ホームランロボットくんとナイスキャッチユキちゃん

 4月14日 金曜日





 校舎4階の音楽室。

 そこからは中庭で生徒たちが行き交っているのが見える。


 今日は掃除をすれば、帰れる。


 僕は掃除場所として選ばれた音楽室にいた。

 クラスメイトも数名いるが、話しているだけの人や、抜け出して行方不明の人もいる。


 かくいう僕は、箒でゴミを掃いていた。

 まー、こういう作業は無心になれるから好きな部類だからいいのだが。


 黙々と作業し、隅から隅までのゴミを集めている。



 残り10分



 皆好き放題だな。


 一応、音楽室を担当する教員は見回りに来る。

 しかし、教員は掃除を監督する場所が多いため、滅多に来ることはない。


 僕も掃除は終わったし、携帯でも見るか。


 そうしながら、掃除の終了を知らせる鐘の音を待つことにした。



 10秒後



 廊下から誰かが全力で走っている音が聞こえてきた。


 突如、騒々しい誰かは音楽室に駆け込んできた。

 

 僕は視線を送ると、予想できたとばかりに呆れる。

 そこにいたのは、悪戯好きの子供のような笑顔を浮かべたタクだった。



 「ロボット! 野球しようぜっ!」

 「いきなりなんだ?」

 「野球しようぜっ!」

 「いや、意味がわからな」

 「野球しようぜー!」

 「お前は中島か。僕は磯野でも何でもないぞ」



 近付いて来るタクは、にこにこと楽しそうだ。

 まー、タクが突拍子もないことを始め出すのには慣れてるから良いが。



 「野球って、道具がないだろ?」

 「これとこれ」



 タクの手元には、羽子板と新聞紙をガムテープで固めたボールがあった。

 羽子板をよく見ると形が違うような気がする。



 「これはさっき板を加工してきたヤツ!」



 「このためだけに工房で作ったのか?」と質問したくなったが置いておこう。

 間違いなくそうだから。



 「ピッチーやるからロボットはバッターな!」

 「勝手に決めるなよ」



 こうして、タクと僕の勝負が始まった。

 って、キャッチャーはいないのか。



 「ストライークッ!」

 「早いな」

 「ロボットよ、まだ本気を出してないぞ! この後、第1段階まで変身を残しているんだよ」

 「弱そうな悪者っぽい台詞だな。それに、初めて早々言うことか。しかも1回しか変身ないんかい」

 「第2投いくぞっ!」



 タクのコントローラは意外と良い。

 しかし、僕も負けていられない。これでも僕の運動神経は平均以上あると自負している。

 小学生の頃は晴馬とタクに引っ張られ外で遊び、中学は卓球部に所属していたからな。

 だから、この勝負は勝たせてもらう。





 「ボールだ」



 僕を通過したボールを見て、判断する。

 そして転がるボールを掴み、タクへ返球した。


 既に、2ストライク、3ボールと追い込まれていた。



 「これでおしまいにしてやるロボット!」

 「残念だがボールは見切らせてもらった。次は打たせてもらうぞ」



 次の1球は確実に打つ!

 お遊びだろうと勝負事には負けたくない。


 僕は真剣に羽子板を構えた。


 次の瞬間、タクの手からはボールが放たれた。

 

 今までよりもボールのスピードが遅い。


 僕はボールに標準を合わせ、息を呑んだ。



 勝たせてもらうぞ、タク!



 僕は全力でスイングした。



 ジャストヒットッ!



 ボールは綺麗に放物線を描き、タクの後方へと飛んでいく。



 勝たせてもらったぞ、タク。


 って、このままだと‥‥‥



 まずいまずい!



 反応した時には既にボールが窓の外だった。



 「ホームランだな」

 「ホームランじゃない! タク、まずいぞ」



 ここは4階だ。

 誰かにぶつかったりでもしたら問題になる。

 僕は急いでタクを通り越して、窓からボールの行方を探した。



 「大丈夫っしょ!」

 「いやっ、あのボールにあたったて問題でも起きたら」

 「あーあれ、ボールじゃないぞ」

 「えっ、どういうことだ?」

 「最初にして最後。唯一の魔球」

 「いや、意味がわからない」

 「ロボットノリ悪いなー。簡単に言えばロボットがカバンにつけてる変なぬいぐるみだよ」



 はっ!?

 この問題児は今何て言った?

 僕のカバンにつけている変なぬいぐるみって――


 まさか、丸いフォルムで可愛くデフォルメされた猫のキャラクターのぬいぐるみ『ぬこ様シリーズ』のことか?



 信じられない、人の物を勝手に。

 いや、タクならやるな。



 「タク、まさかと思うがぬこ様シリーズを」

 「よくわからなかったけど、ロボットのカバンに何個も同じようなぬいぐるみついてたから持ってきちまった!」



 確信した。タクは罪を犯した。

 大罪だ。

 許さん、実行犯で呪ってやる。



 「お前、後で死刑な」

 「おいおい、なんでそんなに怒ってるんだよ?」



 キーン、コーン、カーン、コーン



 掃除の終了を知らせるチャイムがなった。


 僕はタクに対する不満を抑え、教室へと戻った。





 放課後の中庭。


 僕は珍しく、気持ちを声に出して怒りを吐き出していた。



 「タクの奴、用事があるって帰るとはな。1週間ハーゲンダッシュを買わせて罪滅ぼしさせるか」



 1人でぬこ様シリーズを探している。

 中庭は草木は生えてなく、石畳の広場だ。

 運がいいのか悪いのか、探すには好都合の場所だ。

 といっても、1人で探すには広過ぎるのだが。



 探し始めて30分くらいが経過した。


 携帯で時間を確認して、ため息が漏れる。


 早く帰ってゲームをする予定が。


 僕は誰もいない中庭を見渡して、困り果てる。


 これだけ探して見つからないなら、誰か拾ってくれたのか?

 あわよくばだが、その可能性に望みをかけて職員室で落し物の届出を聞いてみるか。



 僕は掃除を終え、教室に戻り早急にカバンを確認した。

 そして、本当に1匹いなくなっていた。

 最悪なのは、いなくなった1匹がレア中のレアのぬこ様シリーズだったことだ。


 猫好きの僕からしたら、先程のタクの行いは悪者以上の悪だ。

 家族も同然のぬこ様を。

 しかし、打ったのは自分自身なのだから、悲しくもある。



 「見つからない」



 「何が見つからないんですか?」



 ん?

 何か聞こえた気がする。

 まさか、ぬこ様の声なのか?


 とうとう幻聴まで聞こえ出すとは、僕はぬこ様ロスで精神が不安定になっているようだ。


 僕は地面を見ながら自分自身の精神状態に愕然としていた。



 「何が見つからないんですか?」



 今度はハッキリと聞こえた。

 まー、幻聴相手なら話してもいいだろう。

 周りには誰もいないし。



 「僕が好きなぬこ様シリーズの『チロ』がいなくなってしまったんだ」



 無言。


 やはり幻聴だったか。本当に精神がマズいな。


 ちなみに、チロと言うのはいなくなったぬこ様シリーズの名前だ。

 幻聴相手なら話しても別に問題ないからいいだろう。



 「もしかして、それって丸くて変なぬいぐるみのことですか?」



 また幻聴が聞こえたぞ。しかも、失礼なことをいう奴だな。



 「変なぬいぐるみではない。キュートで愛くるしくて、あのフォルムも‥‥‥ん?」

 「じゃっ、じゃーこれかも知れませんよ?」



 僕は途中から違和感を感じた。

 幻聴にしては、可愛らしい女の子の声だ。

 しかも、どこかで聞いた時があるような気がする。


 僕は恐る恐る、顔を上げた。

 辺りを見渡す。



 そこにいたのは、林木さんだった。



 僕は思わず飛び上がり、距離をとった。



 「ロボット先輩ですよね? ・・・・・・これ、ロボット先輩が探している物であってますか?」

 「えっ?」



 僕は林木さんの小さい手のひらに注目した。



 丸くて綺麗な曲線美。人を惹きつける甘い顔。

 そして、僕が愛するチロの色。



 正しくそれが、僕のチロです!



 「あっ、えっと、それ僕のです」

 「本当ですか!? 来て良かったです。中庭で掃除してたら突然、手のひらにこのぬいぐるみが落ちてきたんですよ。だから、放課後になれば落とした人が探しに来るかなーと思って」

 「ナイスキャッチ! あっ、ありがとうございます」



 興奮のあまり、大きい声を出してしまった。

 僕は林木さんが持っているぬこ様シリーズのチロを、慎重に掴む。


 林木さん、ありがとう。感謝感激雨あられです。



 僕は林木さんに深々と頭を下げた。


 頭を上げ、林木さんの顔を確認したところで、とあることを思い出した。


 僕、初めて林木さんと話ができている気がする。

 しかも、こんなに長く。



 ん、あれ?



 僕、初めて話したが、幻聴かと思って洗いざらい話してしまったような‥‥‥


 しかも、ぬこ様シリーズに名前をつけていることも。


 普通、ぬいぐるみに名前つけてたら気持ち悪いよな?


 「高校生にもなってぬいぐるみに名前つけてるよ」って話のネタにされるよ絶対。


 思い出せば出すほど、恥ずかしくなってくる。



 だって、ぬこ様たちが可愛すぎるんだもん!



 僕はこの場から煙のように消えたい。

 その一心で走り出した。



 だって、可愛いのだから仕方ないだろー!



 僕は心で渦巻く恥ずかしさを胸で叫ぶ。


 こうして今日も、僕と林木さんは別れを告げないで、別れるのあった。

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