004 悩める者たち

 アレクサンダーは追い詰められていた。婚約者のメアリーが行方不明になったからである。

 昨日、メアリーに恋人であるカーラを紹介した直後に行方知れずとなった。

 その報せを受け、メアリーの両親が数時間後には駆けつける。

 表面上は婚約関係にあるため、アレクサンダーは知らん顔をできるわけがなかった。


「アレックス、これはどういうことだ」


 アレクサンダーの父、アダルバートが問いかける。


「僕にもなにがなんだか……いなくなる直前に痴話喧嘩をしてしまったのです。メイは頭を冷やすと言って茶会を抜け出しました」

「ふむ」


 本当のことは話せないため、咄嗟に嘘をついた。

 息子の言い分を疑う余地がないアダルバートは、苦い顔をしてそっぽを向く。


「アレックス、そんなに不安そうな顔をするんじゃない。安心しろ、手は打ってある」

「と、言いますと……?」


 アダルバートの言葉に、俯いていたアレクサンダーが顔を上げた。父の姿を捉えると、どこか安心しきったようにも見える。


「この手の専門家を呼んである。メアリー嬢のご両親が揃ってから話を進めるが、ひとまず安心しておけ」

「はい、ありがとうございます」


 ひとまずホッと一安心した。アレクサンダーのその姿を見て、アダルバートは眉をひそめる。

 メアリーの両親はその日の夕方にやってきた。

 息をつく間もなく、両家は辺境伯の邸内にある議題室へ集まる。


「ご足労いただき感謝する、そして申し訳ない。メアリー嬢の安全を約束できなかった」


 アダルバートはメアリーが行方不明になった経緯を説明し、陳謝した。それに合わせて、アレクサンダーも謝罪する。

 アレクサンダーはアダルバートから、下手な発言をしないように言われているからだ。


「それでメアリーは……捜索はいつから始めるおつもりでしょうか?」

「それはご安心を。メアリー嬢の行方がわからなくなった時点で開始している」


 不安がるボールドウィン夫妻に現状を説明する。それを聞き、夫妻の表情は少し和らいだように見えた。


「しかし一刻も早くメアリー嬢を見つけなければならない。そこで私は強力な助っ人をお呼びした」

「助っ人、ですか?」


 よほど自信があるのか、アダルバートは声を高らかにして言う。メアリーの父が不思議そうな顔をして聞き返した。


「その者は行方不明者の捜索を得意とする専門家だ」

「いつ、来られるのです?」

「明日の朝には着くそうだ。それまでは休息といこう、長旅で疲れたことでしょうし」


 夫妻にそう告げ、使用人に宿泊する部屋へ案内するように指示を下す。

 そして軽く会話を交わし、夫妻が議題室から出ていく様子を見送った。


 アダルバートの言う専門家は、行方不明者の捜索だけでなく犯人を突き止めることもできる。

 ゴーレムを使って夫妻に報せを出すと同時に、専門家にも依頼の手紙を出していた。

 しかし最近、その専門家に不幸が訪れたと囁かれている。ゆえに依頼が成立するか不確定だった。

 が、運気はアダルバートたちに味方したらしい。夫妻が領地へ到着する数刻前に承諾する手紙が入った。


「これでなんとか……早くメアリー嬢を見つけ、夫妻に安心してもらわねばなるまい。元はといえば嬢をひとりにしたアレックスの責任だ」

「申し訳ございません」


 詳しい経緯を知らないとはいえ、事の発端だと決めつけているアレクサンダーを睨む。

 アレクサンダーは目を伏せ、深々と謝った。


「しかし奇妙だな。捜索を開始して数時間が経つ、少女の足ではそう遠くまで行けないはずだが」

「そうですね。ですがここは発展途上中、人知の及ばない範囲がございます」

「なにが言いたい……?」


 自身の考えを述べただけなのに、アダルバートの口から不機嫌な声が返ってくる。

 アレクサンダーは我に返り、とっさに謝った。


「元はといえばアレックスが原因だ。なぜお嬢をひとりにしようと考えついた?」

「私のミスです。申し訳ございません」


 アダルバートから痛いところをつかれ、にが苦しい顔をして謝る。

 謝ることしか出来ない息子に見切りをつけ、アダルバートは議題室を後にした。

 議題室にひとり取り残されたアレクサンダーは、唇を強く噛みしめる。


 すべては自分が撒いた種なのに、腹のなかに溜まった苛立ちや憎しみは不思議とメアリーに向いていた。

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