ゼミ課題の短編集

おーえる

① 忘失性低気圧

 屋根を叩く雨粒が刻むリズムに合わせて鼻歌を部屋に響かせる。響く音に合わせてPTPシートの向こうに陳列された可愛らしい色の錠剤を指で押し出して机の上に転がす。

 薄いアルミの膜を突き破り、跳ね、転げ、ぶつかり倒れる。

 ぷちん、ぷちん、からん、ころころ、からん。

 目を向けないまま床に落としたままの袋に手を入れても、もう中身は無かった。机上にはカラフルな錠剤の山。そして500mlのペットボトル7割くらいに残ったミルクティー。

 窓の外が光った。遅れて届くお腹の底を揺らす重低音。梅雨は嫌い。セットした髪はぺちゃんこだし、濡れるし、頭痛いし、浮気されるし、めっちゃ頭痛いし。

「くそぉ……私よりあんなのがイイのかよ……」

 手で極彩色の死を鷲掴む。頬張る。噛み砕く。

 これはきっと、アイツの骨で、肉で、心臓で、私の恋だ。くそったれ。砕け散れ。

 ぼりぼり噛んで、ごくごく飲んで、掴んで、食べて、噛んで、飲んで、頭が痛くて、口の端から溢れたら舌で舐め取って、また掴んで、手が震えて、ぼろぼろ転げ落ちて、構わず唇を指でこじ開けて、歯の隙間からねじ込んで。飲んで。アイツが笑ってて。

 なんであんな、なんで人の心をあんなにも弄んで笑顔で居られるのか分からないから殴って、押し倒して、左手は首へ、右手は振り上げて、握り締めて、振り下ろす、振り下ろす、手の甲が裂けて、振り下ろして、アイツがくれた指輪はすっぽ抜けて、振り下ろして、気持ち悪いほど笑ってて、その顔が腹立たしくて。

「死ねッ‼︎」

 叫びとともに振り下ろした拳の行方を見るより先に、世界はぐるぐる回って光って弾けて消えた。


 瞼を焼く日差しに負けて目を開けた。頭痛でフラつきながら、ペットボトルに残ったお茶を流し込んで、ずたぼろな右手に絆創膏をぺたぺた貼って、転がってた指輪も、貰った服も靴も鞄もピアスもぬいぐるみも全部、全部ゴミ袋に入れて、アイツが残してった赤マルの箱を掴んでベランダに出た。

 置きっ放しの灰皿に溜まった雨水を捨てて、一本火を点けて深く吸い込む。西陽が輝き湿った空気が風に流されていく。吐いた煙と一緒に消えていけ。

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ゼミ課題の短編集 おーえる @OLsenpai

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