第二節一款 多事多端
暗い木目調の壁と赤色基調の絨毯が敷き詰められた大部屋。
和風建築が建ち並ぶ日本サーバには似合わぬ西洋風の内装。その中央にコの時にテーブルが並んだ会議室。イベント時に使用される大部屋は偉い豪華な作りだった。
そんな会議室に集まったのは、日の出財団と日頃協力関係にあるギルドの役員たちだった。
商業系〈
商業系〈タタ
交流系〈エヌ・テー町会〉町会長の
交流系〈ネモフィラ同盟〉ギルマスの
商業系〈
商業系〈
攻略系〈カロル騎士団〉団長の
攻略系〈
そして、
「さて……」日の出財団会長、一守明久が溜息交じりに席に着いた。
「えー…… 本日は、この様な情勢の中、お集り頂きまして、有難う御座います。本日、お集り頂いたのは、えー…… 今回の異常事態に、どの様に、対応するのか、日頃から…… えーと、ご協力頂いている皆様と、知恵や発見を共有していければと考えた物です」一守がオデコから脂汗を噴出させながら挨拶をした。
二關は思わず吹き出してしまいそうだった。
『日の出財団会長の一守』と言う事で割とゲーム内では有名人だ。しかし一般に呼ばれる二つ名は『脳筋一守』『イノシシ』『KY』『突撃にしか脳がない奴』と呼ばれる程、評価は惨憺たる状況だった。
そして自分自身、リアルでも一守の丁寧な挨拶なんて今の今まで聞いたことがなかった。一守もそれだけこの状況を深刻に考え受け止めてるのだろうと思った。
「えっと、うちの代表が柄にもない丁寧なあいさつをした所で時間も時間です、ドタバタでまともな昼食も摂れていないでしょう。うちのメンバーに昼食を用意させています。まもなく届くと思いますので、昼食を摂りながら意見交換でもしましょう」
二關も理事長としてそれなりの挨拶をした方が良いか悩んだ。
しかし、現状としてこの会議室全体が重たく緊張した空気に包まれていた。
このまま進行しても座面を温めるだけで、大した進展も無く時間だけが流れてしまう。和やかな雰囲気で情報交換が出来ればと考えていた。
二關が着席するとほぼ同時に食事が運ばれてきた。
「おぉ、チキンステーキか、これは旨そうだ」
今にもよだれを垂らしそうな勢いで嬉しそうな顔をして言ったのは裕樹。
東日本ではそれなりの規模を誇る約二千人を抱える商業系ギルド、一号商会の代表御田裕樹だ。御田さんの発言でいくから場が和んだ様に感じられた。
「さっき絞めたばかりで新鮮で美味しいですよ」料理を運んできた和泉が満面の笑みで言ったが、会議室内の空気が一瞬引き攣ったのは見なかった事にしよう。
「食べながらで結構です。現在、我々日の出財団が得ている情報を公開いたします」全員がナイフを手に取ったのを確認して二關が口を開いた。
羽田にあった『エプロン』や『転移石』の使用が出来ない上に、エプロンは土地だけ残り施設が丸々消え去っている事。
恐獣 (モンスタ)への攻撃は可能で、魔法の行使も可能であった事。
攻撃メニューの縛りがなくなった故に街内や施設内で無制限にPKが可能である事。皆が目の前のチキンステーキを食べている間に得ている情報を公開した。
「と、言う事は各都市への移動は……」ネモフィラ同盟の亜里沙が呟いた。
「お察しの通りゲートからの移動は出来ません。ただし徒歩や馬を用いてならサーバ越えの移動は出来るとウラジオストクの拠点から報告を受けています。尤も、日本から外に出るには海を渡ると言う危険が伴います。関東圏から関西圏、北海道などへ長距離移動をするのは現状では厳しいでしょう。当然荷物も嵩張りますので補給の問題が付いて回ります」
この世界には通称ゲート、公式にはエプロンと呼ばれた転移装置が存在した。サーバ内外問わず相当額の資金を支払えば移動する事ができた。
ゲートは現実世界で言う空港があった場所に存在し、江戸近郊で考えれば羽田や成田にあった。
そのゲート施設が使えなくなってしまった。故障などではなく付属施設ごと綺麗さっぱり消えてしまい、残ったのは更地だけだった。
「続いて通信についてですが、魔法通信機が使える現状特に不自由はないと考えて良いでしょう」
この世界には魔法通信機と呼ばれる携帯電話の様な機械があった。
魔法を利用した通信機と言う設定だが、要はボイスチャット機能をこの世界に落とし込むためのご都合主義の塊だ。
しかし、ご都合主義の塊は転移石やエプロンの様に消失しなかった。
「ただし手持ちの通信機は三百から四百キロが限界、大阪には繋がりましたが広島は繋がりませんでした。我が財団は海外サーバとのやり取り用に大通信機を所有しています」
〈大通信機〉と呼ばれる拠点設置型の通信機が存在した。
サーバを跨いだボイスチャットにはこの通信機と通す事が必要で、手持ちの通信機では他サーバに居るプレイヤとのボイスチャットが出来なかった。
AプレイヤとBプレイヤのホーム拠点が日本サーバであっても、片方の操作キャラクタが他サーバに移ればその時点で通話が出来なくなる。
不便なルールではあったが、サーバ間通信負荷軽減のための苦肉の策だったのではないかと言う噂もあった。
「しかしその大通信機をもっても日本サーバ以外に所有する拠点との連絡は一部しか成功していません」
大通信機一つあればゲーム内のどこの、例えば日本サーバの裏側、南米サーバにもつながった。
「ロシアサーバのウラジオストク、中国サーバの
「あ~、海外の事はよくわからんのだが……」
カロル騎士団団長の麻生が頭を抱えながら口を開いた。
「俺のギルドの者が一人、『エジプト観光に行ってくる』と言ったまま連絡がつかない。最悪の状況も考えにゃならんっつう事か……」
「今までの様に、海外サーバから素材を仕入れてそれを国内で売ると言う方法も取れなくなりそうですね……」六角商会の加奈子も意気銷沈した表情でボヤいていた。
「そういえば、財団はダンジョン攻略に出ていたよな。そいつらは無事に戻ってきたのか」銅鏡騎士団のギルマス、佐山雪洋が尋ねてきた。
「あー…… それは俺から説明する。我々日の出財団は、蜃気楼旅団と共同で江戸川湿地で戦闘関係の検証をしていた。今はダンジョン外まで撤収も完了、千葉…… この世界だと
二關は死亡についての情報を伝えるべきかどうか悩んだ。それを察してか一守が状況を説明してくれた。
「それはつまり死んだら甦らないって事か?」
「ホームに戻ってきたとの報告を受けていないだけです。その辺はまだ分かりかねます。行方不明なだけで生死の確認は出来ていない。更に言えば亡骸も確認出来ていませんので…… 結論を出すのは時期早々かと……」
佐山が現在考えている中で最悪の想定を口にしたので、二關は濁そうとした。
考えてはくないが恐らく佐山が言っている事は正解だ、この世界では死に戻りは存在しないと考えた方が良い。
HPが無くなればそこで死だ。死んだら元の世界に戻れる保証もない。
そもそも、この世界にHPと言う概念が残っているのかも怪しい。転移石は消えた。メニューも開けないからHP残量を確認しながら戦う手法も使えない。
しかし魔法だけは今のところ使える。魔法電話は使えて転移関係が使えない違いは何だ?
そして、西舘の話しを考えればゲームの時の様に回復魔法は万能ではない。
内科案件にしか効果がないのか。それとも回復魔法はあくまでも治癒力向上程度なのか。整形外科案件や病気でも手術が必要な外科案件、恐らくは元の世界の様な手術が必要になるのだろうか。
案の定、会議室は静まり返ってしまった。皆下を向き黙っていた。麻生に至っては机に突っ伏して声を堪えながら泣いていた。恐らくは会議室の中にいる全員が察していた。
―― そりゃそうだ。
訳も分からずこの世界に閉じ込められ、職場にも、家族にも友人も連絡が取れない。ゲームの世界に似ているが、ゲームの時に使えた重要な機能が使えない。
この状況がいつまで続くのか、元の世界に帰れるのかも分からない。
黙り込み落ち込むのも当然だ。こうして落ち着いて会議が出来ているだけで凄い事だ。
「……… わ…… わたくしからも失礼しますわね!」
会議室が静寂に包まれている中、エヌ・テー町会の町会長の富子が口を開いた。
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