五行思想の金 あらすじを引き伸ばした


★現代、四方を壁に囲まれた西の地区に有名な人斬りがいた。彼は異世界からの侵入者を人知れず倒して、表の世界を守ってきた。


 一撃で数多の部下が吹き飛んだ。それぞれが血を流して倒れている。


「待て。待ってくれ。なんなんだ、お前は」


 床に這いつくばりながら手を上げる男が一名。彼の傍らには死体が転がり、床には血が飛び散っている。

 敵の影は見えない。形も――気配すら。ただし、なにかがいる。それだけは事実だ。照明をつけようにも、先の攻撃により、すでに砕け散った後だ。手探りで勝機を得るのに必要なものを探そうにも、今の状況は絶望的にもほどがある。


「なにが目的だ。俺はお前になにかをした覚えはない」

「ああ、確かに」


 足音は聞こえない。鋭い声だけが耳に入った。

 闇の中で銀色の塊が動く。刃が月光を浴びて、輝きを放った。

 一瞬、相手が姿を見せた。闇に溶けるように黒い黒装束と、同じ色をした黒いハット。その隙間から除くのは、銀色の髪。


「お前は――」


 敵の正体を口にしかけた。まさにその瞬間、肉をえぐる音が響く。ドバッと血が飛び散る。悲鳴が屋敷から響く前に、男は死んだ。

 手を下した本人は剣を納めると、スタスタと屋敷を出る。次に彼は空を見上げた。その視線の先には、巨大な壁がそびえ立っている。それはなにをしても決して越えられぬ高さであり、またいかなる攻撃もはじいてしまうほどの強度を持ったものだと予想がついた。


「本命はどこにいるのだか」


 そうぼやきながら、男は塀の外へと歩いていった。


★報酬と魔術師


「なにをしてやがんだ、テメェは」


 地下にある広々とした空間に、男の怒号が飛ぶ。


「俺は確かにスパイをしてこいっつったよ。だけど、やつらを壊滅させろとは言ってねぇぞ。なに、余計な火種を持ち込んでるんだ」


 黒いハットを目深に被った人斬りを、男は叱る。


「ですが、早急に対処せねばまずかったのは、そちらのほうです」


 対する人斬りは着ているベストから細くて小さな物体を取り出して、スイッチを押した。


『邪魔者は排除せよ。商売敵も同義だ』


 ざらついた声が控えめな音量であたりに聞こえる。当然録音された音声は、男の耳にも届いた。彼はヒッと押し殺したような悲鳴を漏らす。


「だ、だが、その程度の相手、我々でも対処はできたさ」


 ダラダラと汗をかきながら、必死に去勢を張る。


「しかし、あなたたちは武闘派ではないでしょう?」

「あ、ああ、我々はただの商人だ」

「対して敵は武器を使う。銃や爆弾など」

「だ、だとしても、罠にはめてしまえば」


 目を泳がせる男に対して、人斬りは新たにスイッチに似た形をした物体を取り出して、机に置く。


「なんだい、これは」

「今まさに押すところだったものを、リーダーごと斬りました」

「して、正体は」

「爆弾ですね。この施設に取り付けてあったもののようです。返しておきます」


 あっさりとした態度である人斬りに対して、男はすっかり萎縮していた。

 なにがなんだか分からないまま報酬を渡す。人斬りはそれを受け取ると、中身を確認する間もなく去っていった。


 不意に携帯電話がなる。日常で使っているものとは別のものから聞こえてきたため、仕事関連だろうか。ポケットから取り出して、耳に当てる。


『ハァイ。儲かってるみたいね』

「貴様か」


 何度も聞いた、聞き慣れた声が耳に入る。


『相変わらず愛想がないわね。私くらいには心を開いてくれたっていいじゃない』

「貴様だからだ」


 言いたいことが伝わっているかはさておき、雑に返す。


『なによ。確かに私は異世界から来た存在よ。でも敵対する気はないってきちんと言ったわよね。だからあなたに能力を渡したのよ。分かってる?』

「それは俺が望んだわけではない」

『えー、嘘でしょう。だってあなた、今もこうして生き生きとしているじゃない』

「誰が」


 早くも携帯の電話を切りかけたところに、低い声が鼓膜を揺らす。


『だって、天職よ。そういう性格を見込んで、金の属性の力を預けたの。だからね、その仕事が楽しくないはずがないじゃない』

「斬られたいと?」

『嘘よ嘘。もう、あなた、やりすぎよ。壁の向こう側まで話が届くってなによ。いったいどれだけの人を殺っちゃったわけ?』

「ああ今、西にはいないと?」


 頭に国の地図が浮かぶ。現在の日本は異世界から来た者たち――もしくは神によって派手に形が変わっている。大地は丸く形作られ、さらに東西南北と中央に区切られており、もはや原型がなかった。


「おしいな。能力の関係上、斬れるような気がするが」

『やめておきなさい。確かにそういうことに特化してるけど、やめておいたほうがいいわ。勝手に修復されるだけでしょうから』

「そうかい。情報提供、感謝するぜ」

『来るの? 来ないの?』


 電話の中で女が派手に叫んでいる。


「いや、やめておく。それよりも今は自分の仕事を優先する。それまでは趣味は預けておく」

『もう、これだから私、西に行けないのよ。あなたくらいよ? 恩人に対して牙を向けるの』

「誰が恩人だ」


 低い声で返した後、通話を切った。


 ★★★


 一方、依頼を頼んだ者がいなくなって、男はようやく一息つく。ふかふかのソファに腰掛けて、冷や汗を拭った。そこへやってきたのは忠実な部下だ。


「よりにもよって人斬り虎徹に頼みますか、普通」

「人斬り虎徹?」


 傭兵の正体だろうか。全身を黒で統一した男の姿を思い出す。顔は見ていないが、現代日本では珍しい銀髪は印象に残っていた。


「傭兵なりに頼まれたものには従いますけど、アレは死神ですよ」

「えー、まじかい。本当かい。それはとんでもない」


 死神と言われてもおかしくはない容姿と腕をしていることは確かだが、いまいち現実感がない。というより、信じたくはないと思っている自分がいる。


「ええ。まあ、詳細は不明です。いまだによく分かってない人物なんですけど、少なくとも俺たちのような裏で生きる者たちにとっては、天敵です」

「それは、つまり」


 身を起こす。みるみるうちに顔が青ざめて、汗が輪郭を伝った。


「関わった者たちは高い確率で滅んでいます。まあ、被害は異世界からの侵略者たちに集中しているので、僕らは見逃されると思いますけど」

「んん? 侵略者? 異世界? いきなりなにを言い出すのかね?」

「おや、先輩、知らないんですか? ああ、地下に潜ってるから。いや、それならそれで知らないのはもっとおかしいんですけど」

「もったいぶってないで、さっさと教えたまえ」


 目をじとーっと細める部下に、男は急かすように声を上げる。


「今のところはおおっぴらに動いていないというか、動けないと言いますか。ですけど、確かに存在は確認されています。まあ、表を生きる者たちは彼らのことなんて知らないでしょうし、見るとしたら死体のみか」


 実際のところ部下自身も異世界からの侵略者に関しては、よく知らない。せいぜい、噂で聞いたりする程度だ。いくら悪徳業者として活躍する者でも、裏社会と深く繋がっていない限りは、知る余地もないだろう。逆に深く知っている者というと、侵略者本人と、それを滅ばしてまわっている人斬りくらいだ。それはそうと、近年、国土(島)の形が大きく変わったことと、彼らの活動にはなんらかの繋がりがあるのだろうかと、部下は考える。


「大きな特徴は髪の色です。我々日本人ではありえない色や目をしているとか」

「と、いうと?」

「赤や橙・青・緑――銀」

「銀?」


 男は目を大きくする。


「つまり、やつの正体は?」

「さあ。だとすると仲間を殺し回っているってことになるますよ」

「いや、あの男のことだ。ありえる」

「なに勝手に納得してるんですか。分かりませんよ、そんなの」


 なにはどうあれ、厄介な者と繋がりを持ってしまったことは事実だ。


「ど、どうするんだね。我々、滅ぶのでは?」

「落ち着いてください。彼にとって我々は単なる藻屑も同然です。わざわざ滅ぼす価値もないと判断されたのなら」

「それ地味に自分たちのことけなしてない?」

「いえ、事実を言ったまでで――おや?」


 なにやら表が騒がしい。なにか、あったのだろうか。耳をすましているところに、唐突に扉が開く。


「先輩。やばいです。警察が」

「なに?」


 思わずソファから離れて、立ち上がる。


「はい。もうパトカーが赤く点滅しながらやってきて、サイレンを流してるんです」

「よし、分かった。裏口から逃げるぞ」


 そうなってからは、早かった。彼らは早急に逃げ出して、地下へ下りる。ここでなら、表の人間には知られていないし、自由に動けるはずだ。


「やつはいったいなにを考えているのやら」

「まったく、その素顔、見てみたいものです」


 ★☆★



★学校生活



「どうだ? 俺、MVP級の活躍だったろ?」

「いつの時代の話をしてるんだ」

「時代とかそんなこと言うなよ。つい先月のことだろうが」

「九月一四日だっけ?」


 昼間の明るい教室で、男二人で会話をする。

 今回の話題は体育祭の件だが、かれこれ何度目だろう。いい加減に聞き飽きてきたが、相手としては何度も聞いてほしいくらいには自慢したい出来事だったようだ。


「それに引き換えお前はさ、ぱっとしないよな?」

「なにマウント取ってるんだ? 成績だけは全部こっちが上だぞ」

「バカだなー。成績なんか取ったところで仕方ないんだよ。男はな、目に見える形で活躍したほうがかっこいいのさ」

「テストの点数だって目に見える形だろうに」


 あきれがちに携帯をいじる。


「ところでお前、なんで携帯二本持ってるんだ?」

「二本」

「ああ。銀色のと黄色の、なんか、使い分けてんのか?」

「まあな」


 いちおう、真実を言っている。銀色が仕事用で黄色が普段使っているものだ。表側では普通の人間であるため、誰も彼が人斬り虎徹であると気づかないだろ。


「でさ。また出たらしいぜ」

「誰が?」

「人斬り虎徹」


 内心で言った途端にこれだ。本人としては有名になるのは好ましくないが、このさいは無関心を貫くことにした。


「いやー、怖いよな。俺らもいつ被害に遭うか分からねぇよ」

「誰もお前を狙うやつはいないだろうさ」

「だよな。俺ってみんなに慕われてるしな」

「嫉妬で刺されるんでじゃ?」

「おいおい、さっきと言ってること違うじゃないか」


 冗談はさておき、今のところはクラスメイトを狙う気はない。もちろん、まともな日常を送っている者には手を出す気もない。見た目こそ怖いと言われることはあるが、本人としては真面目に仕事をこなしているだけである。いちおうは正義の味方を気取っているわけで、怖がられるのは癪なのであった。


「あー、そろそろだな」


 時計を見つつ、席から距離を置く。ああ、そろそろ次の授業が始まる。友人が離れるタイミングを見計らって、準備を始める。と、銀色の携帯にメールが届いた。


『そいえばさ、どうしてあなたって学校に通ってるの?』


 例の魔女からのものだった。少年は黙って携帯を閉じて、カバンにしまった。


 ***


 放課後、廊下に出る。帰宅部であるため、まっすぐに帰れる。帰ったところでやることといえば人斬りだが、いちおうは帰れる。余計なことをせずに済むのは楽だ。そう思いつつ玄関から外へ出ようとした矢先、一人の少女の姿が目にとまる。地味な風貌をした少女だ。びしっとグレーの制服を着こなしている。顔立ちこそ整ってはいるものの、どことなく暗い雰囲気があった。


「どうしたんだ?」


 近づく。

 関わりがないわけではないため、困っているのなら手を貸そうと考えた。


「せ、先輩」


 彼女はややうつむいて、か細い声を繰り出した。


「教えてくれ。なにがあった?」

「別に、大丈夫です。ただ、大切なものを、落としちゃって」

「大切なもの?」

「はい。お守り、なんですけど」


 視線をそらす。どうやら、言うが言いかギリギリまで迷っているようだ。それでもついに決心がついたのか、重たい口が動く。


「見た目はネックレスです。スモーキークォーツがついたもので……」

「なるほどな。そいつは大事なものだ。いいぜ。一緒に探そう」

「え。でも」

「気にすんな。俺は暇なんだ」


 頭をかきつつ、彼女の先を歩く。

 かくして二人で落とし物を探すことになった。もっとも、そう大層なものではない。聞き込みをしたり、彼女から情報を聞いたところ、ものの数分で落とし物は見つかる。結果的にあまり労力も時間も使わなかった。


「すごい。あんなに探したのに」

「ま、目線ってやつは違うからな」


 適当に濁す。実際に彼には特別な能力が備わっているわけではない。ただ、効率を重視して、すみやかに動いた結果がこれだ。


「ありがとうございます。先輩。助かりました」


 きれいにおじぎをする後輩。彼女は少し恥ずかしそうにネックレスをカバンに隠して、この場を後にした。


★オレンジ髪の少女


 日中は涼しくて過ごしやすくても、夜は寒い。漆黒の闇に浮かぶ月は風流ではあるものの、それだけだ。あいにくと人斬り虎徹は美しいものに興味がない。ただ言われたことをこなすだけだ。だからよく、機械のようだとも言われる。事実、彼には心がない。敵であるものは倒し、味方は守る。たったそれだけのことで動く。そこに情はない。だから、自分の元へとある少女が駆けてきたとき、真っ先に息の根を止めようと思ってしまった。なに、簡単なこと。剣を振り下ろせば後は終わりだ。あたりに血が広がるだけである。


「お願い。私を守って」


 闇夜から現れた彼女は、こちらの顔が見える場所まで近づいて、助けを求めてくる。

 オレンジ色の髪をした少女だ。顔立ちは整っていて、カジュアルな雰囲気もある。服装もジーンズにパーカーで、季節にしては薄着だ。なにがあったのか気にはなるし、分からないことも多い。ただし、一つだけ分かっている部分もある。


「貴様、異世界からの侵入者だろ?」

「え、あ、それは」


 露骨に顔が歪んだ。頬には汗が浮かび、瞳が泳ぐ。


「ま、待ってよ。いきなり会って決めつけるとか、ひどくない? 証拠でもあんの?」

「染めたわけでもあるまい? そのような髪色を持つ者は地球人ではない」

「うわぁ、差別だ。ひどいわね。私だって必死に生きてるのよ。この世界で生活している以上、あたしだって立派な地球人でしょうが」


 胸を張って主張してくる。

 その物言いからして、どうやら異世界出身であることは確かなようだ。どちらかというと、黒だと白状しているようなものでもある。なんにせよ、自ら現れてくれるというのなら、こちらからしても探す手間が省ける。


「ちょ、落ち着いてよ。待って。あたしはただ」


 剣を抜く。

 刃を一振り。

 しそうになって、動きを止める。新たな足音が忍び寄る。敵らしき影。夜に紛れるような形で、迫ってくる。数は何名。一〇名ほど。狙いはたった一人の少女に対するものだ。

 かくして二人はあっという間に囲まれてしまう。

 少女はすっかり縮こまって、不安げに青年を見上げる。彼はというと落ち着いた様子で剣を元の位置まで戻す。


 どうやら、同族から狙われているのは事実らしい。自分も敵を作りやすい立ち回りをしているものの、普段はこのようなことは起きない。なにより、敵対者たちの顔ぶれとは違う。暗殺ならともかくとして、大勢でたった一人の少女を囲うとは、大人げない。と、言いたいところだが、そのような感慨はすでにはるかかなたに飛び去っている。

 青年は動く。剣を構えて、一振り。敵も動く。剣を抜いて、斬りかかる。狙うは一人。まずははからずも護衛する形となった男を。


「きゃあ」


 悲鳴が響く。

 少女が頭を抱えてしゃがみ込む。その頭上に刃が閃く。だが、剣は刺さらない。切っ先は誰の肉も、肌もとらえなかった。なぜなら攻撃が届く前に、人斬り虎徹が全ての敵を倒してしまったからだ。

 血しぶきが上がる。真っ黒な地面に絵の具のように、それが飛び散った。

 少女は目を泳がせながら、面を上げる。青年は落ち着いた様子で刃を下ろした。


★見逃した。


「さて、次はお前だ」

「ちょ、ちょっと、待ちなよ」


 冷徹な目を向ける虎徹に対して、女はオドオドと目を泳がす。


「なぜ俺が待つ必要がある?」


 何食わぬ顔で尋ね、首をかすかにかたむける。女は悲鳴を押し殺すように息をして、その顔がじんわりと青ざめていく。


「戦う理由こそないよね? あたしは善良なんだよ。まだ人に仇なしたこともない」

「まだ、だろ? いつかは攻撃することもある」

「それは君だって同じだよ」

「同じ?」


 かすかに眉をひそめた。


「そう。そんな危ないものを持ってる君だってね、人を攻撃できるってことに変わりはないんだ」


 精一杯声を張り上げて、主張を繰り出す。一方で、早くも虎徹は剣を振り上げる体勢に入っている。ヒィと悲鳴を上げて、女はゆっくりと後ずさる。


「あ、あたしは君とは違うんだよ。自慢じゃないけど、戦闘力はゼロなんだ。なんにもできやしない。だから、君なんかよりもはるかに安全でさ。って、うわ」


 声を上げて、背を向ける。その背後から虎徹が斬りかかる。彼女は勢いよく足を動かして、猛スピードで逃げていく。刃は彼女の背をかすめることはできなかった。彼女はあっという間に遠くへ逃げてしまった。

 幸いにも追いつくすべはある。ベストに仕込んでいる機械の羽を使えば、上空から追いつくことも可能だ。だが、視界から逃れた以上は、見逃しても構わないだろう。あれが凶悪犯などなら話は別だが、見たところ、女には戦闘力がない。それだけは事実のようだ。もしも人間に戦いを挑んだとしても、むしろあっけなく砕け散るだろう。同じ人間である自分とは戦いすらしなかった。ならばそう焦る必要もない。倒すだけならいくらでもできる。今はそれよりも、やるべきことが残っている。


 裏の情報によると魑魅魍魎の目撃情報も出ている。虎徹自身はよく知らないものの、異世界からの侵入者のようだ。正確には敵が放った使い魔だ。それを残らず蹴散らしてから地下の家に帰る。


 とにもかくにも女は逃した。相手がいくら善良な存在であり、人に対して友好的な関係を築いていたとしても、敵は敵だ。自身はそういった輩を排除する役割を持っている。ゆえに、見逃すわけにはいかない。次に見つけたら問答無用で斬りかかろう。無論、容赦はいらない。人類の敵を相手に慈悲は要らない。この世界にいなかったもの・不要なものは全て片付けるのみだ。なに一つの例外もなく。


★魔術師との通話


 次の日の夜、仕事を終えてから、おもむろにスマートフォンを取り出す。連絡をする先は決まっている。というより、銀色のほうは知人がいないため、実質、一人しかいない。


『あなたのほうからかけてくるなんて、珍しいわね』


 声の主ははずんだ声で語りかけてきた。正直に言うと、その一言で萎えた。実際のところため息をつきたい気分だが、表情一つ変えずに、青年は言葉を繰り出す。


「とある女と出会いました」


 彼は昨夜の出来事を語る。

 異世界人に襲われる少女がいること。彼女に護衛を持ちかけられたこと。それを突っぱねたこと。


『うっそ。いくら嫌いとはいえ、そんなことする? バカじゃないの? 請け負えばいいじゃない。美少女だったんでしょ?』

「顔の美醜に関しては言っていません」

『いいのいいの。こういうのは美形だって相場は決まってるのよ。むしろお約束。暗黙の了解ともいえるわね』


 ないを期待しているのか、女は高らかに口に出す。


「俺はそのあたりに興味はありません。知りたいのは、彼女の正体です」

『なによ、十分に気にしてるじゃない。口ではけなしておきながら――なんて、まるでツンデレね』


 ノーリアクション・ノーコメントで返す。


『いいわ。教えてあげる。彼女はね、王権を手に入れてしまったのよ』

「いかなる手段を用いて?」

『降ってきたのよ』


 冠と杖もしくは剣が天から落ちてくる光景を想像した。シュールかつ意味が分からなかったため、すぐに脳内から消す。


『えっとね、異世界の侵略者があっちの世界から召喚したのよ。そしたら座標がちょうど彼女の体内でね』

「つまり、彼女自身が王権そのものと?」

『そう。だから、狙われているの。彼女を手に入れたら、世界は自分のものになる。いわば、この国土を好き勝手するチャンスを得るってわけだからね』


 なるほど、確かに彼女を手に入れる価値はある。そう、人斬り虎徹は納得した。

 王権とは呼んで字のごとく、王となる権利を得る宝珠だ。それを使えば国土を自由に操れるとは、まさに魔術師の女が言った通りである。また、昔は単なる島国だった日本も、いまや立派な大陸だ。領土は円を描き、太い壁が五つのエリアに区切っている。明らかにおかしい。まさかとは思うが、すでに王権は相手の手に渡っているのではないだろうか。だとすると、彼女が自由に動いている意味が分からない。

 国土が変わったのは別の理由だろうか。

 思考を練る間にも、魔術師は話を続ける。


『でね、私はこう思うの。護衛をするべきだって』

「俺にメリットはありますか?」

『損得勘定なんて冷たいのね。困っている人を見たら助ける。それがヒーローってものでしょう?』


 あいにくと、人斬り虎徹はヒーローではない。


『メリットならあるのよ。ずばり、本敵と出会える』


 通話の先で彼女が人差し指を立てるビジョンが、頭に浮かぶ。


「彼女もいちおうは侵略者の一人です。王の仲間でもある。だから利用するべきだと?」

『まあ、そんなところよ。でも、囮にするなんてひどい才能ね。もしくは、さすがというべきかしら。遠慮なく私の命まで一度は奪ってくれたものだから。おかげでそちらには行きたくなくなったわよ』


 皮肉なのだろうか。こちらからすれば、『ふざけんな』という案件である。思わず本名である秋瀬光の感情が出そうになった。


『私があなたに依頼した任務は一つ。壁の向こうに散らばった五人のうちの一人を倒してほしい。それだけよ。その五人っていうのは、この国に現れた侵略者たち。彼らは国の支配権を求めて対立し合っている。そして、王権を手に入れた者は勝者にひとしい。彼らって要するにリーダーだしね。彼女が狙われている以上、リーダーも狙うでしょう。でも、リーダーは彼女を殺してでも王権はほしい。そういうのから逃げている時点で敵対関係にある』

「つまり彼女と俺の目的は一緒。協定を結びべきだと言いたいんですね?」

『そういうこと』


 軽々しく口にされたが、本人の反応はかんばしくなかった。

 なんせ、敵同士なのはこちらも同じだ。人斬り虎徹が異世界からの侵略者を許さない以上、協定など結ばれるはずもなかった。


★結論


 放課後、いったん地下に戻る。自分自身、なにが効率がいいのかは分かっているつもりだ。ただし、オレンジ色の髪の女と手を組むメリットがあるかと聞かれると、話は違う。ギリギリまで迷うような真似はしたくはない。できるのなら即断即決をするつもりだ。とはいえ、いかにしたものか。自身のプライドを守るためにも敵と組むことなど考えるのもわずらわしい。

 そうした中、現れたのはとある少年だった。地下で生活をしているらしい。あからさまに怪しげな臭いがただよう。盗賊だろうが。腰にはダガーを挿してあって、手のひらの上では盗んだばかりのものと思しき金品を弄んでいた。


「どうだい、俺と手を組まないか?」


 いきなりなにを言い出すかと思えば、誘いだった。あいにくと、誘いに乗る意味がない。髪色の特徴からして、相手は異世界人だ。ならば敵である。わざわざメリットを示されたとしても、誘いには乗らない。


「君も知っているだろう。彼女のことを」

「ああ、王権そのものだと」

「ああ、彼女を手に入れたらこの世界を自由に動かす権利を得る」


 メリットを主張する盗賊だが、人斬り虎徹にとってはおいしい話でもない。なにしろ世界を自由にすると言われても自身の目的は悪の殲滅だけだ。世界を手に入れたところで、どうするというのだろうか。そんなもの、仮に手に入れても持て余す。あっさりと捨てると確信を得ていた。


 そこへ、足音が迫る。

 何者かの気配が物陰から覗く。


「うわっ!」


 振り向くよりも先に、声で気づく。相手の正体はオレンジ色の髪をした少女だ。

 なんと間の悪いことか。いや、むしろいいのか。

 どちらでもいい。

 いずれにせよ、自身の答えは変わらなかった。


「ちょうどいい。俺たちであいつを取り押さえよう。なに、悪いことじゃない。だって、俺たちは同類だ。今更こういうことやったって、罪でもなんでもないもんね」


 意気揚々と、少女を指差す。

 人斬り虎徹が動くよりも先に盗賊は実行に移した。抵抗を見せる少女を取り押さえると、人斬りの前まで連れ出す。さあ、どうだ? と言わんばかりの態度だ。

 そのとき、少女の胸元でなにかが光る。そのカジュアルなインナーの内側で光ったのは、ペンダントだ。そして、そのチャームは煙がかった茶色をしていた。スモーキークオーツ。今、虎徹の頭の中で浮かんだのは、学校で大切なものを探していた少女だ。彼女の大切なものも、そのペンダントだった。

 つまり、彼女の正体は同じ学校に通う後輩だ。

 いささかため息をつきたくなる展開だが、そうと決まれば話は早い。


「了解した」

「なに? じゃあ、誘いに乗ってくれるって言うのかい?」


 盗賊の声がはずむ。

 だが次の瞬間、彼の顔は苦痛にゆがむ。

 血が飛び散り、声にもならない言葉が飛び出す。


 人斬りは邪魔者を排除する。かくして敵は倒れ、少女は解放された。


「ちょ、ちょ、どういう風の吹き回し? あたしたちのような存在は、一人残らず、なんの例外もなく排除するんじゃなかったの?」

「そのような心情だったのは事実です。ただし、気が変わりました」


 淡々と、語る。

 別段、葛藤がなかったわけではない。あくまで表面上は冷静に頭を高速で回転させた結果、すばやく行動に移したように見えるだけだ。実際のところは苦渋の決断であり、そんな彼の内面のことなど、他人が把握できるわけもない。


 結局は同じ学校に通う生徒だった時点で、男の選択は決まっていた。たとえ悪を滅ぼしたとしても、昼の世界を生きる者たちの日常は壊せない。そういった結論に至ったこと自体が、彼が人斬り虎徹でいることの最大の理由でもあった。


「さあお前も早く帰りな」


 冷ややかな目で後輩を見下ろす。彼女もおずおずと頭を下げながら、スタスタと逃げていった。


★文化祭


 なにはともあれ、彼女を守るとは決めた。少なくとも自身が同じ学校に通っている限りはなんとかするつもりだ。しかし、協定を結ぶことに関してはどうだろう。秋瀬光本人としてはそのあたりは考えてこなかった。というより、ありえない方向へ話を進めていた。とはいえ、この際、協力してしまったほうが効率がよいことだけは確かだ。ならば、あっさりと彼女と手を結んだほうがいいだろう。

 そう考えたのだが、いつどこで彼女と出会えるかは分からない。護衛をするにしても見失ってしまっては元も子もない。

 結果、彼女の居所を探ることにした。こうして見つけた彼女の住処は地下にあった。ひっそりと作られた、簡素な作りの部屋だ。


「えー、本当に来るの?」


 無言で返す。

 こちらとて積極的に彼女と一緒に行動したいと思っているわけではない。むしろ、正体を知らなかったら、真っ先に叩き切っていたところだ。今はその意志をなんとか表に出さないように頑張っているところである。


「言っとくけど、あたしには親がいるのよ」

「知っています」


 当たり前のことだ。無から人が生まれることはない。いや、機械として作られる場合もあるだろうが、その場合も製作者という親がいるはずだ。


「あたしに手を出したらどうなるか分かってる?」

「それほどまでにおのれに自信を持っているのですか? あなたは少し、自身の姿を鏡で見てきたほうがいい」

「うそ、なんて辛辣。あたし、いままでこんなこと、人に言われたことなかったんですけど」


 オレンジ髪の少女はあからさまにショックを受けた様子で、口に手のひらを当てる。


「ところで、名前はなんですか?」

「えー、聞くの」

「念のためです」


 うーんと悩んだ後、少女は答える。


「蜜柑よ、蜜柑と呼べばいいわ」


 あからさまに怪しい。やはり自身の正体は隠したか。これで正体を確定させるつもりだったが、仕方がない。


 それから二人で同じ家に泊まり、勝手に出入りをする。ただし、互いに互いのことに興味がないため、関係は発展しなかった。自身も学校ではあまり彼女と関わる気もなかった。下手に絡むと厄介なことになりそうな気がしたからだ。

 そうこうしている間に文化祭になる。準備期間中はほどほどに活動をし、当日を迎えたのだ。


「そういえば先輩、彼女のこと好きなんですか?」


 そんな中、唐突に言われた発言。

 廊下で文化祭の店を並んでいる最中のことだ。いちおう人目を避けていたつもりだったが、とある後輩に見つかってしまった。おまけに相手はよく見るとこの間倒した敵の姿と同じだった。おおかた、彼はこちらの正体を分かった上で話しかけているのだろうが、いささか慣れなれしい。


「ば、バカ、そんなんじゃないよ」


 あわてて否定する。

 秋瀬光と少女の関係は、ただの後輩と先輩で、それ以上でもそれ以下でもない。学校でなければおそらくは関わらないであろう人物同士の組み合わせだ。意識することなど、あるはずもない。


「そういや、新しい信仰ができたとか」

「ああ、知ってるよ。噂になってる。信者も大量に増えたらしいし」

「はい。ですけど、僕はそれ、嫌いっすね」


 冷めた目付きで、少年は口にする。


「教祖は目の前で奇跡を起こしたと言いますが、実際は奇跡を起こしたという夢を見せただけです。ま、どちらにせよ僕は無神論者ですから、関係ないんですけど」


 興味深い話だと感じた。


「ところでなんで先輩はこんな僕に付き合ってるんですか?」

「君こそ、なんで僕に絡んでくるんだよ」

「別に。ただ、先輩のその態度がおかしくて。ああ、別に俺だって一人のほうがいいんです。だって人間なんて誰も信用できませんし。所詮は裏ではなにを考えてるか分からない生き物ですよ。そんなやつらに背中を合わせるなんて、無理っすからね」


 そんな相手とまともに会話をしているということは、遠回しに自分を非人間扱いしているのだろうかと、秋瀬光は考える。が、人斬りとしての姿を知っている少年にとっては、そのような認識なのだろう。そう思って、あきらめることにした。


「ところで先輩の大切な人、困ってるみたいですよ?」

「はぁ?」


 指をさされた方角を向く。するとそこには壁際に追い詰められている少女の姿があった。どうやら上級生に絡まれているようだ。なにがあったのかは知らないが、上級生として止めない理由はない。


「さ、行った行った」


 手で追い払うポーズを取る。

 彼の姿を確認するなり、二年生と思しき女子高校生は露骨に焦りを顔に出す。


「あ、秋瀬先輩」

「違うんです。これは」


 高い声を出して、媚を売るような目付きをする。


「いや、そういうのいいから」


 彼が冷めた声で言葉を発すると、女性生徒は逃げるようにこの場を去っていった。残された少女が控えめに頭を下げる。


「あ、ありがとうございます」

「ま、いいよ。そっちも災難だったね」

「は、はい。でも、いいんです」


 彼女はあくまでも多くは語らなかった。普段はなにか苦労をしているのではないか。もっとつらい目に遭っているのではないか。気にはなるが、深くは立ち入らないことにした。そのまま彼女の前から姿を消そうと思った矢先――


「あの、先輩、私、一緒に」

「ん?」

「一緒に店、回っても?」


 瞬間、秋瀬光の脳内は凍りつく。

 どうしてこうなった。彼女の正体がオレンジ髪の少女だとしても、自身と絡むメリットはないだろう。確かに部活に入っていない関係上、暇ではある。ローテーションも今のところは回ってこない。いわば自由時間だ。その時間は自由だ。だから、彼女と組んでもいい。だが――


「ダメ、ですか?」

「いや、君がいいって言うなら、いいよ」

「本当ですか?」


 本当は望んだものではなかった。ただ、それでも、相手がそれを願っているというのなら受け入れてもいい。断るだけの理由はあったものの、別に彼は一人になりたいというわけではなかった。

 かくして二人は行動を共にすることになった。


★告白


 二人で出店を見て回った。最初は自分たちのクラスへ行った。店番を任された友達にからかわれた。なんせ、異性の後輩を連れ回しているからだ。だが、光にとっては不可抗力だ。本人が誘ったわけではない。ただ、少し恥ずかしいという気持ちはある。なぜ、自分がこのようなことをやっているのか。今さらながら疑問に思う。

 なにはともあれ、一日目が終わる。二日目も二人で過ごした。彼らは互いに暇だったらしい。暇人らしく、こそこそと動いて回る。裏稼業で得た資金も大量に学校側に流したつもりだ。

 体育館では演劇やライブを見る。光自身はバンドに誘われてはいたが、自信がなかったため、断った。


 かくして、二日目も終わる。打ち上げと片付けを終わらせて、学生たちは一人ずつ帰っていく。光も自分の役割を終わらせてから、帰る準備をする。外の空気はひんやりとしている。このような日には暖房が必要だ。光にとっては寒さはあまり好きではない。だから早く地下へ潜ろうと思った矢先、何者かの気配を感じる。急いで振り返ると、そこにはオレンジ髪の少女がいた。


「驚いた。これでも気配を消したつもりだったんだけど」


 無意識のうちに振り向いてしまったが、やらかしたかもしれないと、光は感じた。今のところは人斬り虎徹としての姿を見せていないが、それらしい気配を欠片も見せるわけにはいかない。


「先輩なら、いいかと思った」


 あくまで少女は秋瀬光に向かって、語りかける。

 その様子は淡々としていて、どこか沈んだ雰囲気を感じた。


「恨んでいる人がいる」


 その声音は重く、低く、少年の耳に届いた。


「おぼろげな記憶しかないけれど、確かにそれだけは覚えている。あたしの母を殺した――一人のことだけは」


 なにかにすがるように、遠慮がちに呟く。それがこちらへ気を許したからこその告白だと理解している。だが、それでも、なにも言えなかった。伝えるべき言葉を見失った。一般人らしい反応をするべきか、あえてなにも言わないか。今の光には判断がつかなかった。

 ただ唯一、理解した。彼女の言う仇とは自分であり、人斬り虎徹だ。その言葉の意味は、正確には分からない。ただ、少し、合点がいきそうな部分がある。例えばなぜ地下を根城とする少女が人斬りである自分を頼ったかだ。護衛を求めるのならほかに相手がいたはずだ。よりにもよってなぜ、自身とは敵対関係にある種族と契約を結ぼうとしたのか。よほど人斬りの実力と人格を信頼したのか。いや、違う。答えは彼女自身が仇の正体を知っていたからだ。知った上であえて相手に近づき、倒す隙をうかがっている。

 そう仮定した。

 だが、答えが分かったところで結果はどうなることか。あえて光は彼女に背を向けた。

 いずれにせよ、少女の戦闘力では人斬り虎徹に届かない。いずれ刃を向けようが殺されることはない。だが、どうだろう。彼女自身に対する負い目が心にグサグサと刺さる。痛みが体の中心に生まれた。

 平然と回転を続ける頭とは対照的に、心は大きな波に揺れていた。


★決戦


 先に彼女は帰った。次の日は学校がある。彼女はその日も何事もなかったかのように接してくると予想がついた。それが彼女だからだ。そうでなければ仇かもしれない相手に平然と協定持ちかけてはこない。よく考えると人斬りをやっている時点で彼女の仇である確率は、限りなく高い。もしも彼女が母の仇を探すとして、真っ先に手に入る情報が人斬り虎徹だ。目をつけられるのは必然だった。だが、彼女と手を結んでしまったことが自分の運の尽きだと、光は考える。実際に彼女を守ると決めてしまった以上、必ず守る。そう、思った。


 そろそろ帰ろうか。そう思った矢先、後ろに気配が生じる。裏の世界を生きる者特有の、気配を消したような動きを持った印象を受ける。正体はおおかた馴れ馴れしく接してくる敵側だろう。


「おや先輩、まだ帰ってなかったんスか?」

「その言葉は君にもブーメランになるんじゃないかな」


 正論で返すと、相手はケラケラと笑う。


「いや、だからってこんな時間まで残ってる理由にはならいっすよ」


 顔を真っ赤にして反論をする気はないらしい。


「で、どうするんスか?」

「なにをだよ」


 後輩を装った敵は、彼のとなりにやってくる。少年は光の顔を覗き込む。


「僕、アジトなら知ってるんスよ」

「だろうな。君が西のエリアを統べるボスの部下なら」

「はい。だけど」

「ただでとは言わない。だろう。分かっている。そう安々と仲間を裏切るような真似はできない」


 真面目な顔をしてそのようなことを口にすると、少年は困った顔をする。


「いや、これでもあなたに協力的なほうっスよ。僕、ボスに対する忠誠心とかないっスから。だから君にアジトの場所を教えるとか、そんなことを考えているわけで」


 彼は何食わぬ顔で太っころから地図を取り出すと、ペンを使って印をつける。


「ここっスよ」

「そこは攻略した後だ」

「ええ、まあ。先輩って結構手当たり次第組織を潰したがるみたいで、いろいろ壊滅状態なんすよ」


 そもそも人斬り虎徹の目的は異世界からの侵略者を根絶やしにすることだ。決して西のエリアのボスだけが例外ではない。全てが彼の滅ぼす対象であるため、誰から倒そうが関係のないことだった。


「ボス、影武者なら大量に作ってるんスよ。だから世間では顔すら分からない。だけど、僕は知ってるんスよ。ボスの本当の居場所を。この屋敷の奥へ行けば、真相が分かるんス」

「なるほど。僕が最初から知った場所だったからこそ、地図を渡したと」


 既知の情報だったとしてもヒントを敵に与えている時点で、裏切りに値する。なにかよからぬことを考えている可能性はある。だが、いずれにせよ敵なら倒せばいいだけだ。ついでに目の前にいる男を斬り伏せていこうかと考えたが、その前に彼が一目散に逃げていく。


「ちょ、こういうときまでそれなんスか」


 叫び声と走り去る足音だけが耳に届いた。

 近所迷惑ではないだろうかと、適当なことを考える。


 なにはともあれ、貴重な情報が手に入った。時刻を考えてもちょうどいいタイミングだ。空を見つつ、光は人斬り虎徹としての姿を取って、屋敷へ向かう。中には複数の敵がいたが、構わず殲滅する。それから屋敷の奥へと足を踏み入れる。白い壁に囲まれた空間には、スイッチがあった。その見えない壁を押すと、隠し通路が開く。さらに奥へと進む。

 玉座の間にたどり着いた。


「待っていたよ」

「あなたが本体ですか?」


 敬語を使うことさえイヤになる。そんな相手が目の前にいる。今にも襲いかかりたい衝動に駆られる。だが、それをこらえて様子をうかがう。相対するは自身の記憶に深く刻み込まれた人物。彼は昔と同じ、不敵な笑みで待ち受けていた。ならばその笑みを崩すまで。

 人斬り虎徹は動く。すさまじい速度で。昔とは比べ物にならないほどのスピードには、さすがについていけまい。かくして敵は倒した。血を流して倒れる男。これで終わった。なにもかも。だが、次の瞬間、周りの景色は割れる。

 これはいったい、なんだというのか。目の前には少女が倒れ伏していた。その血に濡れたオレンジ色の髪。なにがなんだか分からないまま、心だけが波を立てていた。


★過去


 目の前で彼女が倒れている。その肉体からあふれ出てきた血を見て、心が震えた。自分がいったい、なにをしていたのか。いや、なにを見ていたのか。心の内側から生まれた動揺が全身に広がる。刀を握る手が震えた。

 まるで夢から覚めたような――否、むしろ悪い夢でも見ているかのような気分になる。心では受け入れがたくも確かに目の前に倒れているのは彼女で、おのれの脳はそう認めている。全てを理解しながらイヤな汗をかく。気を抜くと心の中で保っていたものが崩れ落ちそうになった。


 そこへ少しずつ足音が近づいてくる。煽るようにゆっくりと、わざと聞かせているかのような音だった。


「なかなかに滑稽だったよ」


 振り返る。そこには自分が倒したはずの男が立っていた。


「どうだい? 自分が守りたかった娘を殺した気分は」


 表情は変えない。ただ声音に明確な怒りをにじませて、虎徹は問う。


「いつからですか?」

「なんだい?」

「いつから俺は幻術に」


 自分なら幻術にかからない自信があるとは言わない。だけどこの自分があっさりとだまされるというのはよく分からなかった。すると、男は急に笑い出す。実に愉快だと言いたげな態度で大きな口を開けて。


「いやぁ、これまた鋭い。もちろん最初から。君が屋敷に入った瞬間にそうなるように仕掛けたのさ」


 よく周りを見渡すとここは最奥の間ではない。玉座があった場所にはなにもなく、無の空間が広がっている。ぐるりと周りを見渡す中、男は揶揄するような眼差しを青年へ向ける。


「彼女を傷つけた。その時点で君の手は汚れてしまったね」


 鷹揚な動作で倒れた少女を回収する。なおも手を出さずにいると、相手はゆっくりとこの場から去っていく。


 頭をよぎったのは過去の記憶。

 数年前、国の中心に建つビルの中で、複数の敵に囲まれた女性の姿を覚えている。彼女は青年にとっての大切な人だった。捨て子だった彼を助け、育ててくれた恩人。いわば母親だった。だから、助けたかった。彼女の正体がなんであれ、たとえ自分とは異なる種族であったとしてもだ。

 だが、助けられなかった。気がつくと血に濡れた女性が転がっていたからだ。わけが分からなかった。とにかく発狂した。現実を受け入れられなかった。

 だけど、今は分かる。操られたのだと。今は西のエリアを統べる王によって。

 そして、彼を取り逃がしたのは自分だ。実際は倒れるところまで追い詰めた。だけど、温情をかけてしまった。彼を殺さずにおこうと決めてしまった。それこそが悲劇の始まりだとは知れずに。


 結局のところ、どうあがいても人斬り虎徹は悪人だ。二度と光の道を歩むことはない。異世界からやってきた侵入者と同じだ。自分もさんざん人を傷つけてきた。殺してもきた。異世界からやってきた存在にもよい存在はいるかもしれない。そんなことを考えなかったわけではない。だけど、殺すしかなかった。もう二度と、母親のときの悲劇を繰り返したくなかったから。

 だが、どうだろう。殺したのは自分。母を手に掛けたのは自分ではないか。そして今回も大切に思っていた娘を斬り殺した。

 異世界からの侵略者は悪だ。それは分かる。だが、それを裁く者になんの罪はないとは、果たして言えるのだろうか。彼らと違って自分はクリーンだと、今でもはっきりと迷わず答えられるのか。

 そのことに気づかなかった。自分が悪である可能性など、微塵も。

 大切なことから目をそらし続けてきた人斬りに、他人を傷つける資格などなかったというのに。


 ああ、そうだ。

 他人を傷つけた。

 大切な人を守れなかった。


 そんな自分は間違いである。


 唇を噛んだ。


「なにぼうと突っ立ってるんスか?」


 軽い声がした。

 振り向くと、柱に背を預けるような形で、地図を渡した本人が立っていた。


「らしくないっすね。普通ならもっとクールに振る舞うはずです。それとも、普段の冷静さが崩れるほど、堪えてるってわけっすか?」


 あえてなにも言わなかった。

 唇は硬く引き結ぶ。このような状態でも彼の瞳は揺れなかった。


「図星……いや、地雷を踏んだといったところっすかね。ま、いいっすよ。君はやるべきことをしてください。僕もやるべきことをします」

「なに?」

「はい。まだやれることは残っています」


 彼の言葉に人斬りは眉を動かす。

 やるべきことだと? 自分の守りたかったものは守りきれなかった。それだけでもう戦う気力すら失せた。自分の仕事すらなくしたかのような心持ちになったというのに、まだなにをすればいいというのだろうか。


「おや、本当に本調子じゃないんスね。珍しい。本当に珍しい。彼女、生きてますよ」


 その言葉を聞いて、青年は目を見開いた。


「言っておきます。僕は彼女を救います」

「それができると?」

「はい。なぜなら僕自身が人の形をした剣だからっす」


 相手は語りだした。


「母は元の世界から追放された者たちを自らの手で始末するために、この世界に来ました。世界を征服する気はなくむしろ、この世界を救うつもりでした。ですが、その世界では母の肉体は不利です。なにしろ、馴染んでませんから。だから、そこを突かれた。やつらは悪神を討伐するために作られた、能力を宿した者を操って、母を殺させました。だけど母もなにも実行しなかったわけではない。彼らに対抗しうる手段を、その創造を主とする力を使って、作り出しました。それが僕です」


 淡々と、彼は説明を終える。


「僕は見ていました。君が母を殺す瞬間を」

「俺を憎んでいるのですか?」

「いいえ。あくまで僕が恨むのは、君に母を殺させた者たちです。だからずっと僕はやつらに操られて、仲間になった振りをして、ずっとこの機会をうかがってたんです」


 まっすぐな目で、彼は言う。


「元から王権は敵の手に渡っていました。ボスが洗脳をかけたからです。僕は彼女を逃がしました。そして、君を感化させるために、斬られる役も演じた。そして、君が敵に対抗しうる能力があると判断した上で、頼ったんすよ」

「なにをさせる気ですか?」

「僕を使ってください」


 その瞳に迷いはなかった。


「僕は洗脳を解く力を持っています。だからいままで洗脳にかからなかった。そして、この僕に触れて能力の干渉を受けたものも同じく」


 その説明を聞いて、肩から力が抜けた。

 いままで倒したいと思っていた相手。倒さねばならないと思っていた相手。それを前にしてなにもできないなんておかしい。なにもできずに終わるなんて、絶対にしたくなかった。

 だけどここで勝機が生まれた。勝つにたる道ができた。その事実に気持ちが明るくなる。前を向いて歩いていけるだけの力を得ることができた。


「分かりました」


 ややうつむいて、声に出す。


「勝とう」


 人斬り虎徹ははっきりとした声で言った。


「はい」


 同じく明るい口調で、言葉が返ってくる。


★決戦


 奥へ奥へと進む。最後の扉を開いて、最奥の間へ。

 そこは確かにいつか見た風景と同じところだった。周りを真っ白な壁で囲われ、等間隔で柱が建っている。まるで、神殿の中のようで、厳かで神聖な雰囲気を感じた。

 そして、そこの真ん中に立っているのが、おのれの倒すべき存在だ。


「俺を殺しにきたのか」


 男は冷静に尋ねる。


「ああ」


 答えは早かった。

 男はその選択を鼻で笑う。


「おのれのやっていることを、正しいと思っているのか?」


 彼はこちらを嘲るような声で、語りかけてきた。


「いままで、なにをしてきたのか忘れたわけでもあるまい? 我々に盾突くような真似、する資格があるとでも?」


 耳を傾けなかった。だが、言葉は勝手に耳に入ってくる。彼のような者の話を聞いても無駄だとは分かっている。たとえそれが自分自身に突き刺さる問題であったとしても、無視をする必要があった。そしてなにより、ありとあらゆる意見をはねのけてでも、戦う必要がある。

 人斬りは前へ進む。相手は笑ったままだ。なにしろ、彼には他人を操る術を持っている。そう簡単に倒されるとは思っていない。だからこそ、そこに隙が生まれる。


「分からないか? ならば教えてやろう。それは殺人だ。我ら同胞を倒し尽くした。その罪を、覚えているか?」

「ああ」


 ごく当たり前のように答えて、足を踏み出す。


「だが一つだけ言えることがある」


 人斬りは淡々として口調で、言った。


「貴様を殺すのは、俺の役目だ」


 自分が悪だとしても、それで自分の責務から逃げるわけにはいかない。そんなことは許されない。絶対だ。

 黒い瞳から力強い光が漏れる。それが、それこそが彼にとっての結論だった。


「バカな選択を。そうすれば貴様は外道に落ちる。そのような結末を受け入れるのか?」


 彼の発言は的を得ていた。

 たとえ相手が悪であったとしても、おのれのやってきたことは覆せない。少なくとも日の当たる道を歩む資格はおのれの手からはすべり落ちている。


「それでもいい」


 たとえ自分の行いが間違いであったとしても、倒さねばならない敵がいる。なにより自分は相手を殺すためにここにいて、人をやめた。その行いを否定することも、逃げることも許されない。

 光の道に置き去りにしてきた者のため、守りたいもののためにも、引き返すわけにはいかなかった。


 敵へ剣を向ける。そこから放たれる光を見て、相手もようやく危機感を覚えたらしい。


「お前、まさか」


 後ずさる。

 その発言はいったい誰に向けて放ったものだろうか。

 だが、答えはどうでもいい。自分の役目を果たすため、人斬りはボスを倒した。


「ようやく終わりっすか」


 役目を終えて、剣が少年の姿を形作る。だがその姿は透けていた。まるで、成仏前の霊のように。


「僕、ここまでのようっす。なんでも君に一度やられてますから、人の姿を保つのもギリギリ。だから、一撃で全てを終わらせる必要がありました」

「ああ、そうだろうとは思っていた」


 だから彼自身も焦ってはいたのだろう。


「お前はこれで満足なのか。消えても」

「構いません。そのためにここに戻ってきたんすから」


 迷いなく、少年は答えた。


「君ならやってくれると信じていた。だから、頼んだんですよ」

「よく、それができたな。人間を信じられないと言っていた、お前が」

「はい」


 あっさりと、彼は肯定する。


「でも、勘違いしないでくださいね。僕、君を信じたわけじゃありません。君の、彼女の思う気持ちを信じたんです」


 にっこりと笑う。それを最後に少年は消えた。

 同時にいままで保っていた人斬りの姿が解ける。どうやらずいぶんと力を消費したらしい。元から力を消費すると解ける仕様になっている。むしろこのタイミングで解けたのはこちらにとって都合がよかったかもしれない。


 秋瀬光は最奥の間を後にする。彼の足はそのまま、姫が閉じ込められているであろう場所へ向かった。


★人斬りとしての姿


 見つけ出した少女を背負って、屋敷を出る。

 外はすっかり夜が明けそうになっていた。空の色は淡い色を帯びて、東の空には太陽が昇る。その金色の光に釣られたのか、少女がゆっくりと目を開く。


「なぜ、先輩が?」


 その声には明らかな戸惑いがあった。

 一瞬、いかに答えるか迷う。正直に全てを打ち明けるのか、ごまかすか。だが、それを悩んでいる暇はなく、次の展開が彼らを待ち受けていた。


 ずらっと並ぶ敵の数。それは集団というより軍団に近い。彼らはボスが置き土産として用意した存在だ。洗脳を施されているのか、うつろな目をしている。彼らは一斉に襲いかかる。それによって、秋瀬光の行動も決定した。

 今の状態では少女を守り切ることができない。なんせ、人間としての姿だからだ。元より彼は身体能力に優れていたわけではない。だから普段は運動で活躍することも難しい。ならばこの体を捨ててしまおう。

 決断は早かった。なんのためらいもなく、少年は人斬りとしての姿を少女の前にさらす。そして彼は刃を振るう。その銀の塊で敵を薙ぎ払う。鮮やかな血が吹き出すとともに、敵が地面に倒れる。さながら、大地を空に見立てた花火のような光景。


 それに対して少女が言葉を失ったのはなぜか。そんなものは分かっていた。だが、少年にとってはどうでもよいことだった。

 実際に彼女を守ることができた。自分の役目はこれで終わりだ。最初から、そのはずだった。だから、これでいいのだと。そう思った。


★別れ


「これが俺だ。俺は人斬りだ。お前の憎む、悪人なんだ」


 目を見張って立ち尽くす少女へ向かって、人斬りは冷たく言い放つ。

 ただ、現実だけを伝えたつもりだ。自身の選択はすばやく、もうすでに決まったことであったため、心は凪いでいた。しかし、同時にむなしさもともなう。ここまでごまかし抜いた。けれども、結局自ら正体をバラす羽目になるとは予想もつかなかった。もしも、彼女に正体を知られないまま平和な日々を送れたのならと、一瞬だけ考える。

 それでも、全ては過ぎたことだ。おのれの決断でこの展開に至ったのだから、振り返っても仕方がない。青年は黙って彼女に背を向ける。


「じゃあな。もう、俺はお前の前に現れはしない」


 もはや自分は表の世界で居る資格はない。

 いままで殺し続けてきた日々、その罪の大きさを思うと、とてもではないが、平気な顔をしていられない。秋瀬光を演じきる自信がなかった。


「待ってよ」


 震える声を背中に感じる。

 彼女の足音が近寄ってきた。

 そして、腕をギュッと掴んでくる。


「どうして、そんなことを言うのよ」

「どうしてもなにも分かっただろう。俺は悪人だと」

「違う」


 彼女は首を横に振った。その勢いで、髪が激しく動く。その毛先が頬を叩いた。


「違うことはない。俺はお前を殺そうとすらした。その事実を忘れたわけではないだろう」


 事実だった。

 最初は彼女を敵でしかないと思った。まだなにもしていないのに、敵対する種族だからと、刃を向けた。それで彼女が生き残っていたのは、運がよかったからだ。ただ、それだけのことで、もしも最初の一撃で彼女を殺していなかったら、このような展開は起きていないだろう。


「ううん。だってあなたは、私たちを守ってくれていたじゃない」


 はっとなった。その声に、その言葉に。


「私、知っていたわ。ずっとあなたは西の地区を守ってきた。人に仇なす者たちを倒して、表の世界を。だから私たちの生活は守られ、誰も異世界からの侵略者のことなんて、知らなかったのよ」


 その発言は予想外だった。まさかそこから変化球がやってくるとは思わなかった。

 だけど、勘違いしないでほしいと彼は言う。秋瀬光は誰かに褒められるために敵を殺したわけではない。ただ、自分自身の役割を遂行するため、剣を振るってきただけなのだ。ただ、その原点であったものが、クラスメイトの生活を守るためであっただけで。

 彼らのことが好きだった。彼らの活躍する光景をまぶしいと思った。その勢いの中に取り残されて、平凡なまま、彼らのことを見ていた。ずっと、平凡から抜け出したいと思っていた。みんなのように活躍をしたいと。特別になりたかったからこそ、青年は力を求めた。そして、今に至る。それだけのこと。

 だから、いいのだと。誰にも見られなくとも、世界中の全てに疎まれ、嫌われたとしても、おのれのやり方は貫き通す。自身に課せられた責務は果たすと。


 それでも、よかった。


「ありがとう」


 彼女のそう言われたことで、なにもかも報われた。そう、救われた気分になったのだ。


「それでも、決めたことだ。それだけは、変わらない」


 青年は歩き出す。

 その背中を追うことは、少女にもできなかった。もとより彼女の中にあった未練は、先程の一言、ただそれだけだったからだ。

 彼は見逃す。だから聞かせてと、少女は言う。


「あなた、どっちが本性なの?」


 足を止める。

 振り返る。

 それは、どう答えるのが正解なのか、考える暇はなかった。だから手短に、本当のことを口に出す。


「両方だよ」


 一瞬の静寂。

 さらっと答えたセリフに、返される言葉はなかった。

 東の空には日が昇る。濃紺の闇を黄金の光が押し流していく。その永遠にも思えた時間の中、青年はふたたび前を向いて、足を進める。青年はいつの間にか、少女の前から姿を消していた。


 ***


 春、暖かな風が吹き、雪は溶ける。草花はみずみずしく咲き誇り、かぐわしい香りを放つ。

 現在、東西南北中央――全ての壁は取り払われた。新たな王も誕生する。いわく、少女の親族が異世界から駆けつけて、新たな王になったらしい。

 その情報を巷で小耳にはさみながら、心の底で少女のことを考えていた。彼女は無事にやっていけるだろうか。ただ、その彼女の前に姿を現すことは敵わないだろう。どの道彼は指名手配犯である。相手が悪人といえども、罪は罪。

 だから、もう戻れない道をふたたび歩み始めた。

 今日も青年は悪と戦う。民にとって害となる者のみを選んで、殺していく。


 それでも表の世界から姿を消さなかったのは、少女の存在が関わっている。彼女があの日、ああ言ってくれたから、まだこの世界にいてもいいのだと思わされた。だから、青年は昼間はバイト・夜は悪を倒す日々を続けていた。

 男は高校を去った後も、表の世界とつながったままだった。

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