そして、僕は彼女の騎士になる。

踊堂 柑

第一章 悪役令嬢の戦術 -strategy-

第1話 やっぱり僕は”能無し”だから

 防壁に囲まれたその町は、迷宮都市と呼ばれていた。

 大昔に滅びた高度な魔法文明の遺産とも言われる迷宮は、現在の技術では作り出すことのできないアーティファクトや、魔石、魔物素材などの富を生み出す場所だった。

 もちろん、迷宮に入ってその富を回収するためには力が必要だ。この世界でそれを担っているのは冒険者と呼ばれる者達だった。

 迷宮都市バルトシークの冒険者を束ねるギルド。そこで受付嬢を勤めるヴィエラは、カウンターにやってきた少年を見てかすかに眉をひそめる。

 肩を丸め、俯いた黒髪の少年。薄汚れたローブに木の杖。治癒師の彼がパーティメンバーからあまりいい扱いを受けていないことをヴィエラは気付いていた。


「お帰りなさい、レオ君」

「こんばんは、ヴィエラさん」

「探索報告と戦利品の換金ですね?」

「はい、お願いします」


 覇気のない小さな声でそう言い、レオと呼ばれた少年は小さく頭を下げる。カウンターのトレイに乗せられたのはパーティ全員分のギルドカードと、レオが背負っていた背負い袋から出された魔石と素材。

 レオ以外のメンバーは、さっさとロビーに併設された酒場へ行き、一杯やっていた。いつものことだ。

 夕刻からこちら迷宮から帰還する冒険者は多く、受付にも列ができ待ち時間が発生している。ヴィエラは不快感を表に出さないよう職務に集中した。受付嬢が冒険者パーティの内情をとやかく言えるわけもない。

 ヴィエラは専用の魔道機械でカードを読み取り、記録内容を更新して精算金と一緒にレオに返した。


「お待たせしました。……大丈夫ですか? レオ君」

「あっ、はい。……カンドスたち、レベル上がったんですね」


 カードを受け取ったレオは、ぼうっとした様子でそれを見ていた。ヴィエラは一瞬痛ましげな表情をし、はっとしてそれを隠す。パーティの中でレオだけレベルが低い。カードの記録上では、彼もちゃんと戦闘に参加している。なのに一人だけレベルが上がらないのだ。


「やっぱり僕は”能無し”だから」


 もう諦めた表情で小さく呟く少年に、ヴィエラはかける言葉がない。気休めも同情もレオを傷つけるだけだと思っているからだ。


「お疲れ様でした。無理せず、ちゃんと休んで下さいね」


 レオはぺこりと頭を下げると、酒場の方へ歩いて行く。

 レオの言った”能無し”というのは、ごく稀に存在する不幸な者のことだ。理由はわからないが、その職業で当然覚えるはずのスキルを覚えることができず、レベルの上がりが異様に遅い。

 素養判定では判別できず、こうして実際にレベルに差が出てからおかしいと気付く。滅多にないケースで、ヴィエラも今まで見たことはなかった。

 換金が終わったことを知らされて、レオのパーティメンバーは席を立った。金額の低さに不満を漏らしながらギルドを出て行く粗野な少年たち。彼らの後についていく一回り小さい背中を見送って、ヴィエラはため息をついた。



◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 レオは夜明け前に起きて洗濯をし、皆を起こす。それから申し訳程度の朝食のあと、迷宮へ行くものだと思っていた。しかし、この日は違った。


「お前にはパーティから抜けてもらう」


 朝一番にリーダーのケンバルからそう言われたレオは、黙って頷いた。

 自分が”能無し”だというのはわかっている。治癒師ではあるが、治癒魔法は最初の一つ目である〈ファストヒール〉しか使えない。治癒師の基本魔法である〈ヒール〉も覚えることができていない。レベルも他の者の半分程度。戦闘での負傷を癒しきれず、魔力切れを起こすこともあった。

 やっぱり冒険者なんて無理だ。レオはそう思い始めていた。だからこの結果も仕方がないと納得している。


「結局お前は役立たずのままだったな」


 苛々したように吐き捨てたのは幼馴染のカンドスだ。レオの生まれた村の村長の息子で、体格にも恵まれた戦士。同い年であるのにレオはずっとカンドスの子分扱いだった。

 カンドスは成人の儀の素養判定で戦士の素質があると聞かされてからずっと、冒険者になって一旗上げるんだと息巻いていた。そして村を出る時、身寄りのないレオを強引に連れ出したのだ。レオが素養判定で治癒師と判定されたのを知っていたからだ。

 バルトシークにやってきた二人は、たまたま知り合った先輩冒険者に拾われた。運が良かったのか悪かったのかはレオにはわからない。

 最初こそ治癒師として大事にされたものの、すぐにレオが”能無し”であることがわかった。以降レオの扱いはどんどん雑になり、今となっては便利な小間使い兼荷物持ちであり、場合によっては魔物を引きつける囮だった。

 冒険者としてのイロハを教えてはくれたが、到底感謝する気にはなれない。

 そうして半年。レオを酷使しながら迷宮に潜っていたパーティは、限界に来ていた。レベルの上がらないレオは、彼らのペースに合わせて迷宮探索をするのは不可能だった。

 パーティに治癒師が一人しかいない以上、命が惜しければレオに合わせるしかない。それは少しでも下層に潜って稼ぎたい彼らにとっては、ストレスでしかなかった。

 パーティ追放を言い渡されて、むしろレオはほっとしていた。行く当てもないが、迷宮にいれば遠からず自分は死ぬという確信があったからだ。

 レオのその気持ちに気付いたのか、カンドスがちっと舌打ちした。


「ごめんなさい」


 咄嗟に謝ると、カンドスはぷいと顔を背ける。

 子供の頃から妙に目の敵にされていたような気がする。何が気に障ったのかレオには覚えがなかったが、ガキ大将だったカンドスに逆らえるわけもなく、すっかり謝り癖がついていた。


「今までお世話になりました」

「ちょっと待て」


 集まったパーティメンバーに頭を下げたレオに、ケンバルは言った。


「お前、無能の責任を取れよ」

「え?」

「お前がちゃんと回復できないせいで、何度も治療院に行ったろ。ポーションだって使った。払わなくていい金を払わされたんだ。わからねえのか!」

「ごめんなさい!」


 ケンバルは戦士だ。そんなケンバルに頭の上から怒鳴られて、レオは身を縮める。


「払えって言ってんだよ!」

「ひっ……で、でも僕お金なんて」

「ああ?」


 ケンバルはレオの襟首をつかむ。殴られる、と思ったレオは反射的に目を閉じて腕で顔をかばった。

 ”能無し”を理由に、レオにはほとんど分け前はない。宿代と食事でギリギリなのだ。出せと言われても出しようがなかった。


「んなことはわかってる。だから親切な俺たちは、仕事を斡旋してやることにした」

「え?」


 ケンバルの言葉に、レオは呆気に取られて目を見開く。ケンバルは手を放した。


「給料から払ってもらえばいい。仕事を紹介してくれる所まで連れてってやる」

「本当?」

「ああ。だが斡旋を頼むためには登録がいる。名前くらいは書けるだろ? ちゃんと紹介所の登録用紙ももらってきてやった。ほら、ここにサインしろ」


 そう言ってケンバルは二枚の紙片をレオの前に出した。

 村へ戻るにしても旅費がない。冒険者を辞めて別の仕事に就けるのなら、ありがたいことだとレオは思った。なんだかんだでケンバルはリーダーだ。多少はレオのことも考えてくれたのだろう。

 そうは思ったが、自分の名前くらいしか文字を知らないレオは、書類の内容が読めなかった。何やらびっしりと文字の埋まった書類に戸惑っていると、後ろからケンバルが書類に手を伸ばした。


「やる気がないんなら……」

「あっ、やります! ごめんなさい」


 何故だが今日のケンバルは機嫌がいい。仕事。給料。紹介。そんな単語を聞かされて安堵したレオは、パーティメンバーに囲まれてたどたどしい文字でサインをしてしまった。

 そのあとケンバルが先頭に立って、一同は商業地区の裏通りにある建物までやってきた。


「お前はここで世話になりながら雇い主へ紹介されるのを待っていればいい」

「泊めてもらえるんですか?」

「ああ。貧乏人のための斡旋所だからな。ややこしい手続きは俺がやってやるよ」


 ケンバルは先に建物に入って、中のカウンターでやり取りを始めた。しばらくして、ケンバルはこちらを手招きする。


「契約については理解しているかね?」


 ケンバルたちと建物に入ると、カウンターに座る係の男が尋ねた。


「さっき言った通りだ」


 振り向くとケンバルはそう言った。登録すれば、仕事を斡旋してもらえる。そのことだろう。レオは頷いた。


「これは、間違いなく君のサインか?」


 男が確認のために出したのはさっきケンバルに言われて名前を書いた二枚の書類だ。内容がわからないことによる漠然とした不安で、レオは返事を躊躇った。するとケンバルはレオの肩に手を置いて囁いた。


「今まで悪かったな。お前が納得してくれたお陰で、俺たちは先に進める」


 思いもかけぬ優しい言葉に、レオは安心してしまった。


「はい……僕が書きました」


 レオが頷くと、係の男は軽く首を振ってその書類を受け取った。


「じゃあ、な」


 レオはケンバルに突き飛ばされる。よろけた先には屈強な男が二人立っていて、あっという間にレオは手錠と鎖で拘束されてしまった。


「えっ、何!?」


 ケンバルとパーティの皆がこちらを見る。弓術士はこらえきれないように腹を抑えて肩を震わせ、戦士は肩をすくめる。斥候は苦笑しながら「悪いね」と言った。カンドスは馬鹿にしたように鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 ケンバルはカウンターの男から金の触れ合う音がする小袋を受け取った。


「払ってもらう分は一括でもらうことにするわ。お前はちゃんと借用書と同意書にサインしたんだからな!」


 ケンバルが顔の横で小袋を振りながら笑った。


「何? どうなってるの?」


 レオはうろたえたが、男たちの拘束は緩む気配はない。ケンバルたちは背を向けるとその場を去って行った。

 先ほどやれやれといった風に首を振っていたカウンターの男が、仕事用の無表情に戻ってレオを捕まえた二人に言った。


「16歳、男。借金奴隷だ」


 そこでようやく事態を理解したレオは、全身が冷たくなるのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る