iii


 やがて高貴でない者たちの間で、不穏な動きが起こった。それぞれの中でのボスを決める、覇権の争いが始まったのだ。


 彼らから放たれる『嫌い』の感情は、あの祖先の黒いイフを彷彿とさせる野蛮ぶりだった。強い物がより強い者を殺した。弱い者同士でさえ奪い、犯し、殺し合った。


 その感情の色合いがあまりにもどぎつくて、私は何度も目を背けてしまった。


 イフたちの中に禍々しい狂気の光が現れたのも、この頃かもしれない。味方だった者が敵となった。親と子の、兄と弟の関係を超えて、同族同士で簡単に裏切りを行い、寝首をかいた。


 なぜ最大に愛を与える者を、やいばで刺し通す事が出来るのか。死んでからその身を子に食わす親は他の種にもあるが、親を殺す生物は見た事がなかった。最初から、どこか壊れて生まれてきたのかもしれない。


 終わりのない争いの合間に、初めて見るイフが私の体を訪れたことがあった。彼らは別の世界から船に乗ってやってきたイフだった。紙が金色こんじきで目が宝石のように青い。背は私の知るどのイフよりも高かった。腕も脚も作りは同じだが、見るからに強靭そうな体躯を持っていた。


 我が領土に入ったので、私はこの別種のイフの感情を感じてみた。隠さず、とてもストレートに『嫌い』を表現するタイプのイフだ。そう思えた。それも彼らなりに、洗練されたやり方を貫いていた。


 また新たな火種がやって来たかと悩んだが、そうはならなかった。この外の世界のイフの事を、我が子らは限定的だが受け入れた。我が領土のイフたちに憎しみはなく、恐怖とむしろ外の世界に対する憧れすら感じられた。


 この外の世界のイフが、自分たちに決定的な破滅をもたらす事になるとは、どの色のイフも――この私すら――想像できなかった。



 このみやびと戦士で二極化したイフたちの世界に、ついに平穏の朝がやってきた。


 『天下統一』。この大量のイフたちの上に、たったひとりの覇者が立つ、という意味だ。そんな夢のような事をやってのけたイフが現れた。


 彼は生涯の時間のほとんどを、この偉業の達成と、あとに続く道を整備する策を練ることに費やし、私の中に還っていった。しかし彼のおかげで、その後しばらくは大きな戦いの炎が燃え上がる事は無くなった。


 おかげで世界から相手を殺す用途の『嫌い』が大量に減った。


 代わりに、もっと文化的でいきな感情が世に蔓延した。ちょっと違ったのは、恋愛に関わる何だか色のたくさんついた『嫌い』が一気に増えた事だった。この頃の私の総意は、目がくらむほどカラフルだった事を覚えている。


 ちなみにこの時代に、私の体に這う『道』もより風通しが良くなった。



 永遠に続いて欲しいと願っていた均衡も、ついに破られてしまった。それは自らが受け入れた、あの青い目のイフたちの仲間がもたらした事件からだった。


 外洋から船に乗った青い目のイフが押し寄せてきたのだ。


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