第223話 増えます


 レジニアの勇者モルガスはWスキル持ちらしい。



 外力の方向を強制的に変える方位強制フォースベクターと、度を超えた動体視力と反射神経が合わさったようなスキル、即時反応リフレクスだ。



 そういや、うちのリリアもWスキル持ちだったな。

 ってことは、あんまり珍しくもないのか?

 それとも、ここまでそんな勇者は二人しか見ていないから、やっぱり珍しい方の部類なのだろうか?



 ともかく、面倒な相手であることは確かだった。



「どうだ? 我のスキルは。今更、怖じ気づいてももう遅いぞ?」

「……」



 ユウキは奥歯をグッと噛み締め、何も言い返せないでいた。



 あれ? もしかして……ユウキって思っていた以上に弱いの?

 あれだけ大口叩いて出て行ったのに?



 それとも相手のモルガスが強すぎるのか?



 ユウキが弱いフリをしてるって可能性も考えたけど、あの表情は後が無いって感じの顔だ。

 嘘じゃないっぽい。



 にしても、どうするんだろう?

 このまま、やられてしまうんだろうか?



 そんな事を考えていると、今まで沈黙していた彼女が声を上げた。



「ふっふっふっ、ここは私に任せるでござるよ」



 場の雰囲気に似合わない軽い調子で前に出て来たのは忍者娘カルラだった。



「ユウキは下がっているでござる」

「大丈夫なんですか?」



 ユウキは不安げに返した。



「あの敵には、私のスキルの方が相性が良いでござるよ」

「まあ……そうかもしれないですけどね……」



 そんなやり取りを見せる彼らに、モルガスは悠然とした態度で待ち構える。



「誰が出て来ても同じことだ」

「果たして、そうでござるかな?」



 カルラは覆面の下で小さく笑うと、苦内のような短刀を構え、モルガスの周囲を円を描くように走り始めた。



 その速度は人の足とは思えないほど、かなりのものだ。

 どうやら攻撃を仕掛けるタイミングを窺っているらしい。



 と、その時、走る彼女の姿が二重に見え始めた。



 最初は、あまりに速く走るのでそう見えたのかと思っていたけど、重なっていた姿がそれぞれに分かれた所で、これは分身の術だってことに気がついた。



 やっぱり忍者と言えば分身だよね!



 俺は素直に感動しちゃったけど、モルガスはそうでもないようだ。



「ふっ……何かと思えば。取るに足りない技だ」



 数が増えようが、全然問題無いといった態度だ。



「そうでござるかね? まだまだ、これからでござるよ」



 カルラがそう言うと、分身の術に変化が起こった。



 二人だった彼女が四人に増えたのだ。

 そしてそれはすぐに四人が八人に増え、八人が十六人に増える。



 どんどん倍になってゆき、それが止まる気配が無い。



「ええーと……今、何人だ?」



 モニター上でモルガスの周りを回る大量のカルラを数えていた俺は、その数が多すぎて目がしばしばしてきてしまった。



 もう何人いるんだか、分からない。



「四千九十六人ですかね」



 俺の近くでキャスパーが呟いた。



「分かるの!?」

「ええ、なんとなくですが」



 猫目は結構すごいらしい。

 モルガスよりも動体視力が上なんじゃないの?



「ふふふ、驚いたでござるか? 私のスキル、無限分身でござるよ」



 四千九十六人のカルラが同時にそう喋った。

 すごいエコーが掛かっていて、恐い。



 てか、無限って……この分身に際限は無いってこと?

 それはとんでもないスキルだな。



 何にせよ、ここまでの数を一度に相手にするのはモルガスにも難しいだろう。



 これはカルラが優勢か!?



「じゃあサクッとやってしまうでござるよ!」



 言うと彼女は攻勢に出た。



 大量の分身が一斉にモルガスに飛び掛かる。

 そのタイミングは皆、バラバラだ。



 これを全て相手するのは至難の業――、

 そう思った直後だった。



「ふんっ!」



 モルガスは戦斧を振りかぶると、頭の上で大きく回転させた。

 そのまま旋風の如く、振り回す。



「うひゃっ!?」



 それだけで飛び掛かってきた大量の分身は、全て煙のように消え失せてしまった。



 残されたのは地面に尻餅を突いているカルラ本体だけだった。



「えー……」



 俺はモニターを見ながら呆然としてしまった。



 あんなに大層な技だったのに……、

 めちゃめちゃ弱いじゃん!



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