友達ロボットくんと友達ユキちゃん

 4月27日 木曜日





 「ひかる君、ゆきはちゃんとはどんな関係なの?」

 「僕と林木さんの関係?」

 「そうそう」

 「僕と林木さんの関係は‥‥‥」

 「えー、答えられない関係なのー?」

 「いや違う。僕と林木さんは――」



 僕はくるみの質問に苦悩していた。





 1時間前



 放課後の校舎には、心地よい太陽の光が差しこんでいた。

 

 僕は帰宅しようと廊下を歩いていると、偶然目の前から林木さんが歩いてきた。



 「あっ、ロボット先輩!」

 「こ、こんにちは」

 「これからお帰りですか?」

 「はい。林木さんもですか?」

 「え? えっと、私は」



 林木さんは、困った笑顔で言葉をつまらせている。


 ん?

 何かあったのだろうか?

 幸いなことに、以前みたいな深刻さはなく意外と軽い問題なのだろうか?

 


 「どうかしたのですか?」

 「あ、あの! ロボット先輩って数学得意ですか?」

 「え、まー、平均以上にはできますよ」

 「あ、その、今から教えてもらえませんか!?」

 「えっ?」

 「ダメですよね。いきなり、すいません。明日、数学の小テストがあるんですが、私、中学生の頃の授業で唯一、数学だけできなくて」

 「いや、ダメということではないですよ! 暇ですし。ぼ、僕で良ければ教えられますよ」

 「本当ですか!? ありがとうございます!」



 林木さんは僕に満面の笑みでお礼を言った。


 林木さんは勉強できそうな雰囲気だが、数学は苦手なのか。


 教えることは別に苦ではない。

 慣れていると言った方が良いか。


 僕の身近に数学が苦手な人間がいるからな。



 「それで、どこでやりますか?」

 「そうですよね。毎週木曜日は図書室が休みですもんね」



 確かに校内で勉強できるとしたら、図書室しかないな。


 教室で教えていたら他の生徒に見られる可能性があるしな。

 そしたら、林木さんに迷惑をかける可能性がある。


 僕みたいな人間と知り合いだと、裏で何を言われるかわからないからな。


 すると、校外か。


 校外で勉強をできる場所か――



 「それなら、僕のバイト先に行きますか?」

 「えっ、いいんですか?」

 「大丈夫だと思います。よく勉強してるので」

 「それなら、お言葉に甘えて行きましょう!」



 林木さんは張り切っているように見える。


 喫茶アルカンシエルに行けるのがそんなに嬉しかったのだろうか?


 しかし、問題はあの2人がいる可能性だ。

 昨日も勉強教えていたし。

 もしいたら、勉強を邪魔されかねないからな。



 こうして、僕と林木さんは喫茶店に向かうことになった。





 「ひかる君! 昨日ぶりだね!」

 「晄」



 僕は喫茶アルカンシエルに入ると同時に、女子2人の声が聞こえてきた。



 「やはりいるか」



 僕の予想は当たっていた。

 確かに昨日、くるみには宿題を出していた。それに、テスト期間だから勉強しかやることないだろうし。

 楓の場合は、家で絵を描くよりここで描く方が捗るとか言っていたしな。


 まー、いるよな。


 僕はマスターにいつもながら、会釈をして4人用の空席に向かった。


 マスターは僕に向けて、親指を立ててウィンクして何かを伝えたいようだが、よくわからないな。



 僕は林木さんを連れて、空席へと座った。


 座るとすぐに、僕は口を開いた。



 「では早速、勉強をやりましょー」

 「あっあの、ロボット先輩?」

 「いや、無視して大丈夫です」

 「えっ、えっと」



 林木さんは焦った様子で僕を見ていた。


 僕と林木さんは、4人席に座ったはずなのだが空席は埋まっている。


 これも想定内だが、嫌な予想的中に僕は半分呆れていた。



 「ひかる君、ボクと楓ちゃんを無視しないでよ!」

 「いや、無視していない。効率よく勉強がしたいだけだ」

 「そうなんだ。ボクたちがいれば効率的だね!」

 「話聞いてたか、くるみ?」

 「えっ、何なに?」

 「くるみと楓がいると勉強に支障をきたす」


 「晄、酷い」

 「悪いが本音だ」

 「晄、酷い」

 「今日は邪魔させ――」


 「ねぇーねぇー、この前も来てたけど名前は何て言うの?」

 「あっ、えっと、私は林木雪葉と言います」

 「わかった、ゆきはちゃんだね!」

 「雪葉」

 「は、はい。お2人の名前は」

 「ボク? ボクは、一ノ条くるみだよ。くるみでいいよ!」

 「楓」


 「は、はい。くるみさんと楓さんですね」



 おわかりいただけただろうか。

 僕は空気となっている。


 女子というのは凄いものだ。

 あっという間に仲良くなっている。


 くるみはフレンドリーだから納得できるが、楓もちゃんと馴染んでいる。


 林木さんはおどおどしているが、ちゃんと2人に受け答えをしている。


 やはりというか、全く割りこむことができない。


 こういう時に、コミュニケーション能力のなさを感じるな。


 いや、最近では自分自身でも驚くほど人と話している気がするぞ。


 特に林木さん。


 今週だけでみれば、毎日のように話しているし。


 昔の自分に自慢できるレベルだ。



 「ところでさー」



 すると、今まで存在しない者として扱われていた僕に、くるみは視線を向けてきた。



 「ひかる君、ゆきはちゃんとはどんな関係なの?」



 僕は唐突の質問に、脳内が凍結してしまった。


 えっ、関係?

 関係とはどういう意味だ?


 僕は思案するが答えはでなかったので、くるみに問いかけることにした。


 「僕と林木さんの関係?」

 「そうそう」



 関係か――



 「僕と林木さんの関係は‥‥‥」



 漠然と考えていた。


 僕と林木さんの関係。


 僕が一番気になっていたことではないのか?


 僕と林木さんは、


 少なくとも顔見知りだと思う。

 先輩と言われれば、当てはまっている。


 しかし、友達なのかと言われれば疑問だ。


 僕と林木さんは、友達と言えるのだろうか?


 僕は今までは、最小限の交友関係で過ごすのが最適解だと思っていた。


 だが、林木さんと出会って少しずつ自分でも変わっているように感じた。


 不思議な感覚で、悪い気分にはならなかった。


 正直、林木さんと話している時間は楽しい。


 昔なら、味わえない気持ちだっただろう。



 僕の言葉が決まらない様子でいると、くるみは怪しげな目でじーと見てくる。



 「えー、答えられない関係なのー?」

 「いや違う。僕と林木さんは――」


 「わ、私! ロボット先輩と『友達』になりたいと思ってます!」



 僕の言葉に割りこみが入った。


 強気な可愛らしい声の正体は、林木さんだ。



 「私、ロボット先輩と友達になりたいです!」

 「えっ、えっ?」



 林木さんは嘘偽りのない、真剣な眼差しを僕に向ける。



 友達?



 今、林木さんの口から友達という言葉がでた。


 林木さんは僕と友達になりたいと言ってくれている。


 林木さんは、嘘を言っている顔ではない。


 すると、僕だけではなく林木さんも友達になりたいと考えていたのか?


 そうだったら、嬉しいな。


 僕の答えは決まっているよな。


 それは、



 「えー!? まだ、友達じゃなかったの? ボクとゆきはちゃんは、もう友達なのにひかる君はノロマだねー」

 「晄、遅い」


 「って、今大事なところなのに、じゃ」


 「ひかる君! そもそも、ゆきはちゃんに言わせちゃダメじゃん! ここは男の子が言わないと!」

 「晄、酷い」


 「僕の話を聞いているか?」


 「ひかる君は昔からそう。自分から友達作ろうとしてなかったし、ボクは心配だったんだよ!」

 「晄、変わらない」



 くるみと楓から僕は、なぜ精神攻撃を受けているのだ?


 しかも、ぐうの音も出ない。


 ・・・・・・って、昔の話だろ。


 今、昔のことで落ち込んでも仕方ない。


 過去の自分は変えられないが、今の自分なら変えることができる。


 僕は2人の話を無視する形で、林木さんに視線を送った。

 未だに直視できないため、キョロキョロしてしまうが。



 「は、林木さん。ぼ、僕もその、林木さんと、と・・・・・・友達になりたいと思ってました!」



 勇気を振り絞った声は、裏返る形で伝わった。


 僕は恐る恐る、林木さんの顔を覗きこんだ。


 林木さんは、僕の言葉を理解できないのか、キョトンとした顔をしている。


 これは、失敗してしまったのか?

 噛んだ上、裏声になってしまった。


 あれ?

 そもそも、友達ってこういう風になるものなのか?


 いや、正解などどうでも良い。


 今は林木さんの反応だけが気になる。



 本当に友達になれるのか?



 林木さんは顔を徐々に赤くさせた。

 今にも泣きだしそうな顔だが、涙はなかった。


 時間差ではあるが、林木さんは笑みを浮かべた。


 林木さんと出会って、どの笑顔とも違う、印象的な笑顔。


 僕はその笑顔に、視線をそらすことすら忘れてしまった。



 「ありがとうございます。ロボット先輩。とても嬉しいです!」



 僕はいつまで、林木さんの顔を見ていたのかは覚えていない。


 しかし、林木さんの言葉に僕は心を奪われたのは間違いなかった。



 友達



 初めて、自主的にできた友達。


 僕に1人友達ができた。



 「良い雰囲気のところ悪いけど、2人は何でここに来たの?」



 くるみの言葉。

 今、そんなこと、



 「勉強」



 楓もこの状況で――



 「「あっ!?」」



 僕と林木さんは言葉が重なった。


 僕は急いで時計を見た。


 17時30分



 「林木さん、まだ間に合います!」

 「は、はい!」



 僕と林木さんは時間に追われるように、数学の勉強を始めた。





 林木さんと友達になって、これからどうなるのか。


 高校生活は捨てたものではない。


 しかし、今はそれどころではなかった。

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