第190話 高まる限界



 早速、効果が出始めたみたいだな……。



 魔王ゴーレムの目を借りてレオ達の様子を窺っていた俺は、彼らの中に変化が起き始めていることに対し、内心で笑みを溢した。



 兵士の一人が青ざめた顔で体をモジモジとさせている。

 それはすぐに周囲にも広がり始め……。



「えっと……すみません……俺も……」

「あ……俺もヤバいっす」

「俺もです……。多分、飲み過ぎたのかと……」



 兵士達が次々に声を上げたのだ。



 見渡せば全員が、股の間に手を挟んで体をくねらせている光景がそこにあった。



「なっ……」



 この状況にレオは絶句していた。



 勿論、この状況は偶然じゃない。

 俺が仕組んだものだ。



 彼らはそれが普通の尿意でないことに気が付き始めている。



「うう……も、もう我慢出来ない……」

「ああっ……も、漏れるぅぅぅ」

「はうっ!? なんなんだっ、なんなんだよこれ!」



 次第に強まる尿意。

 無論、それは彼にも訪れる。



「ぬっ……なっ……なんだ……この感覚は……ぐぉ……」



 レオが急に前屈みになって苦しみ始めたのだ。



 彼らが口にした霊芝茶ラテは、ラデスの一件が片付いた直後に手に入れた料理レシピの一つ。



 ちなみに詳細はこうなっている。




[霊芝茶ラテ]

 霊芝を煎じた茶に草牛ムートリのミルクを注いで作るカフェラテ的飲み物。

 芳ばしい香りと苦みが特徴の霊芝茶に草牛ムートリのミルクが合わさることで絶妙のハーモニーを醸し出す。癖になる味わい。

 ちなみにカフェインの含有量が物凄く、一杯飲むだけで目も頭もギンギン。三日は徹夜出来ます。しかも中毒性が高いので飲み過ぎ注意!




 俺は、このレシピの〝カフェインの含有量が物凄く〟って所に注目した。



 カフェインには覚醒作用があることが広く知られているが、それに加えてもう一つ、大きな作用がある。



 そう、利尿作用だ。



 例の如く、説明よりも大きな効果を発揮するレシピさんなら、〝カフェインの含有量が物凄い〟って言ってるんだから、利尿作用もとんでもないことになるのでは? と予想したのだ。



 案の定、予定通りの事が目の前で起きている。

 でも予想より遙かに凄そうな感じだけど……。



「くっ……」



 レオは歯噛みする。



 これは想像の上を行く尿意に耐えているんだろうなあ……。

 それでもクールな表情をなんとか保ち続けている姿は尊敬に値する。



 彼らを前にした時、俺は最初に水か茶、どちらを選ぶのかを尋ねた。

 人は選択肢を出されると、いずれかを選ばなくてはならないという衝動に駆られる。

 どちらも選ばないという選択もあるのにだ。



 これは誤前提暗示ダブルバインドという心理術の手法なんだけど、それをちょっと利用してみた。



 喉が渇いている状態だから尚更、引っ掛かりやすい。



 それに加えて、〝温かい茶〟というのが選択を後押ししている。



 バナーネの皮で走り回り、脱水症状のような状態になっている所では普通、冷たい水を飲みたくなるもの。



 だが、抜け目のない勇者なら、そこに付け込んで水の方に毒を盛ってくるのでは? と疑うだろう。



 だから心理的にも、体調的にも、飲みたいという衝動が低く押さえられている温かい茶の方が安全なのでは? と判断し、敢えて選んでくる可能性が高い。



 更にはポットの中身を見せることで同意を煽った。

 これは、茶の見た目や香りを提示することで、「美味しそうだと思わないか?」という尋ねかけを暗に行ったのだ。



「このお茶、美味しいんです!」と率直に言われるよりも、「美味しそうだと思わない?」と決定を相手に委ねるような言い方をされた方が、押し付けがましくない印象を与える。



 前者の言い方ではネガティブな要素を粗探ししようと思考が働くが、後者は無意識にポジティブな部分を探そうとするのだ。



 しかも最終的な決定を相手に委ねているので、自分で決めたことだと勘違いしてしまう。



 これも心理術の一つであるレトリックに似た手法だ。



 ついでにダメ押しとして、ヒルダこと回復さんが体を張って安全性を証明してみせることで彼らの意識を茶の方に向けさせることに成功していた。



 ちなみに彼女はスケルトンなので、茶を飲んでも平気。

 でもバレちゃいけないので、今は腹を押さえてそれなりの演技をしていた。



 そうこうしている内に……。



「ぃぃっ……」

「ううっ……」

「はぁはぁ……」



 兵士達は床に膝を突き、悶えるまでになっていた。

 こんな状況でも、さすがに漏らしてしまうのは避けたいらしい。



 例え魔王を倒すことが出来たとしても、〝お漏らし勇者〟とかいう恥ずかしい二つ名を末代まで語り継がれたくはないんだろうな。

 レオも必死の形相で耐えていた。



 そんな彼は眉間に皺を寄せながらも冷笑を見せる。



「どうやら、この度の魔王には……勇者の醜態を見て喜ぶような悪趣味があるらしいな……っ……」



 これに対し、俺は小さく笑った。



「生憎だが、そんな趣味は持ち合わせていない」

「?」



「そんなに苦しいのなら我慢する必要など無いのではないか?」

「……」



 訝しげにしている彼らに俺は告げる。



「広間の左にある扉を出た廊下の先――――そこにトイレ・・・があるぞ」



「……!!」



 その単語を口にした途端、兵士達の面貌に光が差したように見えた。



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