旅と書物に悪戯を ~Travel with a Mischief~

旅人303

一章 夏空・気ままな旅と仲間さがし

第1話 一日目昼 まずは火を点けてから考えよう


『旅とは自らの灯りを手に入れる過程であり、それは火を定義することと等価である』



 言葉が尽きたときに、人は死ぬのだろう。語るべきもの、語ってきたもの。そういったものに守られて人は生きていると俺は思う。


 さて、まずは何を語るべきだろうか。

 例えば「生きる目的を語れ」というものであれば、私は"旅"こそと答えよう。まぁ旅といっても荷物を背負って野宿をしたりするだけで特に冒険譚になるような出来事を経験してきた訳ではないが。

 では、何を語るべきか?

 恐らくそれは目前の状況についてであろう。なので現実に意識を戻そうか。



 ちょいとした小噺となるが、俺はどこか異世界にでも転移したらしい。

 左手にはダイナマイト。火は点いておらず、静かにその質量を主張している。


 はてさてどうしてこうなったのだろうか? 円筒型の憎い奴ダイナマイトに聞いてみても当然ながら返答はない。

 俺は爆薬を扱うような経歴は持っていないし、それに繋がる記憶もない。よってこの現状を説明し得る唯一の"被疑者"物にも人格を認めようは明らかであるものの、生憎とそいつは口下手なようで。しかしながら『容易にその口から火を吹かないこと』に感謝しているのも事実であるゆえに、事態は複雑なものである。……吹かないよね?


 周囲を見回せば狭く小さな洞穴の中にいることに気付く。その入り口は分厚い岩で遮られていて、手を伸ばした高さ程にある小窓のような隙間から日差しが差し込んでいた。

 ポケットを探れば簡素なライターがあり、化学反応的な発想によって即座に発破による脱出が思い浮かぶ。しかしそこに安全性はない。落盤の危険を想像し心臓がキュッと痛む。見上げれば天井には迫り出すように大きな岩塊が埋まっており、もし崩落すればこの身はぐちゃりと暗い隙間に溶け失せる。



 「ふぅ」と息を吐き、俺はひとまず心を落ち着ける為に導火線に火をつけた。チリチリと減りゆくその紐は、蝋燭の火の静かな揺らぎの代わりとして心穏やかなひと時を提供する。和の心たるワビサビはこんな所にまで受け継がれているようだ。


 さて、ここに来て一大事に気付く。ダイナマイトに火が点いているのである。そう、ダイナマイトに火が点いているのである。

 再度周りを見渡しても逃げ場はなく、手元にあるこの"些細な冗談"ダイナマイトが様々な意味で深刻なものであることをまじまじと自覚させられる。願わくば数分前へと戻り立ち下手人じぶんを爆殺してやりたいが、しかしそれは寿命を数分早めるだけであるのでやめておくのが賢明だろう。そのような思考をしている間にも"びっくり箱"ダイナマイトのカウントダウンは小さく短く縮んでいく。

 俺は最後の希望を込めてそれを窓から外へ放り投げる。そして暫しの沈黙の後にザ・ラストホープダイナマイトは火を吹いた。



 口下手に見えた小さな彼が大きく咆哮をあげるその様に感動を感じるような暇もなく、肺が押しつぶされ気圧差が襲う。天井からは小石が絶えずパチパチと降り注ぎ、岩の擦れあう喜びの声と共に、彼の歌唱へとアンコールを送る。

 拍手と歓声が鳴りやめば、アンコールに答えるかのような"ごとり"という大きな声を以って主役が登場した。見れば窓が大きく崩れて人が通れるほどの穴になっている。ならば天井からヒロイン (物理落石) が舞い降りる前にさっさと逃げ出すしかない。

 結果良ければすべては良し。衝撃によって引き起こされた若干の眩暈によろめきつつも、俺はこの流れるような脱出劇に心の中で自画自賛しながら、自由への扉をくぐりぬけていく。そりゃあもう華麗なハイハイだったことだろう。


 窓の外は美しい野山が広がっていた。草原の広がる山間部をその中腹から見下ろしている。吹き抜ける風は初夏のような心地よさを肌に伝える。

 遠くを見渡せば、目前の木々の向こう側、数キロほど先に街が見えることに気づく。山々に囲まれるようにしてレンガ色の古風な家々が、されどもテーマパークどころではない規模で並んでいて、少なくともここは日本ではないらしいことが個人的に確定した。


 自己へ意識を向ければ所持品は着たままのみで、鞄すらなく、特筆するべきは財布とスマホ程度だ。電波は当然のように県外。非常時にライトなどとして利用するために電源を切って温存する。

 そこでふと背後で落下音がした。見れば先の洞窟の天井が崩落したようで、完全に埋まったわけではないものの、近づくことすら危ういと思わせるありさまである。であればこのような場所に居続ける理由もないので、日が暮れる前に速やかに街へと足を向けた。


 草を踏みつけふもとを目指す。太陽は直上、草はくるぶし以下。歩く分には申し分ない環境である。時折見える森林の間を抜けて順調に下っていく。

 歩行中というのは思索に最適な時間であるもので、様々な不安がよぎっては別の不安にかき消されていく。言葉は通じるのか? 寝床は手に入るか? お金はどうなるのか? いきなり捕縛されないか? 法や文化はどのようなものか? そもそもここはどこだよ?




 考え事をしていればおよそ5km弱のその行程はあっという間に過ぎていく。一時間ほど経ったときにはすでに街はずれへと入っていて、目前には城壁のようなものが迫っていた。太陽の向きから推測するに、そこにあるのが北門だろう。まばらに歩く人々は西洋系の姿であることが見て取れるが、しかし運の悪いことに耳を澄ませても周囲に会話をしている人物はいない。

 城壁をくぐる流れに従って歩いていると、門へ差し掛かる手前にて不意に声が飛んでくる。

「おい、そこの黒い頭のお前!」

 その一言を聞いただけで言葉の通じる驚きや、尚更に分からなくなった現在位置の悩みが頭を駆け抜ける。

「やー、こんにちは」

 特に理由無くへらへらと両の手の平を見せ、やや愛想よく答えつつ出方を伺う。とりあえず堂々として笑顔を向ければそう悪いことにはならないと信じる。


「本日はどのような理由でこの街へ来たのだ?」

 そう聞かれて一瞬言葉が詰まりかけるが、寺院巡りとでも言っておけばいいかなと安直に決めつけた。

「旅行をしている途中で立ち寄りました。各地を巡礼させていただいている途中なのですよ」

「そうか! なら門をくぐったら大通りを真っすぐ進むといい。噴水のある広場に突き当たる。そこにある斡旋所で教会の場所や宿の空き具合を教えて貰え。良い旅を!」

 それだけ言って声の主は仕事へ戻る。適当なマイナー宗派をでっち上げつつ聞き返した情報を元に田舎出身という体で押し通そうかと思ったがその必要もないようだ。

「ありがとうございます!」

 そう返し、会釈をしてさっさと門をくぐる。



 狭く高く薄暗い、かの英国のエディンバラのような情緒ある街並みを、門番に言われた通りに進めば噴水のある広場へとたどり着く。しかし斡旋所とやらを探してみたところ、ここまで順調だったこの旅にもついに陰りがみられた。

 無数の看板のひとつに近づいてみると、日本語とも英語とも異なるエトルリアのような未知の文字で書かれている。仕方なくそこらに居る人へ話しかけることとした。

「すみません、斡旋所ってどちらにありますか?」

「ああ、それならすぐ目の前だよ」

 そして指さす一軒の大きな店舗。

「おぉ、ごめんなさい! 噴水の反対側だと思い込んでいたもので気づきませんでした。ありがとうございます!」


 斡旋所とやらは古風ゆえに新鮮な趣きの建物で、その扉を抜けた先では無数のテーブルで飲食をするものやカウンターのような場所でやり取りしている人々で賑わっている。

 しばし立ち止まりどうしようかと観察しているところに声がかかる。

「よう兄ちゃん! 都会は初めてかい?」

 そういって仲間内で笑い声をあげる集団。

「うっす。こんなにも街並みが綺麗な場所へ来たのは初めてで何から何まで困ってます」

 というと再度こちらへと視線が向けられた。

「おーおー、ならまずはあそこのカウンターに行くといいぜ! 後は店員がどうにかしてくれるだろ!」

 "それでいいのかよ!"、という野次が飛び交う連中に「あざっす!」と答えてカウンターへ向かう。



「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えぇっと、田舎から出てきたばかりなもので全く分からないです。とりあえず門番さんの提言に従ってこちらに来たので、色々と概要を教えていただければと」

 "コインタグはお持ちですか?"との問いに"いいえ"と答える。

「ではまずこちらの施設についてから説明致しますね。ここは斡旋所といって様々なお仕事や情報を提供する場となっております。あちらをご覧ください」

 その言に従って目を向けると、お酒か何かを受け取りつつもカウンター越しに会話している人たちが見える。

「あちらは簡単に言いますとお悩み相談所のようなもので、お仕事のためのお仲間の斡旋や情報の交換、そして様々な素材の買い取りを行う窓口となっております。お時間の掛かります場合も多いため、そのような際にはあのように飲食を伴う方が多いですね」

 そのジョッキは不透明で、おそらく木をくりぬいて作られたもののようだ。


「次にあちらに見えますのがお仕事の一覧となっております」

 手で示された先には、大きなコルクボードに無数の紙片が張り付けられている。

「赤い紙が討伐依頼、緑の紙が採集の依頼となっております。赤い紙は記載された証明部位を先のカウンターへ持ち込むことで依頼の達成となります。緑の紙も同様で、その素材を買い取る形式ということですね。

 また青色の紙はその他の雑用を意味しますが、こちらも街のための重要なお仕事ですのでお手伝い頂きたく存じます。なおそれらは全てこの街中からの依頼に応じた時価となりますので多少の価格変動はご了承ください」


 伸ばしていた手を戻し、再び向かい合う形へと戻る。

「そしてこちらはお仕事の相談や調整を行う窓口となります。選ばれた依頼が皆様に適したものかどうか、危険はどのようなものかなどを扱うものです。

 無理なお仕事は請負人の方々を重大な危険に晒してしまうだけでなく、安易にお仕事が不達成となられるとそのしわ寄せがご依頼者方へ向かってしまわれる場合があります。なのでそのようなことを減らすためにもこちらで様々な条件に基づきお仕事を調整させていただいております」


 そういってお辞儀をしたのち、話が続く。

「ところで、お泊りはどちらになされますか? 本日はここまでとしまして、明日の実際に仕事を受ける際に改めて残りの説明をさせて頂きたいのですが」

 困りつつも答える。

「実は今ちょうど一文無しでして、どうしようかと悩んでいます」

「でしたら……、教会の方でしたら旅人のかたの支援などもされていると思います」

 カウンターの向こうから出された地図を見て、教会の位置を教えてもらう。


「もし問題がございましたらお早めにこちらにお戻りください」

「分かりました。本日はどうもありがとうございました、また明日よろしくお願いします」

 その言葉を区切りとして教会へと足を向ける。



 説明された案内に従い裏路地を東へ抜けると、大通りよりは狭いもののそれなりの広さの道と、それに面した教会が建っているのを見つけることができた。

 白を基調としたその建物は、レンガ造りのくすんだ茶色達の中に静かながらもはっきりと浮かび上がるかのような不思議な佇まいをしている。


 ギイっと音を立てて門を開け、その庭へと足を踏み入れる。ビルがひしめくかのように隙間なく家々が連なっているこの街において、およそ体育館ほどもの広さを持つこの庭はここが由緒のある場所であることを示しているかのようだ。

 建物へと進む途中にて異様な静けさに気づく。手入れの行き届いたこの教会はそれなりの人々が利用していることを暗示しているにもかかわらず、人の喋り声どころか物音ひとつ聞こえない。

 大きな木製の扉へと辿り着き、軽く四回ノックをする。

「失礼しまぁす」

 そう恐る恐る口にして扉を開けた。その中には無数の人々が背を向けて立っていて、その一部が"何事か?"とでも言うようにチラホラと振り向く。明らかに何かしらの行事の真っ最中である。

「すいませんでした」

 静かに素早く扉を閉めた。

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