9.5話 レネの物語

 僕の名前は、相川あいかわ零音れね14歳。


 "2年前"⋯⋯12歳だった僕は、山奥の田舎に引っ越した。


 明日から、新しい学校に転入するという事に、不安と期待が入り交じっていたあの日。


 僕は、新しく住む事となったその場所に早く慣れようと、散歩していたんだ。


「あ! こらそっちは危ないぞ!」


 何処かから、微かに聞こえた声に、周りを見渡したが誰もいない。


 気のせいだったかと、再び前を向いて歩きだしたその瞬間━━死角となった曲がり角から、突然車が減速もせずに飛び出して来て、僕は⋯⋯はねられた。


 ぼやける視界の中、地面に光る魔法陣のようなものを見た。



「んん⋯⋯。あ、あれ⋯⋯? 私⋯⋯」


 次に目を覚ました時、僕は全く違う場所にいた。


 訳が分からず、パニックになり、知らない場所にたった1人で、心細くなった。


 どうすればいいか分からず、何処に向かえばいいのかも分からず、知らない草原に立ち尽くすんでいた。


「お嬢ちゃん、夜中にこんな所で1人、何をしとるんじゃ?」


 荷台を引いた馬に乗った、お爺さんに声を掛けられ、人に会えた事が嬉しかった僕は、それまでの事を無我夢中で話した。


 よく覚えていないが、多分支離滅裂で、内容もとても信じられるものではない為、意味が分からなかったと思う。


 でもそのお爺さんは、黙って僕の話を聞いた後、乗りなさい。と、一言だけ優しく言った。


 それから、お爺さんの住む村まで乗せてもらい、行くあてのない僕を、家に住まわせてくれた。


 小さな村で数日過ごし、これは夢なんかじゃないと思い知らされた。



 お爺ちゃんは商人であり、妻のお婆ちゃんと2人暮らしで、若い頃に息子を失くしたらしい。


 僕の事を娘ができたみたいだと、暖かく歓迎してくれた。


 僕も2人の事は、もう1人の親のように、今思っている。


 今いるこの世界は、どうやら僕のいた世界とは、大幅に違う世界らしい。


 魔法、魔族、獣人、エルフ。僕の世界の常識では、どれも空想上のものだ。


 しかしこの世界の人達は、それらが当たり前に存在しているかのように話す。


 村にたまたま立ち寄った、冒険者だと名乗る女性に、実際にいろんな魔法を見せてももらった。


 彼女に、あなたの魔力量はとても多い。魔法を勉強すると良いと言われ、自分にそんな長所があったとはと、その時は驚いたものだ。


 僕は、これからどうするかを考えた。あの家で、ずっとお世話になる訳にはいかない。それに、元の世界に帰りたい。


 村を出て、帰る方法を探さないと⋯⋯。手掛かりは、あの時見た光る魔法陣だけだ。


 馬で1時間ほど行った場所に、ヴァルキアという首都があると村の人に聞き、まずはそこに行く事にした。首都ならば、何か良い情報が得られるかもしれない。


 しかもそこには、寮制の魔法学校があるらしい。住む所が無くなる私には、好都合だ。


 しかし、問題が2つあった。


 簡単な魔法試験と、お金の問題である。


 僕は魔法を使えなかったし、お金は全く持っていない。お世話になっている家は、生活するので精一杯といった感じで、これ以上はとてもじゃないが頼めない。


 そうやって悩んでいた頃、お爺ちゃんにヴァルキア魔法学園は、10年ほど前に男の入学者がいて、話題になったと聞いた。


 その男は、大した実力でもなかったが、魔法を使える珍しい男という理由で、お金を免除されたのだとか。


 正直、男は珍しいからなんて理由で全額免除なんて、不公平だと思った⋯⋯。


 逆に、女で近接戦闘に優れていれば、その類いの専門学校で免除になるらしいが、女は優れてないと免除にならないが、男は大した実力じゃなくても免除になるなんて、やっぱり不公平だ。


「近接戦闘の才能なんか無く、お金も無い私はどうしろと⋯⋯」


 男女の待遇の差に不満を感じながらも悩み、そして僕は決心した。

 

━━よーし⋯⋯だったら男のふりして、簡単な試験とやらを合格して、無料で入学してやるー!!


 幸い、今この世界は、魔王倒した後で浮かれきっているらしい。


 だいぶ無謀な気もしたが、それでも妙な自信があったのは、前の世界とのあまりの違いに、なんだかまだ夢を見ているような感覚が、何処かにあったからなのかもしれない。


 思い立ったら即行動な僕は、すぐに髪を切り、1人称を私から僕に変え、お爺ちゃん達の息子さんの服を譲って貰い、試験に必要な基本魔法を、見様見真似で練習し始めた。


 

 そして、この世界に来て2年。


 14歳となった頃には、自分の事を僕と呼ぶ事もすっかり定着し、基本魔法も使えるようになっていた。


 しかし1人で練習したとはいえ、こんなに時間がかかるとは⋯⋯どうやら、僕が優れているのは魔力量だけらしい。


 お爺ちゃんとお婆ちゃんは、最初は反対していたが、最終的には僕の帰りたいという気持ちを尊重してくれた。


 違う世界から来たなんて、普通では信じられないような僕の話を、2人は信じてくれてたんだ。


 お爺ちゃんが仕事でヴァルキアに行く日があり、その日に一緒に乗せて行ってもらう事になった。もし女だとバレたり、試験に落ちたら、また一緒に村に帰ろうとも。


 本当に優しい人達だ。感謝してもしきれない⋯⋯。


 

 出発の日の夕方。ここに戻ってくるか分からない為、村の皆に挨拶して回り、最後にお婆ちゃんに心を込めて、今までのお礼を言った。


 ヴァルキアまでは馬で1時間かかるので、村で1番強いガヤックに護衛として同行してもらい、僕は2年間を過ごした村を出た。


 特に大きな問題も無く、無事ヴァルキアに着き、僕は緊張しながらも学園に向かう。


 決心した時の謎の自信は何処に消えたのか、心臓の鼓動がその速度によって、お前は今緊張しているのだと言わんばかりに主張してくる。


 僕は、ちゃんと男の子に見えているだろうか⋯⋯? 男の子の格好をしているし、内股で歩いたりなんかもしていない。なのに、すれ違う人がやけに僕を見ている気がする⋯⋯。


 だが、そんな不安をよそに試験はあっさりと受けられた。身体検査も無い、なんとも緩いものだった。


 試験は余裕とまではいかなかったが、危なげなく合格して、お金の免除も受けられた。聞いていた通り、本当に簡単な試験と緩い雰囲気だ。


「それじゃ、今からあなたの部屋に案内するわね。2人で1部屋だから、既に同室者がいるけど」


━━同室者⋯⋯? 男女で同じ部屋ってのは問題無いんだろうか? まぁ、僕は本当は女な訳だけど⋯⋯。この世界の基準がよく分からない


「あ、その前に、家族に報告して来ていいですか?」


「もちろんよ。なら終わったら、あそこの建物の5階に来て?」


 僕の試験監を担当したノルエは、大きな建物を指差して言った。おそらく、あそこが学生寮なんだろう。


「分かりました。終わったら、すぐ行きます!」


 外で待っていた2人に報告すると、ガヤックは喜んでくれたが、お爺ちゃんは複雑そうな顔をした。


「寂しくなるな⋯⋯。儂に金があれば男のふりなんぞせずに済んだのにのう⋯⋯」


「そんな! これまで何もかも助けてもらった!! 十分すぎるよ⋯⋯」


「⋯⋯いつでも帰ってくるんじゃぞ? あそこは、お前の家なんじゃから」


「うん⋯⋯。今までありがとう⋯⋯元気でね?」


 貰った暖かい言葉に泣きそうになりながら、2人に別れを告げた。


「ぐすっ⋯⋯5階だったよね?」


 軽く鼻をすすり、ノエルが指差していた建物に入ると、エレベーターで5階に向かう。


━━同じ部屋の女の子は、どんな人なんだろう⋯⋯。男と同室なんて、嫌がったりされないかな⋯⋯


      チーーーーーーン


 目的の階に着いた事を知らせる音が鳴り、ドアが開く。そして、前方にいるノルエの姿を見つけた僕は、そちらへと歩いて行く。


 ノルエはドアの前で、部屋の中の誰かと話していた。


「あっ来た来た。ここよー! さ、入って」


 彼女もこちらに気づき、手招きしてくる。どうやらここが僕の部屋で、中にいるのが僕の同室者みたいだ。


━━緊張してきた⋯⋯。よっよーし、最初は元気よく⋯⋯


「はっ初めまして! レネです! これからよろし━━って男の子ぉぉぉぉ!?!?!?」


 女の子だと決めつけていた同室者は、同い年くらいの男の子だった━━

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る