第115話 出立の時


「えええっ!? どうしてですか!?」



 リリアがポエム集を手にしながら訴えてきた。

 しかも、かなり必死だ。



「どうしても何も、それでは死亡の証拠にはならないよ」

「そ、そんな……これを公開されたら私は、二度死ぬに等しい恥辱を受けるのですよ?」



 多分、恥辱を受けるだけで終わると思うぞ……。

 自分の死んだ後に、パソコンに残った恥ずかしいデータを晒されるようなもんだ。



 しかし、よくもまあ、それで行けると思ったもんだ。

 ま、彼女らしいといえば、そうなんだけど。



 城にやって来た時から、ちょっと残念な片鱗はあったし。



「あぁ……これがダメとなると、どうしたらいいでしょう……」



 彼女は本気で悩んでいた。



「まあ、それについては俺の方で何か考えておくよ」

「えっ、魔王様が?」



 リリアは、そんな事までしてくれるの? みたいな顔をした。



「アイデアが無い訳じゃない。上手く行くかどうかは分かんないけど」



 多分、ポエムよりはマシだ。



 彼女は目を見張る。



「さすがは魔王様です! お世話になってばかりで申し訳ありません」

「いや、俺にとっても必要な事だし」



 事を進めるにあたって、そこだけ抜けてても上手く運ばないからな。



「他に瞬足くんに持たせたい物がある人ー」



 俺は更にアイデアを募ってみた。



 しかし、誰からも手が上がらない。



「無さそうなので締め切るよ。じゃあ、この状態で行ってもらうことにする。おーい、瞬足くーん」



 いつものように呼ぶと、ドドドドッという震動がどこからともなく近付いてくる。



 次の瞬間、辺りに突風が吹いた。



 アイル「ひぃっ!?」

 シャル「わっ!?」

 イリス「っ……!?」

 プゥルゥ「きゃっ」

 リリア「いやん」

 キャスパー「にゃっ!?」



 女性陣が皆、揃って小さな悲鳴を上げたり、スカートの裾を押さえたりする。

 なんか一人、女子じゃないのが混ざってるけど気にしない。



 風が収まると、目の前には瞬足くんが立っていた。



「グゲェ……」



 なんかダンジョンの最深部に、元とはいえ勇者が二人もいるってのも変な感じだがするなぁ。



 と、それはよしとして、



「そこに置いてあるのが君の持って行く荷物だ。背負ってみてくれ」


「グゲェ……」



 瞬足くんはゾンビとは思えない自然な動きで麻袋を背負う。

 アイルが手直ししてくれたお陰で肩紐が付いていて、まるでナップサックのようだ。



 だが……その大きさがちょっと普通じゃなかった。



「でけぇ……」



 改めて背負わせてみると、人間との対比で、その大きさが俄に分かってくる。



 遠くからみたら、まるで北海道の畑に転がってる藁ロールでも背負っているかのようにも見えてくる。



 ちょっと詰め込み過ぎたかな……。

 これでも必要な物しか入れてないんだけど……。



 そんな大荷物でも瞬足くんは全く動じずにそれを背負っていた。



 そこはさすが疲れ知らずのゾンビ。

 ついでに怪力でもあるらしい。



「とりあえず行けそうだな」



 じゃあ、このまま出発――と行きたい所だけど、もう一つ渡しておきたいものがある。



 俺はアイテムボックスから一振りの剣を取り出した。



「これも持って行ってくれ」


「グゲ……」



 彼に手渡すと、意志が無いはずなのに、ちょっと違った反応があったように見えた。



「それに見覚えがあるかい?」


「グゲ……?」



「そいつは以前、君が持ってた聖剣だよ。今では魔剣になっちゃってるけどね」


「……」



「それは君の武器として使ってくれ」


「グゲゲェ」



 瞬足くんは魔剣を腰に差し、敬礼をしてみせた。



 その姿が、なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか……?



「これで準備完了かな? じゃあ早速、ラデス帝国に向けて出発してくれ」


「グゲェ」



 彼は再び敬礼すると、まるで瞬間移動に等しいスピードで目の前から消えて行った。



          ◇



 一方その頃、七人の勇者が既にラデス帝国を出発し、魔王城とラデスのほぼ中間の地点にまで迫っていることを、この時の俺達はまだ知らなかった。



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