だ。
職場ではみんなからそう呼ばれている。
社員十名ほどの小さな会社なので、そこらの中小企業よりアットホーム感は強い。
「でも社長、なんで俺が熊本に? 欽也はどうしたんですか?」
文太郎はそんな質問を投げかけた。
自身は北海道の旭川市で働くトラックの運転手で、いつもは市内の配達を任されている。
長距離運送を担当するのが、欽也という二十代の後輩だ。
「欽ちゃんは昨夜に広島でやっちまった……」
「や、やっちまったって……まさか……」
文太郎は震える声でやや身を乗り出した。
社長が口にした、『やっちまった』という言葉は、すなわち交通事故を意味する。
それもただの交通事故ではない。
欽ちゃんこと欽也は、おそらく人を殺した。
トラックで人を轢き殺してしまったのだ。
「文ちゃんが想像するとおりだ……。あいつは交通事故を起こして相手を死なせちまったんだ……」
「やっぱりそうでしたか……」
「だからこうして、文ちゃんに代わりをお願いしてるのさ……」
社長はガックリとうなだれて大きなため息をついた。
やはり欽也は、死亡事故の加害者になってしまったのだ。
夜中にその連絡を受けたため、社長は一睡もできなかったのだろう。
とはいえ、欽也はスケベながらも、安全運転をつねに心がける模範運転手。
信号無視やスピード違反など、道路交通法違反による事故でないことは明白だ。
ということは、近年社会問題になっている、アレが原因としか考えられない。
「社長、事故原因は、トラック転生ですか……?」
文太郎は血の気が引いたようにキーワートをつぶやいた。
アレとはトラック転生のことである。
トラックに轢かれて死亡すると、剣と魔法の世界に転生できるのだという。
にわかには信じがたい話ではあるが、現に飛び込み自殺をする者があとを絶たない。
走行するトラックの前にいきなり飛び出し、自ら命を落とすのだ。
日本全国でそんな事件が相次ぎ、トラックの運転手は辞職を余儀なくされていた。
文太郎も仲間から聞いたことがある。
人を轢き殺してしまった運転手は毎晩うなされるという。
手足がおかしな方向に曲がった死体。
潰れたトマトのようになった死体。
フロントガラスを突き破り、運転席に飛び込んで「こんにちは」する生首。
そんな死体を目にすれば、過失がなくともハンドルを握れなくなってしまうのだ。
「目撃者によると、欽ちゃんのトラックの前に、いきなり人が飛び出してきたそうだ……。おそらく、トラック転生なんだろう……。だから文ちゃん、熊本まで行ってくれんか……。どうしても外せない仕事なんだ……。頼む、このとおりだ……」
社長は拝むように両手を合わせ、テカテカの頭頂部をこちらに向けた。
「わかりました社長……。俺に任せてください……。きっとこの仕事を成功させてみせます……」
社長に頭を下げられたとあっては、文太郎も仕事を引き受けるしかなかった。
それに仕事の依頼主は大手木材会社だ。
お得意様でもあるこの取引先を失えば、自分が働く会社の倒産を招きかねない。
倒産ともなれば最悪の結末が待っている。
将来に悲観した社長は家族をナタでぶっ殺し、自らはガソリンをかぶって焼身自殺。
経理の智子さんはソープランドに転職し、ホストに騙されたあげく服毒自殺だ。
欽也はそのころとっくに飛び降り自殺でもして死んでいる。
そのほかの社員も全国ニュースでなんらかの大事件を起こし、人生の大半を刑務所の中で過ごすことになる。
文太郎も例外ではなかった。
彼女とは縁のない三十五歳の童貞にとって、無職の称号は犯罪者と同義。
そんな自分に転職先など見つかるはずもない。
代わりに目が向かう先といえば、そこらを歩くスカートの短い女子高生だ。
そのけしからんJKの前でコートをガバっと広げ、自分のバナナを見せながら、
『グヘヘへ……。お嬢ちゃん、バナナは好きかな……? グヘヘヘ……』
と、そんな優しい言葉をかけて、逃げ惑う女子高生を執拗に追いかける。
間違いなく逮捕されるだろう。
そしてワイドショーで散々叩かれ、小学校の卒業文集まで晒される。
もちろん、バナナおじさんの趣味はない。
しかし、倒産という闇が人の心を狂わせてしまうのだ。
以上のことを踏まえれば、熊本行きは不可避の選択肢にほかならない。
文太郎は不安に包まれながらも覚悟を決め、ひとまず社長室をあとにした。
文太郎の勤める運送会社、『フンコロガシ運送』は、市郊外に社屋を構えている。
社屋といっても、プレハブの二階建てなので簡易的なものだ。
その二階が社長室、一階が事務室となっており、経理の智子さんは事務室でパソコンを操作していた。
「智子さん、ちょっとパソコン使わせてださい」
文太郎は彼女のノートパソコンを借り、『トラック転生』と検索をかけてみた。
これから修羅の道を走ることになるので、事前にいろいろ調べておく必要がある。
すると、膨大な量の検索結果がヒットした。
検索結果の上の方には、『トラック転生指南書』というサイトが表示されている。
そのリンクをカチリとクリックすると、次のようなことが書かれていた。
――猫耳娘からの指南、その一だニャ。
――異世界に転生するためには、大型トラックに飛び込むのが望ましいのニャ。
――中型トラックでも転生は可能だけど、確実に死ねる大型トラックを選ぶべきだニャ。
――それでも転生率が百パーセントというわけじゃないのニャ。
――運が悪ければ無駄死にするし、一か八かの賭けになるのニャ。
――でも、トラックに轢かれそうな人を助けて、自分がトラックに轢かれて死んだ場合は、転生率が大幅にアップするんだニャ。
――もしそんな場面に出くわしたら、迷わずトラックに突っ込むのニャ。
文太郎はその一を読んだところで、このサイトを閉じようかと思った。
内容がバカげているのはもちろんのこと、猫耳娘とやらの言葉づかいに、ニャンとも腹が立ったからだ。
とはいえ、情報収集は欠かせないので、文太郎はこのまま読み続けることにした。
――猫耳娘からの指南、その二だニャ。
――転生前のイベントとして、神様や女神様に会うことがあるんだニャ。
――神殿の中や真っ白な空間がその場所なのニャ。
――このイベントの主な内容は、チート能力をもらうことだニャ。
――最強の魔法や最強の剣技、特殊属性のスキルだとか、異世界でオレTEEEできる能力だニャ。
――そのあと、神様や女神さまから、転生するパターンを訊かれる場合があるんだニャ。
――前世の記憶を持ったまま赤ちゃんの状態で生まれ変わるか。
――それとも今の姿のままでトリップし冒険をスタートするか。
――その二つだニャ。
――前者は成長までに時間がかかるので、手っ取り早く冒険を進めたいなら後者をおすすめするニャ。
文太郎はその二を読み、なるほどな、と腕を組んだ。
なにせ自分はこのジャンルに精通しておらず、ネット小説はおろかアニメすら見たことがない。
見るのはもっぱらエロサイトのエロ動画だ。
しかも、チンパンジーでも入学できる高校を卒業しただけに、趣味を広げるほどの脳ミソもなかった。
脳ミソが欲するものといえば、食欲、睡眠欲、性欲、これら三大欲求のみである。
ある意味、思考回路は猿に近いかもわからない。
見た目も猿顔だとよく言われる。
そんなこともあってか、これまで彼女もできず、寂しい独身生活を続けてきた。
それでもソープで童貞を捨てたくはないという誇りだけはある。
いつかはかわいい彼女ができることを信じ、エッチなサイトに踏みとどまっているのだ。
そんなクソどうでもいい話はさておき、文太郎はサイトの続きに目を通す。
――次は異世界から帰還した福山雅治(仮名)さんへの質問コーナーだニャ。
――それを参考にして、みんなもトラック転生するといいニャ。
――(Q)福山さんはどうやって異世界へ転生したのかニャ?
――(A)テンプレのとおり大型トラックに突っ込んで死にました。
――(Q)神様からはどんなチート能力をもらったのかニャ?
――(A)私の場合は女神様でしたが、地、水、火、風、雷、の五属性の魔法が、初期値でMAXというチート能力でした。
――(A)異世界では赤ちゃんスタートかニャ? それともトリップかニャ?
――(Q)赤ちゃんスタートです。外見を変えたかったもので。
――(Q)転生前と転生後の外見を教えてもらえるかニャ?
――(A)転生前はチビのハゲデブキモオタブサメン、転生後は金髪碧眼の超絶イケメンです。
――(Q)異世界での暮らしぶりを教えてくれるかニャ?
――(A)十数人のハーレムを築いてウハウハ生活でした。その全員、私の股間のエクスカリバーで攻略済みです。
――(Q)どうして異世界から戻ってくることができたのかニャ?
――(A)女神様との約束なのでノーコメントです。
――(Q)もう一度、異世界へ転生してみたいかニャ?
――(A)はい。じつは近いうちにトラックに飛び込む予定です(笑)。
質問コーナーを見て文太郎は愕然とした。
トラック転生とはこういうものだったのだ。
欽也をふくめ、どれだけのトラック運転手がこいつらの犠牲になったのか。
文太郎はやるせない気持ちになるとともに、俺は絶対に負けないぞ、という強い想いを胸に刻んだ。
「文ちゃん、必ず生きて戻ってきな。あたいはあんたを信じてるよ」
隣の席で、タバコをプカプカとふかす経理の智子さん。
彼女もグッとうなずき、文太郎の肩に手を乗せた。
紫色のアフロヘアで、ドラム缶体型の五十代のおばさんだ。
もちろん男女の関係ではない。
あくまでも彼女は職場の先輩である。
「俺は必ず戻ってきます。だから心配しないでください。それじゃ、行ってきます」
文太郎はしばしの別れを告げて席を立つ。
そして、作業着の股間のチャックをキュっと上げ、駐車場の大型トラックに乗り込んだ。
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