第19話 結衣の妹 後編

「あれ? 通知オフにしてたはずなんだけど……」



 時間を確かめようと、画面をつけたスマホを持ったまま私は首を傾げた。アプリの通知がいくつも来るのが煩わしくて、全て一律でオフにしていたはずなのだ。スマホの設定を見る。全部オフにしてある。それなのに通知が来ている。なぜだ? わからない。



 来ていた通知に指を触れると、その通知を送ってきたアプリが開いた。それは、ここ最近ハマっていたが、姉が亡くなってからは一度もログインしていなかった『私のシンデレラストーリー あなたはどの王子様が好き?』という乙女ゲームだった。









 乙女ゲーム、通称『シンデレラ』は、ミネルヴァ王国の貴族院高等部を舞台に、各国の王子や貴族との恋愛を体験できる、よくある乙女ゲームだ。そこには、個性的で見目麗しい攻略対象だけではなく、その恋を盛り上がらせてくれる悪役令嬢たちももちろんいる。



 このゲームは無課金でも楽しめるが、その代わり、無課金だと攻略対象に若干の制限がかかる。例えば、15人いる攻略対象だが、ミネルヴァ王国の5人の王子を全員ハッピーエンドで攻略しないと、他の攻略対象を選ぶことができない。

 私は、ようやくその5人の攻略を終え、次にやっと自分が一番選んでみたかったキャラが選べる、というところでゲームをどころではなくなり、そのまま放置していた。



 「そういえば、やっとキリアス・ヘンストリッジを選べるようになったんだっけ……ここまで大変だったなあ」



 この国でのヒロインは、ある底辺男爵の平民の妾の娘で、ヒロイン自身は11歳まで父親のことを知らずに母親と二人で暮らしてきた農民という設定だ。

 ある日、事故で魔力を暴走させてしまったヒロインは、自分の父親に魔力持ちであることを知られ、男爵家に拉致同然で連れていかれてしまう。平民で魔力が持っているのは珍しく、貴族で魔力が無いのも珍しい。魔力は貴族の血を持つことの証だとも考えられている世界で、この男爵の正妻の子どもには魔力が無かった。

 そこで、男爵が『病弱で長らく療養していて、ようやく回復した我が子』ということにして、ヒロインを隠していた正妻の子どもの代わりに貴族院の高等部から編入させるところから始まる。



 この国の学校制度では、初等部が7歳から11歳、高等部が12歳から15歳となっている。中等部はない。初等部で魔法や貴族として必要な知識やマナーなどの基礎を学び、高等部では、領主科や騎士科、魔法科や薬師科、内政科に貴婦人科など、学科ごとに分かれてより専門的に学んでいく。

 この国の貴族として正式に認められるには、貴族院高等部を卒業しなければならない。その卒業式は国王陛下を始め、全貴族に新しい貴族の一員をお披露目する重要な場、デビュタントの場でもある。






 ヒロインは、半分貴族の血が入っているとはいえ、ついこの間まで平民で、その上貴族院初等部さえ出ていないため、この国の貴族としての常識が全くない状態だ。そこを悪役たちに手酷くいじめられるのだが、それを助け、守ってくれるのが攻略対象の王子たちだ。





 これまで私が攻略してきた、ミネルヴァ王国の5人の王子は、それはそれは個性的だった。おかげで、攻略するのにとても苦労した。


 

 側妃の子で、第一王子アンドロス。ウォルナットのような落ち着いた色の短い茶髪に、夏の若葉のように明るい緑色の目をした、すらりとした長身の王子だ。

 聡明で物腰柔らかく見えて、その実腹黒な王子でもある。他の人からヒロインがいじめられることからは守ってくれるが、自分は嬉々としてヒロインをいじめるというか、いじって楽しむ、ちょっと歪んだ愛情の持ち主だ。決して悪い人ではないんだけどね。



 同じ側妃の子で、第二王子リュカ。アンドロスと同じ色の髪を耳の下まで伸ばし、くりくりとした大きな金色の目をしている。

 アンドロス王子とはその容姿も性格も全く異なり、女の子のように可愛らしい姿に、まるで天使のようにいつもキラキラと輝く笑顔で微笑む男の子だ。その天使の微笑みの向こう側にあるものを攻略するのが大変だったんだけど、彼は見てるだけで癒される存在だ。



 正妃の子で、第三王子エティエロ。ハニーブロンドの短髪に、深い海のように濃い青の目を持つ、アンドロスと同じくらい背の高い王子だ。

 この国で、『王冠』という意味のエティエロを名に持つ王子は、とにかく我儘で尊大でどうしようもないやつだ。正妃の唯一の王子ということもあって、とても甘やかされたようだった。

 『神様、俺様、エティエロ様』状態のエティエロを少しずつまともな人間へと育てるのもこのルートではヒロインの役割だったりしたのだが……エティエロも手はかかるが、悪いやつではない。その不器用な愛情表現がとても可愛らしかったりした。



 もう一人の側妃の子で、第四王子リカルド。アッシュグレーの髪を肩までさらりと伸ばし、桜のような柔らかいピンク色の目をした王子だ。

 彼は、『支配者』の名を持つ割に、権力や王座には全く興味が無く、興味の大半は女の子、というわかりやすい女たらしだ。その爽やかで美しい見た目に惑わされないヒロインに衝撃を受けるが、たらし王子としてのプライドを懸けて、ヒロインのことを落とそうと手を替え品を替えアプローチしてくるところが面白い王子だ。



 5人の王子のうちの最後は、リカルド王子と同じ側妃の子で、第五王子ユーゴー。アッシュグレーの短髪に、ピスタチオグリーンの目をした王子だ。

 『魂の美しい人』というその名の通り、彼はこの5人の中で一番性格がまともで表裏が無く、誰に対しても思いやりと慈愛にあふれた王子だ。その分、誰か一人を愛する、というところまで行くのが大変だったりするのだが……現実だったら一番友達になれそうなタイプだと思った。



 この5人の王子はとても年齢が近かったりする。同じ学校という設定上だからかもしれないが、アンドロス王子とリュカ王子は年子で、リュカ王子とエティエロ王子とリカルド王子は同い年、そしてリカルド王子とユーゴー王子も年子だ。国王陛下、どういうことでしょうか……と突っ込みたくなる設定なのはあえて黙っておく。





 そして、この5人を攻略すると、攻略対象が3人追加になる。全部で15人なので、まだ開放されていない対象はわからないが……

 追加キャラは、テーバイ王国の王族で1年限定の講師として招かれていた、カドモス王太子。隣国エイブラムズ帝国からの留学生で第二王子のマティアス・ド・エイブラムズ。そして、王子ではないがミネルヴァ王国の貴族であり、ちょっと特殊な事情を抱えたヘンストリッジ男爵家の息子、キリアス・ヘンストリッジ。



 私は、この闇を抱えまくったキリアスを攻略するのを楽しみにしていた。ネットでは、彼を攻略するのが一番難しいと話題になっていたこともある。それに恋愛的な攻略だけでなく、彼は父親に文字通り奴隷にされ、よからぬことをする際の道具として使われている。そこからの解放も含めて、彼の難易度は高く、難しければ難しいほど燃える私は、とても楽しみにしていたのだ。



 




 キリアスのことを思い出し、久しぶりにアプリを開いてみる。いつもは真っ先にプレイ画面になるのだが、スマホに来ていたのと同じように、新着情報を伝える画面が全面に出ていた。私は画面に指で触れ、先を促した。



 「新しい登場人物が追加されました。登場人物一覧から確認してください」



 一週間放置してる間に、新しいキャラが追加されたようだ。キリアスを攻略していないし、そもそもまだミネルヴァの王子しか攻略終わってないから、さらに増えるなら全然楽しめそうだなあ……



 なんて、呑気に考えながら、私はどんな王子様が追加されたのか、登場人物紹介を一ページずつ開いていく。



「アンドロス、リュカ、エティエロ、リカルド、ユーゴー……それから、カドモスにマティアス、キリアスに……あれ? 追加されてないじゃん」



 王子一覧を見たが、追加キャラはいない。キリアスの後ろのページはまだ見られないようになっている。



 「あ、もしかしてサブキャラ的ななにかが追加されたのかな?」



 私はページを切り替えた。と言っても、このゲームで王子以外に顔と名前が出てきて、登場人物紹介のページに載っているキャラは、悪役令嬢のドロッセル・ボールドウィン公爵令嬢だけだ。あとはモブがいっぱいいるが、その中でソフィア・ヘンストリッジは、名前とそのアホな行動だけ出てくる。



 「あれ、紹介に載ってる悪役が増えてる……悪役令嬢モブその1? ソフィア=結衣・ヘンストリッジ?」



 あれ? ソフィア・ヘンストリッジっていつの間に名前変わったの? てか結衣って、お姉ちゃんの名前と一緒なんだけど……なんで日本人の名前が入ってるの? これおかしくない?



 私は、ソフィア=結衣・ヘンストリッジのページに載ってる少女を見つめた。長いストレートの銀髪に、アメジストのような深い紫色の目。名前とアホな行動しか5人の王子の攻略では出てこなかったから、私はこの悪役令嬢モブその1の姿を初めて見た。



 紹介ページの説明文では、相変わらずアホなことをして追放、盗賊に殺されるということしか書いていない。そして、ここには書いていないが、エティエロルートでは、怒ったエティエロによって超貧乏辺境伯家も取り潰される……ことになっているはずなのだが。



「この子、本当にあのアホ全開の超貧乏辺境伯令嬢なの? なんか、イメージと違ったわ……全然アホそうに見えないんだけど……」



 アホというよりは、むしろその紫色の目は聡明そうで、ソフィアを描いた人はキャラを間違えたんじゃないかと思うくらいだった。それに、



「なんというか、全然違うはずなんだけど……どことなく雰囲気がお姉ちゃんっぽいような……」



 しかも、ソフィア=結衣。なんか、おかしいよ、これ。



 私は、プレイ画面に戻って攻略中に出てくるソフィアで確認しようとした。しかし、登場人物紹介からプレイ画面に戻ってプレイボタンに触れると、



『ただいまシステムメンテナンス中です。終了時間は未定です。しばらくおまちください』



 終了時間は未定って……そんなことある? 緊急メンテナンスってことなのかな。



 キャラ追加となぜか日本人の名前が混じってるってなったら、ネットでも話題になってるはず……と思い、今度はアプリを閉じてスマホで検索してみるが、



 「……ない。システムメンテナンスの情報も、キャラ追加も、名前の変更も出てない……」



 それなら、と自分のアプリの画面をスクリーンショットで撮影してネットに投稿し、掲示板等で聞いてみようとしたが、



「よし、この画面をスクショして……あれ? ただの真っ黒な画面しか撮れてない……」



 スマホで写真が撮れない。ということは、これは私にしか見えてないということなのか? 私はスマホの画面に映る少女をじっと見つめる。不思議と嫌な感じはしなかった。



「……もしかして……お姉ちゃん……?」



 私は、スマホを両手で握りしめて小声でつぶやいた。画面の中で、ソフィア=結衣・ヘンストリッジと表示された銀髪の少女が、ほんの少し笑った気がした。

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