泣いていた

 すぐに泣くなと人は言う。

 泣けば許されると思っているのかと、教師は尋ねる。

 ならば訊きたい。いったいどうすれば、涙をこらえられるのか。

 泣き顔を見せない方法を、教えてほしかった。


 私だって涙なんて見せたくはない。できるのなら常に毅然とした、強い人間でありたかった。

 だけど、私はそうではない。

 傷つけばすぐに涙し、怒られると怯んでしまう。そんな人間だ。


 映画だってそうだ。感動的な場面では空気に流されて、ついつい涙してしまう。

 冷静に考えると泣く場面ではない部分でも。


 涙もろいのは体質だ。私個人ではどうしょうもない。

 責められると泣き、困ったことがあったら泣く。

 泣けば誰かが気づいてくれるのか。打算があってのことなのか。

 それは否定できない。


 泣いていると話を聞いていないと思われる。

 だけど、きちんと聞いていた。聞いているから、泣いてしまうのだ。

 だけど、あの人たちの話は全く頭に入ってこなかった。

 あなたたちが泣かせてるんだよ。必要以上に攻め立てるから、こちらの気持ちも知らないで。

 それはきっと、自業自得だ。


 私はいつでも責められた。

 なにもしていない。泣いているだけでただ責められた。

 どうして? どうして、そんなことで?

 だけど、本当になにもしなかった。悪いことなんて、なにも。それでも私は叱られる。それは私が弱いから?

 分からない。

 理由が分からない。

 怒るのならばせめて訳を伝えてほしかった。


 泣くのが怖かった。

 感情の発露をためらった。


 なぜ、強要されるのか。

 泣くことくらい、許してくれてもよくはないか。


 自分の気持ちを言葉で伝えてないから?

 泣いても分かってくれないから?

 でも、そう仕向けたのは誰なのか。

 私の気持ちに気づいてくれなかったのは、誰なのか。


 だけど、今更、なになのか。

 自分の心の声なんて、とても周りに伝えられない。

 そんなものだから、誤解もされる。

 泣けば気づいてくれるかもしれない。

 でも、もう泣けない。

 怖くて仕方がない。

 この本心に気づかれることが恥ずかしくて、たまらない。


 だから、ずっと思ってきた。

 泣かなくても済む方法を。

 なにが起きても泣かない。被害者になっても、いくら他人から嫌われても。

 平気で生きていける。

 そんな人間でありたかった。


 彼らは泣いている理由を尋ねなかった。

 泣くことだけが罪になる。

 そう言わんばかりに。


 そうだ、彼らは私の心の声にさえ、触れる気がなかった。

 そんなものだから私の声が聞こえない。

 分からないのだ。

 そんな者のためにいったい誰が、伝えようと思うのか。

 助けを乞うのか。


 それならばきっと、なにも言わなくてよかった。

 彼らにはなにも伝えたくはない。

 あの人たちには。

 この気持ちは封じたままでいい。


 私の本心なんて、誰も知らなくてもよいのだから。

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