(編集済み)自分に素直に『握ってくれた手は離したくない。』

「お願いします!今から私と一緒に『第1女学院』まで着いて来てくれませんか!?」



 今年度、合同体育祭の相手校である『第一女学院』の体育祭実行委員長である所の、犬神さんが必死に頼み込む声が聞こえてくる。


 私、大岡 三葉おおおか みつばはその様子を隣に立つ彼の横からひょこりと覗き込んでいた。



 事の発端は本日初めて行われた体育祭実行委員会の説明会。その途中に現れた思わぬ来訪者と早速の問題発生との言葉により、その説明会は唐突に終了する事となった。


 そして、説明会が中止になったのならば仕方ないと考え、私と相太くんがそのまま視聴覚教室をあとにしようとしたのですが……。


 その時背後から、何やら相太くんに関係すると思われる話が聞こえてきたのです。



 そして、それを聴き終える前に相太くんの方から件の犬神さんに声を掛けて……、現在彼女に泣きつかれているという訳だ。


 あと、泣きつくというのは物の例えなのですが……、犬神さんは実際に相太くんに詰め寄って懇願しているので、本当に泣きついているように見えなくもないです。



「(それにしても……、犬神さん。ちょっと相太くんに近づき過ぎではないでしょうか?

 相太くんが困っているので、早く離れて欲しいというのはもちろんの事ですが、見ていて何だかモヤモヤします。)」



 私はそんな寄り添っている?風の2人の様子に、何だか胸のモヤモヤが止まりません。


 そして私はそんなモヤモヤした気持ちからか、相太くんを犬神さんから引き離すようにしてクイっと彼の服の袖を引っ張る。


 特にその行動に意味はなかったのですが、相太くんはそんな私の行動に何か納得したように頷き、犬神さんの肩に手を置いて……。



「えぇっと……。まずは顔を上げてください、犬神さん。話は少しだけ聞えていましたので、俺に何か頼みたい事があるというのは分かります。なので、その詳しい内容の説明についてお願い出来ませんか……?」



 相太くんは犬神さんに顔を上げるようにと促し、出来るだけ優しく語り掛けます。


 犬神さんから距離自体は離れましたが、これはこれでちょっと心配です。


 相太くんがこんな風に優しく語り掛けたら、本人にその気が無くても、相手はドキッとしてしまうと思います!


 現に、犬神さんの頬も少しだけ緩んでいるように見えてーーむむむ!!



「んん!犬神さん?相太くんも言っているように、事の説明をお願い出来ますか?

 その内容を実際に聞いていないうちは返事も何もないと思います。」



 私はそう言うと犬神さんから相太くんを遠ざけるように、2人の間に割り込みました。


 もちろん、彼女に直接声を掛けるだけでも別によかったのですが、これは自身の心理的安寧の為に必要な行動なのです!



 私は自身にそう言い聞かせながら、犬神さんの様子を伺うと、その言葉に彼女はハッと我に帰った様子でした。



「す、すいません!そうですよね……。説明しない分にはこちらへの返答のしようが無いですよね!ごめんなさい!

 おほん。それでですね。なぜ今回私が相川くん、あなたを我が校に招待したいと言っているのかと言いますと……、我が校の生徒会副会長の2人に『第1高校』のとして会って貰いたいからです。この会って欲しいというのは、ただ会うだけという意味ではなく……、彼女達の説得にあなたの手も貸して欲しいという意味なのです。」



 すると、深刻そうな顔をした犬神さんは相太くんにそのような説明をしています。


 私も相太くんの隣からその話を聞いていたのですが……、その話の内容に関して色々と疑問な点があります。



「(そもそもなぜ、相手校の説得にこちらの生徒が赴く必要があるのでしょうか?普通それを行うのは我が校の生徒会、もしくは体育祭実行委員の仕事ではないでしょうか?

 それになぜそのような大切な役目に、相太くんへ白羽の矢が立ったのか?そこがよく分からないのです。

 先程、犬神さんが泣きついて来た時に妹である雫さんの名前を出していたので、もしかしてそれが何か……例えば、その説得の話と関係していたりするのでしょうか?)」



 私がそんな疑問を持ちつつ、二人の会話を聞いていた所……ヒソヒソ。



「……なあ、あれって、美人で有名な2年の大岡先輩?」


「あ、ああ……。あれだけの美人……、なかなかお目にかかれねーよ。恐らくあの人がさっきウワサにもなってた『三葉の巨美姫』と名高い、大岡 三葉先輩だ……。」



 ふと、聞こえた周りの声に反応して耳を澄ませると、そのような男子生徒2名の、恐らく相太くんと同じ1年生二人の声が私には聞こえてきました。


 小さい声ですが確かにそのような……、私にとって聞き飽きた声が聞こえます。



 それはよくある私を褒め称える美辞麗句の言葉。上辺だけのそれらの言葉に、正直私は飽き飽きしていました。


 そんな調子のいい事を口では言っていても、いつも遠巻きから私を見ているだけ、誰も私と仲良くしようとしてくれる人はいません。



 男の子達はいつもそうでした……。私の外見だけを見て『綺麗』だとか『可愛い』などと言いながら、誰もまともに私に話しかけようとはしない。


 ナンパ紛いの軽薄そうな男の子などはいましたが……、そんなのはもっての外です。


 逆に私から話しかけてみた事はありましたが、挙動不審になるか先程のような美辞麗句の言葉を並べるばかり……。聞き飽きたその言葉と目すらしっかりと合わせてくれないその態度に、私は悲しくなるばかりでした。



 しかしそんな中にも、私に話しかけてくれる人……、数少ない男子生徒はある程度いました。ある時は私から話しかけて仲良く、またある時は相手の方から話しかけてもらって仲良くなった数少ない人達が……。


 ですが、その数少ない普通の態度を示してくれた人達も結局最後はでした。



「(結局みんな私とは違う……、私のような人間と自分は釣り合わないと勝手に言い残して、みんな自分から私の元を離れて行ってしまう……。中には酷い言葉を吐き捨てる者、気まずそうに距離を取る者など……。結局みんな最後には同じ結果でした。最後に取り残される私の事を置き去りにして……。)」



 ーーいつも私はそうでした。


 仲良くしようとしても、結局はみんな離れて行ってしまう。自分とは住む世界が違うと。そう口々に言い残して……。



 そしてそんな私が、彼らの口先だけの美辞麗句にうんざりしてしまったのは、ある意味自然な流れだと言えるでしょう。


 外見だけを見て知った私、それだけで人を判断し、自分とは違うと遠ざけようとする。


 そんな人達からのそのような言葉に、一体誰が心を動かされるでしょうか……?



 ーーだから私は自らを偽りました。


 私は何かしら理由によって、男の子から嫌われていると思い込む事にして……。


 だったら、遠ざけられるのも離れていく事も仕方ない事だと……自らに嘘をついて。


 背が高いから、男勝りな性格だからと、嫌われていると思い込む理由なんて、別に何でも良かったのだと思います。


 私はそう自分に言い訳をして、自ら作った殻の中に閉じこもり、何を言われても傷つかないようにと、その殻の中からでしか彼らの声を聞こうとはしていませんでした。


『住む世界が違うから』と、私の存在すらを否定し遠ざけようとする……、そんな拒絶の言葉が何より恐ろしくて……。



 でも……、そんな風に怯えて心の中で閉じこもっていた私の手を、彼は……、彼だけはしっかり取ってくれました。


 私から離れる事はないと断言して、唯一心が通ったと思えた男の子、相太くんだけは。



 だから……、あの朝の出会い頭、本当はとても不安だったのです……。


 初めて相太くんが私と向かい合って、彼が私の姿を見て固まってしまった時には……。


 『また何か理由を付けて距離を取られるんじゃないか?』と、そんな風に思って……。



「(でも相太くんは、これまでの男の子達とは全然違いました……。

 私と接する態度や雰囲気なども他の男の子とは違いましたが、何よりも違うと思ったのは私の事を見る目……、真っ直ぐに視線を合わせようとするその眼差しでした。

 これは私の思い込みかも知れませんが、相太くんと目と目が合った瞬間、これまでの男の人とは何かが違う。そんな不思議な感覚を直感的に私は感じました。)」



 そんな事があって、あの時の私は初めから相太くんにありのままの自分で向き合えたのだと、今になって私は思います。


 勿論その時は、彼の涙を見て……、そのままでは放って置けないという気持ちが先行していた事は否定出来ませんけどね……。



 ーーだからでしょうか?あの日の昼休み、麗奈さんと対峙した際には、私は相太くんを取られまいと必死になりました。


 唯の友達とは違う、特別な存在に成りつつある彼の隣にいたいというその一心で……。



「(そして、私か麗奈さん……。どちらの手を取るのか?という選択の時、相太くんは真剣に悩みながらも、最後には私の手を再びしっかりと手に取ってくれました。

 あの時に感じた……、手の温かさだけではない、心まで温まるように感じた、相太くんの包み込むような温もり。その温もりだけは、今でも彼の隣にいて、彼と実際に触れ合う事でとても良く感じる事が出来ます。)」



 私はそんな想いとともに、今も犬神さんと真剣そうな表情で話を進める相太くんの手を、ギュッと後ろから大切な物を包み込むようにして握りしめます。


 すると、突然手を包まれた相太くんの手はビクッ!と震え、少しだけ躊躇うような動きをした後に……、キュッと優しく私の手を握りしめてくれました。


 繋いだ手から伝わる温かさ……。その温もりが私を心までほっこりと温めてくれます。



 そうして、そのまま二人後ろで手を繋いだ状態を続けていると……、どうやら、話がようやく纏まったみたいです。



「では、相川くん。今から我が校にご招待しますね?ここまで色々とお話し致しましたので、質問はあまり無いと思いますが……、何かご希望などはありますか?

 例えばご意見やご要望など、応えられる範囲のモノでしたら、ある程度お伺い致します。ご招待に応じて貰えるという事なので、ある程度のご要望にお応えするつもりですが……。

 相川くんの方からこちら側に、何かご希望などはありませんか……?」



 最後に、犬神さんは相太くんに『何か要望はないか?』と伺っています。


 先程、相太くんが『わかりました。一大事ですので、すぐそちらに伺います。』と伝えた事で、犬神さんの肩の荷が下りたみたいです。


 そのため、『相太くんから要望がないか?』と、こちらに配慮してくれたようです。



 すると尋ねられた相太くんは、少し困ったような顔をして、こちらに助けを求めるように私の顔を『どうしましょう!』といった表情で見つめてきます。


 私はさっきまで毅然とした態度で犬神さんに対応していた時と、今とのギャップが可笑しく感じ、相太くんに笑顔を向け『私に任せて下さい。』と目配せしてから、犬神さんに向き直った所……。



「あっ……、なるほど。そういう事でしたか。相川くんのという事なら全然大丈夫です!お一人でしたら、相川くんを含めご招待致します!

 それでは『第1高校』からは相川くんとそちらの彼女さん、そして体育祭実行委員長の高木さんの3名を我が校にご招待しますね?」



 何を見てそう思ったのか……、犬神さんは私と相太くんの関係を勘違いして、私も『第1女学院』へと招待すると、そのようにこちらへ向けて言ってきました!


 私もその言葉にとても驚いてしまいましたが、相太くんに至っては、驚きのあまり呆然と固まってしまっています。



 というよりも……、私達は側から見るとに見えているのでしょうか?


 周りからは何となく距離の近い2人くらいの認識だと思っていましたが、犬神さんにはそのように見えていたようなのです。


 自分ではあまり意識していませんでしたが、犬神さんがそう見えたという事は、他の人達からもそう見えて……?



「え、えっと……、俺たちはそんな関係じゃない……。で、でも……、先輩が俺にとって大切な人なのは紛れも無い事実だし……。こんな時はどうすれば……。

 はっ!せ、先輩!どうしましょう!?このままじゃ俺達の関係が犬神委員長や他の皆さんに色々と誤解されてしまいーーって先輩?ど、どうしました?そんなニコニコと嬉しそうな顔をして……?」



 ハッと我に返った相太くんが犬神さんの言葉に反応して、そのように言ってきました。


 その時になって、私は相太くんに指摘されてはじめて、自分の顔がだらしなく緩んでいる事に気が付きました。


 周りからはそういう関係として見られていた。その事実が、私にだらしない笑みを浮かべさせた原因なのだと思います。でも……。



「(相太くんと私がそういう風に見られたのは、素直に嬉しいんですけど……。本当にそのままで良いのでしょうか?このまま何も言わず、犬神さんの言われるがまま相太くんの隣に居れば…、…確かにそういう関係と誤解されて、私も相太くんと一緒に『第1女学院』までついて行けますが……。

 それでは、これまでの殻に閉じこもって受け身だった私とは何も……。)」



 しかし私がそのように考え悩んでいる間にも、2人の会話はドンドンと進んでいきます。


 犬神さんが『大丈夫です。ちゃんと分かってますよ。』と言って、相太くんが『違わないけど……、違うんです!』とそれを否定し、かなりあたふたとしています。


 ですが……。



「ーー違うんです!確かに先輩は俺にとってなんですが……、俺達は付き合っている訳ではないんです!

 だから……、先輩に、わざわざ俺の付き添いとして来て貰うなんて……。」



 あくまで正直に、そして私の事を考えた言葉で、相太くんは犬神さんを説得しています。


 全体的に、私の事を考えての発言であった事も嬉しかったのですが、『俺にとって大切な人』という言葉が特に嬉しかったです!


 なので、そんな風に私の事を考えて、実際に発言してくれた相太くんと自分自身の気持ちに向き合いたいと思った私は……。



「えっ?ではお二人は……、本当に男女の仲ではない?し、失礼致しました!でしたら、『第1高校』からは相川くんと高木さんのお2人をーー『待ってください!』……えっ?」



 相太くんの言葉を聞き、私達の関係に対する認識が誤解だと気が付いた犬神さんの言葉を遮り、私は彼女に静止の言葉を掛けます。


 そして、私は相太くんの一歩前に踏み出し、犬神さんの前で堂々と宣言します。



「確かに、私と相太くんはお付き合いはしていません。そこは間違いないので……、それが誤解であるとお伝えします。

 ですが、私は彼のサポートがしたい。相太くんとはお付き合いしていませんが……、私はそのように思っています。ですからお願いします!彼とはそういう関係ではありませんが、私もそちらの高校に連れて行って貰えませんか?

 勿論、邪魔になるような事はしませんし、ご迷惑はお掛けしません。それに……、そちらの副会長とは元生徒会のよしみで面識があり、その説得に私も参加する事が出来ると思いますので……、どうかお願いします!」



 私は犬神さんに頭を下げながらそのように言い、『自分も一緒に連れて行って貰えませんか?』と、必死に交渉します。


 ただのワガママである事は重々承知していますが……、どうしても言いたかったのです。


 たとえ、今はまだ彼のでなくとも、彼を隣で支えられる存在でありたい。


 たとえ恋人でなくとも、自分の事を大切だと言って、思いやりを持って接してくれた相太くんのお手伝いがしたい。という思いを込めた……、そんな私の本心を。


 たかが交渉の付き添いで……、と思う人がいるとは思いますが、たかがそんな事であっても私は相太くんの隣にいたいのです!


 彼がもし私の隣を離れそうになっても見失わない。彼の手を自分から離さないためにも、些細な事でもお手伝いしたいのです!



 私はそんな想いでお願いし、祈るような気持ちで犬神さんに頭を下げていた所……。



「分かりました。あなたのその想い……。相川くんを思いやる気持ちなどを尊重して、あなたも一緒にご招待致します。

 三葉さん……でよろしかったですか?今日は副会長の説得のお手伝い、相川くんも含めて、どうかよろしくお願いします!」



 犬神さんは私の手を取って顔を上げさせ、私が同行する事を認めてくれました。


 そこで思わず「ありがとうございます!感謝します!」と、犬神さんの手をギュッと強く握ってしまい、「み、三葉さん。い、痛いです……。」と、苦笑混じりの犬神さんに再度頭を下げる事になるのでした……。



 そうして話の纏まった私達は、体育祭の合同開催を反対している副会長両名に会うべく、『第1女学院』へと向かうのでした……。


 高校へと向かう道中、犬神さんから「私、応援してますからね!」と声を掛けられ、自分が先程結構恥ずかしい事をみんなの前で言っていたと自覚して、真っ赤になったという話は……、色々恥ずかしいので内緒です!!

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