第二節二款 多事多端
「……… わ…… わたくしからも失礼しますわね!」
会議室が静寂に包まれている中、エヌ・テー町会の町会長の富子が口を開いた。
「NPCって言ったかしら。あれたぶん普通の人間と同じと思った方が良いと思うのよ。世間話も出来るし、私達…… 探検家がおかしな行動を取っている事を心配しているわ。その辺考慮に入れて行動した方が良いと思うのよ」
NPC又はモブ、簡易的な人工知能が組み込まれたゲーム内に存在する住民が居た。貴族、農民、商人、兵士等、老若男女問わず多くの住民がプログラムの上で暮らしていた。
「日の出財団の方でもその辺は今調べています。メンバーからかなりの件数、似たような報告が入っています。もしかしたら先の話しも含めて『ゲームの世界に取り込まれてしまった』と言うよりは『ゲームによく似た世界に入ってしまった』と考える方が良いかと思います」
一応元の世界でもここ数十年で人工知能の研究がかなり進み、人工知能を活用したサービスが多く存在した。
しかしその人工知能は、ニュースの自動生成や株の自動取引、ユーザーの行動から学習したコンシェルジェサービスが良いところ。二關自身もユーザーの作文から特性を抜き出した読書感想文自動生成やサービスを使った事がった。
〈ネクストテラ〉のNPCにも人工知能は組み込まれてはいた。
一人一人固定の住宅、固定の職場に固定の役職が与えられ、それぞれ買い物に出かけたりと言った行動をしていた。それはあくまでも各家庭の資材の備蓄状況に反応して、それに対処していくだけのルーティンワークだった。
しかし、この世界に居るNPC達はどう考えても幼稚な人工知能はではない。
紛う方なき人間だ。
「大きな話をすれば我々探検家がNPCや風紀に対して酷い行いし続ければゲーム時代の様に融通が利かなくなるでしょう。逆に上手く遣り繰りしていけば、この世界に対して大きな発言権を有する事になるでしょう」
NPCを人間と考えた際、〈探検家〉と呼ばれる職業の人間達がNPCに対し悪い行いをし続けた場合、処罰や差別の対象になりかねない。
逆に探検家達がNPC達にとって害のない存在、または感謝される存在になる事ができれば当面の立場は保証される。
「つまり日の出財団…… 二關君はNPCは人間であると認識すべきと言いたいのかな」
タタ技研の中津川が深妙な顔をしながら確認してきた。
「現状の情報を精査すればそう認識するべきかと思われますが……」
「私も、タタ技研の中でそう言った話しを聞いている。科学的に考えて信じ難い話しだと考えている。今回のアップデートでAIに修正が入ったと言う事はないのか」
「現在のこの状況が常識的に考えて有り得ない状況です。NPCの行動についての修正情報は記憶の限りなかったと思います。悪い方向に物を解釈をして予防的行動すべきと日の出財団の役員として認識しています」
中津川との押問答が始まろうとしていた所で、タタ技研の御子柴龍太所長が口を開いた。
「中津川さんちょっと黙ろうか…… 私からも一件あります。実はファーム、つまり牧場経営をしておりまして、ギルド拠点と俺の牧場が近くて…… 今で言うと世田谷とかあの辺りだ。まあ、確認しに行った。そしたら案の定俺の牧場だった。領地なんて法外な値段が掛かる物を持っている人は少ないかもしれないが頭に入れておいた方が良いかと……」
〈ファーム・オブ・ネクストテラ〉と〈ステイツ・オブ・ネクストテラ〉は、MMORPGである〈ネクストテラ〉の世界内で牧場経営や都市開発が出来る拡張機能である。
当然〈ネクストテラ〉内の世界なので三つの機能は連動している。
例えば牧場主が探検家へ畑作業を依頼することも出来る、と言うより牧場主に必須な職業技能〈農夫〉は牧場からのクエストを受けて農夫のレベルを上げなければ牧場を購入出来なかった。
〈ステイツ〉の領主は探検家向けの宿屋を建設したりギルド拠点を誘致したりする事も出来た。ダンジョンのあるエリアを購入して敢てダンジョンを難しく改造する事も出来た。
探検家の中には余ったゲーム内資金で牧場や領地を購入して探検家を引退する者も少なからず居た。
また探検家の中に牧場や領地からの依頼をメインの取り扱っている者も多く居て、それぞれで活発的な交流があった。尤も牧場は兎も角領地に関しては結構な値段が掛かるので持っている人間は少ない。
そして二關は財団の〈北千葉拠点〉のある〈柏の街〉の領主である事を思い出した。
財団拠点を作る際に土地広さに融通が利く、〈税金〉と呼ばれる土地維持費を領主側の設定で最低にしておけば安く抑える。
と言うのは建前で、どうせなら自分がリアルで住んでいる土地に拠点を置きたい。そう思い財団資金を横領し領地を購入、柏の街領主になった。
しかし、思いの外のめり込み今やこの地域内ではそれなりに発展している領地になっていたはずだ。
「私は柏の街の領主です…… あとで確認して次回会合時にで報告書をまとめましょう。他に何かありますか」現状の不安点や判明している事を話しきったのか、会議室は一瞬静まり返った。
「あ…… あの! 光郁さん!」静寂を破るように六角が声を上げる。
「もし、もし可能であれば…… 六角商会を日の出財団に入れてもらえないでしょうか」六角商会ギルマスの六角からの提案だった。
六角商会は所属プレイヤのレベルもそれほど高くない。
地域の治安が急激に悪化してる中、小規模ギルドを今後も維持していくのは難しい。
六角商会はもともと海外サーバ限定アイテムを買い付け、日本サーバで販売する貿易商的なプレイをメインに行なっていた。
街からゲートへ、ゲートから街へ、街から街へと飛び回り街で見つけた現地サーバ限定アイテムを連日買い付けていた。ここ日の出財団本部の建物モデルも海外から仕入れてきた〈設計図〉や素材を元に作っている。低層の黒い瓦屋根に囲まれた中でベージュの石造りの中層建築と言う浮いた存在になっている。
しかし、ゲートが消失した今、貿易商の様な仕事は大きな船や飛行機が必要になってしまった。
一応この世界に帆船はあるが規模は大きくない。海外に出てあっちこっちを飛び回る事はほぼ不可能な状況であった。
六角商会はその組織の特性上、海外サーバで翻訳機なしでチャットや会話するための外国語に長けたメンバーが多く所属していた。
六角からの提案は、海外に拠点を抱える財団にとってはとてもありがたい申し出であった。
自分自身、六角商会の六角とはリアルでも親交のある人で双方で信頼し合っている関係であると思っている。故に六角は財団への吸収を求めたのだと思った。
他にも澤渡商会、タタ技研、カロル騎士団からも合流や更なる協力の申し出があった。
澤渡商会は生産系ギルドを謳ってはいるものの、どちらかといえばおしゃべりギルド。ゲームを楽しみながらおしゃべりも楽しむ、武具販売店を所有しているものの品揃えもさほど良くなく、とりあえずやっていた感が強いギルドであった。
澤渡自身はレベルが高いものの構成員はさほど強くなくスタート時からほとんど成長していない者もいるくらいであった。
タタ技研は二關が通っていた大学の教授が設立したギルドである。御子柴龍太は自分のゼミの担当教授であった。御子柴龍太教授は二關の父とも古くからの交流があり、父に連れられ食事に行く仲であった。
御子柴龍太所長以外にも大学教授や推教授なども参加しておりこの世界においておそらくトップクラスの学力があるギルドと思われる。
カロル騎士団は団員レベルはほぼMAXで統制もほぼ完璧に取れた一部には有名なギルドだ。しかし人員は二十五人程度で小規模なギルドだ。
中小ギルドが大手に合流していく。この状況下での生存戦略としては妥当なところかもしれない。
合流希望のギルドが今後も出てくるかもしれない。それの準備もしなければと二關は考えていた。
この後、今回の会議の議事録が全員分完成するまでの三時間ほど、団子とお茶を摂りながら雑談をし会議は解散となった。
「二關、会議後ちょっといいか?」会議が解散になった直後、後ろに控えていた四藏に呼び止められた。
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