もう気にしないと決めていたのに、胸の奥がつきんと痛んだ。心のいちばん脆い部分が焦げ付くような、苦い痛み。

ブラシで髪を梳くと、軽くなった毛先が物寂しそうに揺れる。ロングになりかけていたセミロングの黒髪は、昨日美容院で切ってきた。思い切ってショートにしてもらおうと思っていたのに、いざ鏡の前に座ると諦めの悪さが邪魔をして、結局ミディアムに落ち着いた。ロングの対極にあるショートという言葉に、胸がざわついた。ロングヘアへの未練なのだ、もう髪を伸ばす必要はなくなったのに。

きっとこれで良かったのだ。はじめから、こうなる筈だったのだ。唇を噛み締めると目頭が熱くなる。けれど、涙は流れてこなかった。いっそのこと泣けてしまえば良いのに。この気持ち全部、どこかに吐き出せれば良いのに。

黒髪を手早くハーフアップにして、迷った末桜色のシュシュを使った。見れば見るほど、未練がましい女だ。手鏡に映る自分を眺め、溜息をつく。

『黒髪ロングのサイドテール』という彼の好みからは、故意に遠ざかった。それなのに、彼の好きな桜色を身に着けてしまう。私の髪に桜色を見つけたら、彼は笑うのだろうか。「似合ってるよ」なんて言うのだろうか。

彼に恋人ができても、彼は彼のままなのだろうか。

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