第93話 踏み絵


「というわけで、私が魔王さんを倒すことは到底無理な話なのです」



 リアは、そんな場面でもないのに誇らしげに言った。



「なら、聖弓以外の武器を使えばよいのではないか? 剣ならさすがに当てられるだろう」



 隠密ステルスで背後に忍び寄り、ブスッと刺せば最強じゃないか。



「それなら攻撃を当てられるかもしれません。でも、魔王さんを完全に滅するには聖具でないと不可能ですから」


「……」



 なるほど、通常武器では致命傷を負わせられないということか。

 勇者が勇者である所以がそこにあるわけだ。



 ということは、彼女の戦闘能力が今見た通りなら、ただ隠れることと見つけることが得意なだけの勇者ってことになる。



 それだけ見ると無害なように感じる。



 だが、別の方法を取った途端、それは豹変する。



「貴様の攻撃能力が高くないことは分かったが、それならそれで、他の勇者と連携すれば良いのではないか? そうすれば、そのスキルは途端に高い能力を発揮することになるだろう」



 彼女はトラップの発見を担い、攻撃は他の勇者に委ねればいいだけの話。

 そうなれば一気に脅威の存在にのし上がってくる。



「それで我を倒せば、貴様の目的は達成されるはずだが。なぜ、そうしない?」



 すると彼女は真剣な眼差しを向けてくる。



「私の中に敵意があるとすれば、それは魔王さんではないです。だって、魔王さんに何かされたわけじゃないから。じゃあ誰に敵意や恨みがあるのかって考えたら、それはラデス帝国しかないです。村の皆に対して酷いことをしているのですから。私と魔王さんが戦って喜ぶのは誰だと思いますか?」



 その質問に対し俺が答えずにいると、彼女は続ける。



「わざわざ恨みのある相手を喜ばすようなことは私はしません。ラデスにとっての痛手は、私が一人で魔王城に向かい、一人で死ぬことです。まあ、それも大した痛手ではないかもしれませんが……村の皆は救われることになる……」



 そこでリアは即座に朗らかな笑顔を見せる。



「というわけですから、そろそろ殺して下さい♪」



 そんなニッコニコて言うことじゃないだろうよ。



「殺したあとは、ラデスに向かって勇者リアは討ち取ったという噂を流して頂ければありがたいです」



 そう言って彼女は弓を放り捨てると、手を真下に下ろし無防備な状態で立つ。



 そこからは覚悟しか感じない。



「……よかろう。望み通り貴様を地獄に送ってやる」

「ありがとうございます!」



「……」



 なんか調子狂うな……。



「但し」

「?」



「我は直接手を下さない」



「というと……配下の魔物に? 下劣な魔物達が寄って集って私を嬲るように殺すんですね? ああっ……なんということでしょう……ガクガクブルブル……。出来れば一思いに一撃で殺して欲しいのですが……」



 彼女は勝手に色々想像して一人で震えていた。



「違うわっ!」

「?」



 思わず素で突っ込んでしまった。



「……我が直接手を下す、その事が貴様の狙いであり、罠やもしれぬからな。その為の応手にすぎん」



 俺は気を取り直すと、コンソール上でファイアトラップを作り、それを偽魔王の体を使って取り出す。



 そのまま床に置くと、リアの足元に鏡のようなものが現出した。



「……これは?」



 彼女は不思議なものを見るような目で鏡を見つめる。



「踏めば、その鏡から地獄の業火が吹き出す。このようにな」



 俺は手の中でゴーレムの体を少し砕き、小石にしたものをそのファイアトラップに向かって投げた。



 鏡の上に小石がコツンと当たった直後――



 ゴフォォォォォォォッ



 真っ赤な炎の柱が噴き上がり、天井を焦がした。



「……」



 眼前で立ち上る炎の勢いに、リアは思わず後退り、絶句しているようだった。



「さあ、死にたければその上に立ち、自ら命を絶つがいい」



「……」



「なあに心配はいらぬ。ラデスにはきちんと、勇者リアは我に敗れたと伝令を送ろう。安心して死ぬがいい」



 彼女は緊張で体を強張らせる。



 死ぬ死ぬ言ってても、やはり恐怖はあるのだろう。



 彼女は今一度、足元の鏡に目を向ける。



 時間にしたら僅かだが……。



 それで覚悟が決まったようだった。



 彼女は瞼を固く閉じる。

 そして思い切ったように――



 一歩前へと踏み出た。



 カチッ



 足元でスイッチが入ったような音がする。



 直後、鏡の中から炎が渦を巻いて立ち上り、



 彼女の体を焼き尽くす――



 なんてことはなく。



 鏡は鏡のままだった。



「??」



 何も起きないのでリアはそっと目を開け、動揺を見せる。



「残念だったな。それはただの魔力の鏡だ」



「え……でも、さっきは……」



 気が抜けたように呆然としている彼女に俺は言う。



「しかし、貴様が本気だということは分かった」


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