第57話 勇者の作戦

〈勇者側視点〉




「状況は相変わらず……か」



 勇者アレクは岩陰に身を潜め、森の前に立つ数十体のゴーレムを確認しながら呟いた。



 ここは死霊の森の西側。

 数日前、アレク自身が侵入を試みた場所だ。



 森を守護するように立つゴーレム達は、以前アレクが対峙したことのあるものと同じだ。



「何が相変わらずよ。ほんと酷い目にあったわ」



 アレクの背後で不機嫌そうな声が上がる。



 それは紫紺のローブを身に纏った、ややキツ目な印象の女性。

 魔法使いウィザードのティアナだ。

 そんな彼女の横で青ざめた表情を浮かべながら頷く青年がいる。



「全く同感です。生きた心地がしなかった」



 聖職者クレリックの証である純白のフードコートを羽織った彼の名はクルツ。

 ティアナとは打って変わって穏やかで落ち着いた印象を受ける。



 二人ともアレクがリゼル王に依頼し、用意してもらった腕の立つ人材だ。



 何故、彼らがそんなふうに愚痴を漏らすのか?

 その原因はアレクにあった。



 他国の勇者がこの地を狙っている今、彼がすべきことは、いち早くこの場所に戻り、魔王を討伐することにある。



 瞬足のスキルを持つアレクなら、誰よりも早く現場に戻ることが可能だったが、問題はこの二人。

 彼らを連れていてはそれが出来ない。



 だからアレクは彼らを両腕に抱え、逆に彼らは振り落とされないように必至にアレクに掴まり、この場所まで瞬足スキルを使い、突っ走ってきたのだ。



 勇者の腕力を持ってすれば人間二人を抱えるくらいはなんとかなる。

 だが、彼らにとってはさぞかし死ぬ思いだったに違い無い。



 何しろ歩いて一月はかかる道のりを数日で踏破するのだから。



 しかし、その甲斐あって予定通り戻ってくることが出来た。



「普通に歩いていては先を越される。最善の選択だ」

「ふん……」



 アレクがそう言うと、ティアナは納得いかなそうな顔をする。



「で、そこまでして私達を連れてきて、相手がアレってどういうこと? ただのゴーレムじゃない。天下の勇者様だったら、あんなの一振りで殲滅できるでしょ」



「逆に聞くが、ただのゴーレムの為に勇者が助っ人を頼むと思うか?」

「うっ……」



 彼女は返す言葉が無いといった感じで黙ってしまった。

 代わりにクルツが冷静な態度で聞いてくる。



「詳しくお聞かせ願いたい」



 アレクは一呼吸、間を開ける。



「あのゴーレムは俺の聖剣では傷一つ付けられなかった」



「なっ……」



 終始落ち着いた様子だったクルツの表情にやや緊張が現れる。

 ティアナも反応を示していた。



「嘘を言って何か得なことが?」

「いえ……では、そうだとして、私達に何ができると?」



 魔物に対して最強を誇る勇者が敵わなかったものに、腕が立つとはいえ一介の聖職者クレリック魔法使いウィザードに何ができるのだと、そう思うのも当然だ。



「どんなに硬いゴーレムでも、所詮はゴーレム。そこに突破口があるのでは? と踏んだからだ」



 それでクルツはピンときたようだった。



 アレクの考えているゴーレムへの対処方法はこうだ。



 ゴーレムとは泥や土を魔力で繋ぎ止め、人の形を成したものである。

 ということは、その繋がれた魔力を解き放てば、あっさりと元の泥土に戻るはずである。



解呪アンチスペル。高位の聖職者クレリックのお前なら出来るはずだが?」

「なるほど、そういうことですか。普通のゴーレムを排除するとすれば叩き壊した方が早いですからね。まさかゴーレム相手にそのような高位魔法を使うとは……」



「じゃあ私は何の為に呼ばれたのよ」



 ティアナが不満そうに言う。



「私は水系の魔法が得意な者を頼んだつもりだが?」

「勿体振った言い方しないでよ」



 アレクは小さく溜息を吐いた。



「泥と土の塊に大量の水を注いだらどうなると思う?」

「水を含んだ泥土は重くなり……いずれ流され自壊する」



「クルツ! あんたが先に言わないでよ」



 ティアナは眉尻を上げ、憤慨していた。

 それは、まるで分かっていたとでも言いたげな態度。



「だが、普通の水魔法では足止め程度にしかならないだろう」

「え……」

「だからこそ、大量の水が扱える者が欲しかった……という訳だ」



 すると彼女は得意気に胸を張る。



「ふん、そう……」



 面倒臭い奴だ。

 アレクは内心、そう思った。



「それで、どのような作戦で行かれますか?」



 クルツが尋ねてきた。



「基本はお前達二人がゴーレムを引き付ける。それで弱ったところを俺がトドメだ」

「さすがは勇者様、美味しいところだけ持って行くのね」



「あまり舐めてかかると死ぬことになるぞ」

「……ふんっ」



 ティアナは鼻先を明後日の方へ向ける。



「ただ何より、相手は数が多い。二人で手が回らないところは、あいつらが足止めを担うことになる」



 アレクは背後を視線で指し示した。

 そこに控えていたのはリゼル王国所属の魔法騎士隊。



 揃いの軽量アーマーと魔法衣を装備した彼らは、ここから至近にある町、ルギアスから借りてきた者達だ。



 十五人程度の小隊だが、若干の水魔法も扱える。

 足止め程度には働いてくれるはずだ。



「それで、決行はいつ?」



 クルツが尋ねた。



「今、すぐにだ」

「了解した」



 アレクはそこでティアナに目を向ける。

 彼女はそれだけで理解したようだ。



「分かったわよ。了解」



 しかしそこで彼女は、「でも」と続ける。



「ちゃんと、それなりの報酬は出るんでしょうね?」

「きちんと仕事をこなせば……じゃないか?」



 どうやら彼女の行動原理は金にあるらしい。

 自分も似たようなものか、とアレクは納得する。



 すると急に気になってくるのがクルツだ。



「クルツ、お前はなぜこの仕事を受けた」



「人に仇成す魔物は、この世から消えてなくなるべきだという思いがありますので」

「……見上げた正義感だな」



 アレクは引き気味になりながらも、作戦開始の合図を送った。


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