第144話 魅惑の饅頭


 アイルは未だ赤ら顔で俯いていた。

 意図せず俺がトイレを覗いてしまったからだ。



 二人が立つダンジョン内の通路に気まずい空気が流れている。



「あー……言い訳にもならないと思うけど……入ってるとは思わなくて……」



 とりあえず弁明してみる。

 が、



「いえ、ですから……全然問題ありませんので」

「いや、そうは言ってもさ……」



「魔王様は結構頑固なのですね」

「そ、そうかな? ていうか、そういう問題ではないと思うんだけど」



「なら、もう一度覗いてみますか?」

「は?」



 アイルは真顔で言い放っていた。



 言ったあと、ちょっと恥ずかしくなって再び顔を紅潮させる。



「やっぱ、ちょっと無理してんじゃん」

「無理してませんっ!」



 変な所が強がりなんだよなあ……。



「私は魔王様にこの身を捧げる為に、ずっとこの地でお待ちしていたのですから、その程度の事は想定内です」

「……」



 想定内とか言っちゃったよ!



 そういえば、ずっと待ってたって言ったけど、アイル達っていつからここにいるんだろ?

 その言い方だと、俺がここに転生するまで待ってたってことになるよな?



 それってどれくらい??



 それに魔王城も気になる。いつからこの地に建ってたんだろ?

 あんまり前からあったら勇者達に真っ先に狙われるだろうし……ってことは最近なのか?



 前の魔王のことも気になるし、不可解なことが多い。

 色々聞いてみたいことはあるが、今そんな空気じゃないんだよな……。



 そうだ、ここは一旦、仕切り直す意味で、当初の目的に立ち返ろう。



「それはそうと、アイルを探していたところなんだ」

「私を?」



 彼女は急にぽやんとした。



「これを渡そうと思って」



 言いながら出したのは、毎度お馴染みの温泉饅頭だ。



「まあ、これはお菓子ですか? 美味しそうですね」



 アイルにとっては初めて見る食べ物のはずだが、直感でそう思ったらしい。



 俺はそのまま彼女に、この饅頭がパワーアップアイテムだということを伝えた。

 既に他の配下達には配布済みだということも。



「私の為にご足労をお掛けしてしまったんですね」

「そんな大層なことじゃないさ。それに配下のパワーアップは俺を含め、ここに居る皆の為だからね」



「そうですね」



 納得した彼女は、俺から饅頭を受け取った。



「では、有り難く頂かせてもらいます」



 アイルは小さな饅頭を一口で食べたりせず、いくつかに割って食べた。

 上品な食べ方だ。



 一口食べては目を見張り。

 二口食べては深く陶酔したりしていた。



 そして全てを平らげると、



「大変、美味しゅうございました。見た目もそうでしたが、お味もそれに勝るもので感動致しました」



 彼女は心底、嬉しそうにしていた。



「で、何か変わった所は?」

「変わった所ですか? うーん……特にこれといったものは……」



 普段と変わらない様子で首を傾げる。



 これは……プゥルゥと一緒で何も起こらない感じか?

 いや、でもプゥルゥは見た目こそ何も変わらなかったが、魔力は大幅に上昇していた。

 アイルもそんな所だろうか?



「そうか……。でも、分かり易い形ではないにしろ、魔力がアップしていることには変わらないと思うから」

「そうですか、それは嬉しいです。大変貴重なものをありがとうござ……うっ!」



 しゃべってる途中でアイルは急に胸元を押さえ、苦しみの表情を見せた。



「どうした!? 大丈夫?」



 ちょっと遅れて饅頭の効果が現れたのか? そう思ったのだが……なんだか様子がおかしい。



 息遣いが荒いし、顔は赤く火照っている。

 表情も何か耐えているような面持ちだ。



「はぁ……はぁ……はぁ……」

「おいっ!」



 よろめいて倒れそうになる彼女の体を支える。

 触れた肌が高い熱を帯びているのが分かる。



 なんかヤバそうだぞ……。

 パワーアップになるからって軽い気持ちでアイルにも与えちゃったけど、もしかしたら彼女の体質には合わないものだったのかもしれない。



 なんとかしないと。

 何か反応を抑えるような素材を持ってないだろうか?



 だが今は悠長に探している暇はない。

 とにかく部屋に連れて行き、ベッドに寝かせよう。



 俺は彼女の体を抱きかかえた。

 すると彼女はじんわりと汗をかいた顔で言ってくる。



「魔王様……私……もうダメ……です」

「何言ってるんだ、大丈夫だ。今、部屋まで連れて行く」



「そうじゃない……んです」

「そうじゃないって……何が?」



 アイルはとろんとした目で見つめてくる。



「私……もう……我慢ができない……」

「え?」



 言うや否や、彼女は俺の首に腕を回してきた。

 そのままギュッと抱き締められる。

 案外、強い力だ。



 そのまま彼女は自ら床に降り立ち、俺の体全体を弄るように擦ってくる。



「お、おい……何を?」

「私も分からない。なんか変なんです……。気持ちが抑えられないというか……」



 甘い吐息が耳元にかかってゾクッとする。



 これはもしかして……温泉饅頭が彼女のサキュバスとしての能力を高めてしまったか……? 或いは媚薬的な効果が……?



「だからいいですよね? はぁはぁ……」

「いいって何!?」



「もう……そうするしかないんです!」

「しかないって……おわっ!?」



 彼女はその細腕からは考えられない力で強引で部屋に連れ込もうとする。

 このままだと多分、為すがままになってしまう。



 ん? それも悪くない?

 いやいや、他の配下の手前、それはまずいだろ。



「あーっ、そういえば俺、トイレに行きたかったの思い出したっ!」

「それなら、どこでも出しちゃっていいですよ」



「良くはないだろ」

「私は気にしませんから。さあっ!」



「いやいや、ちょっと待て!」

「うふふ、うふふ……」



 嬉しそうに笑うアイルさん怖い。

 気づけば、いつの間にか彼女の部屋の前まで引きずられていた。



 すげーパワーだな。これも饅頭の効果なのか?



 そんな風に感心している暇はなかった。

 部屋の扉が開かれ、俺の体はベッドの上に放り出される。



 扉が閉まったと同時に――、



「あーーっ!」



 玉座の間裏の通路に悲鳴が木霊した。

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