第67話 現場検証
俺とアイルは勇者達を退けた現場を確認する為、森の道を歩いていた。
「あっ、そこ危ないよ」
「えっ!?」
俺の指摘で、アイルは踏み出そうとしていた足を空中で止める。
「そこにはバネ罠が埋まってる。踏むとあっちの方向にある落とし穴に飛ばされると思うよ」
「さ……左様ですか……」
彼女は渇いた笑みを浮かべながら足を引っ込めた。
「というか、魔王様は設置した罠の場所を全部覚えてらっしゃるのですか?」
「まあね。数も場所も正確に覚えてるよ」
「す、すご……」
彼女は驚いているようだが、記憶力だけは昔から良いんだよなあ。
それに自分が仕掛けた罠には、一つ一つ愛着みたいなものがある。
「という訳だから、俺の後ろから付いてきた方が安全だと思うよ」
「は、はい……そうさせて頂きます」
そんな感じで暫く進むと、道の真ん中に五体のゴーレム達が見えてくる。
勇者をバナーネの皮のある方へ追い込んだ者達だ。
「ご苦労さん」
彼らにそう言いながら実際に勇者が踏んだバナーネの皮を確認する。
「ほう、これは凄いな」
「えっ、どうなされたのですか?」
地面に設置してあるバナーネの皮を屈んで観察していると、背後からアイルが覗き込んでくる。
「あれだけのスピードで踏みつけられたにも拘わらず、俺が設置した場所から、これっぽっちも動いてないんだよ」
「それって……」
「普通、あんな勢いで滑ったら果物の皮なんて衝撃でどこかに吹っ飛んで行ってしまうのが当然だと思うんだ。なのにこいつは、まるでこの場所にはめ込まれたオブジェのように設置した時のままなんだ」
どんな力が働いているのか分からないが、これが分かっただけでも大収穫だぞ。
「ということはあれですか。同じ罠が同じ場所で何度も使えるということですね」
「その通り。場所がズレてたりしたら厄介だなーと思ってたんだけど、これなら正確にこの場所を狙って相手を嵌めることが出来る」
本当にそういう所はゲームみたいにカッチリ、キッカリしてるよなー。
バナーネの皮の状態は良く分かったが、他には……。
そう思って辺りを見回す。
すると、戦いの後の惨状が見えてくる。
地面に伏して絶命している魔法騎士達。
そして、うずくまった状態で亡くなっている
これほど多くの死体を目にしたのは初めてのことだ。
あまり気分の良いものではないが、人間だった時と違って不思議と冷静でいられる。
これも魔王に転生したことによる影響なんだろうか?
と、そこで、
「なんという素晴らしい光景でしょう。私、ゾクゾクしてきてしまいました」
その光景を一緒に見ていたアイルが歓喜の声を漏らした。
フラットな感じの俺と比べて大分ハイテンションだ。
彼女は一つ一つの死体をじっくりと見て回っては楽しそうにしていた。
「人が絶望に歪む顔はいつ見ても最高ですね!」
魔王の俺でもさすがにその感覚は分からないぞ。
それでも一応、全ての死体を見て回る。
すると、どの魔法騎士も鎧や体に陥没している部分が見受けられ、そこが致命傷になっていることが分かる。
プゥルゥ・ゴーレムの破片に相当な威力があったことが窺える。
「っと……そういえば、プゥルゥ・ゴーレムは?」
まるで自爆したように見えたプゥルゥ・ゴーレムだけど、あれはあくまでプゥルゥの真似をした分裂技。
だから実際には、やられていない筈なんだけど……。
そんな彼のことを話題に出した直後だった。
地面に転がっていた小石がカタカタと震え始め、一箇所へ集まり始めたのだ。
それらはあっという間に結着し、元のゴーレムの姿へと戻った。
周りの石と混ざってて全然見分けがつかなかったよ!
元に戻った彼は元気な声で言葉を発する。
『ボクのなまえはプゥルゥ。ゲンセイマダンチョウにして、マオウしてんのうのひとりだよ。プゥさんってよんでね』
「それはもういいって」
改めてプゥルゥ・ゴーレムの姿を見る。
完全にゴーレムリーダーの見た目だ。
そこにはクマの着ぐるみは存在していない。
それが、その声と姿の違和感にも繋がっている訳だが……。
辺りの地面を見回すと、着ぐるみの破片と思しきものが転がっている。
分裂の際に破けて吹き飛んだのだ。
毎回これをやる度に破けてたら大変だな……。
素材を大切にする意味でも、あんまり多用はしたくないところ。
そんな事を考えていると、死体を見ていたアイルが聞いてくる。
「魔王様、この者達はいかが致しましょう」
「そうだな……」
俺は顎に手をあてる。
このままここに死体を置いておく訳にもいかない。
かといって適当に放り捨てるほど残忍にはなり切れない。
ここはゴーレム達に森の外まで運んでもらい、ついでに墓っぽいものを作らせよう。
そんなに大層なものでなく、石壁ブロックをドンと置くくらいのやつでいい。
「一応、それなりに供養することにするよ」
「魔王様の命を狙ってきた不届き者にまで御慈悲をお与えになるとは、なんというお心の深さでしょう」
アイルは心底、感心している様子だった。
そんな訳で、丁度ここにいる五体のゴーレムにその仕事を頼むことにした。
指示を受けたゴーレム達が死体を運んで行く。
それでこの場が元の道に回復したことを見届けると、俺達は先へと進んだ。
暫く行くと、大量の落とし穴が見えてくる。
これは勇者が聖剣を振るって、罠の場所を暴き出した跡だ。
一度、罠を発見されると、こういうことをされちゃうから困るよな。
なんかもっと……分かっていても発見され難くなるようなアイデアとか……出来る事なら、そんな希望を兼ね備えた新しい罠レシピとか手に入ったらいいな。
そこから更に先へ進むと、そこはもう森の入り口付近だ。
森の道もここまで。
だがそこにも地面にぽっかりと開いた穴が窺える。
落とし穴だ。
だが、それがこれまでの落とし穴と違うのは、勇者の落ちた落とし穴だということ。
それを知っているアイルはニコニコしながら、まるでスキップのような足取りでその落とし穴へと近付く。
「ぐふふ……さて、どんな悔しい顔をしているでしょうか……」
まるで誕生日プレゼントを開封する子供のような面持ちで、穴の下を覗き込む。
まさに、その刹那だった。
「ぐっ……!?」
彼女の表情が驚愕に染まる。
その瞬間、穴の底から素早く手が伸びてきて――アイルの喉元を掴み上げた。
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