49 商談

 朝になって、セルヴァティオがマリベルに恐縮しながら謝る姿を、全員がにやにやと見守った。

 本人は会話の中身を覚えていなくて、ただ、花の入ったゼリーがやけに美味しそうだったのだと言って笑いを誘っていた。

 朝食後に別れて、それぞれが帝都へと向かう。

 ヴァルム達が泊まるホテルに移って来ないかと誘われたが、マスターの酒場を挟んで反対側の通りだったのでそう遠くもない。手持ちは減る一方だったこともあって、しばらくはそのまま様子を見ることにした。


 リフレッシュしたマリベルが、寝る間を惜しんで作ってくれたのか、「できたよ」と図書館に現れたのは三日後のことだった。

 ちょうどラディウス達が帝都観光を軽く終えて、図書館も見ておくかと顔を出していた日だ。

 ビヒトは鞄から実物を取り出そうとするマリベルを静止して、皆に声をかけて外に出る。

 ちょうどテーブルのあるベンチのところで車座になって、マリベルの手元を注目していると、当人の手が止まった。


「なんか、みんなに見られてると緊張するな……」

「商売なんだろ? プロの仕事を自慢しろよ」


 ラディウスがからかう。

 マリベルは「もうっ」と言いながら小さな木箱を取り出して、中の柔らかい布でくるまれた包みをそっとテーブルの上に置いた。その手が少し震えている。

 開かれた包みの中には、透かし彫りのような繊細な模様が全体に施された、装飾品のような一品が入っていた。

 マントやタイや、女性のスカーフやショールなんかを留めるのに使っても、何の違和感もない。


「どうぞ、お納めください」


 ちょっとかしこまったマリベルに笑いかけてから、ビヒトはそれを手に取った。

 元の陣の主線と主線の間を、先のカーブした蔦模様や葉脈のような線が埋め、中央の円から放射状に伸びる主線がちょうど星か花びらのようにも見える造りになっていた。

 裏に返しても見栄えはほとんど変わらない。

 ビヒトはテーブルの上にそれを置いて「イグニス」と唱えた。

 ぽっと火の玉が浮かび、その金色の表面にゆらゆらとゆらぎが映り込む。


「……スゴ……」


 呟いたのはラディウスだった。

 それを聞いて、マリベルがほっと頬を緩める。

 火の玉を消して、ビヒトはもう一度それを持ち上げ、軽くマリベルに掲げる。


「確かに。いい出来だ。服の中に仕舞い込んでおくのは惜しいな。マントとか留められるようにピンでも付けるかな」

「純金じゃ柔らかいから、色々混ぜてあるけど、傷はつきやすいかも。それを踏まえて使ってね」


 頷くビヒトにラディウスが手を出した。


「ビヒトさん! 見せて!」


 ラディウスに手渡すと、セルヴァティオとヴァルムも覗き込んだ。

 ビヒトはマリベルに支払いをしてしまう。


「えっと、先に借りた分引いて……残り銀貨十……枚で、どう?」

「もう一枚金貨出そうか?」

「え? ほ、欲しいけど、護衛もしてもらったし、フローラリアにも連れていってもらったし……今度、帝都に寄ったらまた何か買って? その約束でいいよ」

「わかった」


 笑って手を差し出すと、マリベルは照れたようにその手を掴んで振った。


「これが、銀貨十枚?」

「ああ、違うぞ。前金で金貨一枚出してる。残りが銀貨十枚」

「護衛料金も払わなかったから、いいところだと思うわ」


 むー、とヴァルムみたいに唸って、ラディウスはそれをビヒトに返した。


「火が出るってことは、魔法陣なんだよな? ちょっと、そういう照明とかいいな。灯石あかりいしと違って焚火みたいにゆらぐの好きだ」

「ランプみたいにするってこと?」


 マリベルが驚いて目を瞠った。


「俺は焔石ほむらいし代わりに使おうと思ったんだが……」

「光量足りなくない?」

「そこがいいんだろ? 魔力消費も変わらないと思うし」

「……作ったら、買ってくれる? 小さなランプにするにしても、ビヒトに作ったのより時間はかかるけど」


 口元に手を当てて、ラディウスは真剣に考え込んだ。


「他に、見本は無いのか? ちょっと、見てから考えたい」

「普通のランプなら、父さんのが……あ、でも、持ってきてない……工房に、来る?」

「大丈夫なのか?」


 ビヒトの一言にラディウスが訝しげな顔をした。


「わかんないけど、いつも夕方に来てたから、昼くらいまでなら会わないんじゃないかな」

「何かあるのか?」

「大したことじゃないの。ちょっと、知り合いが鬱陶しくて。仕事してる時間帯の方がいいから、二刻くらいの馬車に乗りましょ。あ、明日で大丈夫?」


 ラディウスが頷いたので、それで明日の予定は決まりだった。

 マリベルは肩の荷が下りたと、ちょっと清々しい顔をしていて、その日はみんなでマスターの酒場へと行く事にした。


 有名人の来訪に他の客が浮き足立ったのを、少年達と少女は狐につままれたような顔をして眺めていた。



 ◇ ◆ ◇



 翌日、マリベルは奥の倉庫だか物置だかから父親が作ったというランプを探し出してきた。

 標準的なカンテラの半分ほどの大きさで、角柱に持ち手と釣るすためのリングが付いている。やや曇った氷板石ひょうばんせきの外側を、ハートを四つ繋げた花や葉に見える透かし模様が飾っていた。

 吊るし台も手作りなのか、S字型のラインに蔦が絡み、丘状の台座部分には落ちた葉までデザインされている。


「これは銅だけど、素材は何でもいけるかな。錫とかでもいいし。実用性薄くていいなら金や銀でも」


 手に取ってしげしげと眺めているラディウスの横で、ついでにと持ってきたジュエリーボックスやペンダント、髪飾りをセルヴァティオが驚いたように見つめていた。

 ビヒトも薔薇のブローチをひとつ持ち上げる。

 花びら一枚一枚が丁寧に作られていて、金属とは思えない柔らかさがある。レースのように透けて見えるからなのかもしれない。


「あたしはまだ父さんのほど繊細にできないけどね」


 肩を竦めるマリベルの作品は、確かにまだそれらには及ばない。


「これなら、ずいぶん高く売れるだろう?」

「うーん。でも、有名でもないし露店を出して売ろうとしても高すぎて買ってもらえなくて……原価を割っちゃったら意味ないし……」

「ちなみに、このジュエリーボックスはいくら?」


 セルヴァティオが六角形の小振りなものを指差した。


「えっと、それは銀だから……金貨一枚くらいは欲しい」

「露店で売る値段じゃないな。もっと上流なとこに持って行った方がいい」


 ラディウスが横から口を出す。


「伝手がないのよ。買ってくれてた人も他に紹介してくれる訳でもなかったし……ペンダントやブローチは銀貨五枚から十枚くらいで出してたんだけど」

「ティオの彼女、好きそうだよな」

「か、彼女じゃない」


 そう言いつつ、次にセルヴァティオは金のバラモチーフに小さなパールが朝露のように付いたイヤリングを指差す。


「こっちは?」

「それはあたしの作ったのだし、銀貨三枚でいいよ」


 無言で机の上に銀貨を差し出されて、マリベルは嬉しそうに「包むね!」と身を翻した。

 布を張った小さなケースにイヤリングを納めて、丁寧にリボンをかける。終いにそれも線細工なのか、皮紐のついた銀の四角い栞をリボンの間に差し込んだ。


「おまけ。上手くいくといいね!」

「だ、誰に渡すとも言ってないだろう?」


 ほんのり頬を上気させてそれを受け取ったセルヴァティオを、全員が生暖かく見守った。




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