第175話 瞬足くんVSヒルダ


〈勇者ヒルダ視点〉




 ヒルダは魔王代理と対峙していた。



 ――まさか……ここでコイツが出てくるとはね……。



 でも、彼女の予想は当たっていた。

 思っていた通り、敵が刺客を送ってきたのだ。



 ただ、相手が一人だったことは予想外だった。

 確実に勇者を仕留めるのなら、ここで複数の刺客を送り、畳み掛けてくると思っていたからだ。



 舐められているのか……?

 それとも、魔王代理を寄越すくらいには脅威に思われているのか?



 どちらにせよ、目の前の障害を排除することには変わらない。



 ヒルダは矛先を相手に向け、構える。

 だが魔王代理は両腕を下げたままだった。



 初めて遭遇した時に見せつけられた常識では考えられないスピード。

 そして人の首すら雑草のように容易く刈る鋭い切れ味の黒剣。



 それらを持ち合わせているが故の余裕の態度なのだろうか?



 しかも、それだけの力を持ちながら気配が酷く小さいのはどういうことだろう?

 まるで死人のようでもある。



 ――それがまた攻撃を読み辛い要因でもあるのだけれど……。



 下手にこちらから動くことは出来ない。

 ヒルダは視線だけ動かし魔王代理の体を観察する。



 ――魔王代理。



 その言葉を頭の中で反芻していると、ある疑問が浮かび上がる。



 なぜ、代理なのだろうか? と。



 普通に考えれば本人が出てこられない理由があるから、というのが自然な考え方だろう。



 しかし、それならば四天王や他の配下を差し向ければ良いこと。

 そこに、何故わざわざ魔王代理を遣わしたのか?



 それともう一つ。



 どうして鉄仮面を被っているのだろうか? という疑問。



 ラデスの兵服も不自然だが、鉄仮面が気になる。

 それを被る理由は顔を隠したいから、と捉えることも出来る。



 ――顔がバレると行動を制約されるような何かがあるとか?



 その二つを踏まえて思うことがある。



 魔王代理ということは魔王の代わりが務まる者ということだ。

 ならば魔王本人には劣るものの、それに匹敵する力を持っていておかしくはない。



 実際、ラデス帝国を滅ぼした要因とも言われているので、強ち間違ってはいないと思う。



 そこで浮かび上がる疑問は……。

 果たして、魔王クラスの力を持った者が二人も存在するだろうか? という事。



 それから導き出される答えは――、



 魔王代理は魔王本人なのではないか? ということだ。



 そう考えると、ラデスを滅ぼすほどの力や圧倒的な能力の高さに納得が行く部分もある。



 そこまでして身分を隠す理由は分からないが、立ち回り易くなることは確かだ。



 ここで鎌を掛け、相手の正体を探ろうとしても、そう簡単には引っ掛かってはくれないだろう。



 しかし、たとえその予想が間違っていたとしても、今眼前にいる魔王代理は魔王軍にとって重要な戦力であることに変わりはない。



 それを打ち倒すことが出来れば、敵勢力に大きなダメージを与えることは確実だ。



 ――幸い、一対一でなら……私にもまだ手段は残されている……。



 ヒルダは矛の握りを確かめる。



 彼女の聖具、三つ叉の矛トライデント超全回復ユナイトヒーリングを発動させる為の触媒である。



 そして矛は当然、その見た目通り、武器でもある。



 地面に矛を突き刺し、放射状に放っていた回復スキルを今度は矛先の一点に集中させる。



 それは集約されたとしても回復スキルであることには変わりはない。

 ただ、数十人を一度に全回復させることが出来るほどの回復量がその一点に集まっている。



 それほどのまでの回復量を一遍に受けたら、生命体がどうなるかは容易に想像出来るだろう。



 過剰な回復は瞬時にして身体の劣化を引き起こす。

 その矛を受ければ、どんな生き物も生命活動を続けることは出来ないのだ。



 ――問題は……あの素早い動きを見切って、どう攻撃を当てるか……。



 多分、手の内を明かしていない初撃だけならチャンスはある。

 だから絶対に外せない。



 相手はスピードを活かした立ち回りである為、恐らく視覚外から攻撃を仕掛けてくるはず。敢えて視界に入る場所から攻撃してくるとは思えない。



 ――それに賭けてみるしかないわね……。



 ヒルダは覚悟を決めた。



 矛を構えたまま相手を見据える。



 ――ここから僅かでも体を動かせば、奴は仕掛けてくるだろう……。



 自身の鼓動をハッキリと感じる。

 呼吸すらも意識して行う。



 何度目かの吸気が肺を一杯に満たした時だった。



 ――行く。



 靴裏が地面を踏み締め、ジャリっという僅かな音を立てた。



 その直後、眼前の魔王代理が消える。



「!」



 素早い動きで背後に回られたのが分かった。



 ――もらった!



 ヒルダが意識すると、柄の反対側から雷撃で形成された光の刃槍が突き出した。

 それが背後で剣を振りかぶっていた魔王代理の腹部に突き刺さり、貫通する。



 手に仕留めた感触が伝わる。



「やった……」



 これで奴の体は錆び付いたように脆く砕けて行く。



 勝利の喜びを噛み締め、背後に振り向く。

 すると――、



 そこには、ヒルダが予想だにしなかった光景が待ち構えていた。



 確かに魔王代理の腹に刃は突き刺さっていたが、彼自身の体は何も変化は起きておらず、それどころか肩を竦めてこう呟いたのだ。



「へえ、こういうのもあったんだ」



「!?」



 唐突に喋った鉄仮面に、ヒルダは酷く動揺するのだった。



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