泡吹き等の命

梦現慧琉

第零幕◇初めに

 おおよその人間関係において、何を差し置いてもいの一番に最重要となる事項といえば、しかし勿論いうまでもなく第一印象そのものだろう。悪い第一印象の、後からの挽回は非常に困難になるはずだ。誰だって初めて会った時に最悪な思い出しかない人間と、また会いたいだなんて思うはずがないゆえに。ましてやその後に関係を続けたいなどと、思うはずがない。

 それは文章にも同じことがいえる。

 書き始めがしみったれた文章なんて、続きを読みたいと思われるはずがないのだ。

 従って、読んでもらいたい文章――特に小説類――の書き出しは、須く面白く読み手を惹き付けるものでなければならない。要は、理解しやすくとも理解しづらくとも構わない、とにかく興味を惹かれるようにすべきなのだ。

 ぐいぐいと。

 手綱を引くように。

 手薬煉てぐすねを引くかのように、読者の意識をこちら側へ向けるのだ。

 ……何が言いたいか?

 それは、そんなことはわかっているんだということ。わかっていても仕方がないから嫌々ながらも申し訳なく思いながらも、どうしようもなくこれからの話――物語を展開するに当たって、最低限踏まえておいて貰わなくてはならない説明文を、そしてその最低限すらも長々と冗長にならざるを得ないような解説文を、書き並べようとしているということだ。

 つまりは弁解である。

 ごめんなさい、許してください。ということ。

 全く持って、純正ファンタジー以外のファンタジーは肩身が狭い。

 読者と世界観を共有してないなんて、これは明らかなハンディキャップだろう。

 ふぅ……、さてさて。あんまり愚痴っていても話が進まない。こちらが仕方なくやっていることだとご理解頂けたと思って、面倒臭いことはさっさと済ませてしまおう。

 まずは、時は二十世紀末から二十一世紀初頭にかかるころ、場所は大まかにいって日本。ここは良い。テレビも車も携帯電話も高校生も、特に注釈をつけるまでもなく普通に存在していていると思ってもらって、一向に構わない。常識が常識として通用する。日常が日常として持続する。現実が現実として存在する。問題はここからだ。そんな歓迎すべき当然に、残念ながら次の文言が続いてしまう。そう、“ただし”。

 既にこの世界は変貌している。

 常識を非常識が。

 日常を非日常が。

 現実を非現実が。

 それぞれがそれぞれを、跡形もなく破壊してしまっている。

『レネゲイドウィルス』

 初めに知っておいて貰いたい専門用語、固有名詞はこれだ。『レネゲイドウィルス』――こいつこそが、この世界を根本的に壊している諸悪の根源だ。どんな風にか、といえば、それは無論ウィルスという言葉から連想されるまま、人間に感染することによって、だ。しかし、感染して終り、ではない。こいつに感染してしまった人間は、なんということだろう、特殊な――超能力のような――超常現象的な――幻想染みた――夢のようで悪い夢のような、そんな能力を手に入れる。

 便利。

 ではない。

 テレビショッピングのように上手い話ばかり、ではない。

『レネゲイドウィルス』が蝕むのは、その身体だけではなく、その精神まで……自我に、理性に、思考に、つまりは人間らしさ。力に溺れた物は人間ではなく、ただの化物と化す。それも、常識的な兵器ではとても太刀打ちが間に合わないような、厄介危険極まりない化物へと。

 感染者を、超越した者……一線を越えた者という名の、『オーヴァード』と呼び、中でも人間社会へ回帰不能なほどの化物を『ジャーム』と呼ぶ。

 ここまでが“世界の変貌”。

 なら、“既に”とはどういう意味か。

 巻き込まれてしまいかねない一般の方々には本当に頭が上がらない限りだが、実はこの『レネゲイドウィルス』も『オーヴァード』も、そして『ジャーム』すらも、普通に生きている限りには知る由もなく気付く切欠すらないほどに、世界的に秘密とされ、秘匿されている。

 いわば、隣に吸血鬼がいるかもしれないのに、その事を誰も知らない。

 知らされていない状況。

 不条理不道徳極まりない。いつ突然首筋に噛み付かれるかわからないというのに、それに対策を講じることすらも許されていない、というのだから。……とはいえ、そんな憤慨はとりあえず飲み込んでもらうしかないだろう。そうでなければ、先へ進むことすらできやしない。雑踏の中にナイフを、あるいは拳銃を、もしくは爆弾を持っている人間がいるかもしれない、と考えれば、まあそれほど大それた話では、ないのかもしれないし。いやいや全く。世の中なんて、不条理不道徳極まりない。

 続けよう。

 一応は、その憤懣のぶつけ先を紹介しておこうか。何故にそんな非人道的な状況になっているのかといえば、それは一重に『UGN』――『ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク』の頑張りのお陰だろう。彼らは『オーヴァード』達にも人権を認め、またモラルを求め、要するに『オーヴァード』連中の一般的社会への適合、迎合、合流を目標と掲げている団体だ。

 お志が高いのは感心すべきことかもしれないが、問題はその方法が模索中であり、また対応が全然追いついていないところに在る。お役所事情とでもいおうか。結局、今の社会に『レネゲイドウィルス』の存在を公表したところで、パニックが起き、迫害が発生し、下手をすると戦争に到達し、行く末は全世界の破滅に陥りかねない――というのが現在の『UGN』の見解である。ならば、然るべき準備が出来るまで秘密にしておかなくてはなるまい。

 というわけで、世界的秘密組織(笑)『UGN』は、今日も今日とてご苦労様なことに、『オーヴァード』とりわけ『ジャーム』共の引き起こす非現実的な災害・事件を、捜索しては発見し、発見しては解決し、解決しては隠滅し、と忙しく働いているわけだ。

 倫理にとりあえずは添う形である『UGN』と相対させて引き合いに出すべき組織があるとすれば、それは『FH』――『ファルス・ハーツ』であろう。こちらはわかりやすくも明快な表現をしてしまえば、オーヴァード至上主義の世界的テロ組織だ。……いや、正確な目的は今のところ謎とされているので、本当にそうであるかは見当もつかない――が、やっていることから察するに、恐らくはそんなところであろう。噛み砕いて説明するのなら、超常現象的な『オーヴァード』の力を使いたい放題で、対するところの一般人を虐げるような活動をしている輩なわけだ。

 当然『UGN』からすれば、『FH』は目の上のこぶだ。

 そんなテロ活動・破壊工作をされては、『オーヴァード』――引いては『レネゲイドウィルス』の存在が世界に発覚しかねない。どころか、誤解されて『オーヴァード』達が危険視されてはたまらない。なので、『オーヴァード』の代表組織『UGN』および『FH』は、基本的にいがみ合っているわけだ。

 世間一般の与り知らぬ水面下にて。

 これが、“既に”の意味。

 勿論、『レネゲイドウィルス』やら、感染者『オーヴァード』に深く関係する組織は、この他にも数多存在している。人の口に戸は立てられないわけで、秘密は秘密として知ってしまう人間がどうしたって出てくるのだ。しかし、(この表現はいささか適当でないかも知れず、当組織の方々には大変恐縮ではあるが)『UGN』や『FH』の派手さに比べれば小数点二桁以下のような組織でしかないため、今は割愛しておこう。

 ここまででも十二分に長いのだから。

 休憩でも挟もうか?

 次から最もややこしい、最後の山場に入る。

 いいかな。

 先ほどまで、特殊だとか超能力だとか超常現象的だとか幻想染みただとか、曖昧な表現をしていた『オーヴァード』の能力だが、大きく分けて現状十二種類で表記できる。『レネゲイドウィルス』という名称が先に在ったからであろう、それらの分類は『シンドローム』――症状、という意味の言葉で表現されている。つまりは、感染者である『オーヴァード』に『レネゲイドウィルス』が引き起こす『シンドローム』は、十二種類に分けられるわけだ。内、一人に発症するものは二種類。同じものが二種発症した症例を純血種、異なるものが二種発症した症例を雑種と記すが……ま、ここは良いだろう。洒落た言い方をしているだけだ。確率の計算をすれば当然であるよう、後者の方が多いとだけ思ってもらえれば。

 その『シンドローム』の十二種についてこれから触れたいところだが、詳しく説明などしていては日が暮れる。従って細かい話は後々に乞うご期待、ということとして、軽い説明に留めておこう。すんなり理解していただけるよう、もう一度だけ記述しておくが、『シンドローム』とは要するに“超能力の種別”――“どんな非現実を顕現しうるか”をわかりやすく言い換えているに過ぎない。

 それでは、一気に駆け抜けよう。

『シンドローム』には以下の種別がある。

 

 光と闇を自在に操る光学的能力、発症者の五感が限界まで鋭敏に研ぎ澄まされゆく――『エンジェルハィロゥ』。

 

 細胞が発する生体電流を増幅させて武器とし、応用次第で電子機構すら服従させる――『ブラックドッグ』。

 

 流れる血液を盾へ刃へ力へと、果ては別生命体と成す、いうなれば其の者、吸血鬼――『ブラム=ストーカー』。

 

 常識をはるか凌駕する怪力、野生の凶獣が如き能力と姿を得る、存在自体が進化論――『キュマイラ』。

 

 己が体内組成を臨機応変に変幻させ、皮と肉と骨と内臓を道具のように扱いこなす――『エグザイル』。

 

 躍動・振動・並びに音波、つまりはあらゆる波動を支配し、神速へと昇華せしめる――『ハヌマーン』。

 

 周囲を構成する物質という物質を分解・変換・創造し得る、魔術師にして錬金術師――『モルフェウス』。

 

 言語理解に精通し、計算能力が充実し、推理能力を超越し、体をも頭脳で統治する――『ノイマン』。

 

 物体ではなく座標を把握・掌握、立ち位置を箱庭として弄ぶ、空間こそ己が所有物――『オルクス』。

 

 熱の概念に直結し、自らの手足が如く見下し、熱いも寒いも炎も氷も思うがままの――『サラマンダー』。

 

 どんな薬物も化学物質も、名より先に熟知し精製する、歩く実験室にして薬品工場――『ソラリス』。

 

 相対性理論を指先で体現する、力場に斥力・超重力、時間概念にも辿り着く可能性――『バロール』。

 

 ……以上、十二種類。

 

 呼称が安直なのは仕方がない。名づけた人間のネーミングセンスの問題だ。

 内二つが一人の感染者に発症する。

 とはいえ、全部覚えてもらう必要はなく、なんとなく読み流してもらえれば、それで良いだろう。結局はただの呼称であり、論文を書きやすくするための分別でしかないのだから。因みにこれら『シンドローム』をさらに細かく、実際に起こりうる現象ごとに分類したものが『エフェクト』――効果、という意味の言葉になるわけだ。けれども、そこまで細かく区分したところで、この先の文章を読んでもらうのに大した影響はないだろう。むしろ煩雑になるだけだ。

 実際のところ……、総じて十二種、一人当たりたった二種の『シンドローム』と違い『エフェクト』の方は、あまりに多岐にわたったものが同時に、しかも絡まりあった形で観測されるため、分割して描写したって研究者以外は嬉しくもないだろうし。

 ただ、伝えておくことがあるとすれば、あれら特殊な力――『オーヴァード』の力は、その『オーヴァード』自身の精神から直接の影響を受け、引き起こされるということ。つまり、“目に見える形での能力”――『シンドローム』やら『エフェクト』やらを抜きにした、分かりやすい意味での『レネゲイドウィルス』感染者に備わった特殊能力――は、そのもの彼らの“哲学”、“感情”、“精神性”に、大きく左右されるということだ。

 うん。

 予想通りといえば予想通り。

 大変長々と失礼した。

 本当にお疲れ様である。

 ここまで踏まえてもらえれば、後に続く文章をそれなりにすらすらと、理解しやすくも速やかに読破することが出来ると思う。逆にいえば、あまりにも一般人様方にはわかって頂きづらい単語が頻出してしまうため、このような前書きが必要になってしまったのだが。そこは書き始めに謝ったとおりである。ご容赦いただきたい。

 さてと――。

 これ以上言葉を重ねても仕方がない。

 早々に語り始めて、終うとしようか。

 ……おっと。

 肝心の、これから綴る話が一体なんであるかについて触れていなかった。恐らくこんな酔狂な文面に目を通して下さっている時点で、皆様はその程度のことなどご存知なのだろうとは思うのだけれど、やはり書いておかないわけにはいかないだろう。

 これは、しがない僕等の取るに足らない経験譚――気取っていわせてもらえるのなら物語。奇妙な我等が世界に後々続いた、悲しい嘘吐き達の夢や、愉快な人喰い共の幻、それらに先駆けた、まるで前置きのような――法螺吹きみたいなお話だ。

 よどみに浮かぶうたかたは、且つ消え、且つ結びて……所詮は我等は泡沫人。

 泡と同等の命。

 ――それでは皆様、少々しばしお付き合いの程を。この物語は、最初の語り部である僕――時鏡謡依。時鏡奏手、時鏡刻深、そして塵散契の提供でお届けします。

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