第1話「覚えるかどうかは別として」
私は、東京に来た。
今住んでいる田舎の狭いコミュニティを飛び出して、もっと広い世界に住みたかったんだ。
………それなのに。
「——はあっ、——はあっ、」
私の息遣い。キャリーバッグのキャスターのガラガラという音。後ろから聞こえる足音は3つ。
そう、今私は知らない男に追われていた。東京の高校への入学のため、電車と新幹線を乗り継いでやっとの思いで駅へ降り立ったと思ったら、急に黒いスーツの男3人が追いかけてきた。
中学の時陸上部で長距離を走っていたことも手伝って、なんとか逃げられているけど、こっちは荷物を持っているし、捕まるのは時間の問題だろう。
そもそも、どうして私は追われているのか。
心当たりは全くと言っていいほどない。
これまでは田舎の隅で慎ましく暮らしてきた。
そりゃぁ、母親がフランス人で、見た目が日本人離れしていて、周りからは奇異の目を向けられることもあったけど、それは追われる理由にならないだろう。東京にはそんな人たくさんいるだろうし。
「————はぁ、」
息は上がっていた。それでも必死に走った。
そして、撒こうと裏路地に入った時だった。
「こっちよ」
突然、曲がり角から手が伸びてきて、私の腕を掴んだ。
「え——うわぁ!?」
そのまま引っ張られて、裏路地のさらに狭い通路へと誘われた。
私の腕を引っ張った主を見ると、私と同じくらいの歳の人女性。
「あの——」
その女性に声をかけようとすると、私の唇に人差し指を当てられた。
なにそれ!?所作が色っぽすぎない!?
「死にたくなかったら黙っておくことね」
微笑んで、そう言われた。
………え?………死?
死にたくはないのでとりあえず息を殺す。すると、黒いスーツの男たちは角を曲がらず、まっすぐ駆けていった。
「あ……」
「ほらね」
そう言って、また微笑んだ。
「あの、」
この人は、私を助けてくれたんだ。お礼を言おうとすると、女性が声を重ねてきた。
「ここじゃ埃っぽいから、場所を移動しましょう。そこで話ならいくらでも聞くわ」
その言葉に、こくこくと頷くことしか出来なかった。
o,+:。☆.*・+。
「いらっしゃい、待ってたよ。
女性と一緒にやってきたのは高そうなマンションの一室。そこにいた男性は私を見るなりそう言った。
「なんで、私の………」
「ああ、名前?俺には特殊な情報網があるから。名前くらい分かるよ。覚えるかどうかは別として」
特殊な情報網?と首を捻っていると、男性が「まぁ座りなよ」とソファを勧めてきた。一応頭を下げて座る。
私の対面のソファに、助けてくれた女性と、家主(多分)の男性は座った。
「とりあえず自己紹介ね。私は
「俺は
2人も名乗ってくれた。
「吉澤モニカです…」
知っていたみたいだけど、もう一度名乗っておく。
「それで?どうしたのあの人たち」
氷室さんがおもむろに口を開いた。
あの人たち……とは黒いスーツの人たちのことを言っているのだろうか。
だとしたら私にも分からない。突然追われたんだから。
「………心当たりとかないの?」
氷室さんが少し声を落とす。私は射すくめられたように動けなくなって、必死に首をぶんぶんと左右に振った。
「そう。なら仕方ないね」
氷室さんは、「ぬぁー」とか声を上げながらソファの背もたれにもたれかかった。
「けど、女子高生に撒かれるなんて、あの人たちも訓練足りてないんじゃないの?」
窓の外を見ながら、小馬鹿にしたように笑った。
「確実に私の力だから!」
「はいはい、ありがとう初音」
氷室さんが坂本さんの頭をぽんぽんと叩いた。とたんに坂本さんはおとなしくなって、座り直した。
……あまりにも自然な流れだった……。この二人、デキてるのかな………?
「とりあえず、今日は送るよ。明日入学式だし、朝迎えに行くから」
「はぁ、ありがとうございます……?」
まだ、私はスーツの男に追いかけられるというのがどれほど大変な事態なのかということを知らなかった。
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