第29話 ピクニック


 俺は食材を探す為に森へ出てみることにした。



 とは言っても、そんな遠くまでは行かない。

 精々、城の主塔ベルクフリートが目視出来る範囲内だ。



 危険が潜んでるかもしれないからな。



 それに護衛が一人付いている。

 シャルだ。



 無論、他の四天王達やアイルも護衛を買って出てくれたんだけど、全員連れて城を留守にする訳にもいかないし……というので、ここに来るまで誰が俺に付いてくるのか? で一揉めしていた。



 結局、シャルに決まった理由は、この場所が〝死霊の森〟と呼ばれる所だからだ。



 魔王城の周囲は広大な森が広がっている。

 そこには多くの死霊やアンデッドモンスターが住み着き、外敵からの侵入を妨げているのだ。



 そんな場所だからこそ、シャルにとっては庭のようなものだった。



 という訳で、俺とシャルは死霊の森の中へと来ていた。



「嬉しいなっ、嬉しいなっ、魔王様とピクニック」



 鼻歌交じりで先を歩くシャルの足取りは軽い。

 が――その陽気さとは裏腹に、辺りの景色は陰鬱としている。



 鬱蒼とした森には霧のような瘴気が漂い、日の光を一切通さない。

 薄暗く、視界に入るもの全てが灰色で、モノクロの世界に迷い込んでしまったのかと錯覚してしまう。



 ようするに、あんまり楽しい気分にはなれないってこと。



 それでもシャルにとっては満足の行く状況のようで、非常に楽しそうにしていた。



「ねえねえ、魔王様。手をつないで歩こうよ」

「え……」



 思いも寄らぬことを言われて一瞬、戸惑った。

 でも、断る理由も無い。



「あ、ああ……じゃあ」



 そう言って手を差し出すと、彼女の方からギュッと掴んできた。



 その時の第一印象は、思ったよりも小さな手だったということ。

 見た目は十二、三歳の少女だから、そんなものなのかもしれないけど、その繊弱な細さは、なんだか照れ臭い気がした。



 そしてもう一つ印象的だったのは、もの凄く冷たかったことだ。

 彼女自身がアンデッドだから、当然のことなのかもしれないが、ちょっとビックリした。



 そのまま繋いだ手を前後に振りながら、森の中を進む。



「ふんふふん♪ ふふん♪」



 再び鼻歌を歌い出した彼女は、ご機嫌な様子。

 そこで俺は改めて森を見回しながら歩く。



 こんな寒々しい感じの森に食材なんてあるのかな?

 そんな思いを抱くのは、この薄暗い森を見れば当たり前のことだろう。



 素材採取の為に、先行してこの森に何体かのゴーレムを放っている。

 リゴルの実も彼らが採取したものだから、確かに食材はあるようなのだが……。



 木々を見ても実一つ見つからない。

 足元に生える草の中には食べられる物もあるかもしれないが、今の俺には区別がつかない。



 ここは強欲の牙グリーディファングで無作為にガッと採取して、後からコンソール上で分別した方が効率がいいかなあ?



 その前に一応、シャルに聞いてみるのも手だろう。



「ねえ、この辺りで食べられそうなものって見当たるかい?」



 尋ねる。

 だが、隣にいるはずの彼女の手が妙に軽いことに気が付く。



 不思議に思って横に目を向けるとシャルの姿が無い。



「あれ?」



 どこ行った? と思いつつ繋いでいたはずの手に目を向けると、そこには彼女のがあった。



「うあっ!?」



 驚いて声を上げると、斜め後方でシャルが「しまった」というような顔をしていた。



「あ……またやっちゃった。楽しくて、ちょっと元気に腕を振り過ぎちゃったみたい。ごめんね、魔王様」

「い、いや……別にいいんだけどさ……」



 こっちは思わず反射的に、この腕を放り投げそうになっちゃったじゃないか。

 留まっただけ、俺エライ!



 シャルは、さっきまでの笑顔が薄らぎ、意気消沈している。

 俺は、そんな彼女に近付くと、その腕をくっつけてやることにした。



 普通に合わせるだけで、くっつくのかな……?

 良く分かんないけど、本人が前にそうしてた気がする。



 袖の中に腕を通してやると、肩の辺りで固定された感覚があった。

 どうやら、くっついたようだ。



 すると、シャルが仄かに頬を染めて言ってくる。



「ありがとう……魔王様」

「あ……ああ。そんな大したことはしてないけどね」



「ふふ」



 彼女は柔和な笑みを見せる。



「そういえば食べられそうな物って言ってたよね?」

「あ、うん」



「そうだなー……」



 彼女は辺りを見回す。

 そんな時だ。



 ボコッ



 俺達の足元で変な音が響いた。



「なんだ?」



 地面を見ると、土が盛り上がっている。

 そしてそれは、今も盛り上がり続けていた。



 土を押し退け、何かが生えてくる。

 まるで筍のようだ。



 しかも、一箇所じゃない。

 俺達の周りで十数カ所の地面が呼応するようにボコボコ言い始めた。



 何かの植物か?

 でも、こんなに成長の早い植物があるだろうか?



 そんなことを思っているうちに、土の中からその答えが現れる。



 ゆらりと立ち上がったそれは、緑色の皮膚と腐ったような異臭を放つ、人型の物体……。



 こんなのホラー映画とかで見たことある。

 俺……知ってるぞ、これ。



「ゾンビじゃん!?」



 ゾンビ達は「ウー……」とか呻きながら両手を前に挙げ、徘徊し始める。



 目玉とか落っこちてる奴いるし、骨とか見えてる奴いるし……。

 キモいぃぃっ!



 つーか、これって囲まれてない?

 ヤバくね?



 そう思っているとシャルが俺の前に出て来て、ゾンビ達に向かって冷静に言い放つ。



「はーい、みんな、おいたはダメだよ。整列してー」



 するとゾンビ達は途端にきびきびと動き始め、前へならえをして彼女の前に並んだ。



 そこはさすが死霊魔団長ってところか。



「彼らはシャルの配下なの?」

「ううん、違うよ。多分、この森に住んでる野良ゾンビ」



「野良……」



 ゾンビにも色々あるのね。

 変な所に感心していると、彼女が思い立ったように手を叩いた。



「そうだ、丁度いい。彼らに食べ物を探してもらおうよ」

「えっ、そんなことが出来るの?」



「うん」



 シャルは得意気に笑った。



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