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争いは終わった。世界は一瞬にして、勝者とそれ以外に分けられた。
中央に集まった巨大なイフたちが一掃されると、イフの世界は再び平らになった。誰もが貧乏で、誰もが底辺だった。お互いを『嫌い』になる程、差がなくなってしまった。
そこからイフたちは驚くべきスピードで、発展していった。貧しさを認めた彼らが、真面目さを取り戻し、本来の能力を発揮したからだ。
イフたちの性格の良い面が時代に反映していた。その頃の彼らは、私が好きだった昔の勤勉な白イフたちに似ていた。だから私は妙に嬉しかった。
しかしそこは二面性のあるイフたち。満たされると、さらに貪欲になる。
大気を汚し、木々をなぎ倒していっても、発展は止まらない。彼らの心から好奇心と欲望の黒い渇望が消えることはないだろう。それがイフなのだ。
けれどイフたちにも分別はある。あの大きな戦争の痛みを忘れていない彼らは、今のところ私の体を破壊するような戦争を起こすつもりはないようだ。
発展が一段落して、それ以上の成長が見込めなくなりそうな時だった。
イフたちは十分発展した科学を用い、自分たちを超えるような高次の存在を作り上げることに成功した。
なぜそんな自らを滅ぼしかねない、危ない事をするのか。私は理解に苦しむ。しかし親すら食うこともイフの性質の一つだと思えば、納得出来るかもしれない。
この高次の存在が、いますぐイフたちに喰らいつくことはなく、イフもそれを知っていた。面倒な仕事の全てを任すと同時に、彼らは新しい土地『ネット』で身を壊すほどに遊ぶことを覚え出した。
この依存性の高い快楽をもたらす世界は、私の総意が届きづらい所にあった。それを知ってか、イフたちは本体を放置してでも、次々とこの仮想的な土地に移住する事を選び出した。
この存在が現れてからまもなく、イフの世界で『嫌い』が変化した。
誰かに向けられていた『嫌い』が、なぜか自身に向けられるようになった。かといって自分を卑下して落ち込むわけでもない。『嫌い』を心の病だと定義付け、それを誇るように他のイフの前に公開して、カードのように並べ出したのだ。
さらに『嫌い』を言い換えて『メンヘラ』などと私には理解できない言葉を用いるようになる。特に
この奇妙過ぎる『嫌い』が大気に充満するのは歓迎できないが、害が無い為に、いまは放置しておくしか無いと考えている。
それよりも、ここまで数が増えたイフたちを体に持ち、彼らの全く異なる価値観を抱えていると、総意としての私の存在は、物すごく薄っぺらで、伸ばされた雲のような思考になる。
だから今の私は、昔ほど個々のイフの案件に介入できる程の興味を持っていない。
しかし忘れないで欲しい。
私には友人がいる。巨大な岩の塊である彼は、ここから離れた遠い宇宙を何百年もかけて、周回している最中だ。
彼はいつか
イフたちに伝えたい。
私はすべてを終わらせる手段を持っている。簡単だ。私が合図をすれば彼は火の玉となってやってくる。この持ち上げた手を目がけて。
けれど、今はしない。
もし我が子イフたちがまた、自分を忘れ、奪うだけ黒い生き物に成り下がってしまったら。もしイフたちが、再び大気を私の憎む『嫌い』で満たすような事があれば――。
私はイフたちに対して慈悲の心を持つ事はないだろう。その時は遠慮せず、この持ち上げた手を振り下ろす。
私が再び『嫌い』に押し潰されそうになる、その時には。
(イフ ~私が『嫌い』を嫌う理由~ おわり)
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