タピオカの弾丸は撃ち抜けない

藤あさや

タピオカの弾丸は撃ち抜けない

 並んで買ったタピオカミルクティ。

 昼の教室で話題になっていたフードコートの新しいお店。

 青空の下で飲もう、と空いたベンチを探しはじめたところで、うっ、と身体が固まる。

 ——牧村。

 クラスメート。キレイ系勉強できるグループのリーダー格。嫌っている、というわけではないけどちょっとむかつく顔。勉強できない系ギャルの一人であるあたしには天敵っぽい相手である。

 ふと上がった牧村の視線があたしを捉え、ふん、と逸らされた。

 ——やっぱむかつく。

 牧村のことなど眼中にないとでもいうように、近くのベンチにどすんと腰を下ろす。牧村は再度視線を投げかけてきたけれどあたしは素知らぬ振りをして高く足を組む。

 ——こんなとこで参考書ってありえない。

 傍に置いた荷物がヴァイオリンケースであるのも妙に腹立たしい。そうなると顎の高さで切り揃えたさらさらの黒髪も、ちょっとグロスっぽいリップクリームも、天然の二重瞼も、妙に高い位置にある気がするウェストも何もかも気に入らなく思えてきた。

 ——ふん。

 鼻で嗤って小さく丸めたミルクティーのレシートを牧村めがけて弾き飛ばす。デコった爪から打ち出された紙くずは見事に牧村に命中した——はずだった。

 ぱし。

 参考書に向けた顔を上げもせず、牧村は空中で紙くずを捉えてしまった。そればかりか即座に投げ返されてきて、紙くずはあたしの頭にぽこんと当たった。

 ——塚原卜伝かっ。

 あたしが唯一好んで読む活字の本はパパの本棚にあった時代小説だ。

 むっとして睨みつけたけれど牧村は教科書に視線を落としたままだった。いや、口元がにやりと歪められている。

 ——くっそうぅぅぅ。

 ずっ、と太いストローからタピオカを吸い上げたところで閃いた。ミルクティーのストローをくわえたまま引き抜き、口の中のタピオカを一粒、ストローに押し込む。

 リロード。リロード。

 ショッピングモールの端にある時代遅れのゲームばかりのゲームセンターに、ゾンビを撃つゲームがあった。ピストル型のコントローラーのやつだ。頭の中でそのゲームの効果音が鳴った。

 ファイア!

 ふっ、息を吹き込んだストローを向けた先はお澄まし牧村。タピオカの弾丸はまっすぐに気取った顔に向かって飛んでいく。

 顔にタピオカをくっつけた牧村を想像してあたしはほくそ笑む。

 ところが。

 牧村の顔がぱっと上がり、いつもの印象より大きな口ががぱっと開いた。いかにも矯正済みですという白い綺麗な歯並びが目に焼き付いた。そして、タピオカの弾丸は見事にその口の中に飛び込んでいった。

 もぐもぐもぐ。

 私の放った攻撃はまたしても完璧に阻止されてしまった。軽く歯ごたえを楽しまれたらしいタピ弾が白い喉に呑み下されるのをあたしは呆然と見守った。妙に色気を感じさせる喉の動きだった。

 牧村の唇が聞こえない言葉を紡ぐ。

 お・い・お・お・あ・あ?

 ——ごちそうさま?

 解読した瞬間に頭に血が昇った。

 ——赦せない。赦せない。赦せない。

 あたしはミルクティに再びストローを突っ込み、タピオカをまとめて吸い上げる。そう。リロード・リロード・リロード。

 今度は避けられないはず、と中学までやっていた吹奏楽の肺活量をフルに使い、あたしはタピオカ・マシンガンになる。

 すととととっ。

 黒い弾丸の列が牧村を襲う。でも、なんてことだろう。少し狙いがばらけて牧村を飾りつけるはずだったデンプンの粒たちは一つ残らずあいつの口に回収されてしまった。吸引力の衰えない唯一の、というおかしなコピーが脳裏を過ぎる。

 牧村が素早く立ち上がり、こちらに向けて踏み出してくる。あたしは慌てて次のタピオカをリロードしようとしたけれどミルクティの容器にストローを突っ込んだところでと頭を掴まれた。

 顔を上げさせた牧村はそのままあたしに代わってミルクティを吸い上げる。そして、今度は牧村がストローをくわえたまま引き抜いた。

 鼻をつままれ強引に口を開けさせられた。ストローの先が押し込まれ、口を閉じさせられる。

 う?

 え?

 へ?

 展開についていけずに目を白黒させたあたしの口の中に、ストローを経由してタピオカとミルクティが送り込まれてきた。喉の奥近くを、ココナツミルクの入った紅茶とともに送り込まれたよく滑り柔らかな固形物に刺激され、反射的に飲み下してしまう。

 な、な、な、何?

 呆然とするあたし手からタピオカ・ミルクティの容器を奪った牧村は挿し直したストローで一口飲み、何事もなかったかのように微笑んだ。

「ここのタピオカミルクティ、おいしいわね。来てよかったわ」

 彼女の唇に小さなミルクティの雫がついていた。

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