第145話 皇国の足音
〈リゼル王視点〉
魔王城より西方にある国、リゼル王国。
その国の王、バルトロメウス四世は玉座に座り悩んでいた。
彼は今し方、伝令の兵士より勇者アレクが敗れ去った事を聞かされたのだ。
――よもや、あのアレクが敗れるとは……。
あやつは油断ならぬ所があったが、戦士としての腕は認めていた。
疾風のアレクの異名も伊達ではない。それが、こうも簡単に……。
しかもアレクだけではない。
共に同行させたルギアスの魔法騎士隊も全滅したという。
偵察の兵士によると魔王城を取り巻く死霊の森の外側に、彼らを埋葬した墓地を発見したとの報告を受けた。
――敵の墓を作る魔物だと……? わざわざ、そのような事をする意味は何だ?
我々に対する挑発か? はたまた警告か?
どちらにせよ、そこには魔王の余裕が見え隠れする。
そこに勇者アレクの墓はなかったというが、共に行かせた魔法使いと聖職者の身も行方知れず。状況から鑑みて屠られたと考えていいだろう。
――となると……。
リゼル王は口髭に手をやり、歯噛みする。
――強きリゼルを実現するには魔王城下の資源を得ることは必須。だが我が国に於いて、アレクが唯一の勇者であった……。それを失った今、我々には打つ手が無い……。
リゼル王国と魔王城の地理的な関係、そして瞬足スキルを持つ勇者がいたからこそ、他国を出し抜く優位な条件が整っていた。
初動に失敗すれば、リゼルに勝ち目は無い。
多くの勇者を抱える隣国ラデス。
高い軍事力を誇る東方の帝政ゼンロウ。
そして距離はあるが、南方の国々もいずれ魔王城に到達するだろう。
こうしている間にも他国の侵攻は続いている。
――どうすればいい……。
ラデスのように近隣の町や村から勇者を徴用するのが現実的な方法だが、残念ながら領地内で勇者が誕生したという報告は無い。
隣国に探索の範囲を広げれば勇者を見つけられるかもしれないが、こちらの動きが知れれば国同士での無用な摩擦を生むことになる。
他国とやり合う為の充分な戦力は、今のリゼルには無い故、それは避けたい。
――何か打つ手はないのか……。
苦悩が苛立ちに変わろうとした時だった。
「国王陛下!」
一人の兵士が血相を変えた様子で玉座の間に入ってきた。
側にいた宰相のライムントは王に向かって視線を送ってくる。
対してリゼル王は小さく頷き返した。
それでライムントは兵士に促す。
「何事か? 申してみよ」
「はっ」
彼は取り急ぎ敬礼すると、王の前に進み出る。
「正門前に神聖レジニア皇国の〝勇者〟と名乗る者が現れまして……。その……国王陛下にお会いしたいと……」
「なに……?」
リゼル王は自分の耳を疑った。
――神聖レジニア皇国だと……? そんな国、聞いたこともない。
この地に住む者で周囲の国を把握していない者などいない。誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。
それに在りもしない国の名前を挙げる利点がどこにあるだろうか? 嘘を吐くにしてももう少しマシな方法があるだろう。
何にせよ、どこの馬の骨とも知らない者を城の内部に入れるわけにはいかない。
それは目の前の兵士も充分に理解しているはずだが?
なのにも拘わらず、その話をここへ持ってきた。
ということは、
「ただの戯言ではないようだな」
「はい」
そこで兵士は一通の書簡を差し出してきた。
そしてこう言う。
「その者がこれを所持しておりました。中にイスラ法王の印が記されております」
「なんだと……」
その名を耳にした途端、ライムントや衛兵を含め、その場に居合わせた者達が揃って瞠目した。
宗教国家、イスラ法王庁。
そこは神のお告げを聞き、神と共に生きる者達が集う国である。
賜った神託は悉く世界に影響を与える為、どの国も無視出来ない存在だ。
ましてやその領域を侵すことなどあってはならない。
そんな国の最高指導者であるイスラ法王の名が記された書簡ともなれば放置するわけにもいかない。
まずライムントがその書簡を兵士から受け取り、中に目を通す。
呪術の類いや毒が仕込まれていないかを調べる為だ。
内容を確認した後、再び彼の瞳が見開かれた。
そのままその書簡はリゼル王の手に渡る。
それは一枚の羊皮紙。
確かにそこにはイスラ法王の直筆の名と印がなされていた。
偽造の類いではない。
――しかし、何故、法王庁が我が国に勇者を……?
しかも初めて聞くレジニアとかいう国からの使者。
実に怪しげではあるが、会わないわけにはいかない。
だが、相手は勇者。
城内で騒ぎを起こされれば、こちらは一溜まりも無い。
一般の兵士に勇者を止めるなど至難の業だからだ。
――充分な警戒はしておくべきだろう。
「ライムント、時間は取れるか?」
「はっ、ルギアス領主との会談を繰り下げましょう」
「うむ」
そこでリゼル王は先程の兵士に告げる。
「その者をここへ通せ」
「はっ」
兵士は再び敬礼をすると、そのまま踵を返して玉座の間を出て行った。
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