おまけ――その1 呼び出されるロボット君

 4月26日 水曜日





 今日は放課後、バイト先から呼び出しをかけられていた。


 正確には、同じアルバイトから


 ――晄、来て


 とだけ連絡がきた。



 僕は見慣れた、喫茶アルカンシエルの入口を開けた。


 カランッ、というドアベルが鳴り、それと同時に声が聞こえてきた。



 「ひかる君おそーい!」



 元気のある女性の声だ。


 僕は納得するようにため息を吐き出した。



 「ちょっとひかる君、元気なくない!?」

 「いや、元気過ぎるのはくるみの方だ」

 「えー、褒めてるの? 褒めても何もあげられないよー」



 僕は呆れるのを通り越して、無の感情でいる。


 僕の前で無邪気に笑っているのは、一ノ条いちのじょうくるみだ。


 高校3年生の一筋の単純思考な女子だ。

 スポーツ全般で有名な強豪高校に通い、何でも『長距離』で全国大会で表彰されるくらい凄いらしい。



 詳しくは知らないが。



 僕はカウンターにいるマスターに軽くお辞儀をし、くるみが座る席に座った。


 くるみの横にはもう1人、同じバイトメンバーがいた。



 「晄、遅い」

 「いや、連絡してからすぐに来ただろ?」

 「晄、遅い」

 「連絡来て、まだ30分しか経ってないだろ?」

 「晄、遅い」

 「はい、遅かったですね」



 僕は反論を諦めて、会話を切った。


 全く、無表情で何を考えているのか読み取れない。


 くるみの隣で静かに座っているのは、脇崎楓わきざきかえでだ。

 美術系の高校に通う高校1年生の女子だ。

 楓の描く『水墨画』は世界でも有名らしく、その界隈では知る人ぞ知るアーティストらしい。



 詳しくは知らないが。



 「で、今日は何で僕を呼んだのだ?」

 「それは、ボクがピンチだからだよ!」

 「いや、よくわからないのだが」

 「わからないの? ボクが今度、テストで赤点取ったら部活ができなくなるんだよねー」

 「そっか、なら、僕はこれで」

 「えー、酷くない!?」

 「僕には関係ないことだから」

 「じゃー、ひかる君が中学生の頃」

 「わかりました、手伝わせてもらいます」

 「やっぱり、ひかる君優しい!」


 「晄、単純」



 僕は渋々、勉強を教えることになった。


 くるみの奴、僕の過去を弱みとして握っている。

 中学生の頃の黒歴史だけは、もう封印しておいてほしい。

 あの頃の自分に僕は首を絞められているか。


 全く、困ったものだ。



 「それで楓も何かあるんだろ?」

 「絵、書くから、見て」

 「いつものやつか」

 「そう」



 楓は器用に表情を変えず、口だけ動かして話している。

 僕は楓の言いたいことを理解して、話を進める。


 要するに、絵を描くからアドバイスが欲しいということだろう。


 毎回、呼ばれてアドバイスを求められるから言わずともわかるが。



 こうして、いつもの如く勉強会みたいなモノが始まった。





 数分後



 「ひかる君、ボクをバカにしているね?」

 「いや、してないから」

 「そこまで言うならこの問題を解いてみなさい!」



 くるみは自信満々に言う。

 そうしてくるみが差し出した参考書は、高校1年生の数学の問題だ。


 くるみさん、高校3年生ですよね?



 僕が1分もかからずに答えを出してみせる。



 「やるねーひかる君。でもボクはバカにされたままじゃ終わらないよ!」



 と言って出してきた問題は、


 高校‥‥‥


 いや、中学3年生の数学からだった。



 僕は一瞬で解き終わり、呆れて何も言わないでいると、

 


 「ひかる君、ボクがバカにされたなければ今すぐ数学を教えるんだ!」



 と、自信に満ち溢れた顔で指差してきた。


 くるみとのこのやりとりは相変わらずだ。

 成長が全くないのは、陸上一筋だから仕方ないのかもしれない。



 ひとまず、くるみにはテスト範囲から出題されそうな問題をひたすら解かせることにした。


 これでくるみは放置で良いか。


 「わからない」と言葉に出しながら、問題を解いているが。



 次は楓だな。


 

 楓はくるみとは正反対で、黙々と筆を滑らせている。


 喫茶店の机の上で絵を描くのはどうなのかと問いたくもなるが、マスター公認だから問題ないらしい。



 すると、楓は大きめな専用の紙をクルっとし、僕へ向けた。



 「晄、これ」



 表情変えずに見せてきたのは、独特な世界観の絵画だった。


 水墨画なのに和の要素がなくて良いのか?


 そもそも、何風なのかも理解できない。


 僕は何を求められているかわからなかった。



 「いいと思う」



 アドバイスになってないだろうな。

 僕のそう思いながらも言った言葉に、楓は無言で反応し作業に戻った。



 数分後



 「晄、これ」



 再び声をかけられると、独特な絵が更に独特になっていた。


 また、無言で僕に何かを求めている様子だったので、



 「まー、頑張って」



 とだけ伝えると、そのまま作業に戻った。


 毎回思うが、そもそも僕にアドバイスを求めるのはおかしくないか?

 世界的アーティストなのだから、素人じゃなくて専門家に見てもらえばいいものを。



 更に数分後



 「晄、これ」



 次はどこが変わるのだ?



 僕は半分興味を持って顔を上げた。


 そこにあったのは――幻想的な絵だった。


 見る者を虜にするような魅惑の絵。

 どうしてこうなったのか不思議で仕方がない。



 「毎回思うが、僕のアドバイスを聞いて意味があるのか?」


 「晄、だから」



 理解に苦しむ回答をされた。


 僕は一体何なのだと、哲学みたいな問をされているのか?



 いつものことだが、この2人の相手は疲れるな。



 この後、夜まで僕は2人に付き合わされたのであった。

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