店員ロボットくんとお客様ユキちゃん

 4月16日 日曜日





 休日のお昼過ぎ。


 現在、僕は喫茶店でバイトをしている。



 「ご注文はいかがいたしますか?」

 「えっとねー、アイスコーヒーでお願い」

 「アイスコーヒーですね。かしこまりました。少々お待ちください」



 僕はカウンターにいる髪と髭が白色の男性の元へと向かう。



 「マスター、アイスコーヒー、1つお願いします」

 「はい、わかりました。2番テーブルの日替わり定食ができたので運んでください」

 「わかりました。2番テーブルは‥‥‥佐藤さんなのでソースじゃなくて塩で良いですよね?」

 「エクセレント、そのようにお願いします」



 僕の目の前にいるダンディーな老人が店長のマスター。

 僕はマスターから、出来たての料理を受け取り、席へと運ぶ。



 「おまたせしました、佐藤さん。日替わり定食です」

 「一ちゃん、ありがとう。例のやつあるかい?」

 「わかってますよ、これですよね?」

 「さすが一ちゃん! やっぱり揚げ物と言ったらソースじゃなくて塩だよね」

 「ごゆっくりしてください」



 僕は慣れた手つきで、接客や皿洗いをしていく。

 店内の時計を確認すると、既に14時だ。


 昼時の大きな波は収まり、客足も落ち着いてる。

 

 マスターに言って、休憩をもらうか。


 僕はカウンターにいるマスターのところに行き、許可を取ることにした。



 「マスター、休憩いただいてもいいですか?」

 「そうだね、大丈夫ですよ」

 「そういえば、今日はあの2人はいないですね」

 「エル彼女たちは今日、予定があって休みですよ」

 「そうですか。では、休憩いただきますね」



 そうして、僕はマスターとマスターの奥さんに了承を得て、店内の奥へと進む。





 僕は休憩室で少し遅い、ランチをとっている。


 僕の休日は基本的に、アルバイトをして過ごす。午前10時から午後4時がシフトの時間だ。

 高校と駅を結ぶ通学路から少し離れた場所にある古風な喫茶店。


 ここに来るとなぜだか心安らぐ。田舎の祖父母の家に来た時みたいな感じだ。

 この喫茶店に来るお客さんは、地元の40代を超えた層が多い。その大半がマスターの友人や知人で、日課として来る人も多いとか。


 僕も常連客とは顔見知りになり、普通に会話もできる。

 同世代と会話するよりも、大人と会話するほうが緊張をあまりしない。

 そのため、接客もしやすくてこの喫茶店でアルバイトを続けられている。


 続ける理由は他にもある。

 今食べているまかないもそのうちの1つだ。


 まかないはマスターが作ってくれる一級品の料理だ。


 なんでも、マスターは若い時にフランスで料理の修行をしていたらしい。

 今はいろいろあって喫茶店で楽しくやっているらしい。

 詳しいことは知らないが。


 マスターも業界ではかなりの有名人らしく、料理を食べるためだけに喫茶店へ遠征しに来るお客さんもいる。


 そう考えると、まかないを食べるだけでも休日を返上してバイトする理由がある。


 ちなみに、マスターの奥さんは年齢を感じさせないほどの美人で、子供は3人いる。

 マスターとは二人三脚で喫茶店を経営している。


 マスターはやりての男だ。





 休憩から上がり、マスターと話していると入口のドアベルの音が鳴った。



 チリーンチリーン



 この音が鳴ると条件反射のように口が開く。



 「いらっしゃいませ」



 僕はドアから入ってくるお客さんを案内するべく、迅速に動く。



 1名で、女性で――


 えっ!?



 「あっ、1人でお願い、えっ!?」



 僕とお客さんは互いに見つめ、硬直した。



 僕の目の前で立っているのは、林木さんだった。


 

 制服しか見た時がなかったので、私服が新鮮に感じる。

 春らしい服装で、長髪にロングスカートがかなり好感度が高い。

 可愛さの相乗効果ですね、これは。


 って、今はアルバイト中だ。

 いつも通り、平常心で接客しよう。



 「こちらへどうぞ」

 「えっ、あっ、はい」



 僕は自然に振舞いながら席へと案内する。

 

 上手く接客をできているだろうか?


 緊張で足が震えるが、今は深呼吸して平常心だ。



 そうして、林木さんを空いているテーブルに着席させた。



 「ご注文が決まりましたら、お呼びください」



 僕は焦りを見せないように、定型文をそのまま言葉にした。



 「あ、ありがとうございます」



 僕はその場から全力で離れたい気持ちを抑え、カウンターへと戻る。



 「一君、あのエルと知り合いなんですか? かなり緊張しているようでしたが」

 「そ、そうですね。高校の顔見知り程度ですが」

 「そうですか。一君、男というものは待っていてはいけませんよ。攻めの姿勢が大事です」



 ん?

 マスターは突然何を言い出しているのか?



 「なので、ちゃんとお話ししてきてください。後のことは私たちに任せてください」



 マスターは親指を立て、決め顔を向ける。

 マスターの奥さんは手のひらで口を隠し、にこにこしながら頷いている。


 よくわからないが、これは林木さんと話して来いということか?


 意味がわからないのだが。

 ここは遠慮しておこう。

 いきなり話せと言われても、心の準備ができていない。

 それに、林木さんに迷惑をかけてしまうだろうし。



 「いや、今は仕事中ですしー」

 「一君、気にしなくていいよ!」

 「いやー」

 「これも仕事だよ!」



 マスターは笑顔で僕を圧倒しにかかる。


 これは断れないやつだ。


 僕は諦めたように小さく、


 「はい」


 といって頷いた。





 「お待たせしました。こちらマスター自慢のいちごパフェでございます。一君にはサービスのコーヒーです」

 「ありがとうございます、マスター」

 「では、ごゆっくり。一君、ボンクラージュ頑張って!」



 マスターは僕にだけ見えるよう、お盆裏で親指を立て、ウインクをする。

 苦笑いを返すことしかできない。


 僕は正面に視線を戻すと、林木さんが座っている。


 どうしてこうなったんだ?


 マスターが林木さんに許可をとりに行ったら、2つ返事で承諾された。

 そこからは僕が渋々、林木さんに頭を下げて一緒に座らせてもらうことになったのだ。

 それにしても、林木さんを見れば見るほど別次元の可愛さを有している。

 テレビで見るアイドルよりも、林木さんは確実に可愛い。


 僕は林木さんの前に座っていること自体が夢のようだが。



 「えっ、えっと、ロボット先輩ってここでアルバイトされてたんですね」

 「は、はい」

 「実は私、このお店ネットで見つけて始めてきたんです。本当に始めてで。ロボット先輩が働いている何て驚きました!」

 「そうだったんですね」



 会話終了。


 僕は相変わらずよそよそしく林木さんの質問に答えてしまうため、話が続かない。


 僕のコミュニケーション能力に絶望する。

 女子とどうやって会話するんだっけ。


 僕が黙りこんでいる間、林木さんはいちごパフェを美味しそうに食べている。


 とにかく今は、話題を提供しなくては。



 「えっ、えっと、今日は天気がいいですね」

 「えっ? そっ、そうですね」



 って、曇って太陽が見えないし!


 焦って、話題の選択を間違えた。


 それなのに、林木さんは笑顔で返事をしてくれた。

 何でこんなに優しいんだ。


 入学式の時もそうだったが、林木さんは僕と2人きりの時は基本的に笑顔だ。

 こんな僕に対して、分け隔てなく優しい接してくれる。



 そういえば、林木さんを見て思い出したことが2つある。



 1つ目は、入学式で話しかけられたときに僕という存在を知っていたこと。

 2つ目は、幻聴と思って話していたのが林木さんで、僕が逃げてしまったこと。



 マスターが何を思ったかは知らないが、粋な計らいでセッティングされた場だ。


 悩むよりも、僕が聞きたいことを聞こう。


 マスターもいっていた、「男なら攻めろ」と。


 今日の僕は男になる。



 「はっ、林木さん! あの、先日はぬいぐるみありがとうございました。途中逃げ出してしまってすいませんでした」

 「あっ、いえいえ。私は落とし物を届けただけですし。大切なモノだったみたいなので見つかって何よりです」

 「後、その。あの時聞いた話は聞かなかったことにしてほしいです」

 「えっと、チロ、ちゃん? でしたか」

 「はっ、はい」



 すると、林木さんがクスッと微笑んだ。

 見た者を幸せにしてくれそうな効果がありそうな笑顔だ。



 「わかりました。誰にも言いません。でも、ロボット先輩にもあんな一面があって驚きました」

 「そっ、それは、昔から猫が好きで。その影響でぬこ様シリーズにハマってしまいました」

 「そうだったんですね。私も猫ちゃん、好きです」

 「本当ですか!? 猫を見ていると――」



 ここから僕はわき目もふらず、猫について熱く語った。

 オタクがやりがちな、一方的に話してしまう状態。


 しかし、林木さんは相槌を打ってくれたり、笑顔で反応してくれたりと優しい対応をしてくれた。



 数分間、話し続けて我に返る。



 「す、すいません。一方的に話してしまって。楽しくなかったですよね?」

 「そんなことないです! ロボット先輩が大の猫好きなのが伝わってきました」



 やはり、林木さんは優しい。体に染み渡るほどに。


 僕は店内の時計で時間を見て、残りわずかでバイトが終わることを確認した。


 さすがにこれ以上は林木さんにも悪い。

 せっかくの休日を僕みたいな眼鏡の根暗と過ごしても。


 でも、最後に1つだけ聞いておきたいことがある。



 「林木さん、その、なぜ入学式の時、僕に話しかけたんですか?」



 僕の言葉に、今までの林木さんの笑顔は消えた。


 林木さんは俯き、無言で固まっている。


 そして、言葉が見つからないのか数十秒が経過した。


 どうして答えが出ないんだろう?


 しかも、どんどん落ち込んでいっているようにも見える。

 客観的に見てもこれは、僕が何かを責めているようにも捉えられる。


 林木さんは嘘をつくのが苦手だ。

 だから、この場で間違ったことを言えないのだと思う。


 そうすると、無理に詮索するのは林木さんに悪い。



 「あっ、べ、別にですね、そんなに考えなくてもいいですよ! 林木さんが優しくて、僕に話しかけてくれただけかもしれませんしね。なので、この話は忘れてください!」



 林木さんがキョトンと僕を見つめた。

 呆気にとられた顔で、静かに頷いた。



 「すいません。そうしていただけると嬉しいです」



 この後、林木さんは無言のままだった。

 何かを言わないように堪えているような。



 僕は時計を見て、バイトが終わる時刻だと気付いた。

 店の奥に戻ろうと席から立ち上がった時、林木さんに声をかけられた。



 「今日はすいませんでした。でも、またお話していただけたら嬉しいです」



 悲しそうな顔を見た僕は、少し考えて言葉を決めた。



 「僕で良ければ」



 その言葉に安心したように、優しく微笑む林木さん。そして、数回小さく頷く。


 やはり、林木さんは笑顔が似合っている。





 それにしても、今日の僕は攻める男になれたのだろうか?

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