見返してやる 本編 短編

 王妃が異世界に召喚したのは、五名の勇者。どれも、優秀なスキルを覚えた者たちだった。

 彼らは実力も高く、向かうところは敵なし。ただ一人を除いては。


「おい、お前」

「な、なに?」


 ビクビクと、顔色をうかがうように尋ねる。

 彼は一人、臆病だった。盾用のスキルを持っているにも関わらず、積極的に戦いに参加してこない。上位互換がパーティの中にいる上に、仲間を守るどころか、自分が守られている。そんな彼に、パーティでの居場所はなかった。


「出ていけ」


 容赦なく、突きつけるリーダー。

 彼はシュンと、小さくなる。


「ちょっと、なんてことを」

「そうよ。一人でこんな場所に放り込まれて、ただで済むと思ってるの?」


 現在地は草原。魔物のいる区域だ。たとえ勇者とはいえ、たった一人では危ない。あっという間に餌食となるだろう。


「こいつを持っていけばいいだろう」


 リーダーは差し出す。それは、ブレスレットだった。宝石が輝いている。売れば高値で売れるだろう。それをなんの価値も分かっていないかのように、彼は放り投げる。


「お前にはこいつがお似合いだ」


 水晶の宝石。その濁りのない輝きは、逆に少年になんの価値もない空っぽな存在であることを、伝えているように感じられた。


「さあ、どうする? このまま足を引っ張り続けるか、逃げるか」


 煽ってくるリーダー。

 少年は決まる。結局、自分には覚悟がない。皆についていくことはできない。ゆえに残ることに決めた。


 ***


 魔除けのお守りを持って、トボトボと歩く少年。リーダーたちの姿は今は見えない。今のところは草原が広がっているばかりだ。

 最初はただ、放心していただけだった。なにもかもが空っぽになって仕方がない。自分の居場所すら失って、これからどうするのだろう。どうなっていくのだろう。そんな不安ばかりが心を満たした。

 だが、その内、ふつふつと怒りが湧いてきた。リーダーは自分を否定した。ただのやくたたずだと毎日のように煽る。それは果たして、許せる所業か。相手に舐められたまま、逃げて、いいのだろうか。いいや、いいわけがない。

 悔しさが彼を変えた。立ち向かうだけの勇気を与えた。決めた。必ず、見返して見せると。ここで終わってはならない。こんなところでくじけている場合ではなかった。

 かくして彼は足を止める。それはあきらめではない。方向転換のための小休止。そして、彼はUターンする。城のある方角ではなく、勇者パーティが向かったであろう場所へ。そう、旅を続けるのである。


 ★☆★


 そこは平凡な街だった。こんなところに勇者が来るわけもない。あきらめてはいたのだが、念のために聞き込みをする。もしものときがあったとしたら、聞かなかったことを後悔するかもしれない。

 もっとも、結果は予想した通り。なかなか、情報は手に入らない。


「もしかして勇者のパーティに入りたいのかい? 無理だね。あきらめたほうがいい」


 主婦と思しき女性が言う。

 入りたいもなにも、元勇者だ。もっとも、そこを追い出されているため、下手な一般人よりも再加入は厳しい。少年はそう、自分を客観視する。


「強くならなければ、相手にもされないよ」


 それは正論だった。

 確かにいくら追いかけたところで、今のままではどうしようもない。優しい人たちならば受け入れてくれるだろうが、それをリーダーが許すとは思えない。ふたたび追い出されるに決まっている。

 ならばどうするのか。決まっている。実力をつける。それしかあるまい。


 まずは小動物を相手にすることから始めた。何度も戦闘を繰り返す。最初は戦うことが怖かった。自分より弱いものを傷つけるのにも、罪悪感があった。だけど、その内慣れてくる。それから彼は何度も剣を振るう。何度も、何度も。そうしていく内に次第にハッキリしてくる。自分はきちんと戦えているのだ。そう、実感が湧いた。

 だけど、結局、戦いに対する抵抗は消えない。いくら強くなるためとはいえ、こんなことを続けてもいいのだろうか。それに、自分は確かに強くなっているというのに、そんな実感が沸かない。いつまで経っても変わらない。そんな感覚ばかりが雪のように積もっていく。


 ***


 そして、また別の街を訪れた。たった一人で旅ができる程度には、強くなっていく。それを実感した。一方で、まだまだ足りないという自覚もある。

 そんなときだ。森の中で、とある獣と相対した。それがまた強く、彼はボロボロになる。なんとか倒したものの、肉体は今にも死に絶えようとしていた。もう終わりかもしれない。死を覚悟したとき、不意にそれはまばゆい光のように、訪れた。


「しっかりしてください。今、治癒します」


 それは、女神のような声だった。

 だが、それっきり、彼の意識は暗闇の中へ落ちていった。


 それから目覚めたのは朝になってのこと。いつの間にか、傷が治癒している。これはいったい、どうなのか。

 記憶を辿る。確か、森で倒れた自分に近づいてきた女性がいたはず。彼女が治してくれたのだろうか。白魔法。それしか考えられない。


「目覚めましたか?」


 扉が開く。中に少女が入ってくる。

 途端に少年は硬直する。目をパッと見開いた。なぜなら、少女があまりにも美しかったからだ。目は大きく、二重まぶた。小さな唇はハッキリとした赤色が現れている。服装もシンプルながら、気品がある。彼女が身につけていると、高級品のように思えてくる。


「よかった。もう動けるようで」


 にっこりと、彼女は笑む。その姿に見とれて、一寸時を忘れてしまった。

 そんな彼女に対して、嫌味を言う影が何名も見える。


「ほら、またよ」

「いろんな人に媚を売って。それで自分が偉いとでも思っているのかしら」

「そうよ。彼女なんて、戦いもできない娘に過ぎないのよ。そんなやつの価値なんて、たかが知れてるわ」


 なぜ、彼女たちはそんなことを言うのだろう。

 扉の影に隠れている者へ向かって、一瞥を送る。すると、彼女たちはすっと引いた。まるで少年から逃げるように。


 それから彼女との生活は続いた。少年はすっかり村に馴染んだ。だけど、出発をしなければならない。


「ねえ、もう少しここにいてくれても、いいですか?」


 不安げに彼女は少年を見上げる。


「別にいいけど。どうして?」


 尋ねてみる。

 すると、彼女は申し上げずらそうに、口を開く。


「私、外へ出たいのです」


 淡々と、彼女は語り出す。


「両親は魔王軍によって殺されました。二人は立派な戦士でした。その血を受け継いでいるというのに、私はいつまで経っても安全圏に引きこもるばかり。どうしても、力を出せないのです」


 悔しげに、少女は語る。


「連れて行ってほしいのです。私を、この檻の中から」


 懇願し、求める。その瞳は熱を持っていた。


「勇者なのでしょう? その立派な装いを見れば、分かります。私には、ハッキリと」


 少年は困った。

 自分は確かに勇者ではあるけれど、パーティを追い出されるほどの実力しかない。


「確かに、そうだけど。やっぱり、オレにはできないよ」

「どうして、そう思うのですか? 勇者に選ばれた時点で凄いことなのです。ほかの人よりもよっぽど強いのに。それは私たち平民に対する侮辱でもあります」


 それは申し訳ないことをした。少年は素直に反省する。

 同時に彼女の発言はありがたくもあった。なにしろ彼はいまだに褒められたことがない。ずっと、自分は弱いものだとばかり考えていた。この実力は誰にも通じない。そう、思い込んでいた。

 だけど、そうではなかった。勇者内では確かに弱いが、全体から見ると、そうでもない。それが分かっただけでも収穫だ。そしてなにより、視野を広くするべきだということも思えた。

 そう思えただけでも、よかった。


「本当は私が勇者になってやると決めていたのに……残念です」


 悔しげな声。

 それに少年が反応する。眉がピクリと動いた。


「それってどういうことだ?」

「この村には魔王に対抗できる者が現れると、予言が出ているんです。だけど、やはり私には無理です。みんな、強いのに、私だけ、こんな落ちこぼれみたいに」


 彼女は全く期待を寄せられていなかった。

 まるで、勇者のパーティにいたころの自分のように。

 すると、自然と親近感が湧いてくる。同時に思う。そんな彼女を守ってやりたいと。村人たちの目からも、その叱責からも。本当は彼女だってやれる人なのだと、言ってやりたい。なにしろ、その優しさはこの身がしかと味わっているのだから。

 そうだ、必ず。

 そう、少年は決意を固めるのだった。


 ***


 ある日のこと、夜の街に炎が灯る。一斉に街に明かりがつく。そして、村人たちは外へ出る。戦いが始まる。寄ってきた黒い影に、立ち向かう村人たち。

 勇者も剣を持った。けれども、目の前で散る命を守ることができない。村人たちは次から次へと倒れていく。その様に深い絶望を覚えた。


「きゃあああ」


 少女の悲鳴。

 すぐさま、駆けつける。

 見るに、黒い影に襲われている。その姿を月の青白い光が照らす。

 少年は瞬間、全身の血が沸騰するような感覚を抱いた。今、行かなければなにもかもが終わる。そんな気がした。

 彼は走る。いままでの恐怖も忘れ、震えもなくなり、ただ彼女を守ることだけを考えた。


「彼女から離れろ!」


 体の底から叫ぶ。


「ああ?」


 男が振り返る。

 その手には剣が握られている。だが、怯まない。自分の命に懸けてでも、彼女を救う。救わなければならない。それが、村人たちを救えなかった、自分に対する償いでもある。


「盾よ、全てを守り切れ」


 手のひらを広げる。

 叫びに呼応するように、魔力の盾が発生。それは、敵の攻撃を完全に防ぎ切る。


「なに!?」


 これには相手も予想外だったようだ。派手に驚く。

 対して、少年は冷静だった。

 彼は剣を振るう。あっけに取られて固まっている敵を一閃。相手は血を噴き出し、倒れた。

 それからのことは覚えていない。冷静になっても、よく分からない。ただ、自分が生きていることは確かだ。そして、その衣には返り血で染まっていた。これは、自分がやったのだ。

 村に転がる黒い影。その屍を見下ろしつつ、彼は思った。自分が倒した。自分が少女を守った。だけど、村を守ることはできなかった。


 ***


「私は、彼らを許せない!」


 地に膝をつく少女。

 彼女は表情を歪め、澄んだ瞳から涙を流す。

 そこには悲哀のみである、確固たる意思が秘められていた。


「あなた、行くのですよね?」

「ああ」


 言い切る。


「だったら、私も一緒に連れて行ってください!」


 その言葉は予想外で、少年は瞠目する。

 だが、すぐに納得した。


「ああ、いいよ」


 素直に受け止める。

 彼女の思いには応えて見せる。そして、必ず、彼女を守り切る。そう固く誓う。


「必ず魔王を倒します」


 決心の元繰り出された宣言。

 その口が閉じると同時に、彼女の首筋に紋章が浮かぶ。ユリの花。それは彼女が聖女である証だった。


 彼女が聖女であってもなかったとしても、目的がほとんど一致していることは確かだ。少年は、勇者たちとの合流を目指している。魔王軍と戦えば、彼らに近づけるかもしれない。

 利害は一致した。

 彼女と組むことは、理にかなっている。


 かくして二人は出発した。

 村をきれいにして、身支度を整えた後、外へ出る。

 さあ、彼らの物語はこれからだ。

 爽やかな風が体を突き抜けていく。だが、それで終わりではない。むしろ始まりであることを、二人はよく知っていた。


 ***


 それからというもの、少年の成長速度は尋常ではなかった。小動物はおろか、大きな獣すら倒せる。かつて森で苦戦した獣は一刀両断。傷一つ負わない。ドラゴンを相手にも、立ち回れる。その盾はありとあらゆる攻撃を防ぎ切る。それがたとえ世界の破滅をもたらす者であったとしても、必ず守りきってみせる。そんな堅い意思の元、少年は成長していった。


「うーん」

「分かりました?」

「いいや、オレにはちっとも」


 図書館に入りひたり、魔導書を読み込む。いくつかのスキルは習得したものの、やはり自分には守りが適しているらしい。ほかの魔術は覚えられない。短期の学校にも入って、勉強もしたけれど、結果は同じ。やれることはやった。後は別の方法を探る必要がある。


「あとは優秀な装備を揃える必要がありますね」

「ああ、そうだな」


 だが、それには資金が足りない。

 かくして二人はギルドに登録する。そこで依頼を受けたり、ダンジョンに潜って、荒稼ぎを始める。すると資金は溜まり、武器を購入できるようになる。それを使って、さらに大きな成果を上げる。そうして、できるところから手を出し始め、気がつくと彼は名声を上げていた。今や知らぬ者はいないというレベルの存在に成り上がった彼。

 もっとも、そこで満足する少年ではない。彼の本命は勇者だ。彼らの姿をこの目で見るまでは、あきらめるわけにはいかなかった。


「君、勇者だね。それがどうしてこんなところにいるのかしら?」


 不意に声をかけられた。


「誰だ、お前は」

「おっと、失礼」


 彼女は自己紹介をする。


「私は勇者の追っかけをやっていてね。当然、君のことを熟知しているよ。だが、驚いた。なぜ、君がソロで活動をしているのか」


 疑問に思って、追求してくる女性。

 こちらに対して好意的でもある。

 ならばと少年は事情を打ち明ける。


「そうか、ならば、私を頼るといい」


 彼女は特定の相手の居場所を探るレーダーを持っている。それを利用して、少年の居場所を突き止めたらしい。

 ともかく勇者パーティの特定に成功。彼らが向かう場所も分かった。ともかく、少年はそちらへ赴く。先回りすることが決定した。


 ★☆★

 追っかけが指定した場所にやってくる。そこには確かにリーダーの姿があった。だが、お供の姿がない。彼らはいったい、どこへ行ったのだろうか。

 彼のことだ。逃げられたというわけがない。まさか、追放したというのか、自分と同じように。

 眉をひそめる少年。

 そんな彼の存在に、リーダーはすでに気づいていた。彼はゆっくりと振り返る。

 目が合う。

 ぎょっとするほどに冷めた眼差し。思わず、彼は萎縮する。だが、ここで立ち去るわけにはいかない。元より彼は、リーダーと会って見返すために、相手を探していたのだから。


 ***


「彼女たちはどこへ行ったんだ?」


 彼は問いかける。

 それに対して、リーダーは若干の苛立ちを見せる。

 唇をへの字に曲げ、グッと拳を握りしめる。


「死んだんだよ」


 投げやりに、答える。

 それは、ウソかと思うほど、あっさりとした告白だった。

 そんなはずはない。皆は強かった。簡単に倒されるはずがない。否定したい。そんなこと、あってはならないと。


「誰も彼もがやくたたずだったぜ。よかったな、テメェはよぉ。俺たちと一緒に来ていたら、似たような目に遭っていたぞ」


 それは果たしてなにを意味するのか。


「分かったら、さっさと去れ」


 それは命令だった。

 だけど、それは絶対に肯定してはならないものだ。


「俺は、君を見返すために、ここに来た」


 大きな声で宣言する。

 それに対して、リーダーは無言で返す。

 口は開かない。ただ、そのオーラがとげとげしいものへと変わる。怒っている。そのように、少年は感じた。


 ***


「退け!」


 リーダーは叫ぶ。

 だが、少年は退かない。この場から動く気配もない。

 見兼ねたリーダーは、剣を取り出す。


「ならば、この俺が引導を渡そう」


 刃が鋭い輝きを放つ。


「もう二度と、俺たちに関わるな。魔王が滅ぼされるまで、おとなしくしていろ」


 叫ぶ。

 だが、それでも、少年の意思は変わらない。


 かくして、二人の戦いが幕を開ける。

 最初は互角だった。

 だが、さすがにリーダーは強い。追い詰められる。

 傷が重なる。こういうときに瞬時に回復できないことが、苦痛だった。

 それでも、これくらいで怯んではいられない。顔をしかめてもいられない。


 少年は決死の覚悟で向かっている。


 走る。

 剣を持つ。

 その剣を構え、一撃を与える。

 ヒット。

 リーダーは血を流す。

 後ろへと下がる。


 そこへ、駆けてくる音があった。

 見ると、少女が近づいてきた。そうだ、まだ生き残りがいたのだ。それにホッとして、気が緩む。

 と、剣が迫る。相手が攻撃を仕掛けてきた。

 しまった。

 気を引き締めにかかる。

 だが、攻撃は避けられない。


 死ぬ。

 瞬時に理解した。

 だが、刃は彼の肉体をとらえなかった。

 その寸前で、リーダーがやめたからだ。


 彼はゆっくりと刃を下ろす。

 そして、憎々しげな眼差しを少女に向けた。


 少女はひるまずに口を開く。

 その顔には確かな意思が込められていた。


「彼はあなたを守るために、このパーティから逃したのよ!」


 それは、衝撃の告白だった。

 リーダーがそんなことをする人間だとは信じられない。

 少年は目を丸くして、その場で固まってしまう。


「余計なことを言うんじゃねぇ」


 リーダーは憤りを見せる。

 なお、少女は毅然とした態度で、相手と向き合う。


「いい加減に素直になってはどうなの? あなたの気持ちは、分かっていたわ。ずっと、ずっと、彼のことを気にかけていたことも」


 それは、ありえないと思っていた内容だった。

 そんなことはありえない。

 彼がまさか、自分を、気にかけていた? そんなことは、ありはしないと。


 リーダーは唇を噛む。

 その表情が悔しげに歪む。


「俺は、そいつのことなんざ、なんとも思っちゃいねぇよ」

「では、どうして? どうして彼を退けようとしているの? それは、彼をこの戦いに巻き込みたくないからじゃないの?」


 問いかける。

 それにはリーダーをだんまりを決め込む。

 ここまで指摘されては、言い訳すら考えられないらしい。


 やがて彼は全てをあきらめたのか、重たいため息をつく。


「お前は、弱いんだよ。そんなお前じゃ、最終決戦の場で俺たちを庇って死ぬ未来しか、見えなかったんだよ」


 ああ、確かにそうだ。

 自分にできることといえば、それくらい。なにしろ、自分は盾役だからだ。それだけは避けたいと、彼は思ったのだろう。だがあいにくと、今の自分は違う。だから、少年は凛とした瞳で、相手と向き合う。


「俺はもう、誰も死なせたくねぇんだよ」


 そう、激しい口調で叫ぶ。


「だから、さっさと行ってくれ。お前なんざ、俺たちには必要ない!」


 彼は誰も死なせたくはない。

 だから、パーティから抜けやすくした。そのためにつらく当たり続けたのだ。

 今ここで逃げなければ、少年は相手の厚意を無駄にしてしまう。

 しかし、逆にも考えられる。結局のところ、リ―だ―は少年の実力を見くびっている。それだけは、確かなのだ。


 ***


 相手の意思は分かった。絶対に死なせないという気持ちと、その心も。

 それが痛いくらいに分かる。だからこそ、少年は退かない。自分の意思を相手へ向かって主張する。


「俺も強くなった。その覚悟もある。俺は、前の俺とは、違うんだ!」


 ハッキリとした声。

 以前と違い、怯えの色は一切ない。

 それを感じ取ったリーダー。いささかあっけに取られる。だが、態度は変わらない。以前と同じ皮肉に歪んだ表情で、挑発する。


「ならばそれを証明してみせろ!」


 そう突きつける。

 望むところだ。

 心の中でつぶやいた。


 今にもバチバチと、戦いの続きが行われそうな雰囲気。

 少女はハラハラと様子を見守る。


 そんな彼らに近づく影がもう一体。


 ***


「なんだよ、面白いことをやっているじゃないか?」


 迫る足音。

 皆が一斉にそちらに注目する。

 青い空を背景に現れたのは、謎の男だった。立派な鎧を身にまとっている。魔王ではなさそうだ。だが、実力者であることは伺える。歴戦の戦士か。その背に背負った剣からは、圧倒的なオーラ。その目からはたしかな余裕。少年は気を引き締める。


「俺は魔王軍の幹部。今お前らを潰せば、魔王への貢物にもなる」


 ニヤリと笑む。

 その二対の瞳が少年とリーダーをとらえる。


「お前ら全員、冥界へ送ってやろう!」


 堂々と叫ぶ。

 なおも、少年の心は冷静だった。

 いきなり幹部と対面したとはいえ、勝てばいいのだ。なに、いける。いままでも強敵とは相対してきた。そのたびに生還してきた。今回も同じように、戦えばいい。


 そう思った矢先、男は杖を取り出す。振り回す。その先端から炎が噴き出す。

 リーダーは舌打ちをする。そして、剣をそちらへ向ける。

 彼が動く。その前に、少年は口を開く。


「ここは俺に」


 彼は剣をそちらへ向ける。

 瞬間、見えない壁が出現。炎を弾く。


「なに?」


 男が驚愕に目を見開く。

 これは予想外だったというように。それもそのはず、彼の実力は相当なものがある。いままで敗北したことはなかったのだろう。当然、おのれの術が通用しないわけもなかった。その衝撃は計り知れない。

 一方で、リーダーはその一瞬で全てを悟ったらしい。


「なるほどな」

「ああ、俺は絶対に全てを守りきってみせる。もう、一人も、死なせない」


 心の底から叫ぶ。

 そして、敵へ向かっていく。

 同時に、彼も駆ける。


「チクショウ、チクショウ」


 狼狽しつつ、杖を振るう。

 そのたびに結界が発動。炎を弾く。

 術を相手にしている隙に、リーダーが敵に接近。相手を一撃の元に粉砕する。

 男は血を流し、地に倒れた。

 ドサッ。草むらに赤が広がる。

 決着。

 勝者、リーダーと少年だ。


 ***


 ほどなくして、聖女や追っかけも駆けつける。全員が揃った。


「で、どうするんだ?」


 問いかける。

 リーダーはあきらめたような表情で、答える。


「行くさ。この先へ」


 その視線の先へは魔王の城があった。あからさまに魔王が住んでいそうな雰囲気がある。禍々しいオーラ。それが目に見えそうなほど濃い。いよいよ決戦のとき。緊張感が高まっていく。

 かくして皆で、そちらへ赴く。


 ***


 城の門をくぐる。

 瞬間、トラップが発動。皆は四方に分かれた。分断されたか。だが、焦ってもいられない。まずは無事に合流が叶うことを願って、城の中を進む。

 奥へ奥へと足を滑らせる。

 すると、「ふふふ」と笑い声。

 気を引き締める。その声のした方角を向く。


 そこには男がいた。


「我こそは四天王」


 男は名乗る。


「ああ、倒させてもらおう」


 自分は勇者のパーティだ。離れていても、心は一つ。今初めて、その一員になれたような気がした。

 そして、戦いが始まる。

 少年は剣を向ける。その刃で肉を切り裂く。

 次に相手も攻撃を仕掛ける。その術が炸裂する。爆発力を伴った、炎だ。

 対する少年も術を展開する。バリアで全てを弾く。そして、彼は走る。

 途端に四天王も攻撃を仕掛ける。術を叩き込む。だが、それすらも少年は弾いた。これには四天王も驚きを隠せない。

 そして、彼は敵を切り裂く。

 血が吹き出る。

 四天王は倒れた。


 終わった。

 そして、階段を上る。

 緊迫感が高まっていく。心臓がバクバクと音を立てる。いよいよ最後だ。ここまで旅をし続けてきた結果が、今現れる。


 そして、ついにそのときは訪れる。

 最上階。

 開けた空間で、魔王は待ち構えていた。


「一人か」


 その高圧的で重厚感のある雰囲気に圧倒される。

 呑まれそうになる。だが、ここでひるんではいけない。逃げてはいけない。自分は勇者だ。魔王を倒すために、ここにいる。それだけは確かなのだから、相応の振る舞いは見せなければならない。

 だが、怖くなる。震えが止まらない。全身から血の気が引く。

 動け。動けと命令する。

 瞬間、相手が動く。拳を開く。その手のひらがこちらを向く。

 ハッと息を呑む。顔を上げる。髪が乱れる。

 刹那、闇が空間を飲み込む。

 一歩、反応が遅れた。


 避けようにも四方を囲まれた今、逃げ場がない。


 負ける。

 死ぬ。

 そんな気がした。


 だが、そのとき――


「光よ、全てを照らせ!」


 叫ぶ声。

 ハッとなって、そちらを向く。

 同時に光が全てを照らす。一気に空間が明るくなる。

 今、となりに立つはもう一人の勇者。彼が、ここにいる。ならば、もう、大丈夫だ。そんな気持ちになる。


「やるのなら、全員でだろうが!」


 リーダーの声。 

 それに続くような形で、皆が集まる。

 これで、全員が揃った。


 少しでも恐怖を抱いたことを悔いる。そうだ、自分は一人ではない。一人でここに来たわけではなかった。それを、忘れたわけではなかった。


「ああ、倒そう。必ず」


 うなずく。


 魔王は無言。

 そして、戦いが始まる。決戦だ。

 皆で攻撃を仕掛ける。剣、魔法、弓矢。全てを動員する。

 敵が姿を消す。闇に溶ける。逃げるのではない。不意打ちのために、姿を消した。だが、追っかけの目には見えている。敵の居場所が。


「あそこ!」


 呼びかける。

 真っ先に反応を示したのは、少年だった。


「とらえた」


 剣で突き刺す。

 手応えあり。

 肉をえぐると同時に、血も流れる。そこが、敵の居場所だった。


「でかしたぞ」


 リーダーが遠距離から仕掛ける。

 光の発動。

 全てが魔王を飲み込んだ。

 そこに畳み掛けるように、ほかのメンバーも一撃を食らわす。


 絶叫。

 総攻撃に遭う魔王。

 そして、太陽の光も差し込む。

 その肉体はもろく、崩れ去った。


 そして強烈な光が止んだとき、魔王の姿は原型を止めていなかった。


「よくぞ、我を倒してみせた」


 魔王が言う。


「これは報酬だ。受け取るがいい」


 それは、財宝だった。

 いったいどれほどの価値を持つのか、だが、絶大な力を秘めていることは分かる。

 とにかく今回の戦争、勇者側の勝利。少年たちは責務を果たしたのだ。


 ★☆★


 魔王は去る。

 世界は祝勝ムードに包まれていた。


 日夜祝いの祭りが行われ、勇者のパーティはあちらこちらへ引っ張りだこ。


 首都には彼らの銅像が建つ。もちろん、途中で散っていった者も含めて。


 まだしばらく、異世界には留まる。この余韻に浸っていたかった。

 これで全てが終わった。

 やりきったという感覚がある。

 とても嬉しい。

 だけどどうしてだろう、ほんのりと、ほろ苦さがあるのが。

 それはきっと、自分が守ることのできなかった相手がいたからだ。彼女たちを、その村を、自分は守れなかった。その悔しさを噛みしめる。

 同時に思う。彼らの犠牲があったからこそ、自分たちは頑張った。その死は決して、無駄ではない。


 だけど、失ったものは返ってこない。

 たとえ英雄として讃えられようと、埋められない空白というものがあるのだ。

 その光が濃くなると同時に、心の隙間も深くなっていく。

 だけど今は、今だけはこの喜びに浸らせてほしい。たとえそれがどれほど深く傷をえぐることになったとしてもだ。

 そうして少年はふたたび、顔を上げ、前を向いた。

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