見返してやる 本編 短編
王妃が異世界に召喚したのは、五名の勇者。どれも、優秀なスキルを覚えた者たちだった。
彼らは実力も高く、向かうところは敵なし。ただ一人を除いては。
「おい、お前」
「な、なに?」
ビクビクと、顔色をうかがうように尋ねる。
彼は一人、臆病だった。盾用のスキルを持っているにも関わらず、積極的に戦いに参加してこない。上位互換がパーティの中にいる上に、仲間を守るどころか、自分が守られている。そんな彼に、パーティでの居場所はなかった。
「出ていけ」
容赦なく、突きつけるリーダー。
彼はシュンと、小さくなる。
「ちょっと、なんてことを」
「そうよ。一人でこんな場所に放り込まれて、ただで済むと思ってるの?」
現在地は草原。魔物のいる区域だ。たとえ勇者とはいえ、たった一人では危ない。あっという間に餌食となるだろう。
「こいつを持っていけばいいだろう」
リーダーは差し出す。それは、ブレスレットだった。宝石が輝いている。売れば高値で売れるだろう。それをなんの価値も分かっていないかのように、彼は放り投げる。
「お前にはこいつがお似合いだ」
水晶の宝石。その濁りのない輝きは、逆に少年になんの価値もない空っぽな存在であることを、伝えているように感じられた。
「さあ、どうする? このまま足を引っ張り続けるか、逃げるか」
煽ってくるリーダー。
少年は決まる。結局、自分には覚悟がない。皆についていくことはできない。ゆえに残ることに決めた。
***
魔除けのお守りを持って、トボトボと歩く少年。リーダーたちの姿は今は見えない。今のところは草原が広がっているばかりだ。
最初はただ、放心していただけだった。なにもかもが空っぽになって仕方がない。自分の居場所すら失って、これからどうするのだろう。どうなっていくのだろう。そんな不安ばかりが心を満たした。
だが、その内、ふつふつと怒りが湧いてきた。リーダーは自分を否定した。ただのやくたたずだと毎日のように煽る。それは果たして、許せる所業か。相手に舐められたまま、逃げて、いいのだろうか。いいや、いいわけがない。
悔しさが彼を変えた。立ち向かうだけの勇気を与えた。決めた。必ず、見返して見せると。ここで終わってはならない。こんなところでくじけている場合ではなかった。
かくして彼は足を止める。それはあきらめではない。方向転換のための小休止。そして、彼はUターンする。城のある方角ではなく、勇者パーティが向かったであろう場所へ。そう、旅を続けるのである。
★☆★
そこは平凡な街だった。こんなところに勇者が来るわけもない。あきらめてはいたのだが、念のために聞き込みをする。もしものときがあったとしたら、聞かなかったことを後悔するかもしれない。
もっとも、結果は予想した通り。なかなか、情報は手に入らない。
「もしかして勇者のパーティに入りたいのかい? 無理だね。あきらめたほうがいい」
主婦と思しき女性が言う。
入りたいもなにも、元勇者だ。もっとも、そこを追い出されているため、下手な一般人よりも再加入は厳しい。少年はそう、自分を客観視する。
「強くならなければ、相手にもされないよ」
それは正論だった。
確かにいくら追いかけたところで、今のままではどうしようもない。優しい人たちならば受け入れてくれるだろうが、それをリーダーが許すとは思えない。ふたたび追い出されるに決まっている。
ならばどうするのか。決まっている。実力をつける。それしかあるまい。
まずは小動物を相手にすることから始めた。何度も戦闘を繰り返す。最初は戦うことが怖かった。自分より弱いものを傷つけるのにも、罪悪感があった。だけど、その内慣れてくる。それから彼は何度も剣を振るう。何度も、何度も。そうしていく内に次第にハッキリしてくる。自分はきちんと戦えているのだ。そう、実感が湧いた。
だけど、結局、戦いに対する抵抗は消えない。いくら強くなるためとはいえ、こんなことを続けてもいいのだろうか。それに、自分は確かに強くなっているというのに、そんな実感が沸かない。いつまで経っても変わらない。そんな感覚ばかりが雪のように積もっていく。
***
そして、また別の街を訪れた。たった一人で旅ができる程度には、強くなっていく。それを実感した。一方で、まだまだ足りないという自覚もある。
そんなときだ。森の中で、とある獣と相対した。それがまた強く、彼はボロボロになる。なんとか倒したものの、肉体は今にも死に絶えようとしていた。もう終わりかもしれない。死を覚悟したとき、不意にそれはまばゆい光のように、訪れた。
「しっかりしてください。今、治癒します」
それは、女神のような声だった。
だが、それっきり、彼の意識は暗闇の中へ落ちていった。
それから目覚めたのは朝になってのこと。いつの間にか、傷が治癒している。これはいったい、どうなのか。
記憶を辿る。確か、森で倒れた自分に近づいてきた女性がいたはず。彼女が治してくれたのだろうか。白魔法。それしか考えられない。
「目覚めましたか?」
扉が開く。中に少女が入ってくる。
途端に少年は硬直する。目をパッと見開いた。なぜなら、少女があまりにも美しかったからだ。目は大きく、二重まぶた。小さな唇はハッキリとした赤色が現れている。服装もシンプルながら、気品がある。彼女が身につけていると、高級品のように思えてくる。
「よかった。もう動けるようで」
にっこりと、彼女は笑む。その姿に見とれて、一寸時を忘れてしまった。
そんな彼女に対して、嫌味を言う影が何名も見える。
「ほら、またよ」
「いろんな人に媚を売って。それで自分が偉いとでも思っているのかしら」
「そうよ。彼女なんて、戦いもできない娘に過ぎないのよ。そんなやつの価値なんて、たかが知れてるわ」
なぜ、彼女たちはそんなことを言うのだろう。
扉の影に隠れている者へ向かって、一瞥を送る。すると、彼女たちはすっと引いた。まるで少年から逃げるように。
それから彼女との生活は続いた。少年はすっかり村に馴染んだ。だけど、出発をしなければならない。
「ねえ、もう少しここにいてくれても、いいですか?」
不安げに彼女は少年を見上げる。
「別にいいけど。どうして?」
尋ねてみる。
すると、彼女は申し上げずらそうに、口を開く。
「私、外へ出たいのです」
淡々と、彼女は語り出す。
「両親は魔王軍によって殺されました。二人は立派な戦士でした。その血を受け継いでいるというのに、私はいつまで経っても安全圏に引きこもるばかり。どうしても、力を出せないのです」
悔しげに、少女は語る。
「連れて行ってほしいのです。私を、この檻の中から」
懇願し、求める。その瞳は熱を持っていた。
「勇者なのでしょう? その立派な装いを見れば、分かります。私には、ハッキリと」
少年は困った。
自分は確かに勇者ではあるけれど、パーティを追い出されるほどの実力しかない。
「確かに、そうだけど。やっぱり、オレにはできないよ」
「どうして、そう思うのですか? 勇者に選ばれた時点で凄いことなのです。ほかの人よりもよっぽど強いのに。それは私たち平民に対する侮辱でもあります」
それは申し訳ないことをした。少年は素直に反省する。
同時に彼女の発言はありがたくもあった。なにしろ彼はいまだに褒められたことがない。ずっと、自分は弱いものだとばかり考えていた。この実力は誰にも通じない。そう、思い込んでいた。
だけど、そうではなかった。勇者内では確かに弱いが、全体から見ると、そうでもない。それが分かっただけでも収穫だ。そしてなにより、視野を広くするべきだということも思えた。
そう思えただけでも、よかった。
「本当は私が勇者になってやると決めていたのに……残念です」
悔しげな声。
それに少年が反応する。眉がピクリと動いた。
「それってどういうことだ?」
「この村には魔王に対抗できる者が現れると、予言が出ているんです。だけど、やはり私には無理です。みんな、強いのに、私だけ、こんな落ちこぼれみたいに」
彼女は全く期待を寄せられていなかった。
まるで、勇者のパーティにいたころの自分のように。
すると、自然と親近感が湧いてくる。同時に思う。そんな彼女を守ってやりたいと。村人たちの目からも、その叱責からも。本当は彼女だってやれる人なのだと、言ってやりたい。なにしろ、その優しさはこの身がしかと味わっているのだから。
そうだ、必ず。
そう、少年は決意を固めるのだった。
***
ある日のこと、夜の街に炎が灯る。一斉に街に明かりがつく。そして、村人たちは外へ出る。戦いが始まる。寄ってきた黒い影に、立ち向かう村人たち。
勇者も剣を持った。けれども、目の前で散る命を守ることができない。村人たちは次から次へと倒れていく。その様に深い絶望を覚えた。
「きゃあああ」
少女の悲鳴。
すぐさま、駆けつける。
見るに、黒い影に襲われている。その姿を月の青白い光が照らす。
少年は瞬間、全身の血が沸騰するような感覚を抱いた。今、行かなければなにもかもが終わる。そんな気がした。
彼は走る。いままでの恐怖も忘れ、震えもなくなり、ただ彼女を守ることだけを考えた。
「彼女から離れろ!」
体の底から叫ぶ。
「ああ?」
男が振り返る。
その手には剣が握られている。だが、怯まない。自分の命に懸けてでも、彼女を救う。救わなければならない。それが、村人たちを救えなかった、自分に対する償いでもある。
「盾よ、全てを守り切れ」
手のひらを広げる。
叫びに呼応するように、魔力の盾が発生。それは、敵の攻撃を完全に防ぎ切る。
「なに!?」
これには相手も予想外だったようだ。派手に驚く。
対して、少年は冷静だった。
彼は剣を振るう。あっけに取られて固まっている敵を一閃。相手は血を噴き出し、倒れた。
それからのことは覚えていない。冷静になっても、よく分からない。ただ、自分が生きていることは確かだ。そして、その衣には返り血で染まっていた。これは、自分がやったのだ。
村に転がる黒い影。その屍を見下ろしつつ、彼は思った。自分が倒した。自分が少女を守った。だけど、村を守ることはできなかった。
***
「私は、彼らを許せない!」
地に膝をつく少女。
彼女は表情を歪め、澄んだ瞳から涙を流す。
そこには悲哀のみである、確固たる意思が秘められていた。
「あなた、行くのですよね?」
「ああ」
言い切る。
「だったら、私も一緒に連れて行ってください!」
その言葉は予想外で、少年は瞠目する。
だが、すぐに納得した。
「ああ、いいよ」
素直に受け止める。
彼女の思いには応えて見せる。そして、必ず、彼女を守り切る。そう固く誓う。
「必ず魔王を倒します」
決心の元繰り出された宣言。
その口が閉じると同時に、彼女の首筋に紋章が浮かぶ。ユリの花。それは彼女が聖女である証だった。
彼女が聖女であってもなかったとしても、目的がほとんど一致していることは確かだ。少年は、勇者たちとの合流を目指している。魔王軍と戦えば、彼らに近づけるかもしれない。
利害は一致した。
彼女と組むことは、理にかなっている。
かくして二人は出発した。
村をきれいにして、身支度を整えた後、外へ出る。
さあ、彼らの物語はこれからだ。
爽やかな風が体を突き抜けていく。だが、それで終わりではない。むしろ始まりであることを、二人はよく知っていた。
***
それからというもの、少年の成長速度は尋常ではなかった。小動物はおろか、大きな獣すら倒せる。かつて森で苦戦した獣は一刀両断。傷一つ負わない。ドラゴンを相手にも、立ち回れる。その盾はありとあらゆる攻撃を防ぎ切る。それがたとえ世界の破滅をもたらす者であったとしても、必ず守りきってみせる。そんな堅い意思の元、少年は成長していった。
「うーん」
「分かりました?」
「いいや、オレにはちっとも」
図書館に入りひたり、魔導書を読み込む。いくつかのスキルは習得したものの、やはり自分には守りが適しているらしい。ほかの魔術は覚えられない。短期の学校にも入って、勉強もしたけれど、結果は同じ。やれることはやった。後は別の方法を探る必要がある。
「あとは優秀な装備を揃える必要がありますね」
「ああ、そうだな」
だが、それには資金が足りない。
かくして二人はギルドに登録する。そこで依頼を受けたり、ダンジョンに潜って、荒稼ぎを始める。すると資金は溜まり、武器を購入できるようになる。それを使って、さらに大きな成果を上げる。そうして、できるところから手を出し始め、気がつくと彼は名声を上げていた。今や知らぬ者はいないというレベルの存在に成り上がった彼。
もっとも、そこで満足する少年ではない。彼の本命は勇者だ。彼らの姿をこの目で見るまでは、あきらめるわけにはいかなかった。
「君、勇者だね。それがどうしてこんなところにいるのかしら?」
不意に声をかけられた。
「誰だ、お前は」
「おっと、失礼」
彼女は自己紹介をする。
「私は勇者の追っかけをやっていてね。当然、君のことを熟知しているよ。だが、驚いた。なぜ、君がソロで活動をしているのか」
疑問に思って、追求してくる女性。
こちらに対して好意的でもある。
ならばと少年は事情を打ち明ける。
「そうか、ならば、私を頼るといい」
彼女は特定の相手の居場所を探るレーダーを持っている。それを利用して、少年の居場所を突き止めたらしい。
ともかく勇者パーティの特定に成功。彼らが向かう場所も分かった。ともかく、少年はそちらへ赴く。先回りすることが決定した。
★☆★
追っかけが指定した場所にやってくる。そこには確かにリーダーの姿があった。だが、お供の姿がない。彼らはいったい、どこへ行ったのだろうか。
彼のことだ。逃げられたというわけがない。まさか、追放したというのか、自分と同じように。
眉をひそめる少年。
そんな彼の存在に、リーダーはすでに気づいていた。彼はゆっくりと振り返る。
目が合う。
ぎょっとするほどに冷めた眼差し。思わず、彼は萎縮する。だが、ここで立ち去るわけにはいかない。元より彼は、リーダーと会って見返すために、相手を探していたのだから。
***
「彼女たちはどこへ行ったんだ?」
彼は問いかける。
それに対して、リーダーは若干の苛立ちを見せる。
唇をへの字に曲げ、グッと拳を握りしめる。
「死んだんだよ」
投げやりに、答える。
それは、ウソかと思うほど、あっさりとした告白だった。
そんなはずはない。皆は強かった。簡単に倒されるはずがない。否定したい。そんなこと、あってはならないと。
「誰も彼もがやくたたずだったぜ。よかったな、テメェはよぉ。俺たちと一緒に来ていたら、似たような目に遭っていたぞ」
それは果たしてなにを意味するのか。
「分かったら、さっさと去れ」
それは命令だった。
だけど、それは絶対に肯定してはならないものだ。
「俺は、君を見返すために、ここに来た」
大きな声で宣言する。
それに対して、リーダーは無言で返す。
口は開かない。ただ、そのオーラがとげとげしいものへと変わる。怒っている。そのように、少年は感じた。
***
「退け!」
リーダーは叫ぶ。
だが、少年は退かない。この場から動く気配もない。
見兼ねたリーダーは、剣を取り出す。
「ならば、この俺が引導を渡そう」
刃が鋭い輝きを放つ。
「もう二度と、俺たちに関わるな。魔王が滅ぼされるまで、おとなしくしていろ」
叫ぶ。
だが、それでも、少年の意思は変わらない。
かくして、二人の戦いが幕を開ける。
最初は互角だった。
だが、さすがにリーダーは強い。追い詰められる。
傷が重なる。こういうときに瞬時に回復できないことが、苦痛だった。
それでも、これくらいで怯んではいられない。顔をしかめてもいられない。
少年は決死の覚悟で向かっている。
走る。
剣を持つ。
その剣を構え、一撃を与える。
ヒット。
リーダーは血を流す。
後ろへと下がる。
そこへ、駆けてくる音があった。
見ると、少女が近づいてきた。そうだ、まだ生き残りがいたのだ。それにホッとして、気が緩む。
と、剣が迫る。相手が攻撃を仕掛けてきた。
しまった。
気を引き締めにかかる。
だが、攻撃は避けられない。
死ぬ。
瞬時に理解した。
だが、刃は彼の肉体をとらえなかった。
その寸前で、リーダーがやめたからだ。
彼はゆっくりと刃を下ろす。
そして、憎々しげな眼差しを少女に向けた。
少女はひるまずに口を開く。
その顔には確かな意思が込められていた。
「彼はあなたを守るために、このパーティから逃したのよ!」
それは、衝撃の告白だった。
リーダーがそんなことをする人間だとは信じられない。
少年は目を丸くして、その場で固まってしまう。
「余計なことを言うんじゃねぇ」
リーダーは憤りを見せる。
なお、少女は毅然とした態度で、相手と向き合う。
「いい加減に素直になってはどうなの? あなたの気持ちは、分かっていたわ。ずっと、ずっと、彼のことを気にかけていたことも」
それは、ありえないと思っていた内容だった。
そんなことはありえない。
彼がまさか、自分を、気にかけていた? そんなことは、ありはしないと。
リーダーは唇を噛む。
その表情が悔しげに歪む。
「俺は、そいつのことなんざ、なんとも思っちゃいねぇよ」
「では、どうして? どうして彼を退けようとしているの? それは、彼をこの戦いに巻き込みたくないからじゃないの?」
問いかける。
それにはリーダーをだんまりを決め込む。
ここまで指摘されては、言い訳すら考えられないらしい。
やがて彼は全てをあきらめたのか、重たいため息をつく。
「お前は、弱いんだよ。そんなお前じゃ、最終決戦の場で俺たちを庇って死ぬ未来しか、見えなかったんだよ」
ああ、確かにそうだ。
自分にできることといえば、それくらい。なにしろ、自分は盾役だからだ。それだけは避けたいと、彼は思ったのだろう。だがあいにくと、今の自分は違う。だから、少年は凛とした瞳で、相手と向き合う。
「俺はもう、誰も死なせたくねぇんだよ」
そう、激しい口調で叫ぶ。
「だから、さっさと行ってくれ。お前なんざ、俺たちには必要ない!」
彼は誰も死なせたくはない。
だから、パーティから抜けやすくした。そのためにつらく当たり続けたのだ。
今ここで逃げなければ、少年は相手の厚意を無駄にしてしまう。
しかし、逆にも考えられる。結局のところ、リ―だ―は少年の実力を見くびっている。それだけは、確かなのだ。
***
相手の意思は分かった。絶対に死なせないという気持ちと、その心も。
それが痛いくらいに分かる。だからこそ、少年は退かない。自分の意思を相手へ向かって主張する。
「俺も強くなった。その覚悟もある。俺は、前の俺とは、違うんだ!」
ハッキリとした声。
以前と違い、怯えの色は一切ない。
それを感じ取ったリーダー。いささかあっけに取られる。だが、態度は変わらない。以前と同じ皮肉に歪んだ表情で、挑発する。
「ならばそれを証明してみせろ!」
そう突きつける。
望むところだ。
心の中でつぶやいた。
今にもバチバチと、戦いの続きが行われそうな雰囲気。
少女はハラハラと様子を見守る。
そんな彼らに近づく影がもう一体。
***
「なんだよ、面白いことをやっているじゃないか?」
迫る足音。
皆が一斉にそちらに注目する。
青い空を背景に現れたのは、謎の男だった。立派な鎧を身にまとっている。魔王ではなさそうだ。だが、実力者であることは伺える。歴戦の戦士か。その背に背負った剣からは、圧倒的なオーラ。その目からはたしかな余裕。少年は気を引き締める。
「俺は魔王軍の幹部。今お前らを潰せば、魔王への貢物にもなる」
ニヤリと笑む。
その二対の瞳が少年とリーダーをとらえる。
「お前ら全員、冥界へ送ってやろう!」
堂々と叫ぶ。
なおも、少年の心は冷静だった。
いきなり幹部と対面したとはいえ、勝てばいいのだ。なに、いける。いままでも強敵とは相対してきた。そのたびに生還してきた。今回も同じように、戦えばいい。
そう思った矢先、男は杖を取り出す。振り回す。その先端から炎が噴き出す。
リーダーは舌打ちをする。そして、剣をそちらへ向ける。
彼が動く。その前に、少年は口を開く。
「ここは俺に」
彼は剣をそちらへ向ける。
瞬間、見えない壁が出現。炎を弾く。
「なに?」
男が驚愕に目を見開く。
これは予想外だったというように。それもそのはず、彼の実力は相当なものがある。いままで敗北したことはなかったのだろう。当然、おのれの術が通用しないわけもなかった。その衝撃は計り知れない。
一方で、リーダーはその一瞬で全てを悟ったらしい。
「なるほどな」
「ああ、俺は絶対に全てを守りきってみせる。もう、一人も、死なせない」
心の底から叫ぶ。
そして、敵へ向かっていく。
同時に、彼も駆ける。
「チクショウ、チクショウ」
狼狽しつつ、杖を振るう。
そのたびに結界が発動。炎を弾く。
術を相手にしている隙に、リーダーが敵に接近。相手を一撃の元に粉砕する。
男は血を流し、地に倒れた。
ドサッ。草むらに赤が広がる。
決着。
勝者、リーダーと少年だ。
***
ほどなくして、聖女や追っかけも駆けつける。全員が揃った。
「で、どうするんだ?」
問いかける。
リーダーはあきらめたような表情で、答える。
「行くさ。この先へ」
その視線の先へは魔王の城があった。あからさまに魔王が住んでいそうな雰囲気がある。禍々しいオーラ。それが目に見えそうなほど濃い。いよいよ決戦のとき。緊張感が高まっていく。
かくして皆で、そちらへ赴く。
***
城の門をくぐる。
瞬間、トラップが発動。皆は四方に分かれた。分断されたか。だが、焦ってもいられない。まずは無事に合流が叶うことを願って、城の中を進む。
奥へ奥へと足を滑らせる。
すると、「ふふふ」と笑い声。
気を引き締める。その声のした方角を向く。
そこには男がいた。
「我こそは四天王」
男は名乗る。
「ああ、倒させてもらおう」
自分は勇者のパーティだ。離れていても、心は一つ。今初めて、その一員になれたような気がした。
そして、戦いが始まる。
少年は剣を向ける。その刃で肉を切り裂く。
次に相手も攻撃を仕掛ける。その術が炸裂する。爆発力を伴った、炎だ。
対する少年も術を展開する。バリアで全てを弾く。そして、彼は走る。
途端に四天王も攻撃を仕掛ける。術を叩き込む。だが、それすらも少年は弾いた。これには四天王も驚きを隠せない。
そして、彼は敵を切り裂く。
血が吹き出る。
四天王は倒れた。
終わった。
そして、階段を上る。
緊迫感が高まっていく。心臓がバクバクと音を立てる。いよいよ最後だ。ここまで旅をし続けてきた結果が、今現れる。
そして、ついにそのときは訪れる。
最上階。
開けた空間で、魔王は待ち構えていた。
「一人か」
その高圧的で重厚感のある雰囲気に圧倒される。
呑まれそうになる。だが、ここでひるんではいけない。逃げてはいけない。自分は勇者だ。魔王を倒すために、ここにいる。それだけは確かなのだから、相応の振る舞いは見せなければならない。
だが、怖くなる。震えが止まらない。全身から血の気が引く。
動け。動けと命令する。
瞬間、相手が動く。拳を開く。その手のひらがこちらを向く。
ハッと息を呑む。顔を上げる。髪が乱れる。
刹那、闇が空間を飲み込む。
一歩、反応が遅れた。
避けようにも四方を囲まれた今、逃げ場がない。
負ける。
死ぬ。
そんな気がした。
だが、そのとき――
「光よ、全てを照らせ!」
叫ぶ声。
ハッとなって、そちらを向く。
同時に光が全てを照らす。一気に空間が明るくなる。
今、となりに立つはもう一人の勇者。彼が、ここにいる。ならば、もう、大丈夫だ。そんな気持ちになる。
「やるのなら、全員でだろうが!」
リーダーの声。
それに続くような形で、皆が集まる。
これで、全員が揃った。
少しでも恐怖を抱いたことを悔いる。そうだ、自分は一人ではない。一人でここに来たわけではなかった。それを、忘れたわけではなかった。
「ああ、倒そう。必ず」
うなずく。
魔王は無言。
そして、戦いが始まる。決戦だ。
皆で攻撃を仕掛ける。剣、魔法、弓矢。全てを動員する。
敵が姿を消す。闇に溶ける。逃げるのではない。不意打ちのために、姿を消した。だが、追っかけの目には見えている。敵の居場所が。
「あそこ!」
呼びかける。
真っ先に反応を示したのは、少年だった。
「とらえた」
剣で突き刺す。
手応えあり。
肉をえぐると同時に、血も流れる。そこが、敵の居場所だった。
「でかしたぞ」
リーダーが遠距離から仕掛ける。
光の発動。
全てが魔王を飲み込んだ。
そこに畳み掛けるように、ほかのメンバーも一撃を食らわす。
絶叫。
総攻撃に遭う魔王。
そして、太陽の光も差し込む。
その肉体はもろく、崩れ去った。
そして強烈な光が止んだとき、魔王の姿は原型を止めていなかった。
「よくぞ、我を倒してみせた」
魔王が言う。
「これは報酬だ。受け取るがいい」
それは、財宝だった。
いったいどれほどの価値を持つのか、だが、絶大な力を秘めていることは分かる。
とにかく今回の戦争、勇者側の勝利。少年たちは責務を果たしたのだ。
★☆★
魔王は去る。
世界は祝勝ムードに包まれていた。
日夜祝いの祭りが行われ、勇者のパーティはあちらこちらへ引っ張りだこ。
首都には彼らの銅像が建つ。もちろん、途中で散っていった者も含めて。
まだしばらく、異世界には留まる。この余韻に浸っていたかった。
これで全てが終わった。
やりきったという感覚がある。
とても嬉しい。
だけどどうしてだろう、ほんのりと、ほろ苦さがあるのが。
それはきっと、自分が守ることのできなかった相手がいたからだ。彼女たちを、その村を、自分は守れなかった。その悔しさを噛みしめる。
同時に思う。彼らの犠牲があったからこそ、自分たちは頑張った。その死は決して、無駄ではない。
だけど、失ったものは返ってこない。
たとえ英雄として讃えられようと、埋められない空白というものがあるのだ。
その光が濃くなると同時に、心の隙間も深くなっていく。
だけど今は、今だけはこの喜びに浸らせてほしい。たとえそれがどれほど深く傷をえぐることになったとしてもだ。
そうして少年はふたたび、顔を上げ、前を向いた。
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