第219話 アイルVSシャル


「魔王様への気持ちは……序列とは関係無いし……」



 唐突に呟いたイリスのその発言は、配下の者達の波紋を呼んだ。



 ようするに、それはトーナメント戦を行う意味を全否定してしまう、いわば禁じ手の一言だったからだ。



 これには試合を控えていた皆もポカーンとなってしまっていた。



 そこでアイルが、この空気をどうにかしようと試みる。



「あはは……な……何を言ってるんですかねえ? この子は……ははは……そういうこともあるかもしれないですが、我々の力を余すこと無く披露するということは、今後の魔王様の御采配に於いて大きな指針となるはずです。全ては魔王様の為なのですから」



 アイルの奴、ちょっと前まで及び腰な感じだったのに、どういう訳か急にやる気が出たようだ。

 何か勝機でも掴んだんだろうか?



 そんなわけで、既に次の試合に出る予定のシャルは準備運動を開始していた。



「じゃあ、続きやろー……って、わわっ!?」



 伸びの運動が行き過ぎて腕がもげていた。



 今更だが、このトーナメント戦の勝ち負けにはルールが設けられている。



 広間の中央に一段高く城床ブロックを積んで敷き詰めたものが試合の舞台。

(ちなみにその舞台、俺が強欲の牙グリーディファングの力で即席で作った)



 そこから落ちたり、降参を宣言することで負けが確定する。

 ようするに天下○武道会みたいなもんだ。



 イリスは先ほど自ら舞台を降りてしまっていたので既に負けが確定していた。

 よって二回戦目はパープーの勝利となった。



 続けて第三回戦はアイル対シャルの組み合わせ。

 なかなか面白そうなカードだ。



 さて、どんな戦いを見せてくれるのやら……。



 二人は舞台に上がると、その中央で向かい合う。



「いつでもいいですよ?」



 アイルが余裕の態度でそう言った。

 するとシャルは幼顔でにんまりと笑む。



「じゃあ、いっせーの……せっ! ……って、言ったら開始ね?」

「分かりました」



 二人の間で、そんなルールが決まる。



「ほいじゃあ、行くよ?」



 シャルが右手を挙げて宣言した。



 小さな胸に息を吸い込む。

 そして――、



「いっせっ!」

「!?」



 アイルは面食らったような顔で身構えた。

 シャルが自分で決めた開始の合図を超省略して先手を打ってきたからだ。



 ようするにズルである。



 即座に放たれた彼女のロケットパンチがアイルの頬を掠める。



「ちょっ!? やり方が汚いですよ!」



 アイルは冷や汗を掻いていた。

 それでも咄嗟に避けられたのはさすがだ。



「実戦では汚いも何もないもんねー。勇者が正々堂々と挑んでくると思ってるの?」

「ぐぬぬぬ……」



 アイルが何も言えず悔しがっている間にもシャルは攻撃の手を止めない。



 死霊使いネクロマンサーらしく、ゾンビを大量召喚して攻撃の手数を増やす。

 数的には二十対一くらい。



「さあ、ゾンビちゃん達! 一気に片付けちゃってー!」



 シャルが指先を向けるとゾンビは一斉にアイルへ襲いかかる。



 一体、一体は弱いとはいえ、数の暴力の前ではアイルもちょっと厳しいのではないかと思われた……その時。



 唐突に彼女が投げキッスをした。

 すると、ゾンビ達が突然、骨抜きになったようにクネクネとしながら動きを止めてしまう。



 ――もしかして……誘惑テンプテーション



 でも、アイルってサキュバスでありながら誘惑テンプテーションが使えないんじゃなかったっけ?



 もしかして例の温泉饅頭を食べた時に身についたのか?

 それっぽいような気もするが……。



「あれ?? どうしたの? ゾンビちゃん達!?」



 シャルが動揺している隙に、アイルは自慢の尻尾を伸ばし、ゾンビ達をまとめて薙ぎ倒す。



 倒れたゾンビ達は叩かれたにも拘わらず、なんだか幸せそうにそのまま地中に帰って行った。



「ちょっと!? みんな? 帰っちゃうの!?」



 慌てるシャルの背後にアイルは素早く回り込むと、その鋭利な尻尾の先をシャルの喉元に突き付けた。



「うっ……」

「勝負ありですね」



 アイルが余裕の笑みを浮かべてそう言うと、シャルは悔しそうに歯噛みにしながら呟く。



「むぅ……降参……」



 そんな訳で三回戦はアイルが勝利した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る