第150話 溶けないアイツ


 俺はイリスの先導で岩塩があると思われる場所にやって来ていた。



「確かに、この辺なのか?」

「多分……」



 彼女は不安げに答える。



 それもそのはず、周囲を見渡しても木々が繁っているだけで岩場の一つも見当たらないからだ。



 まさか足下の地中って訳でもないだろうし、イリスがふと口にしたってことは、地層が見えるような岩肌が表に露出しているような所だと思う。



「どうやってそれを口に入れたのか当時を思い出して再現してくれないかな? そうすればなんとなく場所が特定できるかもしれないし」

「分かった……」



 彼女は木陰にある草地を指差しながら言う。



「食べ物を探していて……その辺りで空腹の限界……倒れて寝てしまった」

「うんうん、それで?」



「それで……しばらくして目を覚ましたら……口の中がしょっぱかった」

「展開早えぇっ!」



 何がどうなったら、その流れで岩塩が口に入ってるんだよ……。

 全然、探索のヒントにならないじゃないか……。



「寝てる間に何があったんだよ……。他に覚えてないのか?」

「目の前に大きな岩山があった……」



「それだ! それを見つけなきゃ。ともかくイリスが昼寝してた場所に移動してみよう」

「うん……」



 二人して木陰に移動する。

 だが、そこはただ草地が広がっているだけ。

 辺りを見回しても、その大きな岩山というやつは見当たらない。



 どの方向にも深い森が続いているだけで、薄暗い感じだ。



 いきなり詰んでしまったぞ。



「うーん……どうしたものか」



 無闇に探し回って徒労するのもなんだが、この辺りを中心に範囲を広げて捜索して行くしかないだろうなあ。



 そんなふうに悩んでいると、唐突に草葉の陰から声が聞こえてきた。



「あんれまあ? イリスちゃん、またここでお昼寝かい?」



 まるで、おばちゃんみたいなしゃべり方と声のトーン。

 それが、どういう訳か足下から聞こえてくる。



 なんでそんな場所から?

 そう思って下に目を向けると、声の主が目に入ってくる。



 それは、ブヨブヨの体とヌメヌメの体皮を持つ――、

 巨大なナメクジだった!



 人間の赤ん坊くらいの大きさだが、ナメクジにしては大きすぎ。

 しかも全身黄色という眩しい色合いの体をしていた。



「のわっ!? でっかいナメクジ!」

「失礼ねぇ、私はジョセフィーヌっていう名前があるのよぉ? 坊や」



「ぼ、坊や……」



 ナメクジに坊やって言われた……。

 するとイリスが慌てたようにナメクジおばさんに投げかける。



「ジョセフィーヌおばさん……この人、魔王様……」



 そこでジョセフィーヌの長い触覚がにゅっと伸びて、その先にある目玉が大きく見開かれた。



「まあ!? まあまあまあ、そうだったのぉ! 知らなかったわぁ、ごめんなさいねぇ。でも、坊やは坊やっぽいから、坊やでいいわよね? ほほほほ」



「……」



 結局、坊やだった……。



「で、イリス。このナメク……じゃなかった、この人は?」

「お昼寝してた時に会った……。しょっぱいの舐めて悲しくなってた時に慰めてくれた……」



「おお、ってことは岩塩がある場所を知ってそうだな」

「ん? なんだい? 坊や達は塩を探してるのかい?」



「ああ、そうだ」

「それなら私が知ってるから、連れて行ってあげるわ」

「おおっ、それは助かる」



 なんと頼もしいナメクジ……いや、ジョセフィーヌさん。



 彼女はこれでも暴獣魔団の一員なのだとか。

 ってことは、キャスパーの部下ってことになるな。



 彼女が言うには、イリスは岩山の所まで寝ながら坂を転がってきたのだという。

 辺りを探してみると、確かにすぐ側の繁みの向こうが急な坂になっていた。



 ここを転がって行ったんだろうな……。

 それで、よく起きないよな……。



 そのまま転がり続け、岩山のどこかにぶつかった拍子に岩塩の欠片が口に入り、余りのしょっぱさに泣いていた所をジョセフーヌさんが介抱したらしい。



 なんのこっちゃ……。



 そんな彼女に連れられ、俺達は森の中を進んだ。

 すると、さして時間もかからずに大きな岩山の前に辿り着くことが出来た。



 見上げるほどの大きな岩山で、全体的に白味がかった見た目だ。



「ここが塩が取れる岩山だよ。私が行って取ってきてやりたい所だけど、この体じゃ溶かして舐め取るくらいしか出来ないのでね。自分達で適当に掘っておくれ。少しなら分けてあげるから」



「え……舐め取るって……?」



 俺の知ってるナメクジは塩をかけると溶けて無くなってしまうはずだけど、この世界のナメクジは溶けないのか? それとも彼女が魔物だからか?



「ん? 知らないのかい? 私の主食はここにある塩なのよ。ほら、ここに穴があるでしょ?」



 そう言うと彼女は岩山に空いた小さなトンネルの中にのそのそと入って行く。

 丁度、彼女の体と同サイズの穴だ。



 そんな穴の中から声が聞こえてくる。



「こうやって岩の中の塩を舐め取って暮らしているわけ。これが結構、腰に来て大変なのよお」



 ナメクジに腰あんのかよ!?



「この穴じゃ、坊や達、入れないでしょ?」



 彼女はそう言いながら穴から出てきた。



「なるほどね……じゃあ、この場に岩塩があったらジョセフィーヌも楽なわけだ」

「それはそうよー。溶かしながら穴を空けて行くわけだから物凄い時間がかかるし、食事をするのもいちいち大変なのよぉ」



「そっか、なら、やっちゃても大丈夫そうだな」

「え?」



 ジョセフィーヌとイリスが揃って目を丸くする。



「じゃあ、一気に行きますか」



 そこで俺は右手を突き出した。

 強欲の牙グリーディファング



 白くて巨大な牙が岩山を丸囓りにする。

 一瞬にして、見上げるだけの高さがあった岩山が、跡形もなく無くなっていた。



「「……」」



 彼女達は、その様子をぽかーんと見つめていた。



「さて、アイテムボックスの中はどんな感じになったかな?」



 俺は淡々と確認に入る。

 すると、




[素材パレット]

・岩塩×99999

・鉄鉱石×46000

・金鉱石×381

・ダイヤモンド鉱石×1




「!?」



 な、なんだ……この岩塩の量!? やっべーな……。

 さすがに、こんなにはいらない。

 それに、この塩はジョセフィーヌの大切な主食だし。



 俺はアイテムボックスから全ての岩塩を取り出して、その場に山積みにする。



「うひゃあ!? なんだい……? もしかして、これ全部が塩かい?」



 ジョセフィーヌは触覚をピンと伸ばして驚愕していた。



「俺達はこの一塊があれば充分だから、あとはジョセフィーヌが使ってくれ」



 俺は岩塩の山の上からソフトボール大の塊を一つ拾い上げた。



「そ……そうかい? でも、また必要になったらいつでも取りにおいで」

「ああ、そうさせてもらうよ」



 この塊だけでも相当長持ちしそうだけどね。



 そして、ジョセフィーヌにしこたま礼を言われた俺達はその場を後にした。



 あと、これは余談だけど岩塩以上に普通の石が無限に近いくらい取れてしまったので、それは元の場所に戻しておいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る