番外編4 冷え冷えピタピタ


「食うべきか……食わざるべきか……」



 俺は悩んでいた。



 食堂の椅子に座り、手の中のものを見つめる。

 そこには茶色くて丸いものが収まっていた。



 温泉饅頭である。



 言わずと知れたパワーアップアイテム。



 これまで配下の者達(一部を除く)を悉く強化させてきた優良アイテムだ。



 俺も以前、これを食べたことがある。

 でも、どういう訳だか、その時は何も起きなかった。



 今後の為に出来れば俺もパワーアップしておきたいのだけれど……。

 いくら効果が出ないからって、さすがに二つ目を口にするのはちょっと躊躇する。



 薬でもなんでも飲み過ぎは毒になる可能性があるからだ。



「やっぱ、やめとこ……」



 食すことを諦めて、そいつをしまおうとした時だ。



「マオウさまー、ナニしてるの?」



 プゥルゥがぽよんぽよん跳ねながら近付いてきた。



 すると、俺が答える前に、手の中にあるものに気付いたようだ。



「あ、それ。このまえボクが、マオウさまにもらったやつだ。また、たべたいなー」

「結構効き目が強いから二つは止めといた方がいい。取り過ぎると危険な気がする」



「そう? けっこうオイシくて、おきにいりだったんだけどなー……」



 彼女は残念そうに体を弛ませた。



「ああ、確かに味は良かったな」

「うん、すごくオイシイ」



 そう言われると、一個目を食べた時の記憶が蘇ってきて気になってしまう。



「食べたくなる気持ちも分かる」

「マオウさまも二つ目を食べるかどうかで悩んでたの?」

「ああ、まあね」



 主に強化の方での悩みだけど。



「マオウさまはもとからツヨイから、ちょっとたべただけでもタイヘンなことになりそうだね」



 ちょっと……?



「そうか、ちょっとか」

「?」



 全部食べようと思うから気が重いんだ。

 外の薄皮を一つまみだけ千切って食べてみよう。



 そのくらいだったら効果も薄そうだし、ヤバそうだったらそこまでで止めておけばいい。



「少しだけ食べることにするよ」

「えっ」



 ちょっと驚いた様子のプゥルゥ。

 そんな彼女の前で、俺は饅頭の薄皮を千切る。



 量にしたら耳掻き一杯にも満たない程度。



 恐る恐るそいつを舌の上に載せてみた。



「……」



 駄目だ……この程度じゃなんの味もしない。

 いや、味は二の次だったな。



 問題は体にどんな変化が訪れるかだが……。



「……!?」



 逆に少しだけにしたことによって、繊細な力の動きを捉えられた気がする。

 饅頭の中の力が、俺の中の力と反発しているような感覚を覚える。



 例えるなら、魔王が作った力を魔王が取り込もうとして相容れない状態になっているというか……、もう既にある力だからいらないよ! と言われているような感じ。



 これが饅頭を食べてもパワーアップしなかった原因か?



 ってか、これ魔王が食べちゃ駄目なやつじゃね?

 やっぱり取り過ぎは良くないようだ。

 だって、食べた饅頭の影響かちょっと熱っぽい気がするし。



 俺は自分の額に手を当ててみた。



「少し熱いな」

「えっ? マオウさまだいじょうぶ?」



 プゥルゥが心配そうに隣の椅子に載ってくる。



「ああ、これくらいなんともないさ。やはり、この饅頭は一人一個が限度っぽい。俺ももう食べないようにするよ」

「だ、だめだよ! ちゃんとカラダをたいせつにしなきゃ。もしかしたらカゼかもしれないし……」



 そういえば魔王も風邪を引くんだろうか……?



「さあ、ここにねて」

「え……?」



 プゥルゥはその丸っこい体で器用に椅子を五つ並べ、ベンチのようなものを作る。



「ぐあいがよくなるまで、ボクがあたまをひやしてあげるから」

「……」



 彼女は自分が氷嚢になると言っているのだ。



 そういやプゥルゥの体って冷たくて気持ちいいんだよなー。

 まるで冷え○タみたに。



 せっかくそう言ってくれてるんだ、少し休ませてもらおうか。

 ちょっとしたリフレッシュになるし。



「じゃあ頼むよ」

「うん」



 俺は椅子で出来た簡易ベッドの上に横たわった。

 するとすぐにプゥルゥがおでこの上に載ってくる。



 おー……これは気持ち良い……。

 頭がすっきりしてくるな。



 勇者対策の為の作戦とか罠とか考える際にこれをやってもらったら、頭が冴えて良いアイデアが浮かびそうだ。



 次の機会にやってもらおう。



「ふぅ……」



 安堵の吐息と共に眠気が襲ってきそうな時だった。



「あ、プゥルゥ! 丁度良かった、それ捕まえて」

「え?」



 そう言いながら食堂に入ってきたのはシャル。

 そんな彼女と共にゴムボールのようなものが室内に入ってきて辺りを跳ね回る。



「私が実験用に捕獲しておいたゴム玉蟲が逃げ出しちゃったの。あれ一度、跳ね出すとなかなか止まらないんだよね」



 目で追うとダンゴムシみたいなのが丸まって跳ねているのが見える。



 そんな虫がいるのか……。



 感心していると、丁度それがプゥルゥの正面に飛んできた。



「わわわ……」



 彼女は慌てながらもそれを見事にキャッチ! したのだが……。

 周りから歓声は上がらなかった。



 なぜかというと、彼女がゴム玉蟲をキャッチする際、反射的に人型に変化したのだ。



 必然的に俺の顔は少女のお尻に潰される。



「ふご……」



 柔らかい肌の中に埋もれながら、俺がそんな声を上げると――、



「ひにゃあっ!?」



 プゥルゥは変な悲鳴を上げるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る