21 魔法陣解読

 慌てて着替えをして席に着く頃には、すでに皆が揃っていた。

 申し訳無さが半分、魔法陣が気になるのが半分で、ヴァルムもビヒトも食事は上の空だった。

 何事か察した領主が早めに切り上げてくれたので、二人はほぼ同時に席を立つ。すぐに二人の少年が後を追ってきた。


「叔父上、ビヒト! 俺はもう少し話したいぞ。さっきも母上にとられて話が途中だったじゃないか!」

「その苦情は姉上に言え。わしは知らん。お前の好きな話が出来るかは分からんが、来たいなら来ればいい。わしらは確かめたいことがある」

「行ってもいいのですか?」

「別に構わん。……よな? ビヒト」


 ついでのように確認され、苦笑しながらビヒトは頷く。


「勝手に触れたりしないと約束してくれれば。危なければヴァルムが判るだろう」


 少年二人は顔を見合わせてから、頷いた。




 ヴァルムの部屋に戻り、衣裳部屋では狭いからと場所を移す。人手が増えたので、木箱も運んでもらい、テーブルにヴァルムの描いた魔法陣と腕輪を乗せて周りを囲んだ。

 少年達は興味深そうにソファから身を乗り出して覗き込んでいる。


「何の魔法陣ですか?」

「それをこれから調べる」


 部屋に戻る前に書庫からいくつか資料を持ち込んでいた。

 魔術に関するものはビヒトの実家ほど置いてなかったが、古語の資料は充分にあったので床に積んである。


「この腕輪は?」

「その石の所に魔法陣が浮かんだんだ」


 ラディウスが腕輪を持ち上げて緑の石を覗き込む。すぐに首を傾げてセルヴァティオにそれを渡した。


「さっき、石に魔力を注いじまったから、衝撃は与えないようにな。多分、護身具みたいなものだと思う」


 ぐるぐると腕輪を回しながら確かめているセルヴァティオは難しい顔をしていた。


「……どこに、魔法陣が……?」


 ビヒトが笑って手を差し出す。渡された腕輪の石を少年たちの方に向けながら魔力を注いでやった。


「……っわ」

「なんだ、これ」

「遺跡から持ち帰った遺物らしい。魔石じゃなくて本体の方に魔力を注ぐと浮かんでくるんだ」


 へぇ、とラディウスはもう一度腕輪を目の前にかざして眺めた。


「魔力を注ぐって……」


 セルヴァティオがおずおずといった風に質問する。


「魔導屋で空になった石に魔力を籠め直してもらうだろ? 自分の魔力や石に籠った魔力を他の物に移動させることができる者がいるんだよ。魔術師の家系に多いな」

「ビヒトは出来るということ?」

「ビヒトが出来ねぇのは魔法を発動させることくれぇだ。上位魔法の呪文も、きっとすらすら唱えるんだろうよ」


 苦笑しながら否定はしないビヒトに、少年たちは「おぉ」と謎の感嘆の声を上げた。


「アクアグランスはよく聞くけど、上位になるとどんな感じなんだ?」


 無邪気ではあったが、少々配慮にかけた質問にヴァルムが眉を顰める。


「ラディウス」

「いいさ。もうそこは諦めた。練習の時にいちいち発動させるわけにもいかないから、ちゃんと魔力を籠めない唱え方もある。上位魔法なんて、普通聞かないもんな」


 興味はあったのだろうセルヴァティオもこくこくと頷いていた。


「これで忘れていたらバツが悪いな……」


 ビヒトは背筋を伸ばして軽く目を伏せた。


「『――汝、昏き闇の底に眠りし者よ。今一度ひとたび目覚めてこの声を聴け。我は欲す。いにしえより全てを焼き尽くしてきた灼熱の炎を。我が目前に闇を焦がす炎の柱を打ち立て、我等に仇成す者を汝のかいなにかき抱け。捧げるは我が力。我が祈り。その者、塵となるまでその白き檻にスカンデレ・閉じ込めよフランマ!』」


 ぶるりとラディウスが身体を震わせた。


「本当にすらすら唱えやがる。発動させられなくて正解かもな。危なくて連れ歩けねぇ」

「発動したい規模に魔力が足りなければ自分に返ってくる。『囚われの白き炎スカンデレ・フランマ』は扱いが難しい、と兄が言っていた」

「今ので魔力を籠めてない唱え方?」


 腕をさすりながらセルヴァティオが訊く。


「そうだ。というか、抑揚はあまり変わらないな。上辺で唱えてるというか……」


 教えられないというヴァルムの感覚が少し解る。これは魔術に親しんだものしか分からない感覚かもしれない。ビヒトはうーんと腕を組んだが、少年達は別にそこまで深くは望んでいないようだった。


「鳥肌立ったな」

「な」


 笑い合う二人に安心して、ビヒトは魔法陣に視線を落とす。


「何かわかったか?」


 ビヒトが少年たちの相手をしている間に、ヴァルムは魔法陣に指を這わせていた。


「防御と反撃はありそうだが、言葉が古くてよくわからねぇな。石の色から風系だろうが……同時発動なのか、切り替えがきくのか」


 資料の束に手を伸ばしてぺらぺらと捲り始める。


風の盾パリエースの攻撃的なやつじゃないか? 近付いたものを吹き飛ばすんじゃなくて、切り刻む」

「む。それは二つじゃなくて一つの言葉か?」

「多分」


 少年達が難しい顔をして陣を覗き込んだので、該当箇所を指で示してやる。


「ここで展開と種類を決めてる。多分、この辺に発動条件が……ん。自動じゃ、ない、かな? ヴァルム、これと、この単語」

「手はあるんだ。お前たちも探せ」


 資料がいくつか机に乗せられると、少年達は慌ててそれを手にする。ビヒトが示した文字と資料を何度も見比べ始めた。

 ビヒトは他に読み解けそうな箇所を探す。


「……と、確かに反撃もついてそうだな。真空魔術ワクウムが飛びそうだ。試すなら広いとこの方がいいな」

「ずいぶん魔力食いじゃねぇか?」

「石がいいからな。そのくらい大丈夫なんだろう。反撃だけならかなりの回数使えるから、使い分けろってことかも」

「……これ、かな。『重ねる』とか『同時に』」

「もうひとつは『接触』かなぁ……」


 少年達がお互いの資料を覗き込みあって答え合わせをしている。


「じゃあ、きっと石に触れて全体に魔力を流す、で防御が発動だ。反撃はさすがに自動だろうな」

「ビヒト、まだなんかねえか? 記述が多い気がする」

「ん……」


 ビヒトはヴァルムの指先がとんとんと叩く場所に視線を走らせる。

 たまに読み解かれ難いようにフェイクや引掛けの記述が混じっていることもあるので、記述が多いからと言って必ずしも何かある訳ではない。

 ヴァルムが指したのは、中心よりの部分にある一節だった。


 魔法陣は基本、中心から外に向かって展開していく。早くに起動させたいものは、より中心の近くに置くことになる。ものによっては外側が全部起動してから中心に戻る、なんてものもあるので一概にどうとも言えないのは事実だが。

 それを踏まえても、確かにその記述は関係がありそうだった。

 かなり古い言葉なのでビヒトも資料に手を伸ばす。


「おめえさんでも見ただけじゃわかんねぇか」

「古い言葉は並びが違うと意味が違ったりするからな。これに使われているのは俺が勉強したものより古いみたいだし」

「まあ、わしひとりでやるよか、全然早く読めてるけどな」

「試してみないと答え合わせは出来ないぞ。だが、護身具ならそんなに複雑には組まないだろ」


 手の中の資料を流し見して、次の物に手を伸ばす。


「試すのか?」


 ラディウスの言葉に、ビヒトはヴァルムを見やった。


「……おいおい。わしかよ」

「どう考えても、この中で責任者はあんたじゃないか」

「むぅ。ここまで読んだら試したいのはそうだが……明日、騎士団に場所借りるか」

「見に行ってもいいか!?」


 ラディウスは文字とにらめっこよりもそっちの方が気になるようだ。彼の袖を引くセルヴァティオも、好奇心は隠せていない。


真空魔術ワクウムはちぃっと危ねぇがなあ……騎士団と一緒なら、まあ、いいだろう」


 やった、と素直に喜びを表して、ラディウスは手元の資料をリズムよく繰り始めた。


「あっ。これ、ちょっと近い気がする!」


 差し出された資料を覗き込んで、ビヒトは自分の手の資料とも見合わせてからひとつ頷いた。


「どうやら、身に着けている間しかどちらも発動しないようだ。うっかり落としても安心みたいだな」

「そんなことも出来るのか」

「魔力を通しやすい素材だからじゃないか? これを使ってたやつらは魔力豊富な人種だったのかもな」


 ふぅん、と言ってヴァルムはひょいと腕輪をつまみ上げ、衣裳部屋の方に放り投げた。


「――っ! ヴァルム!」


 慌ててビヒトはテーブルを乗り越え、少年達を背に庇う。

 カラカラと音を立てて転がった腕輪は特に何の反応も起こさなかった。


「なるほどな」

「なるほど、じゃない! 部屋の中で試すな!」

「おめえが言ったんじゃねえか。落としても安心だって」

「確定した訳じゃないだろう!? 子供達もいるのに! 何のために明日外で試そうって言ってるんだ! 頭沸いてんのか?」

「子供ったって、二人とも成人しとるし……わしとお前さんがいて、そいつらを護りきれない訳がない。それに、ビヒトの仮説を聞いても引っかかるモンは無かった。問題ねぇよ」


 ヴァルムの行動にはちゃんとそれに基づいた理由があるらしい。

 彼の少し厚過ぎる信頼を気恥ずかしく思って、思わず少年達を振り返ると、尊敬と羨望の眼差しが注がれていた。それもなんだか居心地が悪くて、ビヒトは結局ヴァルムを睨みつけてから、足音も高く腕輪を拾いに行ったのだった。




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