見守るロボットくんと告白されるユキちゃん

 4月24日 月曜日





 休み明け、月曜日の学校は憂鬱だ。


 そんな1日を乗り越え、既に放課後になっている。


 今日も帰ったらゲームかな。


 僕はクラスメイトが徐々に消えていく教室にいた。


 部活や勉強、友達と遊ぶなど、高校生はいろいろと忙しいのだろう。

 教室に残っているのは、数名で固まって談笑をする女子たちや、携帯のアプリで遊んでいる者たちばかりだ。


 僕は帰りの支度は済んでいたので、クラスメイトに挨拶もせず教室を出て、下駄箱へと向かった。





 廊下では仲良く話してる者たちや、いちゃついてるカップルとすれ違う。

 公共の場で堂々と不純異性交遊(手を繋いでいでいるだけ)をしているな。


 まー、高校生活の恋愛なんてお遊びみたいなものだろう?


 高校から付き合っていたカップルが結婚する割合は10パーセント未満。しかもだ、結婚した3組に1組が離婚するらしい。


 そう考えるとだ。

 高校生活の恋愛はいかに現実的ではなく、「ただのお遊び」と言っても過言ではない。


 決して僕が恋愛経験がなく、女子と話せないからという言い訳から来るものではない。

 

 それにしても、恋愛とはどんな因果関係の名のもとに成り立っているのだ?


 いや、女子の友達すらいない僕がそのことを考えてもな。

 女子の友達を作るところから始めないとか。


 そもそも、女子の知り合いすらいない気がする・・・・・・


 僕は廊下をため息を吐きながら歩いている。



 「あの暗い男子ヤバくない? マジ笑える!」

 「あんな暗いとか、何が楽しくて生きてんのー?」



 またか。

 背後から聞こえる女子たちの声。これは僕に向けて発しているのだろう。

 自分自身、そんなことわかっている。


 僕は顔を俯かせながら無言で歩いていると、



 「無視ですかー、やっぱり雰囲気暗いと話すこともできないのねー」

 「男なら少しは言い返せっての!」

 「待ってー、心、女なんじゃね?」



 安っぽい笑い声が廊下に響いている。


 ここで反論しないのが大人の対応である。

 僕は自身に言い聞かせて納得することしかできなかった。



 やがて辺りは僕1人になった。

 それにしても、教室から下駄箱までの距離が異常に遠い。


 この学校、広すぎだ。1日に校舎内をどれだけ歩いているのだ?

 この高校を建てた人間に文句の1つも言いたくなる。


 ようやくここまで来たか。

 角を曲がったら下駄箱まですぐだ。



 僕はいつも通り歩き、角を曲がった時――



 ポンッ



 ん?


 何かお腹にあたった気がした。

 僕は足を止め、腹部の感触を確かめることにした。



 そこにいたのは、僕の顔を上目遣いで見る林木さんだった。



 「す、すいません! ・・・・・・あっ、ロボット先輩!?」

 「あっ、すすすいません!! って、林木さん!?」



 僕は反射的に、後方数メートルへダイナミックな下がり方をした。


 言われてみれば、雨の日の相合傘の時に香っていた匂いだ。

 あの時は雨と冷気のせいで匂いが薄まっていたが、今日は確実にわかった。


 良い匂いすぎて魂抜けそう。

 これは僕の人生史上最高の匂いだ。


 って、女子の匂いを堪能しているとは、僕は何をしているのだ。



 「林木さんどうしたのですか?」

 「あっ、えっとですね。‥‥‥すいません。ちょっと急ぎの用があるので、ここで失礼します!」



 何か言いたげそうに口を開けたり閉じたりしていたが、急かすように言葉をたたみかけた。


 そしていつも通り礼儀正しく一礼をしてから、僕が来た方へと走っていく。


 林木さんも忙しいみたいだ。

 まー、高校生だからな。


 そういえば、ここ最近林木さんに会う頻度が多かったせいか、今日は久しぶりにあった気もするな。

 何て、林木さんはこんなこと気にすることもないか。



 帰ろう――



 「ロボット‥‥‥先輩?」



 あれ?

 また声をかけられたぞ。

 次は誰だ?


 すると、廊下の壁沿いにある凹みから1人の女子が出てきた。


 確か名前は、朴野さんだ。

 林木さんの友達の。


 それにしても、なぜそんなとこから?

 忍者にでもなりたいのか?



 「ロボット先輩ですよね?」

 「はい」

 「私、ユキ‥‥‥、林木雪葉の友人の朴野杏子です。とりあえず、一緒についてきてください!」

 「えっ?」

 「早くっ!」



 とても急いでいる様子で、朴野さんは駆け出した。


 そして、僕が来た道を逆走する。

 こっちの道は確か、林木さんが走っていった方向のような。



 「ロボット先輩、もっと早く!」



 僕は理由も告げられないまま急かされる。

 考える余裕を与えられないまま、とにかく朴野さん後を追いかけた。





 4階の人気のない教室の前。


 そこにいるのは林木さんと男子生徒だ。


 男子生徒はふくよかな体型で、顔も格好いいとは表現できない。

 汗っかきなのか、片手には小さなタオルを握っている。



 そういう僕はなぜだか知らないが、2人の様子を覗っていた。

 バレないように廊下の隅で隠れている。そして、隣には朴野さんがいる。


 結局、なぜ連れて来られたのかがわからない。


 それにしても、朴野さんは林木さんと違い、大人っぽい女性の香りがする。



 例えるなら、


 林木さんは、誰もを包み込む聖母のような安らぎある香り。

 朴野さんは、誰もを魅了し、心を甘く溶かすような惹きつけられる香り。


 と僕は表現する。


 僕の好みは断然、林木さんだ!


 って、僕は匂いフェチなのか?


 ついつい分析してしまう。



 「ロボット先輩、聞いてますか?」

 「えっ、な、何ですか?」



 僕が夢中になっている間に、朴野さんに話しかけられていたようだ。

 焦って大きな声を出してしまった。


 林木さんたちには気付かれてないようだ。



 「だからですね、今日、ユキの様子がおかしいから詮索してみたらあの男から呼び出されたらしいんですよ。たぶん、あの害虫はユキを狙ってると思うんです。だから、あんな害虫にユキを渡す訳にはいかないでしょ?」

 「害虫って」

 「ユキにつきまとう男は皆、害虫と思ってるんです。私は。でも、ロボット先輩はひとまず観察期間としますが!」



 さらっと、酷いことを言うな。

 これも仲が良いからこそなのだろうか?

 それと、なぜ僕は観察期間なのだろう?



 「あっ、話始めますよ」

 「そうみたいですね」



 朴野さんが男子生徒に向ける鋭い瞳に圧倒されながら、僕は林木さんに視線を移した。





 「あっ、あの、俺、クラスで林木さんを見た時から、その、ひっ一目惚れして、その、彼氏とかいるのかなと思って」

 「えっ!? わ、私に彼氏なんていないですよ!」

 「そ、そうなの! それならよかった。俺と付き合ってよ!」

 「えっ?」

 「俺ってこう見えてお金いっぱい持ってるんだ。パパが会社の社長でね。だから、俺といたら林木さんも楽しいと思うよ!」

 「えっ、えっと」

 「大丈夫、大丈夫! お金以外にもね、俺、クラスの男子たちを上手く使えるんだ。俺の言うことなら何でも聞いてくれる」

 「あっ、あの」

 「それにね俺、こう見えて頭もいいんだ。

  1年生の時はいつも学年で20位以内だったし。

  本気を出せば1位だって取れるよ。

  やっぱり、林木さんの隣には俺みたいな男が似合うと思うんだよね!

  それで、今度いつ時間空いてるかな?

  今度、俺のパパと一緒にディナーとかどうかな?

  ちゃんと、一流のシェフがいるところにするよ!

  やっぱり、一流じゃないと料理とは呼べないもんね!

  そこら辺にある三下の店は全部、餌だよ。

  だから、俺が林木さんに美味しいお店を紹介するよ!

  この話をするといろんな女子が集まってくるけど、俺は断っているんだ!

  やっぱり、俺が決めた相手だけに尽くしたいからね!」



 林木さんは黙り込んでしまった。


 男子生徒の発言もそうだが、声からしつこさが滲み出ている。

 あの男子生徒は満面の笑顔で胸を張り、独り善がりで悠々と語っている。

 これは厄介な人間に目をつけられてしまったな。



 「何あいつ! あれは害虫じゃなくて、家畜の豚でしょ?」

 「それは一理ありますね」

 「ですよね!? 害虫と表現したのが間違いでした。害虫は生きるために必死なのに対して、家畜はご飯を与え続けられて何不自由ない生活が送れる。あいつは親のスネをかじる豚です。これじゃー、あいつに例えられた害虫が可哀想」



 朴野さんが容赦ない言葉で捲し立てている。


 男子生徒を後ろから刺すんじゃないか?

 と冷や冷やする。


 まー、僕も朴野さんの意見には少なからず同意できる。


 親の脛を齧るような発言をした上に、自分の長所を優位に見せる。

 自信過剰な勘違い系人間によく見られる傾向だ。相手のことを考えず、一方通行に話す行為がまさにそうだ。


 あの自信は少しくらいは僕も見習いたいが。



 「あっ、あの、私」

 「俺と付き合えたら林木さんも楽しいと思うでしょ?」

 「えっ、えっと」



 もう、見ていられない。


 しかし、僕が出ていってどうなる?

 林木さんと僕の関係は友達でも何でもない。



 それに、僕は――



 「私もう見ていられないです!」

 「えっ?」



 僕の隣にいた朴野さんはいつの間にか駆けだしていた。

 目にも止まらぬ早さで2人の元へ接近すると、林木さんを庇うように、男子生徒の前に立ち塞がった。



 「アッコちゃん!?」

 「ユキ、ちょっと邪魔するね!」



 「あんた、ユキに気持ち悪いこと言わないで! 困ってるでしょ?」

 「なっ、何なんだ、お前は!?」

 「私はどうだっていいの! ユキが困ってるのに、永遠とつまらない話を続けないで!」

 「つ、つまらないだと!? お前、何様なんだ!」

 「私はユキに近付いて来る、あなたみたいな家畜の豚を寄せつけないためにいるの」

 「なっ、何だと!! お前、ふざけやがって!」



 まずいぞ、男子生徒が今にも朴野さんに殴りかかりそうだ。

 わかりやすく、怒りを顔に出している。


 ここは、止めに入るべきか?

 しかし、僕が出ていったら余計に話が拗れるんじゃないか?



 「2人とも待ってください!」



 必死に訴えかける大きな声。

 それは、林木さんのモノだった。

 

 林木さんは朴野さんの前に乗り出した。

 遠目からだが、林木さんは泣きそうな顔をしている。



 「アッコちゃんありがとう。えっと、返事ですが少し待ってもらえませんか?」

 「ふっん、わかった。林木さんに免じて今日のところはお前を許してやる」



 男子生徒は朴野さんを指差し、数秒間睨みつけた。

 その後、2人の元から立ち去って行った。



 林木さんは崩れるように、朴野さんの胸の中に飛び込み、静かに泣き始める。

 林木さんは男子生徒の目の前に立った瞬間、重圧を必死に耐えていたのだろう。


 その精神状態で言葉を放った。

 あんなに優しい林木さんから考えると、先程の声量は驚かされる。


 静寂な廊下には、苦しさを堪え忍ぶ女子の泣き声が流れる。



 ここで僕が出て行ってどうなる?



 どうすれば良いかわからない。

 僕と林木さんは友達でもない。


 僕はどうすれば‥‥‥。





 僕は無言のまま、この場を後にした。

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