第32話 5人の王子様 前編

(え、ちょっと……あの子たちってまさか……)



(しゅ、しゅてきなのだ!)



 扉が開く音がしたかと思うと衝立の向こうから執事が現れ、「お連れしました」と陛下に伝えると、小さな5人の男の子を部屋の中に案内してくる。その男の子たちは、それぞれきょろきょろとあたりを見回したり、私たちの方をじっと見たりしながらちょこちょこと歩き、陛下の椅子のそばまでやって来た。

 陛下と一緒にいる5人の男の子。ソフィーと年齢が同じくらいの男の子。確かこの国には、幼い王子が5人いるはず。おいおい、ちょっと待ってよ、まさか……






 一番会いたくない危険人物たちがここにいる! なんで? え、陛下が呼んだの? もう話は終わったじゃん、あとは帰るだけなんじゃないの? ねえ、これどうすればいいの? 



 私は叫びたくなるのをなんとか堪えたが、自分の顔が引き攣り青ざめていくのを感じた。内心パニックになりかけていたところに、ソフィーが目の前の誰かを見つめながら熱っぽく頭の中で叫んだことで、かろうじて踏みとどまることができた。

 え、しゅてき? 素敵ってこと? はあ、ソフィー。こんな時になにを言って……



 半ば呆れながら、頭の中でソフィーの目線を追う。ソフィーが見ている人物を見ると、そこには5人の中で、ちょうど真ん中の位置に立っている男の子だった。ハニーブロンドのさらりとした髪に濃い青色の目をした、顔立ちが整っていて美しい、でもとても気の強そうな王子だ。








『王宮での7歳のお披露目式で、攻略対象の王子に一目ぼれしたとかでさ……』



 脳裏に妹の声が蘇る。7歳のお披露目式。でもそれは、その時までソフィーが王子を目にするチャンスがなかったからなんじゃないの? 私と呪いのせいで、ソフィーの運命はきっと大きく変わり始めている。王宮に5歳の時点で来ていることだってそうだ。

 ならば、今ソフィーが顔を赤らめながら見つめている、私たちの前で腕を組んで仁王立ちしているこの金髪王子が攻略対象ってこと? つまり、追放死亡ルートに追いやってくる私たちの敵ってこと? よっしゃ! こいつだけは関わらないようにしよう。うん、そうしよう。



(なっ! ゆい、ひどいのだ! おうじは5にんもいるのだ! ひとりくらい、なかよくなってもいいのだ! ソフィーはまんなかのおうじがいいのだ!)



(ソフィー、だめよ。あなたが一目惚れする王子は、私たちが死ぬ原因になる王子だって言ったじゃない! 死にたくないなら関わっちゃだめなのよ。ここは我慢して!)



 嫌だ嫌だとわがままを言うソフィーを、私は気合で黙らせた。そして目線を王子たちから逸らし、立ち上がって王子たちへと歩み寄った陛下を見る。陛下は私の視線に穏やかな微笑みを返しつつ、自ら私たちに一人ずつ王子を紹介していく。

 向かって右側から第1王子のアンドロス、第2王子のリュカ、第3王子のエティエロ、第4王子のリカルド、第5王子のユーゴーだそうだ。お父様とお爺様は王子たちに会ったことがあるのか、特に驚いたりしている様子は無い。2人とも黙って陛下の話に耳を傾けている。



「ソフィア嬢は初めて会うであろうが、余の息子たちはソフィア嬢と年齢が近いのでな。せっかくの機会じゃ。ソフィア嬢に引き合わせたいと思って、先ほど呼びに行かせたのだ。

 それに、この後アランとレイモンドともう少し話しておきたいことがあっての。その間そなたを慣れない王宮で、一人で待たせるのは酷であろう? 隣の部屋に菓子などを用意させておるのでな。しばらく余の息子たちと話でもしながら待っておいてくれぬか?」



 ううっ、一人で待っててもよかったんですよお。むしろ、リタや護衛騎士たちと一緒に待たせてもらってもよかったのに……。でもきっと、無理矢理領地から呼び出した私を、大人の話の間一人で待たせるのは可哀そうだ、でも5歳の子どもが楽しく待っていられそうな相手は……と陛下なりに考えてわざわざ年の近い王子たちを呼んでくれたのだろう。



 普通のご令嬢なら、王子と知り合えて嬉しい! これは気に入られるチャンス! とかで大喜びするところなのだろうか。私とソフィーだけの秘密だが、残念ながら私たちにとって王子は地雷も同然だ。王子とおしゃべりタイムなんて、ぜひお断りしたい。お断りしたいんだけど……



「……そ、そうだったのですね。お気遣いありがとうございます、陛下。それから、わざわざお越しいただきありがとうございます、殿下」



 ……当然だが、お断りなんてできなかった。私は、引き攣る顔の筋肉に無理矢理言うことを聞かせ、出来る限り笑顔に見えるように表情を取り繕い、それぞれにお礼を述べる。

 面会後に大人同士で話をするのなんて別に不自然じゃないけれど、ここで私が陛下の気遣いを無碍に断れば、それはとても不自然だ。うまく断れるだけの理由も浮かばないし、「王子と話したくなんかないから」とでも言えば、今度は我儘ソフィーとして違う地雷を踏むだろう。うう、仕方ない、ここはなんとかやり過ごすしかない。



「そう長くはならんのでな。終わったら呼びに行かせるが、もし何かあれば隣の部屋にも使用人がおるのでな。誰なりと声をかけるとよい。

 ……おお、そうじゃ! 大事なことを忘れるところであった。今回そなたを無理に呼んでしまったからの。詫びと言ってはなんだが、何かそなたに望みがあれば叶えようと思うがどうかの? あまり大それたものでは困るのだが……」



「ほう、わかっておるではないか、レドニウス。儂の可愛いソフィーに無理をさせたのだ、それくらいは当然じゃな!」



「止めてください、父上。陛下、今回の件は国家のために、臣下としての責務を果たしただけです。ソフィーにも格別に配慮していただきました。さすがにこれ以上は……」



 「何を無欲な!」と喚くお爺様とそれを窘めようとするお父様を横目に、私の頭はフル回転していた。

え、何でも叶えてくれるの? うふふ。お父様はあんなこと言ってるけど、これから王子とのおしゃべりも頑張るんだよ。私に言わせれば残業だよ、残業。それなら、残業手当として何かもらってもいいよね! ふははは! 何でも叶えてくれるなら、お願いしたいことがあるんだよ! 国王様がこんなことを言ってくれるなんて、二度とないかもしれないんだから、お父様みたいな謙虚さは投げ捨てて図太くいくよ、ふははは!



「陛下、それでは一つお願いがございます。王宮には楽師がいると聞きました。私は楽師に会ってみたいです! そして、できれば楽師の演奏が聴きたいです!」



 私は、もうそれはそれは期待の籠った目で陛下を見つめながらお願いした。王子たちと隣の部屋に行こうとして立ったまま話をしているが、そんなことはどうでもいい。私のお願いを聞いて、不思議そうな顔をしている王子たちも無視だ。ふふふ、この世界の音楽を知るまたとない機会なんだよ! これを叶えてくれるなら、王子とのおしゃべりタイムも頑張れるはず! ふははは!



「ほう? なんとも変わった願いじゃが……そういえば、ソフィア嬢は『女神の使徒』として楽器を奏でておると聞く。音楽には造詣が深いのであろうな。

 楽師を紹介するなど、造作もないことよ。楽師塔へは先触れを出しておくゆえ、話が終わったら立ち寄るとよいぞ。今日みなが揃っておるかはわからぬのでな、今後も機会があれば行くとよい。余が話を通しておこうぞ」



 陛下はそう言うと、使用人を呼び、何事かを伝えていた。いつでも行っていいってこと?ひゃっほう! 国王陛下万歳! 私は、これ以上ないくらいに感謝の気持ちを込めて陛下にお礼を伝えた後、執事と王子たちの後についてそれはもうスキップでもしそうなくらい上機嫌に部屋を出て行った。だから、私たちを見送る陛下の眼が再度キラリと光っていたことに、全く気づいていなかった。










 部屋の衝立を避けながら廊下に出て、リタたちが待機している部屋とは反対側の隣の部屋に入った。面会をした部屋は、防音室に重厚な調度品が置かれた、王族や貴族が秘密裏に会談を行うための部屋という感じであったが、隣の部屋はまた随分趣の違う部屋だった。



 ワインレッドのような、深い赤色の絨毯が敷き詰められた部屋の中央には、大きな丸い白木のテーブルが置かれている。その周りには、6脚の可愛らしい猫足のような装飾がついた白い椅子が置かれ、私たちのためかその座面にクッションも用意してあるようだ。そして、テーブルの上には白磁のティーセットとともに、キラキラと宝石のように可愛らしい見た目のお菓子がこちらを誘うように置かれている。



 執事に先導されて王子とともに部屋に入ると、左右の壁際に控えている侍女や使用人と思われる人たちが私たちに向かって一斉に腰を折った。うう、やっぱりこういう貴族扱いは慣れない。王子は何も言わないし、これはどうしたものかと思っていた。すると、執事がそれぞれの椅子を引いてくれて私たちが席に着いたところで、みんな姿勢を戻してお茶の準備をしたり、それぞれの仕事に戻っていった。

 なるほど。貴族が直接声をかけたりする他に、こういう暗黙の了解みたいなのもあるのか。知らないと無駄に長く腰を折らせてしまうことになりかねないのね。勉強になった。



 私は、王宮の使用人たちの動きをこっそりと観察をしながら、執事からのお菓子についての説明に耳を傾ける。フルーツの名前を言っているみたいだけどそれが何か、どれのことを指しているのか全然わからないので、説明は基本的に右から左へスルーする。

 それよりも、私はカップに注がれた紅茶を見つめていた。5歳児に紅茶とかすごいな。元は26歳だから紅茶も普通に飲めるけど、子どもには苦いんじゃないかな……でも、貴族だから飲めて当然ということなのかしら?

 それに、紅茶ってカフェイン入ってるでしょ? 子どもの身体には負担なんじゃないかなあ。ああ、でもアールグレイみたいないい香り……。



「本日は、苦みの少ないフラメル領産の茶葉を使用しております。あらかじめ少量の砂糖を入れさせていただきましたので、幾分飲みやすくなっているかと存じます。陛下から、お茶会の練習を兼ねて、一口飲んでみてはどうかとのことでしたのでご用意させていただきましたが、もしお口に合わなければ別のものをご用意いたします。遠慮なくお申しつけください」



 紅茶の芳醇な香りについ顔を綻ばせていると、執事がにっこりと笑顔を浮かべながら紅茶のことも教えてくれた。なるほど、入門向けのお茶ってことなのね。うふふ、甘いお菓子に紅茶なんて、転生してから一回も無かったもの。せっかくなら楽しまなきゃね!



 執事が離れたのをきっかけに、王子たちがお茶に手を伸ばすのを見ながら、私もお茶を一口飲んでみる。おお! すごく飲みやすい! お茶としての香りと甘みはあるけど、苦みがほとんどない。砂糖のほんのりとした甘さも相まって、ソフィーのおこちゃまな舌でも余裕で美味しく感じる。ああ、美味しい紅茶なんて久しぶりだ、なんだかほっとするなあ……



 一瞬王子の存在を忘れて、私は美味しい紅茶に思いっきり癒されていた。しかし、それはほんとうにわずかな時間で、すぐに一人の王子にぶち壊されてしまった。



「ふん、まぬけなかおだな。おい、なんでおれたちおうじが、おまえみたいなやつとはなしなんかしなきゃいけないんだ。しかも、ちちうえに『望み』をいうなんて、ずうずうしいやつだな!

 おれたちはな、おまえとちがって、おうぞくなんだ。ちちうえがいうから、ここにいてやるけどな。きぞくのぶんざいで、ちょうしにのるなよ!」



 他の4人が美味しそうにお茶とお菓子を頬張る中、あの金髪王子だけは椅子にふんぞり返り、その不機嫌さを隠そうともせずに私に言い放ってきた。私はせっかくのいい気分を台無しにされたことに内心ため息をつきながら、どうやってこいつの相手をしようか頭を悩ませていた。

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