012 アレクサンダー
「お集まりいただき感謝します。これより、事前に知らせていたとても大事な話をしたいと思います」
神妙な面持ちのアレクサンダーが、集まった面々に声をかける。議題室には夫妻とアダルバート、そしてアーデルハイトがいた。
妙に気分をそそる芳香が議題室に漂っている。誰もその匂いに気を止める者はおらず、話は始まった。
「単刀直入に申し上げますと、魔王の城を討ち落とすための計画に賛同していただきたく思います」
「アレクサンダー! 正気かおまえは!」
なにを切り出すかと思えば、度肝を抜く内容に全員が耳を疑う。
一瞬にして議題室には怒号が飛び始めた。微かにむせび泣く声も聞こえる。
しかしこれも、アレクサンダーの想定内だった。
「まずは私の話を聞いていただきたく存じあげます」
「いいやこの話はもうここで終わりだ!」
怒りに満ちたアダルバートが、物凄い剣幕でアレクサンダーに詰め寄る。
しかしアレクサンダーが父の頰に触れた瞬間、アダルバートは不思議と大人しくなった。
「私の話を聞いてください。それから、お父様の意見をうかがいますので」
「……わかった」
アダルバートが急に大人しくなり、メアリーの父が異変に気付く。
「彼になにをした!?」
「まあまあ、落ち着いてください」
が、その頃には既に手遅れになっていた。
アレクサンダーが夫妻の背後に回り込み、肩にそっと手を置く。その途端、夫妻も無表情になって前を見つめ始めた。
「アレク様、いったいなにを!?」
頭に被っていた布を口と鼻に押し当て、これ以上芳香を吸い込まないようにする。
唯一正気でいるアーデルハイトは声を荒げた。
「貴方は既にご存知でしょう。私にはメアリーの他に愛する女性がいると」
「……えぇ、存じていました」
アレクサンダーの問いかけに観念して答える。
アーデルハイトはメアリーの捜索以外に、アダルバートから別の依頼を受けていた。
それは息子のアレクサンダーを監視すること。
どこでなにをしているのか、事細かくアダルバートに報告していた。
勿論、アダルバートは息子に想い人がいることを知っている。侍従の間で広まった噂も、ふたりの会話から広がったにすぎなかった。
「私はこれまでお父様の望みを叶えてきました。ですが今度はお父様が私の望みを叶える番です」
「こそこそと密会などせずに、最初から紹介しておけばよかったのでは?」
「父がそれを許すと思いますか? 私の想い人に調合させた芳香を使ってる時点で、察せるでしょうに」
アレクサンダーの指先がアーデルハイトに触れようと近づく。その瞬間が恐ろしく、アーデルハイトは肩をビクつかせた。
しかし肌に触れようとした瞬間、指先はアーデルハイトから離れる。
「とても申し訳ないのですが、貴方には盗まれた両目を諦めていただきますね」
アーデルハイトの耳元でそっと囁いた。途端に背筋が凍り、不意に息が止まる。
耳元で囁かれた声は本当にアレクサンダーなのか、軽くパニックを起こした。
それほど、先ほどの口調は普段のおおらかなアレクサンダーとはかけ離れている。
「お話の続きを致しましょう。先日、魔物たちが侵略していた区域から最も近い村が滅びました」
アレクサンダーは元の位置に戻ると、話の続きを開始した。みな一様にまっすぐ前を見つめ、呆然としてしまっている。
アーデルハイトも怯えきってしまって、逃げることもままならなかった。
「魔王があの条約を締結してから確かに侵略は止まっていました。なので私たちも穏便に済むよう考えて参りましたが、これは明らかな条約違反です」
「その報告は、たしかなのですか?」
震えた声でアレクサンダーに問いかける。
アーデルハイトの質問に、彼は自信たっぷりに「もちろん」と答えた。
「条約を勝手に結び、挙句破ったのは向こうです。私たちは我慢してきましたが、もうそれもここまで……魔王の城を攻めるべきです」
「……そうだな」
今までおとなしかったアダルバートが口を開く。
「アレックスの言う通りだ。今すぐに兵を整え、魔王の城へ攻め入るべきだ」
「そのためには援軍を要請する必要があります」
「それならば我が領地の兵をお貸ししましょう」
さらにメアリーの父も加わり、話はどんどん進んでいった。その様子が恐ろしく、アーデルハイトは叫びたい衝動に駆られる。
ここにはまともな人間はひとりもいない、それが堪らなく恐ろしかった。
「私の考えに賛同していただき誠に感謝します」
「息子のためだ。心配するな」
アレクサンダーはにこやかに笑みを浮かべる。
魔物がひとつの村を滅ぼしたのは事実だ。報告書にはそう書いてある。
しかも魔王が侵略を止めた区域と人知の及ぶ範囲の境界線で起こった。おまけに滅んだ村は魔物の巣になっているらしい。
そこでアレクサンダーは賭けに出た。微妙なラインで見極めが難しいことを逆手にとって。
まず魔物が滅ぼした村を領域侵犯とでっち上げた。そして『魔王が条約を破った』として、アダルバートや夫妻に報告する。
もしもの仮定を視野に入れ、想い人・カーラに調合させた芳香でまともな思考回路を奪っておいた。
最後にそれっぽく演説をしてしまえば、アレクサンダーの思う壺になる。
あとはアダルバートが他所に応援を頼み、兵が揃うのを待つだけだ。
勝利の女神はきっと、努力家なアレクサンダーに微笑むだろう。
そして勝利した後は想い人のカーラと結ばれるはずだ。彼自身が思い描く未来設計は明るい。
唯一正気を保っているアーデルハイトは放っておくことにした。彼女はただの修道女で、発言力や権力は持っていない。
誰もアーデルハイトの言葉には耳を貸さないと踏んだ。
「それではお父様、私はこれにて失礼致します。わざわざ参加していただきありがとうございます、ご夫妻もゆっくり過ごされてください」
上っ面に上っ面を重ね、流暢に方便を並べる。
アレクサンダーは爽やかな笑みを浮かべたまま、部屋を後にした。
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