終末でも学校は忙しい<Ⅲ>
拳銃を構えながら長生が振り向くとそこにはマネキン人形がいました。
包丁を振り上げて今にも襲い掛かる瞬間のマネキン人形がすぐ後ろに、されど不可思議な事にそれ以上先の行動は起こさず、ただ包丁を振り上げて一時停止のボタンでも押されたかのように立ち止まっています。
ですから長生は拳銃の引き金を引くべきか否かで迷いました。
ピッタリと銃口を額に押し付けられても決して動く気配を見せないマネキン人形でしたが、はっきりと確信を持ってこのまま振り返えれば背中に包丁を突き立てられると長生は断言出来ました。
引き金にかかる指に力が入ります。
マネキン人形はピクリとも動かずそのまま、銃口が火を噴くまで立ち止まり続けそしてバンッという乾いた破裂音と共にマネキン人形の頭部に大きな穴が開いて、陶器の壺が割れるような音を響かせて、真っ白な液体を飛散させながらマネキン人形は後ろへと倒れてました。
包丁を振り上げた姿勢を一切崩さずに……。
「はぁ…はぁ……」
拳銃を下ろして長生は肩で息をしながらそれでも、後は貨車の裏の取っ手を伝って壁とフェンスを越えれば住処に帰られると安堵して、ふと視線を別の方へと移して長生は思わず絶句してしまいました。
視線の先には文字通りリモコンの一時停止ボタンを押されて、そのままの態勢で立ち止まっているマネキン人形が、一体、二体、三体、四体……視界に入る範囲を埋め尽くすマネキン人形が立ち止まっていました。
さながらだるまさんが転んだをしているようで、きっと長生が振り返ると同時に動き出す事は明白です。
後退り、隙間に貨車と壁の隙間に身体を入れようとして肩が隙間に入らずそれで首を動かして、確認しようとしてハッとして振り返ると先程より明確にマネキン人形は近付いて来ていました。
このままで後ろを振り返って登れるだろうか?
その前に体を掴まれるのではないか?
今まで体験した事の無い初めての出来事に長生は久しく忘れていた恐怖を抱きました。
慣れて慣習化した以前にも体験した事のある乾燥した恐怖ではない、生々しい今目の前に迫る新鮮な恐怖は長生から冷静な思考を奪おうとして、それでも必死に抵抗して冷静さを保ちながらまずはリュックを背中から下ろします。
そして一瞬だけ振り返って壁とフェンスの向こうへ投げました。
中の『タマゴ』は本当に奇妙で以前、一度だけ咄嗟に『それ』に『タマゴ』を投げ付けた事があり、その時は当たって地面に落ちても罅一つ入らず長生はたぶん大丈夫だろうと信じてリュックを投げました。
LEDランタンは取り外して腰に提げ、リュックの中には特に割れる物は入っていないので後はどうにかして長生自身が壁とフェンスの向こうへ行くだけです。
一瞬振り返っただけで相当な距離を詰められ、もしかしたら上り切る前に足を掴まれるかもしれないという不安がありました。
それでもこのまま立ち止まっていても再び『闇夜』が来たら、街灯の無いこの場所では危険です。意を決した長生は振り返り急いで後ろに構わず死に物狂いで取っ手を伝って壁の上のフェンスをよじ登って、越えて転落と着地の中間の姿勢でその先へ辿り着きました。
上を見ると本来ある筈の無い、悔しそうな表情を浮かべている、そう思えるマネキン人形達がフェンスを掴み、貨車の上で呆然と立ち止まっていました。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
先程よりもずっと激しく長生は肩で息をしました。
そして久しく忘れていた新鮮な恐怖とそこから生還した、九死に一生を得た時の生きた心地を噛みしめながら帰路につきます。
もしかしたら追跡を続けているかもしれない『あれ』や『それ』に警戒しながら……。
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