居候転生した先は悪役令嬢モブその1でした ~王子なんて興味ないから、私に音楽都市を創らせて~

水分秀二

第1話 プロローグ

 私の名前は山川結衣。26歳独身、いわゆるブラック企業勤務の社畜だ。



 公務員の両親、会社員の私、いじめがきっかけで5年間引きこもっている妹、そしてチョコレート色の毛が可愛らしいミニチュアダックスフンドのココの5人家族だ。



 家族仲は良く、特に妹とはとても仲がいい。妹とは6歳年が離れているが、共通の趣味があるからだ。



 そう、何を隠そう、私も妹もクラオタだ。



 クラオタとは、色々な解釈があるかもしれないが、私はクラシック音楽をこよなく愛するオタクという意味で使っている。



 子どもの時からピアノを習い、吹奏楽部に入り、今はブラック企業でこき使われる傍ら、毎週土曜日の午前中は近所の中学校の吹奏楽部でボランティアの講師として指導するくらい、楽器も音楽も大好きだ。



 妹が、通っていた高校でいじめに遭い、家から出なくなっても、音楽の話だけは変わらず楽しそうにしてくれた。私もクラオタを自称してはいるけれど、本当のクラオタからしたらその程度で自称するなんてと蔑まれるかもしれないし、興味の無い人からしたらただ気持ち悪い人かもしれない、という思いから、プライベートでそういう話をするのはほぼ妹とだけだった。



 そんな私にとっても妹との話はとても楽しく、また私の苦手な木管リード楽器を幅広く得意とする妹に、吹奏楽部の指導で困った時は相談したりして、頼りにされて嬉しそうな妹を見るのは私自身嬉しかった。



 しかし、妹が進んで話をするのは音楽のことだけ。それ以外は無言で拒絶。両親も学校も病院もきっと手を尽くしたのだろうけれど、多分、心の傷を治すのはそんなに簡単なことじゃないということなのだろう。仲のいい姉であっても、妹の心を癒すことなんてできず、私にできたのは共通の趣味の話し相手になることだけだった。



 そんな妹が、最近スマホのゲームにハマり始めた。いわゆる乙女ゲームというやつだそうだ。「私のシンデレラストーリー あなたはどの王子様が好き?」というザ・ありきたりなタイトルで、複数いる攻略対象から一人を選び、時間さえ待てば無課金でプレイできて、ゲーム内のアイテムを買わなくても選択肢を間違えなければちゃんとハッピーエンドを迎えられるという、なんとも良心的なゲームらしい。



 妹曰く、攻略対象はたくさんいて、王道だけどストーリーも面白いから結構楽しめるんだとか。



 現在、親のすねかじり状態であることに罪悪感のある妹にとって、お金をかけなくてもそこそこ遊べるゲーム、しかも現実逃避できるとなれば、ハマるのも無理のないことだったのかもしれない。結構どころががっつり楽しんでいるようにしか見えない。



 私はさすがにゲームをする時間までは取れないので、自分でプレイしたことはなかった。そして、音楽しか支えの無かった妹にほかに興味が持てるものが一つでもできたのだ、とそのことにすっかり満足していた。だから、プレイした妹が毎日私の帰宅後に、ゲームのストーリーや感想を興奮しながらまくしたてるのを聴いて相槌をうち、音楽の時と一緒で話し相手になるだけで十分だと思っていた。







 こんなことになるのも知らずに。






 あの日、仕事帰りに酒気帯び運転の車に撥ねられて私は死んだ。







 そして私は生まれ変わった。







 妹がハマったゲームの悪役令嬢モブその1として。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る